「――大事に至らなかったとはいえ、皆さんの無謀な行動は褒められたものじゃありません! 今回だけは不問にしますけど、これからこういうことをしたら厳しく処罰しますからね! いいですね?」
「す、すみませんでした……」
いつになく怖い表情の山田先生の前で、鈴を除いた俺たち四人は揃って頭を下げた。そりゃそうだよな、本来教員が対処しなきゃいけないものを生徒が勝手にやっちゃったんだから。
オペレーティングルームで一部始終を見守っていた先生はきっと生きた心地がしなかったことだろう。
「えっと、ところで鈴は……」
「凰さんは念のため医務室で検査してもらっていますけど、打撲以外特に目立った怪我はないそうです。あ、織斑くんも後で検査を受けてくださいね」
「あ、はい。ありがとうございます」
担架に(無理矢理)載せられて連れて行かれてしまったから心配してたんだが、それほど深刻じゃないようで一安心だ。
「それじゃ、私はこれから現場の調査に付き合わないといけないので、寮に戻って大人しくしていてくださいね。何か用がない限りは出歩いちゃ駄目ですよ」
それだけ言って、山田先生はアリーナの方へ戻っていった。
さてと、どうしたもんかね。このまま検査に行ってもいいけど、どうせ
となると、大人しく寮に戻ってじっとしてるのが一番だな。やることないけど。
「結局半日以上暇になったわけだけど、どうする?」
ちょうど同じことを考えていたのか、円夏が話題を振ってきた。
「それなら、わたくしの部屋でトランプというのは?」
「いいけど……それだけじゃすぐ飽きちゃうわよ」
「鷹月がボードゲームらしきものを持っていたが、それを借りて遊ぶのはどうだ?」
「せっかくだから鷹月さんも誘おうぜ。こういうのは人数が多い方が愉しいだろ」
わいわい騒ぎながら、俺たちは校舎沿いの歩道を寮へ向かって歩いた。
――と、向こう側から走ってきた生徒とすれ違った。すらりと背の高い金髪の子だ。危うくぶつかりそうになったものの、とっさに街路樹側へ寄ったおかげで辛うじて衝突だけは免れる。
「……ん?」
さっきの子、どこかで見かけたような。それもつい最近。
「どうしたの、一夏」
「……いや、何でもない」
多分気のせいだよな。そうだ、そうに違いない。
――このところ気のせいばかりだけど。
◇
「――ったく、ふざけた任務押しつけやがって」
人気のない歩道をモノレール近くの出口へ向かって走りながら、少女は毒づいた。
先日のアリーナへの工作に今回の潜入。どちらも直前になって彼女に担当が回ってきたものばかりだ。おまけに前者は英国の代表候補生、後者はターゲットと数名の生徒に妨害されるというイレギュラー揃いの事案ばかりだ。どうしてこうも貧乏くじばかり引かされるのかと嘆きながら、彼女は塀伝いに伸びる小路へと進入した。
(ここまで来れば他の生徒には出会わない。慎重に進んでさっさとおさらばしたいぜ)
周囲に人目がないか確認して、再びその歩みを早める。やたらと広いせいで手間取ったが、ここを抜ければ門はすぐ近くだ。さっさと抜けて彼女と合流しなくては――。
「どこへ行こうというのかね。なーんて言ってみたり」
突然、茂みの間から生徒が現れた。身につけているスカーフは黄色――二年生を表す色だ。
「言っとくけど、今は外出禁止よ」
青みがかった銀色の髪を揺らしながら、その生徒は行く手を阻むように道の中央へと立った。
「ハッ! 規則破ってんのはテメェも同じだろ」
立ち塞がる生徒に向かって、彼女は構わず走った。邪魔するようなら突き飛ばしてから仕留めればいい。ちょっといい子ぶったところで所詮はただの子供、自分には到底敵うわけが――。
「はいキャッチ」
「なっ!?」
全速力で突っ込んできた少女を相手は事もなげに抱き止めた。密かに取り出した筈の刃物も、なぜか彼女の手の中でくるくると踊っている。
「ねえ知ってる? こういう携帯できる刃物の不法所持は学園の規則で厳しく取り締まってるの。現行犯逮捕ってことで、私と一緒に来てくれるかしら?」
「ほざけ! 離さねぇと今すぐブッ殺すぞこのアマァ!」
「残念だけど無理ね。もう武装解除しちゃったから」
折り畳みナイフ、小型爆弾数個にデリンジャー銃。指の間に彼女の隠し持っていた全ての暗器を挟みながら、二年の生徒はニッコリと笑った。
「クソが……! 一体何モンだテメェ」
「ただのしがない生徒会長よ。――亡国機業の回し者さん?」
その言葉を聞いた途端、彼女の表情が豹変する。
「なんであたしの正体を――」
「続きはまた今度ね」
焦りの見える表情で問いただそうとする彼女に、生徒会長は笑って隠し持っていたペン状の装置を突き立てた。その尖った端子が首筋に触れた瞬間、相手の全身に高電圧が流れる。
「あがっ……う……」
ガクガクと痙攣を起こす彼女からスタンガンを抜き取り、会長はその体を抱え上げようと手を掛けた――。
「ッ――!」
殺気を感じ、とっさに手を離して飛び退く。わずかに遅れて彼女の立っていた場所を弾丸が通過した。さらに発煙筒がいくつも投げ込まれ、視界が真っ白な煙に遮られる。
「――仕方ないわね。さっさとそこの仲間を連れて帰ってちょうだい。次は遠慮なく仕留めるけどね」
煙幕の中で動く気配に向かって、彼女はため息交じりに告げた。
――狩人のような、鋭く冷徹な眼差しを向けながら。