試合当日の天気は予報どおりの快晴だった。可動式の屋根が大きく開け放たれた第四アリーナには五月の眩い日差しが差し込み、フィールド全体を明るく照らし出している。
その中央で、俺は『白式』を展開して鈴と向かい合っていた。
(まさか第一試合が一組と二組の試合になるなんてな……ベタ過ぎて笑えないぜ)
肉厚の太刀を構える彼女を前に、思わず苦笑いがこぼれる。よりにもよって初っ端から強敵相手とは、先生たちも随分ときつい状況を用意してくれたもんだ。
鈴の専用機『
機動戦には弱いものの、突進力の高そうなスラスター配置が厄介だ。遠距離から一方的に削られないのはいいが、下手に打ち合おうとすれば高い推力で強引に押し潰されかねない。まったく、どこを取っても鈴らしいISだな。
「アンタには悪いけど、こっちは本気で行かせてもらうわ」
ビシッと人差し指を立てて宣言する鈴。どうも俺との直接対決ということでかなり気合が入っているようだ。
「副賞のデザートフリーチケット一年分! あたしたち二組が貰い受けるから、覚悟しなさい!」
あ、あれ? 俺はてっきりいつもの勝負のつもりかと思っていたんだが、違うのか。
『織斑くーん!
『副賞は一組がゲットするんだから、ここで勝たないと駄目だよー!』
スピーカー越しに聞こえる声援も、俺を応援しているというよりは俺が一位になって副賞を貰ってくることに期待している気がするのは、きっと勘違いじゃない筈だ。何だろう、この物欲にまみれた空間……。
『――それでは、第一試合を開始します。織斑くんと凰さんは所定の位置について、開始のブザーを待ってください』
言われたとおり、俺と鈴は開始位置まで機体を後退させる。あいつのことだ、そこまで捻くれた戦法は採らないだろう。おそらくは正面から――。
『始めっ!!』
結論に至るよりも先に、鈴の『甲龍』が動く。重量のある武器を肩に担ぎながらの突進。そこに一切の躊躇は感じられない。
俺はタックルで弾き飛ばそうとする彼女から一旦距離を置き、手に持った『雪片』を構え直した。
(まずは先制の一撃を――)
「そうはさせないわよ――――ッ!!」
ズン、と重たい一撃が振り下ろそうとした得物を押し返す。続けざまに振り回されたもう一振りを辛うじて避けはしたものの、俺はせっかくのチャンスを封じられてしまった。
その上、痺れた手に力を込める間も与えないとばかりに踊るような連戟が打ち込まれる。
「くっ……うっ……」
「少しはやるように、なったみたいだけど! あたしから見たら、まだ、まだ、よ!!」
ついにカバーしきれなくなった斬撃がシールドを裂き、『白式』のシールドエネルギーを一割近く削り取る。刀を取り落としそうになりながらも、俺はスラスターを噴射して彼女から距離を取った。
「さすが代表候補生ってところだな……。まったく、手の感覚がおかしくなりそうだ……」
呼吸を整えながら、律儀にも待ち構える彼女を見つめる。たった一分足らずの攻防。それだけで、完全に押されてしまっている。このまま相手の猛攻を受け続ければ、間違いなく俺が負けるだろう。
(もうちょっと秘密にしておきたかったけど、こうなりゃ出し惜しみなんてしてられないな)
上手くできるという確証はない。けれど、今の俺にはこれに頼るしか策がない。
(よし――!)
双刃を繋ぎ合わせた鈴が再び突っ込んでくる中、俺はコンソールを展開してのほほんさんの設定したコマンドを一瞬で叩き込んだ。
《実行指令承認――PIC、セカンドモードスタンバイ――》
一瞬浮揚感が失われたかと思うと、今度は足先に硬い地面を踏みしめるような感覚が伝わってくる。
「さっきは押し切られたけどな」
両足を前後に開き、鋭く輝く刃を頭よりわずかに上の位置で構える。相手が力で圧倒してくるのなら、こちらは技で対抗すればいい。
「今度は俺が押し切る番だ!」
そう――剛を制すのなら、柔をもって向かえばいい。
「いいわ、やれるもんなら――」
「篠ノ之流、奥義――」
水が流れるがごとく。風が吹くがごとく。
強い流れにあえて逆らわず、ただ無のままに勢いを受け止める。
「やってみなさいよ――――ッ!!!!」
それこそが篠ノ之の剣。それこそが――。
「――『
回転を伴って振り下ろされた剣に、俺のかざした刀が静かに触れる。
その太刀筋が滑るように相手の得物をなぞったのと同時に――彼女は勢いを失って大きくよろめいた。
「なっ……!?」
「そこだっ――――!!」
隙の生まれた鈴に向かって、俺は渾身の二太刀目を振るった。勢いのついた刃が彼女の防御を深く抉り、大打撃を与える。これでダメージは同等。いや、おそらくはそれ以上だ。
「随分と粋な真似をしてくれるじゃない」
続けてもう一撃を叩き込もうとした俺から離れつつ、鈴が感心したようにつぶやく。
とりあえずイーブン以上に戻すことはできた。けれど一度手を見られた以上、ここから先はそう簡単には通用しない。
リードされながら尚も余裕の漂う彼女を前にして、俺は気を引き締め直した。