無限遠のストラトス   作:葉巻

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5.2 それは舞い散る雪のように②

「助太刀に来たぞ、一夏」

 まるでピンチに陥った正義のヒーローを助けに来た相方のような台詞を言って刀を構え直す箒。あまりにもカッコ良いもんだから、一瞬本物かと疑ってしまいそうになった。

 ――って、その真剣は一体どこから持ってきたんだよ。まさか私物なんて言わないだろうな?

「訝しげな顔をしてどうした? 居合用の刀だぞ」

「なんでそんなもんISに格納してんだよ!」

「銃刀法を知らないのか」

 いや知ってますけど。堂々と帯刀してたらヤバいってことくらい誰だってわかってますよそりゃ。

 俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな……。

「私が真剣を所持していることについては後で話し合うとして、だ」

 そう言って、彼女は先ほど腕を斬り落とした無人IS――どう見ても中に詰まってるのは機械だから、おそらくそうなんだろう――を見据えた。

「まずはこの不届き者を排除する必要があるな」

 冷静ながらもどこか怒りの見え隠れする声音。俺と鈴の惨状を見たせいで余計に感情的になっているのか、いつも以上に鋭い目で相手を睨みつけている。

「一夏。お前は鈴を連れて下がれ」

「下がれって、まさかお前ひとりで三体とやり合うつもりじゃ――」

「いいえ。わたくしたちで、ですわ」

 俺の言葉を遮るように響くセシリアの声。振り返ると、この前とは違う青い機体に乗った彼女と、群青色を基調とした専用機を纏った円夏が並んで立っていた。

「これで三対三、遠慮なしに戦えるわね」

 拳銃のバレルを引き延ばしたような片手持ちの銃を左右に携えた円夏が言う。セシリアも頷くと、身の丈よりも大きなライフル銃を持ち上げて微笑んだ。

「試合というにはいささか血生臭いですけど、相手にとって不足なしですわ」

「――では、行くぞ!」

 箒が呼びかけると同時に、三人は一斉に行動を開始した。前衛の彼女を先頭に、円夏が防御を固めてセシリアが後方から援護する。手練の二人はともかく、俺とそこまで経験の差がない筈の箒までもが連携を取って動いているのには驚いた。

 ――あいつ、いつの間にあそこまで巧くなったんだ?

(っと、そんな場合じゃなかったな)

 敵味方双方の攻撃が飛び交う中、俺は壊れた『雪片』を格納して鈴の元へと向かった。

「鈴、しっかりしろ」

 うつ伏せのまま動かない彼女の肩を揺さぶると、鈴はうっすらと目を開けてこちらを見た。

「いち、か……? あれ……私、気失ってた?」

 しばらく目を瞬かせていた彼女がハッとしたように起き上がる。その体を抱え上げると、俺はぽっかりと口を開けたピットの入り口へと歩を進めた。

 見たところ怪我はしていないようだが、少し顔色が悪い。念のため医務室に運んだ方が良さそうだ。

「……ごめん、役に立てなかった」

「気にすんな。どの道俺たちじゃどうにもならない相手だ」

 バツの悪い表情でつぶやく鈴を慰めながら、俺はフィールドの端まで退避した。ここまでくれば弾が飛んでくることはほとんどないだろう。

 俺はピットの手前で彼女を下ろし、箒たちのいる中央付近の様子を目視で確認した。手負いだった一機は全身穴だらけになって機能停止。残る二機も、セシリアと円夏の機体にそれぞれ積まれた遠隔操作兵器でじわじわとなぶり殺しにされている状態だ。

 この様子だと、教員の増援を待たなくても収拾がつきそうだな。何はともあれ、無事に解決しそうでよか――。

 

《新たなエネルギー反応を確認――アリーナ上空より飛来》

 

「なっ――」

 再び警告が鳴り響く。と同時に、転がっていた残骸を巻き込んで漆黒の機体が地面を大きく抉った。

「敵の増援!? それも、さっきと姿が違う……!」

 傷付いたISを格納して屋内に逃げ込もうとしていた鈴が、その場で立ち尽くしたまま絶句する。先に襲来した敵機より一回り大きいそれは、分厚い外殻に覆われた四本の脚を広げて落下地点から起き上がった。

 二本の腕には他の機体と同じビーム砲が覗き、巨大な肩アーマーにはミサイルポッドらしきコンテナが取り付けられている。さらに、先の方には二週間前に遭遇したISと同じ、凶暴さを露わにした爪状の武装が接続されていた。

「こいつ、まさかあの時の敵が――!」

 あんな特殊な武装は見たことがない、とセシリアも言っていた。となると、この一致は偶然なんかじゃない。間違いなくあいつらの仕業だ。

「ちょっと、そんな状態でどうすんのよ!」

 あわてて箒たちの元へ向かおうとする俺の背後から鈴が呼びかける。

「あいつは危険だ! このまま放っておいたら、またオルコットさんみたいに大怪我するかもしれないだろ!」

「だからって武器もなしに飛び出したら、今度はアンタが巻き込まれるだけよ!」

「だけど……!」

 だからって、このまま彼女たちがやられるのを黙って見てろって言うのかよ。

 俺が歯がゆい思いを噛み締めた、その時だった。

《進言――段階移行(フォームシフト)の発動を提案》

 視界に『白式』からのメッセージが表示される。その言葉は、今まで一度も見たことのない種類のものだ。第一ISから操縦者に進言なんて……。

(どうなってんだ?)

《進言――望むなら、新たな力を》

 疑問を抱く俺に催促するかのようにもうひとつメッセージが表示された。

 これは……『白式』が望んでいるのか。俺が、あいつらを守るために戦うことを。

「――分かった。お前が味方になってくれるっていうんなら、ひとつ乗ってやるよ」

《操縦者権限によりシステムアンロック――段階移行開始》

「一夏、アンタ何言って――」

 訝しげに訊き返す鈴には答えず、俺は目の前の異形を見据えたまま叫んだ。

初期段階移行(ファースト・シフト)――ッ!!」

《初期段階移行――承認》

 そのメッセージとともに、身に纏ったアーマーが量子化する時と同様に光の粒子へと変化する。

 眩いほどの輝きに包まれながら、『白式』は新たな姿への移行を開始した。

 

 

「あの輝きは――!」

 ピットのすぐ傍で弾けた閃光を目の当たりにして、箒は声を上げた。確かあそこには一夏が立っていた筈だ。

「一夏!」

「心配しなくても大丈夫よ」

 今にも飛んで行こうとする彼女を、円夏が引き留める。

「あれは量子の光。多分、ISが再構築される時に生じるものよ」

「再構築だと……?」

「段階移行。オリジナルコアを搭載した機体だけに許された『進化』の機能ですわ」

 驚く箒に、セシリアは真剣な面持ちで告げた。

 機械が進化を遂げる。人間や他の生物からすれば、あまりにも非常識過ぎる現象だ。だが、今目の前で繰り広げられているのはそう言って差し支えないほどの劇的な変化。それを進化と呼ばずして、なんと呼称すればいいのだろうか。

「まったく、とんでもない機体を任されたものね」

 目が眩みそうなほどの光が薄れ行く中、円夏はそんな言葉をつぶやいた。


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