無限遠のストラトス   作:葉巻

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1.4 白一点④

「はい、皆さんちゃんと戻ってきてますね。じゃあ二時間目の授業を始めますよ」

 休憩から戻ってきた担任の山田先生は、そう言って抱えていた紙の束を配り始めた。授業のプリントも電子化されているわけじゃないのか、と思いつつ受け取ると、そこには『学内訓練機貸与願』という文章が大きく印字されていた。

「一番後ろまで行き渡りましたかー? これはですね、皆さんが使う訓練用のISを用意するための書類なんです。提出しないと自分用のISが使えないなんてことになっちゃいますから、ちゃんと期限内に学生課まで提出してくださいね」

 なるほど、そりゃあ電子データで扱えないよな。改めてプリントを見渡してみると、学年やクラス、名前を書く欄の下に候補らしいものがいくつか並べて書いてあった。

 『打鉄』に『ラファール・リヴァイヴ』、『メイルシュトローム』、『ヘルハウンド』……と名称だけ書いてあってもどんな機体なのかさっぱり分からない。千冬姉が乗ってた奴だけは名前も形も憶えてるんだけどなあ。

「提出期限までは格納庫と第四アリーナで試乗ができますから、実際に乗ってから選びたいという人は休憩時間や放課後に先生に言ってくださいね」

「質問いいですかー?」

「はい、どうぞ」

 さっそく挙がった手に、山田先生はニッコリ笑顔で答える。

「先生のオススメはどれですか?」

「そうですね、まだ操作に慣れていない人は素直に動いてくれる『打鉄』や『ラファール』が扱いやすいと思いますよ。私も現役時代は『ラファール』を使っていましたし」

 なるほどな、下手に高性能な機体を使っても体がついていかなきゃ危険なだけ……って、現役時代だって? まさかこの先生、元選手だったのか?

 驚いたのは俺だけじゃなかったようだ。彼女の言葉を聞くなり、教室がにわかにざわめき立った。

「あ、あのですねっ! 現役って言っても代表候補生止まりだったので、大した実力はありませんよ?」

 誤解を解こうと必死に言い繕おうとしている山田先生だったが、どう見てもつい口に出した実績を自分自身で補強してしまっているだけだった。そしてクラスメートたちのどよめきもどんどん大きくなる。

「代表候補生って、国家代表の候補ってことだよね?」

「じゃあ先生、実力あるんだ」

「うちの地域の入試で実技試験の担当やってたけど、そういうことだったんだ……」

 後ろからそんなつぶやきが聞こえてくる。

 まあ、そういう人じゃないとIS学園の教師にはなれないよな。何よりもISの技能が求められる学校なんだし。

「わ、私よりもすごい人はたくさんいますよ! た、たとえばそこの織斑くんのお姉さんは日本代表で、国際大会でも優勝経験がありましたし――」

 おい、そこで俺に話題を振るな。そう考えるよりも先に俺目がけて無数の視線が向けられていた。

(やめろぉぉぉぉぉぉ! 俺を見るな、見ないでくれぇぇぇぇぇぇ!!)

 心の中で絶叫する俺に躊躇することなく『ねえねえお姉さんの話聞かせてよ』と言わんばかりの意識の束がぶすぶすと突き刺さる。もし視覚化できたら俺は蜂の巣になってるんだろうなー、体中穴だらけで痛いぞチクショー、なんてくだらない思考に逃げるだけで精一杯だ。

 今にも机に突っ伏しそうな俺を見てマズいと思ったのか、ようやく山田先生はクラスメートたちに大声で呼びかけ始めた。

「はい! はい、皆さん注目してくださいね! 学園側で用意できるのはその書類に記載してあるものだけですが、所属している企業などから専用機を与えられている人は学園での登録が必要になります。一組は――セシリア・オルコットさんだけですね。後で書類を取りに来てくださいね」

 オルコットねぇ。『オル』なら俺の後の筈だけど、外国人っぽい子は窓側の席に居ないし……。

 なんて考えていたら、最前列の通路側から見て二番目の席にいた少女が軽く頷いていた。

 ゆるくウェーブのかかった金髪に透き通るような碧の眼とはまた典型的な西洋人の特徴だな。熟練の職人が手がけた人形のように顔立ちの整った綺麗な子だ。

 ――背後から冷たい視線が刺さってるような気もするが、多分俺の錯覚だろう。そうだと思いたい。

「えっと……、それでは授業に使うテキストを確認してください。寮の皆さんの部屋には書籍の形で届いていますが、授業では基本的に備え付けの端末に入っている電子書籍を使います。使い方はこの授業で説明しますが――」

 何分くらい騒いでいたんだろうか……気づけば時計は授業時間の半分を過ぎている。

 山田先生があたふたしながら手元の端末を操作する中、俺はようやく始まった講義に耳を傾けることにした。

 


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