「――全員席に着いたか。では、模擬戦の前にまずそれぞれの乗機について学んでもらうとしよう」
二機ずつ向かい合って待機する鈴たちを正面に捉えながら千冬姉が言った。
「そうだな……。デュノア、山田先生のISについて解説をしてみせろ。お前の専用機と同じ系列だから詳しく知っているだろう」
「あ、はい」
立ち上がったシャルルは、はっきりした声で説明を始める。
「山田先生が乗っているのは『ラファール・リヴァイヴ』――フランスのデュノア社が開発した多用途型のISです。現在普及している第三世代型の中では最後発の機体ですが、拡張性の高さや高い安定性が評価されて世界各国で運用されています。
特に軍用機として見たシェアは米国の『ヘルハウンド』、日本の『打鉄』に次いで三位となっていて、欧州七ヶ国でライセンス生産、その他十二ヶ国では輸入という形で、本国での運用と合わせて五千機近くが各国の軍隊に配備されています。
特筆すべき点はイメージインターフェースを使った操作の大幅な簡易化で、これによって操縦者への要求水準を押し下げるとともに、柔軟な
その他にもパッケージの適用速度を高速化するなど――」
「ああ、そこまででいい。学園の訓練機として使っているのも生産機数が多く整備がしやすいからだ。解説が分からなかった者もそこだけは覚えておけ」
えーっと、と耳に入れた内容をひとり反芻する。
つまり、『開発されたのは遅いけど人気があるよ』ってことでいいんだよな? なんだか間違ってるような気がするけど、おおよそは合ってる筈だ。
続けて千冬姉はボーデヴィッヒさんへと視線を向けた。
「――では、ボーデヴィッヒ。クレヴィング先生の専用機である『ヴィントリッター』について解説してもらおうか」
「はい。『ヴィントリッター』はドイツの第三世代型ISで、軍事目的での運用を前提として開発されています。防御性能を重視した設計に加え、各部アーマーに物理シールドを追加することで、さらに高い防御能力を付与することが可能となっています。
少尉――いえ、クレヴィング先生の機体は改修が施されたF型で、フレームこそ共通ですが、外装のほとんどが機動性能を考慮して再設計されたものに換装されています。また、主機も一新されたことで推進力が大幅に上がり、最大搭載重量も旧型の倍近くまで強化されています。
ヘッドギアは頭部保護の観点からバイザー方式が採用されていますが、部隊によっては軽さを重視した
……これで十分ですか?」
「よろしい」
確認を取るボーデヴィッヒさんに千冬姉は軽い頷きを返した。
「オルコットと凰の機体については知っている者も多いのでここでは特に説明もしない。どうしても気になる者は後で調べておけ。機密事項に触れる内容でなければ、ほとんどの情報が公表されているのだからな」
ちなみにそうなっているのは『アラスカ条約』で規定されているかららしい。兵器ということで軍事機密も沢山あるが、IS競技をスポーツとして成り立たせる以上は非公開というわけにもいかない。そんなわけで、IS委員会の監督のもと、機体のスペックや対戦成績といった差し障りのない情報がまとめて一般に公開されている。
ちなみに大手の出版社からはIS専門誌なんてものも出ているらしい。まだ一度も読んだことはないけどな。
「一対一でのルールは把握しているな。織斑」
「ええっと、織斑は二人いるんですが……」
「そうか、そうだったな」
各クラスでやってる時はいいが、こうやって合同で授業をやると同姓が二人になってしまう。まったく、ややこしいったらありゃしないな。
「――では織斑一夏、個人戦のルールについて簡単に説明してみろ」
「は、はい。……えっと、両者で一定のシールドエネルギーを設定して、その残量で勝敗を決めるんですよね?」
俺は曖昧な記憶を頼りに、千冬姉の質問に答えた。
「そうだ。対人用の拳銃弾に換算して一万発分の威力を相殺するエネルギーを基準値とし、お互いに攻撃を当てて相手のシールドエネルギーを削るのがバトル形式のルールだ。時間制限なら残量で、無制限なら基準エネルギー以上を消費した時点で勝敗が確定する」
要は格闘ゲームなんかと同じってわけだ。なんとも分かりやすい。
――そういやISのゲームが弾の家にあったな。あれはまんま二次元の格闘ゲームだった気がする。確かイタリアの機体がやたらと強くて、そいつばかり使ってくる弾に毎度のごとく画面端でコテンパンにされてたんだよな。ジョインジョインテンペスタァ。
「ここまでが個人戦の場合だ。タッグ戦では二対二で争い、片方のチームが全滅した時点で勝敗が決する。個々の実力は勿論、お互い連携できる状況をいかに作り出すかが重要になってくるから、難易度はより高くなる」
つまり、テニスや卓球みたいにシングルとダブルスがあるってことでいいんだよな。少なくとも、ものの例えとしてはそう間違っちゃいない筈だ。
「双方準備ができたようだな。では、始め!」
千冬姉の号令と共にブザーが響き、四機のISが一斉に動き出す。
先に飛び出したのは鈴とセシリアだ。『双天牙月』を構えての突進に飛び交う『ブルー・ティアーズ』からの絶え間ない援護射撃。きっちり役割を分けての初撃を、教員チームはいとも簡単に回避してみせる。
『やはり一筋縄ではいきませんか』
こっそり『白式』のセンサーを起動すると、回線越しに彼女の声が聞こえてきた。さすがに
緊張感の籠もった調子でつぶやいたセシリアは、一度ユニットを呼び戻して狙撃姿勢を取ろうとする。――が、薙ぎ払うように飛来した弾丸の雨に緊急回避を余儀なくされた。
『判りやすいな。行動は的確だが、基本に忠実過ぎては行動を読まれるぞ』
銃口が二つも付いた巨大な機関砲を構えての遠距離攻撃。積載能力と秒間の火力に物を言わせた制圧射撃でセシリアの動きを封じたのは、『ヴィントリッター』を駆るクレヴィング先生だ。さらに山田先生が『レッドバレット』を二挺構えてのバースト射撃で鈴の突進を押さえ込む。
どちらもそれぞれの特性を見抜いた上で、一番苦手とする戦法を選んで攻撃しているようだ。戦術の巧みさは勿論だが、先生たちの実力の高さがあってこそ成り立つ戦い方だろう。
『ほんっとに容赦ないわね! ああもう、さっさと『ティアーズ』で援護したらどうなのよ』
『わたくしの方も手一杯で――きゃあっ!?』
鈴への応答で意識が逸れた瞬間、投げ込まれたグレネードがセシリアの眼前で炸裂する。爆発の衝撃で弾き飛ばされた彼女は、そのまま火線で誘導された鈴とぶつかって地面に墜落した。
『ま、まだよ! まだあたしのエネルギーは残ってるわ!』
うつ伏せでもがくセシリアを押しのけるようにして立ち上がった鈴は、肩パーツを開放して衝撃砲を発動させた。
周囲の大気を震わせながら撃ち出される圧縮空気の砲弾。強い力場をまとった必殺の一撃がクレヴィング先生に真正面から衝突した。シールドを剥ぐことに特化したあの攻撃なら、撃墜まではいかなくても相当のダメージを与えた筈だ。
よし、このままいけば逆転も――。
『芸がないな』
最大出力の『龍咆』を眼前に捉えた先生は、虫でも追い払うかのように右腕を振るった。――その瞬間、空間が巨大な手の形に歪みを生じる。
『……なっ!?』
絶句する鈴の目の前で、不可視の弾丸は無造作に振るわれた透明な拳に打ち砕かれ、瞬く間に無力化されてしまった。
(あれも空間作用兵器なのか……?)
《肯定――
ひとり首を傾げたつもりが、『白式』の奴が律儀にメッセージを返してきた。いや、うん……ありがとな。
『これで、チェックメイトですよ』
気を取られた虚を突いて、山田先生がコンテナから取り出したショットガンを至近距離で炸裂させる。避ける間もなく無数の小弾にシールドを大きく削られて、鈴もほどなく戦闘不能になった。
「あの面子を相手に五分か。まあ、撃ち合いになっただけでも上出来だろう」
手も足も出ない、一方的どころか瞬殺と言ってもいいレベルの試合結果。それでも千冬姉は健闘した代表候補生チームに賞賛を送った。
「さて」
フィールド上の四人が降りたのを見てから、彼女は俺たちに向き直った。
「今ので連携の大切さがよく分かっただろう。個人の実力を付けるのも大切だが、個人戦以外でそのまま通用すると思うなよ。どのように戦い、どうやって都合の良い膳立てをするかをしっかりと学べ。そして、知識を余さず実践に努めるようにしろ。いいな?」
「はい、先生。そのことで質問なんですけど」
さっそくうちのクラスメートから手が挙がる。うむ、分からないことを素直に質問するのはいいことだ。割と簡単そうに見えるけどなかなか実践できないんだよな、こういうのって。
「わざわざタッグマッチを見せたってことは、近いうちにそういう形式の試合があるってことですよね? 学年別トーナメントはタッグを組んで参加することになるんですか?」
「その通りだ。今回に限り自由参加になっているから、組む相手を予め決めた上で申請してもらうことになるな」
へえ、そうなのか。
……これも襲撃事件の影響なのかね。外出許可の延期といい、影響がいろんな場所に広がってて大変だよな。犯人の特定も含めてさっさと解決してほしいもんだ。
「参加希望者はパートナーの相性を考えて慎重に選べ。選り好みで悲惨な成績になっても責任は取れんぞ」
「はーい」
「ではグラウンドに戻って訓練を開始するぞ。今日は近接格闘ブレードの扱いについて実習を行う。武装の搭載が済んでいない者は、私の話が終わり次第申し出るように」
俺は『
というか、一次形態に移行したら拡張領域がひとつ空いたんだが、一体どうなっているのかね。ひょっとして、他のスロットにも移行のための装備が一式詰まってたりするんだろうか。
まったく、レベルアップでロックが解除されるなんてゲームみたいでおかしいよな。そのうち経験値方式でスキルまで付いたりして。
――さすがにそれはないか。ないよな、うん。