無限遠のストラトス   作:葉巻

32 / 58
4.7 フォールダウン・ゼロ⑦

 アリーナを保護するシールドを貫いた侵入者はフィールド中央に落下、盛大に土煙を巻き上げながら突き刺さった。着地の衝撃で建物全体が上下に揺れ、客席周囲から悲鳴が上がる。

『き、緊急事態です。し、試合を観戦している生徒は速やかに避難を――』

 予想外の事態に動転しているのか、やや遅れて山田先生の緊急アナウンスが場内に響き渡った。物理障壁を隔てた向こう側では、先ほどまで声援に湧いていたクラスメートたちが茫然と立ち尽くしたままフィールドを見つめている。

 ――いや、さすがに今は逃げろよ。一体何が起こるか分からないぞ。

「なあ鈴、俺たちも早く避難した方がいいんじゃないか?」

 騒然としているアリーナの中で、俺は下方をじっと見つめる鈴に呼びかけた。

 ――あれ、返事がない。おかしいな……。

「おい、聞いてるのか? おいってば――」

 もう一度呼びかけようと口を開いた瞬間、レーダー照射を報せる警報がまた鳴り響いた。と同時に、もうもうと上がる煙の中で何かが煌めく。

「えっ――」

「危ないっ!!」

 間の抜けた声を上げた瞬間、俺は鈴に抱きつかれる形で横へ突き飛ばされていた。わずかに遅れて、赤みがかった光条が俺の立っていた場所をまんべんなく灼き尽くす。

「れ、レーザー!?」

 まるでアニメか漫画のような冗談染みた光景を目の当たりにして、そんな言葉が無意識のうちに飛び出した。

「ビームよ! それにしたってこんな威力……馬鹿げてるわ!」

 冷静な突っ込みを入れた鈴は、俺にしがみついたまま唇を噛み締める。兵器にはあまり詳しくないが、彼女の行動と表情から察するに食らったら只じゃ済まないってことだけは確からしい。

(でも、なんで俺たちに攻撃を仕掛けるんだ?)

 知る由もないことをふと考えたその時、ようやく晴れた煙の中から先ほどの落下物が姿を現した。艶のない黒一色で塗り固められた全身装甲型(フルスキンタイプ)のIS。それが三体まとまってフィールドのど真ん中に鎮座している。

「見たことない機体ね」

 その異形の姿を見るなり、鈴はつぶやいた。

 ――って、いい加減離れてくれないか? このままじゃ身動きが取れないんだが。

「あっ……。そ、そんなつもりじゃ……」

 自分の置かれた状況にようやく気がついたのか、彼女は途端に顔を真っ赤にして手を離した。

 それにしても気味の悪い機体だ。基本的な形は人間のそれなのに、垂れ下がった両腕だけが別の生き物から千切って繋げたかのように不自然な形をしている。腕の先に付いた大きめの砲口は、多分さっきのビームを放つためのものだろう。肩や脚部にはそれよりも小型のユニットがいくつも埋め込まれているらしく、脈動するように時々光を放っている。

 おまけに顔の部分は全体が分厚いマスクに覆われ、蟲の目玉を思わせるようなセンサーアイが一列に並ぶようにして目の辺りを埋めていた。一応人らしい姿をしているというのに、まったく人間らしさが感じられないデザインだな。

「――変だわ。生体感知機能が反応してない」

 と、鈴が怪訝な表情でつぶやく。

「センサーの故障じゃないのか?」

「んなわけないでしょ! アンタや客席の子たちはちゃんと検出できるのに、こいつらにだけ利いてないの」

 そんな馬鹿なと思いつつも、俺は念のため頭部センサーを生体探知モードに切り替えて相手を見た。

《生体反応なし》

 真正面に捉えているにもかかわらず、『白式』は出る筈のないメッセージを延々と表示し続けている。

「つまり、どういうことなんだ……?」

「あの機体は無人で動いてる。そういうことになるわね」

 正直信じられない話だけど、と付け足して彼女は苦笑いを浮かべた。

本来、ISは搭乗者からの指示がなければ動けない。確かに大半の機能は自動でこなしてはいるのだが、根本的な部分――たとえば移動や手足の動きといったもの――に関しては、データリンクが確立されて初めて成り立つものらしいのだ。おまけに、根幹を成しているそれは生体信号でなければ成り立たない。無人機の研究は随分前から行われているらしいのだが、どう試してみても機械的に作った信号では全く受け入れてくれないのだそうだ。

 そうなると、目の前の詳細不明のISがますます謎の多い存在になってくるわけだが……まあ、科学者の端くれですらない俺たちに解明できないことは考えるまでもなく明らかだろう。

「一夏、アンタは先に離脱して。また攻撃を仕掛けてくるかもしれないわ」

「お断りだ」

 鈴にはっきりと言い返してから『雪片』を利き手に持ち換える。何しろ相手は三機もいるのだ。そんな危険な状況で、彼女だけ一人置き去りというわけにはいかない。

 それに、あいつらの目的が分からない以上、客席も危険に晒される可能性だってある。離脱するとしても、せめて教員部隊が到着するまでは粘る必要があるだろう。

(とはいえ無茶はできないよな……)

 先ほどのビームからして、競技用の武装よりもはるかに強力なことは確かだ。まともに食らえば、間違いなく怪我どころじゃ済まなくなる。

「鈴、他に武装は?」

「試作近接装備の『双牙連月(ソウガレンゲツ)』と『龍咆』だけ。試合用の装備だから大したものは積んでないわよ」

「射撃が使えるだけマシってもんだろ。こっちは近接ブレードしか攻撃手段がないんだぜ」

 いずれにしても俺たちが不利ということに変わりはない。数でも装備でも、相手の方が数段上だ。それでもクラスメートたちを守るにはあいつらの注意を向ける必要がある。

「――離れた場所から射撃でけん制してくれ。俺が近づいて切りつける」

「まさか飛び込む気!? そんなのただの自殺行為よ!」

「時間を稼ぐにはそれしかないんだ。仕方ないだろ」

 近接ブレードといえど、刃が付いていない以上どこまで殴ってもほとんど意味はないだろう。試合と違って相手のシールドエネルギーはほぼ無制限、いくら切りつけたところで勝負が付くわけじゃない。だが、そうだとしても時間稼ぎくらいにはなるだろう。

《警告――敵対目標からのレーダー照射を確認》

「行くぞ、鈴!」

「はあ。無茶苦茶だけどつきあってあげるわ。――後で何か奢んなさいよ?」

「考えておくさ」

 『白式』が相手の動きを告げたのを合図に、俺と鈴はそれぞれの方向へと飛んだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。