真夜中。そろそろ寝ようと思っていたところでドアをノックする音が聞こえたので、俺は寝間着姿で入り口へと向かった。
『疲れたから早めに寝る』と言って先にベッドに入った円夏が寝息を立てる中、慎重にノブを捻って廊下に出る。消灯前の静寂に包まれたそこで待っていたのは、どういうわけか制服姿の箒だった。
「――こんな遅くにすまないな」
伏せ目がちに、彼女がぼそりと言う。
ん、なんだ? 何か緊急を要するようなことでも起きたのか。
「その、来月の公式戦の話だが……」
「公式戦……? ああ。学年別の個人トーナメント戦か」
そういえばそんな行事もあったな、と今さらながら思い出した。
IS学園では、生徒の実力を定期的に確認するという名目で、年三回も学年ごとでの公式試合をすることになっているらしい。その第一回目が六月の下旬にあるということで、連休以降の演習は実戦を意識したものになると山田先生が言っていた気がする。
――で、そのトーナメント戦が一体どうしたんだ?
「…………っ」
「あの、箒さん……?」
もごもごと口だけ動かす彼女に俺は怪訝な顔を向ける。何だ、随分と緊張してるみたいだぞ。顔も赤いし。
こういう時は落ち着いて深呼吸を――。
「……もし」
「ん?」
「もし、私が次の公式戦で優勝したら――」
恥ずかしそうに、けれど先ほどとは打って変わって明瞭な口調で告げる箒。
まだ戦闘できるレベルに達していない生徒も多いことから、今回だけは自由参加となっているので競う相手は少ない。が、それでも代表候補生や専用機持ちが経験を積んでいる分不利なことに変わりはないだろう。むしろ強敵と当たる確率が高いから、一回一回を勝ち進むことさえ難しい。そういう状況であえて優勝を目指すとなると、相当頑張らないときついと思うんだが。いいのか、そんなハードな条件で。
「次の大会で一位になったら! つっ、付き合ってほしい!!」
「付き合う……って、どういうことだ?」
つきあう。突き合う――は違うな、雰囲気からして間違いなくそっちじゃない。憑き合うも違うな、俺たち幽霊じゃないし。
どうでもいい考えばかり巡らせる俺の前で、箒は赤面したまま頼りない口調で答える。
「そ、それは……。私とお前が、付き合うということに決まっているだろう……」
いや、分かってるからそれは。そうじゃなくて、何に付き合えばいいんだって訊いて――。
(ん、待てよ?)
モジモジと落ち着かなさげに揺れる彼女を見て、今まで考えもしなかった可能性が突然浮かび上がった。
(ま、まさか……告白なのか!? 付き合ってほしいというのはつまり……)
「ええええぇぇぇぇぇぇ――――っ!?」
「さ、騒ぐほどのことか!」
顔を真っ赤にして怒鳴る箒。
そりゃ当たり前だろう。出会ってこの方そんな雰囲気を匂わせてなかったのに、突然告白されるなんて冗談もいいところだぞ。
――それに、なんだ。
突然そんなことを言われたって、なんて答えればいいのか分からないだろうが。
「話は聞かせてもらったわ!」
俺が困惑していると、突然バンッと蝶番が弾け飛びそうな勢いでドアが開いた。誰かと思えば、パジャマ姿の相川さんだ。いつから聞き耳を立てていたんだろうか、パジャマ姿の同級生は不敵の笑みを浮かべて言った。
「次の学年別個人トーナメントで優勝したら、織斑くんに告白できるのね!」
「どうしてそうなる!?」
思わず全力で突っ込みを入れる俺。というか曲解どころじゃないだろ、それ。
「来月の試合が織斑くん争奪戦と聞いて!」
「これは本気でかからなきゃいけないようね!」
「二学期まで見合わせる予定だったけど、遅れを取るわけにはいかないわ!」
訂正する間もなく、間違った情報がどんどん他の子へと伝染していく。
――あれ、いつの間に俺への告白が優勝賞品に変わってるんだが。それでいいのか、箒。少なくとも俺としてはご勘弁願いたい状況なんだが。
というか、お前ら早く寝ろよ。騒いで起こしちゃったことは謝るからさ。
「違う、そういうわけでは……」
「篠ノ之さん! 抜け駆けは絶対ダメだからね!」
「あ、ああ……」
なんとか誤解を正そうとした彼女もダメ押しされて黙り込む。
うん、これからは誰にも聞かれない場所で話した方がいいってことがよ~く分かった。以後十分に気をつけよう。今回ばかりはもう手遅れだけどな。
勝手にやいのやいのと盛り上がる女子をよそに、俺は乾いた笑いを上げた。
ああ、千冬姉。
静かな暮らしは当分出来そうにないみたいだ……。
<了>