無限遠のストラトス   作:葉巻

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7.1 貴公子と騎士①

「お……」

「男の子だ……!」

 教室内のあちこちから驚きの声が上がる。その様子を転校生――シャルル・デュノアはきょとんとした表情で見つめていた。『なんで俺を見て騒いでるんだ?』と言わんばかりのとぼけっぷりだ。

「二人目の男子よ! 二人目の男子!」

「それも守ってあげたくなるようなカワイイ系!」

「わが世の春が来たー!!」

 校舎を揺さぶるくらいの勢いで、末期色――もとい真っ黄色の悲鳴を上げるクラスメートたち。けれども俺だけは、いまひとつ喜べないまま彼の方をじっと見つめていた。

 実を言うと、IS学園に男子が来るなんて状況はあまり嬉しくなかったりする。何だか嫌な予感がするんだよなあ、男性の操縦者って。

 ――いやね、純粋に適性を持って生まれてきたなら手放しで喜べるんだが、もし俺みたいな境遇の奴だったりしたらと思うとちょっときついなーってさ。できることなら、俺のこの予感が外れてくれるとありがたい。

「み、皆さん! まだ自己紹介は終わっていませんからお静かに!」

 あたふたしながら山田先生が呼びかける。そうそう、転校生ってもう一人いたんだったな。

「で、ではボーデヴィッヒさん、どうぞ」

 やっとのことで静かになったのを見て、先生は銀髪の生徒にゴーサインを出した。

「――ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 簡潔どころか名前だけ告げただけで、彼女は黙ってしまった。といっても、別に緊張しているという様子はない。どちらかといえば、『これ以上喋ることは何一つない』といった雰囲気でクラスメートたちをじっと眺めている状態だった。

 誰か続きをせがむかと思ったが、全員張り詰めた空気に圧倒されて黙り込んでいる。何だろう、この妙な圧迫感は。

「え、えーっと……」

 いつも朗らかな山田先生でさえ、続きを促すのを躊躇しているくらいだった。さっきの興奮したムードからは一転、零下まで落ち込んだ空気の中で、俺は目の前に立つ彼女をじっくりと観察することにした。

 髪の毛は根元から先まで銀一色。光の当たり具合によっては白っぽく見えるほどに艶がある。だが、適当に伸ばしましたとばかりに乱雑なのは少々いただけない。耳の後ろで結ぶなり、先の方を切り揃えるなりすればもっと可愛くなるだろうに――と、まあそこまで指摘する気にはなれないわけだが。

 左目は皮製の眼帯に覆われていて分からないが、右の瞳はルビーに似た鮮やかな赤を宿している。デュノアくんとは対極的な、冷たい輝きを帯びた目だ。見下しこそしていないが、目の前の同級生に対してほんの少しも興味を抱いていない――といった感じだろうか。

(学生っていうより軍人だよなあ……。それも、不用意に手を出したら警戒して関節決めそうな雰囲気の)

 ちなみに背丈は女の子の中でもかなり低い方だ。実際に並ばせてみないと分からないが、多分鈴といい勝負だろう。

「あの、自己紹介……」

「以上だ。他に言うことはない」

 無慈悲に突き返されて半泣きになる先生。ってこらこら、転校初日から担任をいじめちゃ駄目だろう。これから長いことお世話になる相手なんだぞ。

 ――なんてことを考えていたら急に彼女と視線がかち合った。

「っ…………!」

 数秒間見合っていたうちに何を考えたのかはわからないが、彼女の頬に赤みが差したかと思うと、一気に広がっていく。

 ――な、何だよ。口元にご飯つぶでも付いてたのか?

「ど、どうしてこんなところに……」

 急に俯くなり、ボーデヴィッヒさんは不明瞭な声でぼそぼそつぶやき始めた。うーむ……まったくもって理解できん行動なんだが、これはどう解釈すればいいものかね。

「あ、あの……。それじゃあ今日のホームルームは終わりにします。ふたりとも自分の表札が立っている机を使ってくださいね」

 復活した山田先生が呼びかけると、二人の転校生はそれぞれの席に向かって歩き去っていった。着席早々女の子から質問攻めに遭っているデュノアくんとは逆に、目を閉じてだんまりを決め込んだボーデヴィッヒさんの周りは完全に沈黙している。外見も印象も真逆なふたりということで、反応も二通りといった状況だ。

 男性のデュノアくんほどじゃないにしても、ボーデヴィッヒさんは海外からの転校生。当然クラス全員が興味津々なんだが、あまりにも近寄りがたい雰囲気を漂わせているせいで誰も話を切り出せずにいるらしい。……まあ、一緒に過ごしているうちに警戒心も解けてくるだろうし、今は見守ることにしよう。

「えーと、それでは今日は二組との合同訓練を行いますから、着替えて第四アリーナ横のグラウンドに集合してください。織斑くん、デュノアくんのサポートをお願いしてもいいですか?」

「了解です」

 答えるなり、俺は席を立ってデュノアくんのところへと向かう。赤面していた彼女のことが気になるが、集合時刻まで余裕がないのでそう構っていられない。

「えっと、君が織斑くん? 僕は――」

「ああ、そういうのは後回しで。とにかく急ぐぞ」

 今日は三組と四組も別の場所で合同訓練をやることになっている筈だ。ということは、あんまりぼやぼやしていると大量の女子と鉢合わせることにもなりかねない。

「とりあえず、男子はアリーナ側の更衣室を使うことになってるからな。これから毎度移動することになるから、さっさと慣れないと大変だぞ」

「うん、ありがと――ってちょっと!?」

 戸惑う彼の手を引いて廊下へ。ドア越しに喧騒が響いているから、他のクラスは着替えの最中ってところだろう。とりあえず一階まで駆け下りた俺は、そのまま上級生の教室を過ぎて昇降口を目指す。

「ああっ、あんなところに噂の男の子が!」

「ねえ、あれって転校生? もしかして二人目!?」

 背後から声が響くが知ったこっちゃない。というか、立ち止まったりしようもんなら噂好きの女子たちに囲まれて遅刻確定になってしまう。俺はともかく、転校初日のデュノアくんが遅れるっていうのはかなりマズいからな。

「ねえ、なんで皆が大騒ぎしてるのかな?」

 ――なんてこった。この子、この非常にマズい状況をまったく理解してないぞ。

「そんなの言わなくたって分かるだろ。何しろ俺たち以外に男子が居ないんだからな、騒がないわけがない」

「…………?」

 いや、なんで首傾げるんだよ。

「ISを動かせる男子が特殊だってのは知ってるだろ? そういうこと」

「……あ、なるほど。確かに自分と違う立場の相手って追いかけたくなるよね」

 ようやく自分の置かれている立場を理解したのか、暢気な調子で頷くデュノアくん。まったく、一体どこまで鈍感なんだよ。というか、今までどんな環境に居たのかすごく気になるんだが。

(やっぱりアレか。世間に知られないよう軟禁されて育ったとか、そういう境遇なんだろうか……)

 ふと暗い考えが頭を過ぎる。でもまあ、この底抜けに明るい雰囲気から察するに、そこまで不幸な生い立ちでもないらしいしなあ。とにかく色々と変わった奴であることは間違いない。

 そうこうしているうちに、俺とデュノアくんは無事第四アリーナの前までやってきていた。見たところ先生も女子たちも来ていないようだし、さっさと着替えを済ませてしまおう。

「しかし、デュノアくんが来てくれて良かったよ」

「どうして?」

「いや、お前さんが来るまで教室内に男ひとりって状況だったからな。元々女子校みたいな場所だから、色々と気を遣わなきゃならないんだよ」

 着替えの仕様なんかがそうだ。先生の計らいで極力グラウンドの近くの更衣室を用意してもらっているが、上級生の授業と被った時はわざわざ空いているアリーナまで遠出して着替えなきゃいけなくなる。まったく、面倒臭いったらありゃしない。

 あとは噂好きの女子に絡まれたり、ネタに飢えた新聞部員に追い掛け回されたりして苦労が耐えないってのもあるな。

「とにかく、こうして同性のクラスメートがいてくれるのは心強いわけだ」

「そうなんだ」

 なんで『僕はそんな経験したことないけど』って感じの相槌が打てるのか分からんな。やっぱり特殊な環境に居たんだろうか。

 ひょっとしたら、欧州には性別を気にせず受けられるような体制が整っているのかもしれないな。男女共学のIS学園とか……なにそれうらやましい。

「まあ、なんにしてもこれからよろしくな。お互い声をかけることも多いだろうし、俺のことは一夏って呼んでくれ」

「うん、よろしくね一夏。それと僕のことはシャルルでいいよ。あんまり堅苦しいのは好きじゃないしね」

 降り注ぐ暖かな陽光のように微笑む彼はまごうことなきイケメンだった。もし俺が女だったら一発でノックアウトされていただろう。このイチコロスマイルを見ていると、今日中には撃墜王の異名を欲しいままにしていそうな予感がしてならない。本人が意識してるかはともかくとしてだが。

「よーし、何とか到着だ」

 圧搾された空気が吐き出される音とともに更衣室のドアが開く。ちらりと壁の時計を確認すると、思ったよりも時間が経っていた。こりゃマズいな、さっさと着替えないと遅刻するぞ。

 ボタンを外すなり上着を一気に脱ぎ捨てる。そのままTシャツも脱いでしまえば上半身はISスーツ姿だ。予め着込んでおくと便利だってクラスメートが言ってたので、さっそく試してみたといった感じ。うん、意外と悪くないぞこれ。

「一夏も着たまま派なんだ」

 一足先に全身スーツ姿になったシャルルが興味深そうに見つめてくる。黒地に青いラインが大半の俺と違い、藍色の下地に暖色系統のラインが走ったやや派手なデザインだ。

「なんかカッコいいISスーツだな。それ、どこのヤツなんだ?」

「デュノア社が新規に開発した特注品だよ。ベースは軍用の『ファランクス』なんだけど、僕の体格に合わせて弄ってあるからほとんど別物かな」

 へえ、そうなのか。

「あれ、デュノアってお前と同じ……」

「うん。僕の父さんがデュノア社の社長なんだ。創業者はお祖父ちゃんで、元々航空機の部品を作ってたらしいんだけどね」

「なるほどなあ」

 道理で外れたことばかり言ってるわけだ。大金持ち、それもISにしっかり関わってる会社の御曹司なら男性操縦者の存在を隠すくらいのことは造作もない。訓練にしたって、専用の施設を関係者以外立ち入り禁止にしておけばある程度は隠蔽できる。そういう事情もあってIS学園の空気を理解できてなかったのか、そうか。

「なんでしきりに頷いてるのか分からないけど、のんびりしてると授業に遅れるよ?」

 おっと、危うく忘れるところだった。俺は残りの着替えを足早に済ませると、急かすシャルルと一緒にグラウンドへと向かう。

 若干集合時間をオーバーしてるけど多分大丈夫だろう。多分。


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