『――やはり格闘武装だけでは満足に戦えませんわね』
特別に開放された第二アリーナでの手合わせを終えた後、セシリアは通信越しにそう言った。ISには大きく分けて二種類の通信系統があるのだが、今使っているのは
ちなみに、この通信はいちいち口を動かさなくても伝わるらしい。脳波を読み取って相手に送ってるとかいう話だが、その辺りのことには疎いからよく分からないんだよなあ。
『当たるかどうかはともかく、射撃可能な装備を積んだ方がよろしいのではありませんこと?』
『セシリアもそう思うよな』
『ええ。
肉薄しなければいけない分被弾する確率は上がるし隙も大きくなってしまう。それに、遠くから攻撃できないせいで相手は動き放題、逆にこちらは回避と防御で動きが大きく封じられるというのも問題だ。六月下旬の学年別個人トーナメントまでに何とかして克服したいが、果てさてどうしたもんかね。
『そういえばセシリアは銃が使えるよな。扱い方とか教えてもらえると助かるんだが』
『構いませんけど、わたくしは狙撃や遠距離攻撃が中心ですから一夏さんのスタイルに合うかどうか……』
『スタイル?』
近距離主体ってのが何か問題なんだろうか。
『わたくしの場合は相手に的確に当てることが重要ですから、狙いを付けて撃つまでに少々時間がかかります。その隙は『ブルー・ティアーズ』で埋めていますから問題なく扱えていますけど』
『ブルー・ティアーズ』ってあの小さな飛行物体か。ビュンビュン飛び回るだけじゃなくてライフルと同じようなレーザーを撃ってくるから避けるのが厄介なんだよな、あれ。
『ですが、一夏さんの場合はあくまで近づくのが目的ですから、そこまで際立った精度は必要としていません。どちらかと言えば、動き回る中でけん制をかけるための素早さが必要なのですわ』
『なるほど。つまり、追いかけながらそれなりに狙いを付けられる撃ち方じゃないと駄目ってことか』
『そういうことになりますわね。武器そのものの扱いは教えられますけど、それ以上となると不慣れな部分もありますから……』
申し訳なさそうな表情で言うセシリア。まあ、戦い方が違うんだから教えられない部分があっても仕方のないことだ。
『なあ、セシリア。近距離タイプっていうと
『どちらかと言えば円夏さんは中距離で射撃に徹する方ですから、少し違うかと。鈴さん辺りに訊けば、何か良い助言が得られると思いますわ』
『うーん……』
鈴かあ。一度訊いてみたけど、『そんなの適当でいいのよ。あたし、『龍咆』は勘でぶっ放してるし』って当てにもならんことを言われた憶えがあるんだよな。箒といいあいつといい、どうして理屈抜きで動けるんだかさっぱり分からん。
『他に心当たりのある方はいませんの?』
『一組以外の子とはほとんど面識もないし、上級生なんて名前の分かる人が誰もいないからな。あと頼れる人といったら山田先生くらいしかいないぞ』
尋ねるセシリアに俺は答えた。言うまでもなく、IS学園の教員は放課後以降も忙しいので練習に付き合ってはもらえない。そうなると誰も頼る相手がいないってことになるんだが、『じゃあ仕方ないね』って諦めるのはなあ。
『トーナメントまでは二ヶ月近くありますし、じっくり考えた方が良いアイデアが浮かびますわ。それに、基本的なことでしたらわたくしでも大丈夫ですから、遠慮なく訊いてください』
『そうか。ありがとうな』
にこりと微笑む彼女に感謝を告げる。こうして親身に接してくれるのは本当に助かる。
――助かるんだが、何だかなあ。
『……なあ、どうしてそんなに親切にしてくれるんだ?』
俺はふと抱いた疑問を素直に問いかけた。クラス対抗戦で俺と鈴を助けに来て以来、急に距離が縮まったような気がしているんだがどうしてだろうか。
クラスメートだから仲が良くなるに越したことはないってのはわかる。でも、今まで遠巻きに眺めていた彼女が打って変わって積極的になるなんて、よっぽどのことが起こってる筈だしなあ。いや、襲撃事件っていうとんでもない出来事が起こっちゃいるけどさ。
『どうして、と尋ねられても返答に困りますわね』
セシリアは腕を組みながら、言葉を選ぶように答えた。
『しいて言うなら――興味が湧いたから、でしょうか?』
『興味?』
『ええ。どういう人なのかもっと詳しく知りたくなった。そんなところですわ』
『どういう人なのか』……ね。こういうのって、どう受け取るべきか悩むよな。考えようによっちゃ、その……とにかくその手の感情だって場合も無きにしも非ずっていうかだな――。
ええい、なんでいちいち箒の顔が思い浮かぶんだ。どうかしてるぜ、今の俺は。
『一夏さん。少し顔が赤いようですけど、気分が優れないようでしたら一度休憩した方がよろしいのでは?』
『はっ! ……い、いや。ぜんっぜん大丈夫だぞ。至って健康な筈だ、うん』
少し不安そうな視線を向けるセシリアに、俺はぶんぶん首を振って答える。
というか、今の俺って完全に変な人だよな。とりあえずあのことは隅に追いやっておいた方が良さそうだ。そうでもしなきゃ周囲に変人というイメージが定着しかねない。
『もしかして、わたくしがお慕いしているとでも思っていましたの?』
『いやまさか』
『まったくもって判りやすい返答ですわね』
あれ、バレバレだった? 覚られないよう平然を装ったつもりだったんだが。
『わたくしは操縦者として興味があると申しただけです。クラスメートとして親交を深めたいとは思っていますけど、その先へ踏み込むことは考えていませんわ』
ため息をついた後、セシリアはさも面倒そうな表情を浮かべて答えた。
『なんだ、その……ゴメン』
『いいえ、誤解を招くような言い方をしたわたくしにも責任がありますから。それよりも――』
『それよりも?』
『何でもありませんわ。わたくしが言っても無駄でしょうし』
訊き返す俺にそう答えて、またため息をつく彼女。
――無駄って、ひどくないかそれ。まるで俺が鈍感な奴みたいな扱いじゃないか。
あ、そっぽ向かれた。こういうのって何だか傷付くよなあ。
『とにかく練習に戻りましょう。せっかくアリーナが広く使えるのですから、もっと実戦的な練習をしないと――あら?』
何か面白いものでも見つけたのか、急にセシリアはピットの方を凝視し始めた。つられて俺も同じ方向へと目を向ける。
――そこに、黒色の塊があった。
頭から足の先まで真っ黒な、異形の存在。明らかに何か物々しい装備が詰まっていそうな肩を持つ重厚なフォルムのISが、その場で静かに浮遊している。
(何だありゃ。見たことのないISだけど、一体……)
視覚補助機能を切り替えてズームすると、コクピットの位置に濃い灰色の髪の女性が収まっているのが確認できた。十七、八歳くらいだろうか。俺たちとそれほど歳は離れていないが、明らかに生徒ではなさそうな雰囲気を漂わせている。
となると、新しく来た教員辺りだろう。
『ドイツ空軍特務部隊、『シュヴァルツェ・ハーゼ』……!? ドイツ最強のIS運用部隊がどうしてこんなところに?』
肩の部隊章を見て判断したのだろう。セシリアが驚きの声を上げる。
『ここって軍隊が入ってもいいのか』
『制限はない筈ですが、それでも部隊章付きの機体を持ち込むなんて状況は……あまり穏やかではありませんわね。襲撃事件の関係でこちらに来ているのかもしれませんけど』
そういえば、山田先生が『各国政府からIS学園に人員が派遣される』って言ってたような。多分あの人も護衛要員のひとりなんだろう。軍用ISも、この前みたいな襲撃事件があった時のためにってところなのかね。少し大げさ過ぎやしないかって感じは漂ってるけど。
『なあ、セシリア。あの機体ってドイツ製のISなんだよな』
『ええ。連邦軍が採用している第三世代型機の『ヴィントリッター』ですわ。外装はだいぶ弄ってあるみたいですが、ヘッドギアの形状からしてそうではないかと』
尋ねた俺に、彼女は目の部分を覆うバイザーのような装置を指差して答えた。左右に羽状のセンサーユニットが付いたそれは、『
『でも、単機で派遣されるというのも変ですわね。今年の一年生にドイツからの留学生は居ない筈なのにどうして……?』
『転校生が来るんじゃないか? ほら、連休前に山田先生も言ってただろ』
――でも、ドイツからかどうかなんて言ってなかったし、そいつも不確かなままか。
どう見ても生徒ですって感じの子がうろついてたら確証も持てたかもしれないが、残念ながらそれらしい人物は見当たらなかった。ホントのところどうなってるのか知りたいけど、『転校生ってどんな子ですかー』って直接先生に訊くってわけにもいかないからなあ。諦めよう。
『――考えても結論は出ませんし、いい加減練習に戻りましょう』
『ん、そうだな』
セシリアの言うとおりだ。悩もうが悩むまいが、休みが明ければ分かること。こうして悩んでいるより練習に打ち込んだ方がよっぽど役に立つだろう。
『じゃあ、さっそく
『それならまずは
お互いピットに浮かぶ軍用機から意識を引き戻して、俺たちは操縦訓練を再開した。