「おりむーカッコいいー!」
「意外とやりますわね……。いつの間にあんな策を思いついたのかしら」
本音とセシリアが両脇で騒ぐ中、箒は口を噤んだまま試合を眺めていた。
各座席の後部に取り付けられたモニターにはズームした一夏の姿が映っている。刀を握り締め、鈴の猛攻を必死に受け流す彼に余裕の色はうかがえない。当然といえば当然なのだが、それでも彼女は不安げな表情で画面を見つめていた。
「――篠ノ之さん、どうしましたの?」
「え? あ、なっ、何でもない!」
あまりにも険しい表情だったせいか、気分が優れないものだと勘違いされたらしい。気遣うセシリアに、彼女はぶんぶんと首を振って誤魔化した。
「それにしても近接攻撃ばかりですわね。織斑さんも凰さんも別の武装を積んでいないとは思えませんし……」
「ああ。一夏はともかく、鈴は何か隠しているような気がする」
「ともかく? ということは、あの剣しか持っていませんの?」
そう言って首を傾げるセシリア。
「そういうことになるな」
「事情は存じませんが……それはまた厄介な状況ですわね。もし凰さんの機体に遠距離攻撃が可能な武装があるなら、場合によっては一方的になぶられかねませんわ」
箒の返答に、彼女はため息をついて言った。
「大丈夫だよー。おりむーは強いもん。そうだよねー、しののん?」
「うむ……」
本音の言葉に、箒は曖昧な答えを返す。確かに剣が使える状況では互角、いや、それ以上の実力を発揮できている。だが……。
(ISに関して言えば鈴の方が上だ。個々の技能で圧倒できても、あいつの方が優勢であることに変わりはない)
格闘戦だけがISの戦いではない。そして、代表候補生にまで上り詰めるような相手が一辺倒の戦い方に終始するとは到底思えない。戦法を切り替えられる前に片をつけなければ、間違いなく逆転されるだろう。
「また織斑さんが一撃加えましたわ!」
「いけいけおりむー! そのままやっつけちゃえー」
湧き上がる客席の中で、箒だけが妙な胸騒ぎを覚えている。
(一夏……)
彼女は祈るような気持ちで二機のISが舞う空を見上げた。
◇
「はあっ……はあっ……」
乱れた呼吸を整えながら、俺は今一度『雪片』を構え直す。なんとか絶対防御を発動させるような攻撃を二発打ち込むことには成功した。おそらく彼女のシールドエネルギーは大きく削がれているだろう。
その筈なのに、まだ表情には余裕が垣間見える。――いや、垣間見えるなんてもんじゃない。こいつは確信を抱いている顔だ。最終的に自分が勝つという結末を、この期に及んで疑いなく信じている。
「だいぶ強くなったわね、一夏。一か月前のアンタとは雲泥の差だわ」
「そりゃどうも」
柄の先同士で連結した双剣を肩に乗せて笑う鈴。驚いたことに、あれだけ激しく動いていたにもかかわらずまったく息が上がっていない。以前からアクティブな奴だったとはいっても、俺の記憶が正しけりゃここまで体力はなかった筈だぞ。
「できれば公式戦まで取っておきたかったんだけど、アンタに敬意ってヤツを表して特別に見せてあげるわ」
そう言うと、鈴は両手を外側へ向けるようにして直立した。
「見せるって何を――」
俺が訊き返すよりも先に、彼女の肩を包むパーツが展開する。その内部に隠されていたレンズ状の部品がせり出した瞬間、その周囲の空気が
「龍の咆哮、その身で受けなさいっ!」
マズい。そう思った瞬間には既に手遅れだった。低く唸るような射出音とともに、不可視の砲弾が俺の体を後方へと突き飛ばす。同時に八割近く残っていたエネルギーが一気に半分まで削られた。
(衝撃でシールドが吹き飛ばされたのか……!?)
あわてて姿勢を回復しつつ、『白式』のステータスを確認する。あれだけの一撃を受けたにもかかわらず機体への影響はまったく出ていない。
――ということは、シールドだけが狙ったように消されてしまったってわけか。
「ここまではお遊び。こっから先はアンタとあたしの真剣勝負よ」
再び武器を構えた鈴は俺に向かって呼びかける。もちろん、肩の秘密兵器は相変わらず展開状態だ。
「本気で行くって言ったのは嘘だったのか?」
「最初から本気だけど? あくまで手の内を見せてなかっただけで、あたしは全力出して戦ってるわよ」
それは本気と言わないんじゃないか、鈴。
「それじゃ、二回戦と行きましょうか――!」
突撃を仕掛ける彼女を、俺は
「甘いわ!」
背を向けた彼女の周囲がさっきと同じように歪んだ。避けなきゃと思うより先に、急激に圧縮された空気の砲弾が突っ込む俺目がけて撃ち出される。身を捩る間もなく直撃を食らった俺は、またアリーナの壁際まで弾き飛ばされてしまった。
《警告――シールドエネルギー残量三割まで低下》
「くっ……! 背後にも撃てるなんて反則だろ」
どうやらあのレンズの出ている方向と発射可能な向きは関係ないらしい。それどころか、あの攻撃には弾も砲塔も必要ないようだ。一体どんな仕組みで動いてるんだ、アレ。
「攻防一体の『甲龍』の力、思い知ったかしら?」
「ああ、かなり厄介な奴だってことは十分分かったさ」
振り下ろされた剣を受け止めつつ、俺は彼女に返答する。原理は理解できないが、とにかくあの武装を何とかしない限り勝ち目はない。
こうなったら、山田先生の言っていた『
(やるしかないか……!)
俺は『零落』で彼女の姿勢を崩してから、急加速を使って一気に距離を離した。
《出力制限値開放――予備エネルギーライン、メインスラスターに直結》
メッセージとともに背面のユニットが開き、追加の噴射口が迫り出してくる。俺はPICを元に戻すと、『雪片』をしっかりと握り締めた。
「立ち止まってたらいい的よ――!」
「動くさ、その弾丸より速くな――――!」
空間を歪ませて無色の砲身を形成する鈴を正面に捉え、俺は『瞬時加速』を発動させようと――。
《緊急警告――頭上に複数の熱源を感知》
《熱源よりレーダー照射を確認――現在位置からの退避を進言》
コマンドを打ち込む直前、警報がけたたましく鳴り響くと同時に作業が強制中断される。
「な、なんだ!?」
驚いて見上げた先に映ったのは、黒っぽい三つの塊。それらがこっちへ向けて近づいていると気付いた瞬間、頭上の複層シールドが突き破られた。