無限遠のストラトス   作:葉巻

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5.3 それは舞い散る雪のように③

《形態移行完了――各部異常なし――稼働良好》

 『白式』がシステムメッセージを告げる中、俺はその生まれ変わった外見を隅々まで眺め回した。直線的なフォルムは相変わらずだが、脚に補助スラスターが加わり、腕も武器を取り回しやすいシンプルな形状へと洗練されている。装着したままなので細かい部分は見えないが、おそらく移行前よりも近距離での機動戦を意識した構造になっているんだろう。

 続いて壊れていた『雪片』を呼び出した――のだが、なぜかへし折られた刀身が元に戻っている。

 いや、直ったんじゃなく新しい武器になったのか。単なる金属製のブレードだったそれが、いくつかのパーツに分割された近未来的なフォルムに変わっている。名前も『雪片弐型』となって、改修型らしい名称になったようだ。

《状況により実体と電離放射体(プラズマ)に切り替え可能》

「気が利いてるな」

 ちゃっかり補足説明をくれる『白式』に感心しながらも、意識は自然に襲撃者の方へと向いている。どう見ても、悠長に操作説明を聞いてるほど余裕はなさそうだ。

「鈴、行ってくる」

「へ? う、うん……」

 呆気に取られたままの鈴に呼びかけると、俺は敵に向かって飛翔した。

(すごい……見違えるほど機体の反応が良くなってるぞ)

 驚くほど速度の上がった機体を滑らせ、敵の背後へと瞬時に回り込む。だが、背面についたビームキャノンが赤色の弾幕を築いて行く手を阻んだ。

「ちぃっ!」

 針山のような砲火から距離を取ると、今度は肩のコンテナから飛び出したミサイルが高速で迫ってきた。それらを左右に振り回しながら、手にした刀で撫でるように斬り裂いていく。再び相手の眼前まで迫った俺は、『雪片弐型』を袈裟掛けに打ち振るった。

 ――が、鋭い爪が掴んで受け止めにかかる。さらにもう一方の腕が俺目がけて振り下ろされ――。

「――させませんわ!」

 天上から響く声。蒼穹に融けるような色彩の機体から放たれた高出力のレーザーは、迫りくる腕を中ほどから貫き、融解させて吹き飛ばした。

「悪い、助かった」

「借りは返しましたわよ、一夏さん」

 腕を振り解いて脱出した俺に、セシリアはウインクしつつ応える。

 ――あれ、今俺のこと名前で呼ばなかったか。気のせいじゃないよな、多分。

「一気に決めるぞ、『白式』ッ!」

 ふと浮かんだ疑問を追い払いつつ、俺は相棒へと呼びかけた。

《『雪片弐型』――出力解放》

 刀身のパーツが開き、変形を始める。峰側のパーツからスラスターに似た噴射口が一列に迫り出すと、そこから青白い閃光が勢いよく噴出し始めた。

《条件達成――『零落白夜(れいらくびゃくや)』発動》

「うおおおおおお――――っ!!」

 俺の身長よりもはるかに長大な剣となった『雪片』を構え、四脚のISへと突進する。

 最後のあがきとばかりに全砲門を開いて弾幕を張る相手に一瞬で詰め寄った俺は、その弱点目掛け得物を横薙ぎに振るった。

 脚の根元――股関節の辺りを展開していたシールドごと両断して背後に抜けた俺は、急制動を掛けて壁際で立ち止まる。

「やった……か?」

 振り返ると、支える脚を失った敵は仰向けに倒れて動きを止めていた。その周囲にはスクラップと化した先遣隊の三機も転がっている。どうやら全ての機体が停止したようだ。

「一夏!!」

「一夏さん!」

 空中で戦っていた三人が俺のところへ降りてくる。見たところ全員怪我も損傷もないようだ。

「もう、冷や冷やさせないでって言ってるでしょ」

「わ、悪い」

 円夏に怒った口調で言われて頭を下げる。――と、いきなり抱きしめられた。

「無事で良かった……」

「円夏……ゴメン」

 ああ、本当に心配してたんだな。

 でもその胸を退いてくれ、今すぐに。目と鼻の先に凶器を持った修羅がいるので速やかにお願いします。

「それにしてもなかなかの強敵でしたわ。おまけに増援まで現れるなんて」

「だがこれで騒動も収まるだろう」

 安堵のため息をつくセシリアと(見るからに怒っている)箒が口々に言った、その時――。

 

《警告――敵機よりレーダー照射》

 

 もう鳴る筈もないと思っていた警報が鳴り響いた。見ると、機能を停止したと思っていた四脚のISがこちらに残った片腕を向けている。それも、ビーム砲を限界までチャージした状態だ。

「くそっ! みんな早く――」

 避難を促すより先に砲口が光を発し始める。しまった、間に合わない――。

「――アンタたち、詰めが甘過ぎなんじゃない?」

 思わず目を瞑って身構えた瞬間、俺の耳に鈴の声が届いた。と同時に敵機の腕が爆発し、飛び散った破片が頭部のセンサーを完全に破壊する。

「何にしてもこれで終わりね」

 ブーメランのように投げ飛ばした『双牙連月(そうがれんげつ)』をボロボロの機体で受け止めながら、彼女は茫然と立つ俺たちに告げた。


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