6.1 二人の転校生①
「――悪いな。色々あったせいで外出無理になっちゃって」
『そう気にしなさんな。また都合がついたら遊びに来ればいいって』
連休真っ只中。ほとんどの生徒が街に繰り出す中、襲撃事件のせいで居残りになった俺は電話で親友の
弾とは中学に入学してから知り合ったんだが、何かと気が合うものだからよくつるんでいた憶えがある。数馬と知り合ったのもこいつ経由だったな。最初は男同士で遊んでたのが飯屋つながりで鈴と親しくなって、ついでに箒とも知り合って……。とにかく横の関係ってものを築くのが上手い奴だった。
結局俺は
まあ、襲撃関連の騒ぎも一月経てば収まるだろうから、ほんの少しだけ我慢するとしよう。
『で、そっちはどうなんだ?』
「どうって、何がだよ?」
『いやー……そのくらい察しろよ。女の園だぜ、女の園。選り取りみどりで食べ放題なんだぜ』
ああ、そういうことか。
「残念だけど、お前の期待してるようなことは起こってないぞ。というか、忙しくてそれどころじゃない」
『なんだそりゃ』
俺が真面目に答えると、電話口からは呆れた声が返ってきた。
今俺が軟禁されている、もとい通っているのは政府とIS委員会が管理する特殊教育機関『IS学園』だ。ここでは、十五年前に発表された特殊マルチフォームスーツ『インフィニット・ストラトス』――通称ISについての専門教育を行っている。操縦者と開発や保守点検に携わる技術者を育成するということで、一年は共通のカリキュラムだが二年以降は二通りのコースに分かれて知識や技能を磨くことになっているらしい。
ちなみにこのIS、どういうわけか女にしか反応しない。本来なら例外すらあり得ない筈……なんだが、少々ワケありな俺は男でありながらISを動かせてしまうのだ。ということで、政府からきつーい監視を受け、特例として女だらけの学園に在籍している。
もちろん教職員もほとんどが女性で、俺以外の男といえば草木の手入れに日々勤しんでいる用務員のおじさんくらいしかいなかったりする。何も言わなくても女の子が寄ってくるのは嬉しいけれど、異性に通じない話がしたいのに同年代の話し相手がいないという状況は本当につらい。
だからこそ、こうして弾に電話をしたりしてストレスを発散しているんだが――。
『こんな絶好のチャンスは二度と巡ってこないぞ。かわいい子見つけて付き合えって』
――かけるたびこういうことを言ってくるのだけは、何とかならんものかね。
「だからなあ……。選んで付き合ったらその子がどうなるか分からないし、傷付けたら申し訳が立たんだろう」
『バカかお前は。そういう状況から女の子を守ってこそ真の男ってもんだろ』
そうは言うがな弾よ。立ち向かう相手は三百人以上の武装した女の子なんだぜ。仮に守る対象が箒みたいな腕の立つ奴だったとしても――。
『次の大会で一位になったら! つ、付き合ってほしい!!』
数日前の箒の告白を急に思い出してしまい、俺の顔がほんの少しだけ熱を帯びる。ああ違う、いや、そういう意味じゃなくてだな……。
「…………んんっ」
『おいおい風邪か? 急に暖かくなったせいで体調でも崩したんじゃねーの?』
誤魔化すつもりで咳をした俺に、弾が少し心配そうに尋ねてきた。
ただの体調不良だったらどんなにいいことか。本当に風邪だったら、このなんとも言えない状態も気のせいって言い張れたんだろうけどなあ。
「いや、大丈夫。そんなことよりお前の方はどうなんだよ?」
『んなこと言われたって別段変わったことは――ん、いやあったわ。
「蘭がどうしたんだ?」
弾の妹の蘭は、私立の女子中学校に通ってる三年生だ。確か生徒会長をやってるってこの前の電話で聞いたばかりだけど、何かあったんだろうか。
『それがな……高等部に進むのやめてIS学園に入るって言い出したんだよ』
「ウチに? なんでまた」
あそこは大学部までエスカレーター式に進学できるって話だったぞ。わざわざ受験したのも中高一貫だからってことだったじゃないか。
疑問に思っていると、弾の声音が急に弱弱しくなった。
『すまん、多分俺のせいだ。お前と電話してる時に蘭が聞いてたらしくて、お前がIS学園に行ってるってことが知られちゃったみたいなんだよ』
「いや、どっちかというと俺の方が悪いんじゃ……」
『とにかく居場所が知れたのは確かなんだ。でなきゃそんなこと言い出すわけないしな』
まあ、そうだよな。千冬姉の話をしてた時も『ふうん……』程度の捉え方しかしてなかったし、今になって急に興味を持つなんてのは考えにくい話だ。
俺が居るってだけでIS学園に行きたがる理由がイマイチ分からんが。
「それで、弾は反対したのか」
『ああ。せっかくいい所に受かったのにまた受験なんて勿体ないからな。けどアイツはしっかりしててなぁ……』
「しっかり?」
『いつの間に受けたんだか、政府のIS適性検査の証明書持ち出してきて説得したんだよ。しかも総合判定Aなんてとんでもないお墨付きのヤツだぜ?』
適性ランクAといえば、セシリアたち代表候補生と同じくらいの素質があるってことか。なるほどなあ、それなら十分説得力があるってわけだ。
『どうせ辛うじて動かせるくらいだろと思ってたら、とびきりふざけた数値で爺ちゃんも母さんも納得しちゃってさ。親父は自分で決めたことだから好きにさせろって一点張りだし、実質反対してるのは俺だけなんだよ』
「別にいいんじゃないか。せっかく高い適性があるんだから活かさないと勿体ないぞ」
『そういう問題じゃねーっての。俺はそんなに歳の近い
――IS学園と弟に何の因果関係があるんだよ。まったくもって理解できん。
『とにかく、お前からも何か言ってやってくれよ。このまま勢いで進学を決められたらマズい』
「そう言われたってな……」
というか、俺目当てで行く気だったら何を言っても応援になりかねない気がするんだが、その辺は大丈夫なんだろうか。
――と、弾のため息に交じって蘭の声が聞こえてきた。
『お兄、お店の方手伝ってってお母さんが――あ! 一夏さんと話してるんでしょ! 今すぐ電話代わって、早く!』
『うわまて俺の端末引っ張るなあばばばば』
『――ふう。あ、一夏さん、お久しぶりです』
おそらく強引に取り上げたんだろう、沈黙した弾に代わって蘭の弾むような声がスピーカーから聞こえてきた。
――弾の奴生きてるよな? 安否は知れないが、ひとまず無事であることを願っておこう。
「うん、久しぶり。さっきIS学園を受験するって聞いたんだけど」
『はいっ。一夏さんの後輩になりますから、ご指導のほどよろしくお願いします』
元気のいい返答だ。まあ蘭は弾と違って優等生だし、適性も十分あるから受験だって大丈夫だろう。
「おう、合格したらだけどな」
『おい一夏、何勝手なこと――どわぁっ!?』
『絶対ですからね! 約束ですよ!』
復活した弾をまた突き飛ばし、蘭が食いついてくる。ホントにパワフルだよな、五反田家の女性って。
「お、おう。任せとけ」
『この裏切者ぉ――!!』
勢いに押されて答えると、またもや蘇った弾があらん限りの大声で怒鳴っていた。――すまなかったな、許してくれ。
『さ、お兄は手伝いに行って。その間私が一夏さんとお話しするから』
『そうはさせるかー! 食らえ、必殺通話キャンセ』
おそらく電源ボタンを押したんだろう。その言葉を最後に通話はぷつりと切れてしまった。今頃あいつは怒り心頭の蘭に襲われてるんだろうな……南無南無。
――さて、多少はストレスも発散できたし、セシリアでも誘って自主練習でもするか。俺は静かになった端末をポケットにしまい、寮の部屋を後にした。