「――では、午前の授業はここまでとする。各人とも武装を格納してから装着を解除しろ。午後からは格納庫に集まって訓練機の点検と整備の実習だ、チームごとに整備する順番を決めておけよ。代表候補生と訓練機以外の専用機がある生徒は自機とチームメートの機体を両方チェックするように。では解散」
やれやれ、ISに乗って素振りをやる羽目になるとは考えもしなかった。パワーアシストが付いてるおかげでそこまで大変じゃなかったが、真剣と同じくらいの重さの得物を振り回してるのにやたら軽く感じるってのは手応えとして何だかなあ。まあ細かい仕様に文句を言っても仕方がないし、ほどほどに妥協するとしよう。
ちなみに、剣道をたしなんでいた子は俺たち以外にも何人かいたようで、『打鉄』用の近接ブレードを苦もなく振り回していた。軽い手合わせもしたが俺から見てもなかなかいい太刀筋だったように思う。個人トーナメントまでには実力も相当付いてるだろうし、『白式』の力だけで勝ち進めるとは思わない方が良さそうだ。俺ももっと精進しなくちゃなあ……。
「一夏」
「おう、箒か。どうしたんだ?」
「そ、その……。大したことではないのだが」
答える箒は、どうも落ち着かなさげな様子で指先をくるくると回している。――いいから早く言えって。なんだか見てるこっちの方が恥ずかしくなってくるから。
「今日の昼休みのことなのだが、その、用事などがあったりするのか?」
「別にないけど……?」
「そ、そうか。それは良かった」
なんでもない返答のつもりだったのに、箒は一瞬だけ嬉しそうな表情を浮かべた。その理由を問いただそうと思ったときにはいつもの仏頂面に戻っている。
「それがどうかしたのか?」
「いや、何のことはない。昼食に誘おうと思っただけだ。わ、私の作った弁当も……」
最後の方が曖昧過ぎて聞き取れなかったんだが。わんもあぷりーず。
「な、何でもない! とにかく学生食堂の二階だ。ガーデンスペースで待っているからな」
「おう、着替えが終わったら行くよ」
ガーデンスペース、というのは食堂の屋外テラスに付けられた呼び名だ。元々はコンクリで固められた殺風景な場所だったが、花壇を作ったりタイルを敷き詰めたりするうちに小洒落た庭園っぽい空間へと変わっていったらしい。今じゃ昼休みのたびにテーブルを巡って争奪戦が繰り広げられるくらい人気な場所になっている。
――って、こんな所でのんびりしてて大丈夫なのかよ。早く行かないと全部取られるぞ。
「一夏、篠ノ之さんと何話してたの?」
「昼飯の件でちょっとな。良かったらシャルルも来いよ」
学食だと、噂を耳にした女子たちが間違いなく待ち構えてるだろうからな。当然捕まったら食べ終わるまで質問攻めのフルコースだ。シャルルだって転校初日くらいは静かに飯を食べたいだろう。
「誘ってくれて嬉しいんだけど、僕お弁当とか持ってないよ?」
「学食に行く途中で購買があるから、そこで適当に買って行けばいいんじゃないか?」
「それじゃあ、一夏の好意に甘えるとしようかな」
そう言って微笑むシャルル。屈託のない笑顔が眩し過ぎてドキッと……いや、してないぞ? いくらなんでも、同性相手に惚れるような趣向なんか少しも持ち合わせちゃいないからな。ないったらない。
「あ、先に着替えて待っててよ。専用機の微調整をしてから行くから」
「分かった。熱中し過ぎて遅れないようにな」
俺は一応注意だけかけてから、ひとりアリーナの更衣室へと向かう。転校したばかりだとやらなきゃいけないことが沢山あるんだろうか。経験のない俺にはよく分からんが、転校生って大変なんだなあ。
◇
「――どういうことだ」
「いや、俺に訊くなよ」
昼休み、ガーデンスペースの一角。丸テーブルを挟んで向かい合った箒は、見るからに不満そうな表情だった。おまけに何故か俺を一方的に疑ってるらしい。いくら鈍感っぽいって言われる俺でもそんなひどい仕打ちはしないっての。
「確かにシャルルを連れて来たのは俺だけど、
「そうよ。偶然たまたま弁当を作る日と被ったってだけなんだから、変な疑いをかけないでほしいわね」
「本当は一人分を作るつもりだったのですわ。まさかレシピブックに四人分の材料を記載しているなんて思いもしなかったものですから……」
――ちょっと待て、一人だけおかしいのがいるんだが。というか、何で疑いもせずに四人分用意したんだよ。材料の時点で明らかに多過ぎるって分かるだろ。
一応説明しておくと、時計回りに箒、セシリア、鈴、俺ときて、箒との間にシャルルが収まっているという状況だ。ついでに言うと弁当箱も三つある。ひとつは箒がわざわざ用意してきた奴、ひとつは週一度のペースで鈴が作ってくれる弁当だ。セシリアのは……あくまでただの事故だ。本人がそう言ってるんだから間違っちゃいないだろう。
「まあ、何を企むにしても? 抜け駆けは良くないわよねぇ」
「た、企みなどでは……」
反論しながらも箒の視線が徐々に下がっていく。まあ、鈴がああやって振舞ってたら対抗心を抱くのも無理はないだろうしなあ。
「ええっと。本当に僕が同席しても良かったのかな……?」
ひとり気まずそうにしているシャルルがとってもかわいそうに見えるのはなんでだろうね。誘っておいてなんだが大失敗だったかもしれん。
とりあえずこの空気を何とかしよう。でもって飯を食おう。
「まあ、せっかくの昼飯だから大勢で食べた方が楽しいだろ。揉め事は後にして、まずは飯にしようぜ」
どんな理由にしてもわざわざ時間と手間をかけて作った弁当ばかりだ。ひとつとして無駄にはできない。確かに分量こそ多いが、みんなで分ければそれなりに食べきれる量だろう。
「そうね。こうやって時間を潰してても勿体ないし」
「むう……」
反論もできず唸る箒。まあ、気持ちは分からんでもないが……。
「はい一夏、リクエストに答えて小分けにしといたわ」
包みを解いた鈴は、積み重なった小さめのタッパーを俺の前に置いた。まとめて入れてると見た目のインパクトはすごいんだが、みんなで取り分けながら食べるせいか落ち着いて味わえないんだよなあ。やっぱり弁当は小分けにしてあった方がいい。
ちなみに今日も酢豚がきっちり収まってる。作ってくるたび絶対献立に入ってるのはどうしてだろうか。まあ、好きだからいいんだけどさ。
「んぐんぐ……。やっぱり鈴の酢豚は美味いな。おじさんの味にまた一段と近づいたんじゃないか?」
「ほ、褒めたって何も出ないわよ」
ポッと頬を染めながらそっぽを向く鈴。ついでに指先もプルプルと震えている。何だ、何か恥ずかしいことでもあったのか?
「相変わらずの鈍感ぶりですわね……」
失礼な、こう見えて結構繊細なんだぞ俺は。わざわざ自分で言うってのも変だが。
「ところで一夏さん。わたくしのサンドイッチを召し上がっていただけませんこと? ご覧のとおり作り過ぎてしまって……」
そう言ってバスケットの中身を見せるセシリア。汚さないよう一面にシートが敷かれたそこには、隅から隅までぎっしりとBLTサンドが詰め込まれていた。仮にセシリアが大食いだったとしても一人では到底捌ききれない量だ。
「ん、いいけど」
かごの中からひとつもらってかぶりつく。
――うん、普通だ。普通っていうかなんというか……。とにかく、良くもなく悪くもなくといった感じだった。材料の切り方から何から全部マニュアル通りに作ってるんだろうな、これ。
特に指摘することは思い付かないのだが、同様に褒めるべきところもまったく見出せないのでどうも返答に困ってしまう。
「どうでしょうか? なにぶん、料理というものをしたのが初めてだったものですから勝手が分からなくて……」
セシリアは珍しく自信なさげにそう言った。
――まあ、実家が由緒正しい名家だっていうからなあ。毎日の料理は専属のシェフにすべて任せてるんだろうし、勉強も家庭教師で済ませてたりしたら調理実習なんてものも一切やってないだろうし。こうやって自炊すること自体がめったにないとしても何らおかしくはないだろう。それどころか、必要な食材を選ぶことさえ初めての経験だったりするのかもしれない。
それでも見栄えが妙に素晴らしいのは、シェフの盛り付けた料理を毎日のように眺めていたからなのかね。あまりにも整い過ぎてるせいで食品サンプルっぽくなってるけど。
「うーん……。これといって悪くはないし、あとは経験の積み重ねがあればいいと思うぞ。あと分量な」
さすがに毎度四人前だときつい。主に『俺たちの胃袋が危ない!』みたいな意味合いで。
「そうですか……。鈴さん、箒さんもどうぞ召し上がってくださいな」
「分かった、ひとつ頂こう」
「じゃ、好意に甘えて」
勧められるままサンドイッチを受け取ったふたりは、やけに真剣そうな顔をして食べ始める。
「こ、これは……。うん、えっとね……」
「悪くはない。悪くはないのだが……」
――やっぱりと言うべきか。俺と同じように何とも言えない表情を浮かべて返答に詰まっていた。うーん、これはどうしたもんかね。
「一体何がいけないのでしょうか。わたくしはレシピ通りにしたつもりなのですが……」
いや、そこは問題ないんだぞ。完全にレシピそのままの味ってのが微妙なだけで、セシリアには何の落ち度もない筈なんだ。足りないとすれば、その……なんだろう。
「僕もひとつもらっていいかな?」
「ええ、どうぞ。わたくしだけでは食べ切れませんから、お好きなだけ召し上がってください」
そういえばシャルルってフランスから来たんだっけ。美食家の国の出身、しかもセシリア同様お金持ちの子供だから舌も肥えてるだろう。きっと俺たちにできないような的確なアドバイスをくれる筈――。
「…………えーっと」
一口かじったシャルルは少し困ったような表情を浮かべた。
「みんなが言うように味は悪くないんだよ。食材を駄目にするような調味料の使い方はしてないし、調理の仕方に問題があるわけでもない。でもね、味に個性がないというか、ありきたり過ぎて印象に残らないんだ。……型に嵌り過ぎているっていうのかな。まだ経験が浅いから仕方がないのかもしれないけど、その辺りを工夫したら良くなると思う。うーん……。ここまで平均を地でいく料理を食べたのは始めてかな」
「よ、要するに……?」
「食べられる食品サンプルって感じだね。見た目も含めて」
ニッコリ。――って、なかなかにひどい表現じゃないか、それは? あまりに的確過ぎてセシリアのハートが傷付きそうだ。
「やはり作る側の心意気というものを理解しなければいけないのですね……。もっと精進が必要ですわ」
案の定、シャルルの厳しいお言葉をいただいたセシリアはがっくり肩を落としていた。まあ、初めての料理だったんだからそんなもんだろう。むしろ食べられる物が出来上がっただけまともなんじゃないだろうか。
小学生の頃鈴の殺人料理をさんざんご馳走になった経験があるだけに、セシリアのサンドイッチの方が割とマシな代物のように思えてならない。
「――なによ?」
「いや、何でもない」
睨み付ける彼女から顔を逸らした俺は、箒の方へと視線を転じた。……やけに大きな包みなんだが、もしかしてこれも完食しないといけないのか……?
彼女が風呂敷から取り出した三段重ねの重箱――どこから持って来たんだろうか、かなり年季が入ってるように見える――を広げると、これぞ弁当といった感じのオーソドックスな中身が姿を現した。一段目には玉子焼き、唐揚げ、ウインナーにエビフライと人気のありそうな品を並べているが、二段目はほうれん草のゴマ和えや煮物といった野菜多めの献立が揃っている。ボリューム重視と思いきや栄養バランスをきっちり考えた構成になっているところはさすが箒と言うべきか。ちなみに三段目は俵型に丸めたご飯がふんわり詰めてあった。エビフライやウインナーはともかく、ほとんど手作りのおかずなのがすごいよな。一体何時間かけて用意したんだろう、これ。
「き、今日は珍しく早く目覚めてしまってな。せっかくだからと弁当を作ってみたのだ」
いやいや、早くって何時に目覚めたんだお前は。早寝早起きなんていうレベルを軽く通り越してるぞ。
「なかなか美味しそうじゃない。唐揚げもーらいっ」
「なっ!」
「ん……やるわね。何を隠し味に入れたのか知らないけど、あたしが作るのより……むぐぐ」
――なあ、俺にも一個ぐらいはくれないもんかね。このままだと全部鈴に食べられちゃいそうなんだが。
「悔しいけどもう一個――」
「鈴さん! 箒さんと一夏さんの食べる分がなくなってしまいますわ」
「わ、わかってるわよ……。はい、一夏。あーんして」
そう言って、箸で取り上げた一欠け分を俺の方へと差し出す鈴。――って、お前の弁当じゃないんだぞ。とりあえずいただくけど。
「あーん……うん、美味い。仕込みの段階から丁寧にやってるってのがわかるな。しょうがと醤油とにんにく使ってるってのは分かったけど……あとは何だ?」
「隠し味で大根おろしだ。……それと、揉み込む前に胡椒で風味を付けてある」
尋ねる俺に対して、箒はちょっぴり恥ずかしそうな面持ちを浮かべて答えた。
「なるほど! じゃあ、俺も今度試してみようかな」
今でこそ食堂と鈴の弁当の世話になってる俺だが、小学生の頃から織斑家の家事全般をやってるだけあって料理が結構好きだったりする。いつも食べさせてもらってばかりというのも悪いし、たまには俺が作って振舞うのもいいかもしれないな。
「……箒、食べないのか?」
「何を言っている。このとおり、ちゃんと食べているだろう」
「そうじゃなくて。唐揚げ食べないのかって訊いてるんだが」
どういうわけか手を付けていない彼女が気になって仕方がない。体調が悪いとかならそれでもいいんだが、せっかく気合を入れて作った当人が食べないままってのもなあ。
「いいから食べろって。美味しいぞ」
「大丈夫だ。失敗したものは私が食べているから……。い、いや、何でもない」
「……? よく分からないけど、要らないってことでいいんだよな?」
「だからそうだと言っているだろう。その、お前が美味しいと言ってくれたなら、それでいいのだ……」
ふうん。まあ、そういうことにしておこう。これ以上無理に勧めてもくどいだけだしな。
「ところで、デュノアさんの部屋はどこになるのかしら?」
二つめのBLTサンドを取り出しつつ、セシリアが尋ねる。
そういやシャルルは男だったな。女子と一緒ってわけにもいかないし、また変則的な部屋割りになるんだろうか。
「シャルルでいいよ、セシリア。山田先生は一夏と同じ部屋に割り当てるからって言ってたけど、それって何号室かな?」
「1025号室だけど、そんな話一切聞いてないぞ? まだ山田先生が話してないだけかもしれんが」
多忙な学園教員の中でもとりわけ忙しいのか、授業時以外の山田先生はしょっちゅう走り回ってるイメージだ。きっと今回も色々と業務が重なってて連絡が遅れてるんだろう。
「まあ、男子同士なら問題ないわね」
いや問題って何が。
「いや待て鈴。こいつが衆道好みの男でないとも言い切れないぞ」
「シュドウ? それは何ですの?」
「……同性でありながら男が好きな輩というやつだ。私も詳しくは知らないが、恐らく調べずにいる方が幸せだろう」
ちょっと待て。何でそういう扱いになってるんだよ。体はともかく、少なくとも精神だけならノーマルだって。
「よく分からないけど……気をつけるよ」
「シャルル!? 違うぞ、俺は真っ当な男だからな!」
引き気味のシャルルに弁解する俺を、女子三人は警戒心の籠もった眼差しで見つめていた。
――ああ、何でこうなるんだろう。別に誤解を招くようなことはしてないと思うんだがなあ。