無限遠のストラトス   作:葉巻

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6.4 二人の転校生④

「ねえ、来月のトーナメントで――」

「知ってる。優勝したら告白できるんでしょ?」

「ホントにガセじゃないんでしょうね……」

「本当だってば。篠ノ之さんが織斑くん相手にはっきり言ってたのよ」

 またその話か……。盛り上がる女子の一団を視界の端に捉えた俺は深くため息をついた。

 食堂がやかましいのは相変わらずだが、ここ数日は一箇所に集まって熱心に話し込んでいる姿がやたらと目立っている。それも決まって個人トーナメントの話で持ちきりという、非常に厄介な状況だったりするのだ。

 ――というか、当事者が目と鼻の先にいるのに気付いてないってのがなあ。聞き流せない話だってのはなんとなく分かるけど、多少は人目を気にした方がいいんじゃないか。

「お待たせ――って何難しそうな顔してんのよ」

 声のした方に振り返ると、鈴が怪訝な顔でこっちを見つめていた。買い物袋を置いたついでに部屋着に着替えてきたらしく、先ほどよりもゆったりとした装いに変わっている。

「ん、そうか?」

「アンタは考えてることがまんま顔に出てるのよ。読心術なんて必要ないわね」

 うーん、そいつはちょっとマズいな。ポーカーフェイスの極意とやらを学んだら多少は読まれにくくなるだろうか。

「ポーカーやっても身に付かないわよ」

「そこまで筒抜けなのかよ」

「冗談半分で言ったんだけど? はあ……。隠す前にその単純なロジックってヤツをどうにかした方がいいんじゃない?」

 単細胞とか、軽くひどいこと言うなお前は。まあ、少なからず否定できないところもあるけど。

「で? 見たところ夕食はまだみたいだけど?」

「まあな。先に盛り付けるとおかずが冷めるし」

「――嘘でもマシな理由付けて言ってくれれば良かったのに」

 突然そっぽを向いた鈴は、俺が聞き取れないくらい曖昧な声音でつぶやく。その内容を訊き返す間もなく、彼女は料理の並んでいるスペースへとひとり歩いていってしまった。

(まったく、何を考えてるか分からんな……)

 不可解な言動に今一度ため息をついて、俺は落ち着けていた腰をゆっくりと持ち上げた。

 

「……一夏、ひとつ訊いてもいい?」

「答えられる範囲の質問ならどうぞ」

 チキンの香草焼きを一口大に切り分けながら俺は応える。うーん、この食欲を誘う匂いがたまらない。

「こっち見て言いなさいよ」

「分かった。分かったからそう怒るなって」

 そう言って箸を置くと、鈴は俺の顔をじっと見つめたまま話し始めた。

「アンタはさ、箒のことをどう思ってるの?」

「どうって……そりゃ、大切な幼なじみに決まってるだろう」

「そんなこと分かってるわよ。あたしが知りたいのは、アンタが箒を――」

 喉元まで出かかった言葉を詰まらせたまま彼女は黙り込む。けれども言わんとしていることは多少なりとも理解できた。

 というか、この状況で確認したいといったらあの手の話しかないだろう。

 

 『織斑一夏が、篠ノ之箒というひとりの女の子に恋心というものを抱いているのかどうか』という疑問くらいしか。

 

 ――正直なところ、俺にもどうなのか分からない。友達として好きかどうかと訊かれれば間違いなく即答できるんだが、異性としてどう思っているかなんて訊かれると返答に迷ってしまう。

 俺にとって大切な存在だってことは確かだ。けれどもそれは、性別関係無しに仲間という括りで見た場合の話であって、異性として意識したことはついこの間まで、ほんの一度たりともなかったことなのだ。

 それだけに、どう言葉にすればいいのかが分からない。どう答えれば、鈴の納得する形に落ち着くのかがちっとも見えない。

 そんなこんなで何も言えずにいると、鈴は急に溜め込んでいた息を吐き出した。

「――もういいわ」

「え?」

「答えなくてもいいわよ。変なこと訊いて悪かったわね」

 どこかばつの悪そうな表情を浮かべながら、彼女はそう言った。

「さ、食べましょ」

「お、おう……」

 一言ずつ交わしたっきり、俺たちはお互い無口になった。上手く言葉にならない想いを奥底へと沈め直すように、ただひたすらに目の前の食事をかき込む。

(…………はあ)

 なんだろう、ものすごく気まずい空気が漂っているんだが。

 

 喋りながらでのんびり進んでいた夕食も、黙った途端にみるみる進んで十分くらいで終わってしまった。これといって言葉を交わすこともなく、空になった食器を手に立ち上がる。

「食後のお茶は番茶で良かったわね?」

「ああ、うん。頼む」

 食器を返却し終えたところで、鈴が気遣い気味に声をかけてきた。俺は少し曖昧な返事を返してから先ほどいた席へと戻る。

 ――どうフォローを入れればいいもんか分からんな。こういう時に限って気の利いた言葉が思いつかない。

「おりむー、もう食事終わっちゃったの~?」

 ようやく部屋から降りてきたのか、のほほんさんがちょっぴり残念そうな顔で歩み寄ってきた。随分遅かったなーって俺たちがさっさと済ませただけか、そうか。

「スマン。あとは食後のお茶くらいしか残ってないけど、それでもいいなら付き合うぞ」

「それじゃあおりむーと一緒のテーブルでお食事できるね~。やったねかなりん~」

「えーっと、お、お邪魔します……」

 ニコニコ笑顔ののほほんさんに対して、かなりんさん(仮)の方はなんだかぎこちない表情を浮かべている。

 ――うん。こういう反応には慣れたさ。かれこれ一ヶ月以上も同じ状況に出くわし続けてるからな。

「あの……学年別トーナメントの噂って」

「ん?」

 それも散々聞かされたからそこまで驚かないぞ。というか箒よ、このまま誤解を広げたままでいいのか。

「……あ、えっと、何でもないよ?」

「ん、そうか」

 さすがに本人を問いただすのには抵抗があったのか、質問を途中ではぐらかすかなりんさん(仮)。いい加減本名が気になるけど、急に尋ねたりするのも変だしなあ。もうちょっと時間を置いてから切り出した方がいいかもしれない。

「じゃーお料理取ってくるねー」

 おう、行ってらっしゃい。

「なに、また面倒なこと訊かれたの?」

 のほほんさんたちと入れ替わりに戻ってきた鈴が、なんとも言えない表情を浮かべて俺を見つめている。

 ――別に面倒ってほどのことでもなかったんだが、どうしてそう見えてしまうのかね。

「少しばかり質問に応対してただけだぞ」

「まったく、アンタは行く先々で絡まれるわね」

 心配しているのか呆れているのか分からないようなことを言いながら、彼女は持ってきた湯飲みをテーブルに載せる。

「俺がトラブルメーカーみたいな言い方しないでくれよ。――ああ、お茶が美味い」

「そのまんまでしょーが。……ま、別にいいけど? 困るのはアンタだけだし」

 良くない。全然良くないぞそれは。

「あ、そういえば」

 せっかくの機会だし、蘭のことを話しておこう。もしIS学園に入るなら鈴も先輩ってことになるわけだしな。

「……あの子、IS学園に入りたがってるの?」

 一通り話を聞いた後で、鈴は眉を顰めて言った。こいつと蘭ってどういうわけか昔から仲が悪いんだよな。ひょっとして、名前が似てるからなんだろうか。

 ――いやいや、そんな単純なもんじゃないだろう。きっと俺の知らないところで何かあったんだ、多分な。

「わざわざ適性試験まで受けに行ったくらいだし、本気だろうよ。でもって、もし入学したら俺が面倒を見ることになった」

「ふうん。……って、ちょっと待った。なんでそうなるのよ」

「単に成り行きで」

 正直に答えると、鈴はバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。な、なんでそんなに怒ってるんだよ。

「アンタねぇ……。そうやって女の子と軽々しく約束結んじゃダメだって何度言ったら分かるワケ!? 言っといて守らなかったことがどれだけあると思ってんのよ。そうやって安請けあいするから女の子に寄ってたかられるんじゃない。ほんっと馬鹿よ、大馬鹿だわ!」

「そうは言うけどな……」

「馬鹿、ばかバカBAKA! 人の気持ちも知らないで勝手な約束ばっかりして……」

 うっ……。確かに一理あるけど、そこまでひどく言うことはないだろ。

「わかった、俺が悪かったよ」

「謝るくらいなら最初っから守りなさいよ。あたしとの約束だって――」

 ――あれ、そんなのしたっけ? これっぽっちも記憶にないんだが。

「まさか忘れたなんて言い出さないでしょうね?」

「えーと……」

 睨む鈴から目を逸らしつつおぼろげな記憶を辿ってみる。こいつと約束を交わすなんてほとんどなかった気がするんだが、単に俺が忘れているだけなのかね。

「――あ」

「『あ』って何よ。真面目に考えなさいって――あ」

「揃いも揃って……。なんだ、その反応は」

 ぽかんと口を開けて見つめる俺たちに、箒は怪訝な表情を返しつつ言った。


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