「山田先生!」
「今の状況はどうなっていますの!?」
第四アリーナのオペレーティングルームに駆け込んだ箒とセシリアは、オロオロと右往左往する山田先生に向かって口々に呼びかける。二人は乱入した機体が一夏たちに攻撃する姿を見るなり真っ直ぐここへと向かってきたのだ。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。私たちが慌てたってどうにもならないでしょ?」
一足先に到着していたらしい円夏は、激しく問い詰める彼女たちをいさめた。
「そのくらいはわかっていますわ! ですが、一刻も早く救援を向かわせないと――」
「ええっと、そのことなんですけどちょっと問題が……」
山田先生がおずおずと手を挙げる。殺気立った視線を向けられて涙目になりながら、彼女は背後の大型モニターを後ろ手に操作した。
アリーナ内の映像を映していた画面が、館内のセキュリティーステータスを示す地図に切り替わる。そこには建物を取り巻くように、円環状の赤い帯が表示されていた。
「見ての通り館内通路と出入り口、それに客席のゲートが自閉状態になってしまっていて。これではアリーナに教員を送り込むどころか、館内に入ることさえできないんです」
「どうにかして解除できないんですか?」
「外部からハッキングしてロックを解除してもらっていますが、今すぐ開けるというのは難しいらしくて……」
問いただす箒に、山田先生は申し訳なさそうな表情で答えた。
「増援も無理、避難もできないなんて最悪の状況ね。一夏たちも他のみんなもどうなるか分からないっていうのに……!」
円夏が拳を握り締める。とはいえ、怒ったところで何も進展しないことも重々承知していた。
「こうなったら、わたくしたちで何とかするしかありませんわ」
刻一刻と時が経過する中、思案を続けていたセシリアは意を決して三人に呼びかけた。
「何とかする、とは?」
「私たちがフィールドに突入して一夏と鈴を援護する。危険だけどそれしかないわね」
彼女の代わりに返答すると、円夏はモニターに映った館内マップを指差した。
「ピットを経由してフィールド内に出るルートが残ってるわ。ここからなら五分以内で駆けつけられる筈よ」
「ちょっと待ってください! いくら緊急事態だからといって、皆さんを危険に曝すわけには――」
「セシリアと私の機体なら、装備の出力設定だけ弄れば十分戦えます。それに相手は三機もいるんですよ? 半分素人の一夏と競技専用機の鈴だけでは圧倒されるのも時間の問題です」
「で、ですが! オルコットさんはまだIS搭乗許可が――」
踵を返し立ち去ろうとする円夏とセシリアに、山田先生はあわてて呼びかけた。確かに、彼女たちの言い分に筋は通っているかもしれない。だが教師の手前、ここでその愚行を見逃すわけにはいかないのだ。
入口に回って立ち塞がろうとした彼女に、セシリアは冷静な眼差しを向けて言った。
「傷はほとんど塞がっていますわ。激しく動かなければ何の問題もありません」
「で、でも……」
「先生、私たちに出撃の許可を。どうかお願いします」
なおも引き留めようと口を開く彼女に、二人は揃って頭を下げる。その必死な嘆願に心を揺り動かされ、彼女は思わず頷きを返してしまった。
「ありがとうございます。――さあ、行きましょう!」
「あ、ちょっと待って……!」
時既に遅し。顔を上げた時にはもう、オペレーティングルームに彼女たちの姿はない。
独り取り残された山田先生は肩を落とし、ため息をついた。
「――あれ、篠ノ之さんは?」
疲弊した面持ちで椅子に腰を下ろそうとして、なぜか箒まで居なくなっていることに気付く。確か、あの二人が出撃すると言い出すまではこの部屋で話を聞いていた筈……。
「え、ええっ!? まさか篠ノ之さんまで一緒に!?」
もっと深刻な事態にようやく気が付いた彼女は、モニターの前で頭を抱えた。
◇
「うおおおおおおっ!!!!」
裂帛の気合を込めた一撃が侵入者のシールドを深々と切り裂く。けれども、その刃先は実体に届く直前で見えない壁に弾かれ、有効打に至らないまま抜けていってしまった。
(くそっ、やっぱり効かないか!)
思い通りに行かない状況を前に舌打ちすると、俺は腕を振り上げる敵機から急速離脱した。その直後に鈴の放った『竜咆』が相手を直撃し、反撃の暇を与えずその巨体を大きく揺さぶる。
「こんなんじゃいつまで経ってもキリがないわ!」
最大速度で連射を続ける彼女がぼやく。その機影に向けて、射線から離れた機体が両腕のビーム砲を持ち上げる。
「させるかよ!」
旋回しつつ斬りつけ、さらに足蹴を食らわせてのコンボで無理矢理射撃姿勢を解除させる。そのまま隣の機体に突っ込んだ俺は、もう一太刀を浴びせつつ反対側へと抜けた。
先ほどから休憩もなしに目まぐるしい立ち回りを続けているせいで、体中が悲鳴を上げている。生身で動く時よりもはるかに強い遠心力がかかっているのもあってか、肉体へのダメージが想像以上に蓄積しているようだ。もうしばらく踊っていたら血反吐を吐いてひっくり返るかもしれないな。
――まったく、冗談じゃない。
「救援はまだなの?」
「知るか。まだ頑張らなきゃいけないってことだけは分かるけどな」
尋ねる鈴にぶっきらぼうな口調で応え、感覚の無くなってきた拳に今一度力を込める。
何の連絡も入らないことからすると、状況があまり芳しくないのは確かだ。格闘武器に特殊武装とお互い残弾を気にしなくていいのはありがたいが、このままでは乗ってる人間の方がどこまで持つか怪しい。正直、精神的にも肉体的にももう限界だ。
《警告――右後方より敵機》
「なっ――くっ……!」
無造作に打ち振るわれた腕を、とっさに刀で受け止める。その瞬間、刀身が悲鳴のような音を立てた。続いて二撃目のストレートが直撃し、限界を迎えていた『雪片』が根元から砕け散る。
「うわああああっ!!」
真っ二つになった得物ごと吹っ飛ばされた俺は、そのままフィールドの壁に激突した。
「一夏ぁっ!」
「なんてこった……刀が折れちまった」
刀身の大部分を失った『雪片』の柄を茫然と見つめる。よりによってこんなところで……。
かすんだ視界の奥に、あのビーム砲を構える敵の姿が映る。どうやら、唯一の武器が破壊された俺にとどめを刺すつもりらしい。
「駄目よ一夏! 早く逃げ――」
必死に呼びかける鈴の声がふいに途切れたかと思うと、何かが地面に落ちた。視界を動かした先には、落下の衝撃で半壊したアーマーと、うずくまったまま動かないひとりの少女。
――見間違う筈がない。あの長いツインテールは彼女のものだ。
「鈴? くそっ……!」
お互い戦闘不能の状況で、助けは未だ来ない。
そう、か。これが俺の……俺たちの……。
(認められるかよ……)
もたれかかった壁から離れ、もう武器として用を成さないたったひとつの武装を手に、感情のない顔を向ける三機の敵を睨みつける。
(俺は守るんだ……。鈴を……箒を……)
立ち向かったところで勝ち目がないことは分かっている。それでも俺は――。
(俺は、みんなを守るんだ――!!)
「アアアアァァァァァァ――――ッ!!!!」
獣のような叫びを上げて斬りかかる。
届かなくてもいい。
効果がなくったって構わない。
ただ、ここにいる全員が助かるだけの時間さえ稼げさえすれば、ここでやられたって――。
「――何を死に急いでいる、馬鹿者!」
突然、そんな言葉が耳朶を叩いた。あわてて立ち止まった俺の眼前で、敵機の腕がずるりと横滑りを起こして落ちる。
「どうして……!?」
断面から潤滑液を撒き散らしながらよろめく敵に、背を向けて直立する一機のIS。その鎧を纏い、ニ刀を携えたひとりの少女に俺は呼びかける。
「箒、どうしてここに……!?」
「決まっているだろう――」
驚く俺に振り返りながら、篠ノ之箒は明瞭な口調で応じる。
「――助太刀に来たぞ、一夏」
薄紅色の『打鉄』に身を包んだ侍は、凛とした眼差しを真っ直ぐ俺に向けた。