無限遠のストラトス   作:葉巻

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6.3 二人の転校生③

 街に出ていた鈴たちが戻ってきたのは夕飯時になってからだった。

 ちょうど二階から降りてきたところでばったり出会った俺は、そのまま彼女たちとの立ち話に興じていた。買い物ついでにゲームセンターで遊んできたのか、鈴の右腕には枕にできそうなくらい大きなぬいぐるみが抱えられている。

 えーと、そのキャラクターって何だったっけ……。

「『おいなりぎつね』よ。最近流行ってるゆるキャラの」

「おお、それだそれ」

 口元に油揚げを咥えた、ひょうきんな顔のマスコット。鈴っていつも元気に動き回ってるイメージしかないから、こういう可愛いものを大事に持ってる姿はすごく新鮮に見えるよな。明日くらいには吊るされてサンドバッグ代わりにされてそうだけど。

「また失礼なこと考えたでしょ? 顔に出てるわよ」

「気のせいだろ、多分。――ところでそっちの子は?」

「うちのクラスの副代表。ティナって言うの」

 すらりと背の高い金髪少女を指す俺に、鈴は答えた。

 モデルみたい、と形容するのが適当だろうか。こいつが小柄だということを差し引いても、この年頃の女の子としてはかなり背の高い子だ。どこか大人びた雰囲気を漂わせているのはそのキリッとした顔立ちのせいだろうか。もしどこかの雑誌の表紙を飾っていたとしてもきっと違和感を覚えることはないだろう。あるいは冗談で『この人女優さんです』って言っても通じそうな感じだろうか。

「ティナ・ハミルトンよ。よろしくね、織斑くん」

「おう……よろしく」

 ハミルトンさんは素っ気ない口調で自己紹介すると、俺に向かって右手を差し出した。

(女の子と握手、か……)

 彼女の美貌に見惚れながら、その細い手を握り返す。

 ――脇の鈴が何やら険しい視線を送ってきているのは指摘しない方がいいだろうな。こういう場合、下手につつくと噛み付かれるし。

「言っとくけど、この子彼氏持ちだからね」

「なんで手を出すこと前提で話を進めてるんだよ」

 悪いが俺はそういう『軽い』奴じゃないぞ。付き合うならまず文通から、段階を踏んで親交を深めるのがセオリーってもんだ。初対面でナンパなんてする奴は男の風下にもおけないね。

「そそっかしいから予防線を張っておいただけよ。よぼーせん」

 わざとらしい言い方だな、おい。

 とにかく、鈴は二組のメンバーと心置きなく楽しんできたらしい。円夏の奴はと視線を向ければ、プライズ限定の大きな菓子箱をいくつも詰めた袋を提げてホクホク顔だ。荒稼ぎするのは結構だが、昔千冬姉と行ってた時みたく出入り禁止になっても知らないぞ。

「で、あんたは部屋に一日中閉じこもってたわけ?」

「失礼な。暇を持て余すのも勿体ないからって、セシリアと一緒に操縦訓練してたぞ」

「なっ!? そうか、その手もあったわね……」

 その手もって、悔しがるほどのことじゃないだろ。お互い特別に何かを意識してたわけでもないんだから――。

(特別な意識……。って、いかんいかん。今は忘れよう)

 また先日のことを思い出しそうになった俺は、頭をぶんぶんと振って雑念を追い払った。

「……何やってんの?」

「ああ、いや。何だか首の辺りが凝ってるなーって思っただけだ」

「それなら揉んであげよっか? あたし、そういうの得意だから」

 そう言って鈴はニッコリと笑った。

 ――勘弁願いたいな、それだけは。こいつのマッサージって、基本痛いだけでほとんど効き目がないんだよ。自分で揉みほぐした方がよっぽどマシだ。

「あ、おりむーにりんりんだ~」

 急に体の芯から力が抜けるような声が聞こえてきたと思ったら、人間サイズの『おいなりぎつね』がよたよたと歩いてきた。

 ――もとい、着ぐるみ風のパジャマを着たのほほんさんがこちらに近づいてくるのが見えた。その服を取り扱ってるのは一体どこの店なのか、今とても気になっているのは俺だけだろうか。いや、別に『鈴あたりに着せたら意外と似合いそうだなー』なんて考えてないぞ。ないったらない。

「り、りんりんはやめてほしいんだけど」

「え~? りんりんはりんりんが一番だって私は思うのだよ~」

 とっても嫌そうな表情を浮かべる鈴に対して、当ののほほんさんは穏やかに微笑むばかり。のれんに腕押しとはまさしくこのことだな。

 まあ、あいつが嫌がる気持ちは分からなくもない。というのも、引っ越してきたばかりの頃に『リンリン』ってあだ名でからかわれていたからだ。机に笹の束が乗っけられてた時なんて、クラス全員が驚くほどマジ泣きして数日不登校になったりもした。

 その後俺と箒で犯人の不良な男子たちをとっちめたんだが、ふたりで思いっきり立ち回ったせいで俺たちの方が怒られたんだよなあ。今さらながら理不尽きわまりない思い出だ。そりゃまあ、殴りつけた勢いで前歯を折ったり重度のポニーテール恐怖症にしたりってのはやり過ぎだったけどさ。

 あの頃は箒ともどもやんちゃな奴だったなーって、それはどうでもいいか。

「とにかくりんりんはダメ! 他の呼び名にして」

「むー……。それなら他の名前を考えてみる~」

 強い口調で迫る鈴を前にして、のほほんさんは渋々ながらも承諾したようだ。

「それよりさあ、私とかなりんと一緒にお夕飯食べようよ~」

「かなりん?」

「私と同じ部屋の子だよ~。……あれ~? かなりんがいないー」

 ああ、もしかしてさっき走り去っていった子のことか? 結構ラフな格好だったから、多分慌てて着替えに行ったんだろう。

「おわー。ちょっと呼んでくるね~」

「おう。先に行って待ってるからな」

 再び部屋へと戻っていくのほほんさんに応える俺。その姿を見つめていた鈴は、少し呆れた表情でつぶやきを漏らした。

「随分とモテモテじゃない」

「どこをどう見て言ってんだか。本来居ない場所に男が一人いるから珍しいと思ってる子が多いってだけだろう」

「ふうん。ま、そういうことにしておくわ」

 何だよ、その『納得してないけど仕方ないわね』って感じの言葉。

「それじゃ、あたしも荷物置いたら行くから待ってなさいよ」

「分かった」

 そう言って彼女たちとも別れ、俺はひとり食堂へと向かった。

 ……そういえば、今日は箒の姿を見てない気がする。朝の特訓にすら現れなかったし、一体どうしちゃったんだろうか。

(まあ、鈴たちみたいに出かけてるのかもしれないし、そこまで心配しなくてもいいか……)


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