無限遠のストラトス   作:葉巻

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6.6 二人の転校生⑥

「――やっぱデザインはハヅキが一番だと思うんだよね」

「でも機能的にイマイチじゃない? カッコ良くても肌触り悪いのは嫌だし」

「そんなことないもん。この前試着したけどちょうど良かったよ?」

 女の子というのは、世の男が思っているよりも流行に敏感な生き物だ。こうして目の前で衣装カタログを閲覧しているクラスメートたちを見ていると、よりはっきりと実感できる。

「性能で考えたらミューレイ・インダストリーの製品が一番じゃない? 情報転送速度も今出てるヤツの中で最高だし、感度も高いし」

「物は良くても高かったら二着目以降に手が届かないじゃん。あんたはお金持ちだから関係ないけどさー」

 搭乗者にとって必須ともいえる装備――ISスーツがメーカー順に掲載されたページをあろうことか教室前方のディスプレイに投影し、あれやこれやと話し合っている彼女たちの姿はなんとも微笑ましい。

 俺なんてIS委員会が用意した一種類だけだからな。どう違うのかさっぱり分からん物を並べて選択に悩むなんて行動とはまったく無縁というわけだ。

 大体、学園側で用意してもらった国産のISスーツがあるだろう君たち。せっかく提供してもらった装備を使わずにいるなんて勿体ないぞ。

「ねえねえ、織斑くんはどこのスーツ使ってるの?」

 おっと、俺にまで質問が飛んできた。どこのって言っても手がけてるのが一社だけなんだが、せっかく訊かれたんだから答えるとしよう。

「英国のイングリッド・ミューゼル製。ストレートアームモデルを原型にした特注品だとさ。詳しいことはよく分からないけどそんな感じ」

「イングリッド社って、確か軍用機向けのISスーツを作ってるところだよね」

 そう言って首を突っ込んだのは出席番号一番の相川さんだ。IS関連の雑学が好きなのか、この手のネタには何かと詳しかったりするんだよな。意外とためになるし、聞き流すには勿体ない。

「ストレートアームモデルは確か全身装甲型(フルスキンタイプ)向けに開発されたスーツだったと思うけど……。特注っていうのは、手足の先まであるのを半分まで切り詰めてるからなのかな?」

「多分そうだと思う。しかし、やけに詳しいな」

「う、うん。そういうことだけは何となく調べてるから」

 ぽっと頬を染めながら答える彼女。その反応だけは未だに理解できないが、とりあえず豆知識が一つ増えたのでよしとしよう。

「おはようございます。あれ、皆さんISスーツの選定で悩んでいるんですね」

 ドアが開き、山田先生が入ってきた。――まだ始業の時刻にはちょっと早いな。授業前に話でもあるんだろうか。

「ISスーツは体表面の微弱な電位差を接触面で検知して、その情報をISに送る役割を果たすものです。接触状態によってISの反応速度にも差は出ますから、ちゃんと体型に合ったものを選んでくださいね。それと、表面は胴体部の防御装置としての機能もありますからね。シールドを展開していない状態でも小口径の拳銃弾なら貫通することなく受け止められますし、ある程度の防刃性能も持っているのでIS格納中の防護服として機能してくれます。ただ、着弾の衝撃までは打ち消せませんから、当たり所によっては骨折することもありますのであしからず」

「さすがやまや、物知り!」

「元代表候補生ですから、このくらいは朝飯前です。……それと、やまやって呼ぶのはやめてください」

 恥ずかしそうに言う山田先生。誰が付けたのか、入学して一月経つ間に先生の愛称が『やまや』になりつつある。最初は『ヤマヤマ』だったのが一字だけ縮まって、なんだか美味しそうな響きに変わったわけなんだが……まあ、先生としてはあまり楽しくない呼び名だよなあ。

「えー、やまやって呼びやすくていいじゃん」

「せ、先生にあだ名をつけて呼ぶのはよくありませんよ?」

「じゃあまーやん」

「ですからあだ名は……」

「んじゃ、ヤマヤマに戻す?」

 ――完全に遊ばれてるな、この人。そりゃ弄りやすい雰囲気だろうけど、あんまりからかってると痛い目見るぞ。仮にもIS学園の教員なんだからな。

「はあー……分かりました。もう、やまやでいいですから席に着いてください」

 山田先生はため息をついて言った。少し馴れ馴れしい気もするけど、これだけ慕われてるのはある意味で人徳のなせる業と言えるんじゃないかね。少なくとも俺はそう思う。

 

 全員が席に着いたところで、山田先生はようやく話を切り出した。

「えーっと、皆さん。ISスーツは来週末に学園側でまとめて発注しますから、それまでに銘柄とデザインを決めてくださいね。締め切り以降は個人でお金を出して購入してもらうことになりますから、忘れず注文書を提出してください」

「はーい」

 教室全体から声が上がる。ちなみに俺のはすでに現物が届いているので手続きは必要ない。モルモットやってるとこういう時だけは便利だよな。必要なものはあっちが全部用意してくれるから、いちいち難しいことを考えなくていい。ISに関する知識がそこまで身についてない俺にとっては非常にありがたい待遇だ。

「それと、今週から授業を担当する先生が増えることになりました。臨時の補助教員ということで私と一緒に皆さんの指導に当たりますので、その都度紹介しますね」

「はい、先生! それって千冬様のことですか?」

 話を聞くなり一斉にクラスメートの手が挙がる。というか千冬様って。

 お前らなあ……うちの姉は確かに超有名人かも知れないけど、変に神聖視してると絶対幻滅するぞ。あの果てしなくぐうたらな姿を見たら、自分と同じ種族の生命体かって疑いたくなるぞ。

 これ以上言うと本人から直接鉄拳制裁を食らいそうだから黙っておくけどな。

「えっと、織斑千冬先生もそうですが、他にも数名の先生が授業の補助を担当してくださいます。どの先生も外部からお呼びした方たちばかりですから、くれぐれも失礼のないようにお願いしますね?」

「わかりましたー」

 本当に分かってるんだろうか。まあいいか、適当に答えているようでみんなしっかりしてるし、多分大丈夫だろう。

「最後にもうひとつ、大事なお知らせがあります。……えー、このクラスに転校生が『二名』加わることになりました」

 先生がそう言った途端、教室中にどよめきが広がった。うん、俺も正直驚いてる。今この瞬間まで一人しかいないもんだと勝手に思ってたからな。

 ――それにしたって、ひとつのクラスに二人も転入させるってのはどうなんだ。教員一人で何人も面倒を見るのは大変だし、普通なら一人ずつに分けると思うんだが。

「失礼します」

「えっと……失礼します」

 クラスメートたちが盛り上がる中でひとり首を傾げていると、教室のドアが開いて件の生徒が入ってきた。教壇の隣まで歩いたところで、それぞれ顔をみんなの方に向けて直立する。先に振り返った方は鍛えられた刀剣を思わせる銀色の髪。もう一人の方は燦々と降り注ぐ陽光のような金髪だ。

 もうひとり、パール色の髪の子がいたら素晴らしいプレゼントだったな。何のことか分からないって? 俺も詳しくは知らんが、そういうキャンペーンが大昔にあったらしいぞ。

「それじゃあ、簡単に自己紹介をお願いします」

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。途中からの編入で分からないことも多いと思いますが、どうぞよろしく」

 金髪の子がニッコリと微笑む。その姿を見るなり、俺を含めた全員が言葉を失った。

 

 そりゃそうだろう。目の前にもうひとりの――れっきとした男のIS操縦者がいたんだから。


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