無限遠のストラトス   作:葉巻

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4.4 フォールダウン・ゼロ④

「――これでよし、と。おりむー、ちょっと動いてみてー」

「おう。ちょっと待って、まずモードを切り替えて……」

 試合前日。俺と箒、そしてのほほんさんは『白式』の最終チェックのため格納庫の一角に集まっていた。

 PICに手を加え、機動力の低下と引き換えに足場を疑似的に再現するという『小細工』。少々強引な方法ではあるけれど、思っていたように動けるだけで心強く思えてくるものだ。のほほんさんのアイデアで、本来の状態で稼働するモードと切り替えられるようにもなっている。

「それにしても、随分と手間取っちゃったな」

「最新鋭の試作機となれば勝手も大きく異なるからな。むしろ、よく間に合ったと褒めなければいけないのではないか?」

 いやまあ、そうだけどさ。なんとかなったのは箒のおかげ――というより実姉の束さんのおかげ――でもあるし。連日会議やら出張やらで忙しい筈なのによく相談に乗ってくれたなあ、あの人。今度暇な時に菓子折でも持って行こう。

「うん、問題なさそうー。もうしまっても大丈夫だよ~」

 のほほんさんに言われ、俺は展開していた『白式』を量子状態に戻した。纏っていた白一色の装甲が光の粒へと変わり、吸い寄せられるように左腕へと集まっていく。瞬きするほどの時間で待機形態に切り替わったISは、手の甲と手首周りを覆う薄手のガントレットの姿になってぴったりと張り付いていた。

(そういや、どうしてこんな形なんだ?)

 不意にそんな疑問が浮かび、袖をまくって『白式』を眺める。『打鉄』のブレスレットはまだしも、なんで防具なんかになる必要があるんだろうか。

 そもそもコイツ以外で変な外見になるISっているのか? いたら一度くらいはその姿を拝んでみたいもんだ。

「一夏? どうかしたのか?」

「あ、いや。何でもない」

 箒の怪訝な顔に気付いた俺は、あわてて袖を元の位置まで下ろした。

「これで調整は完了~。あとはおりむーの腕次第だよー」

「その点は問題ないだろう。一月近く剣を振るっているのだからいい加減勘も戻っている」

「勘、ね……」

 確かに、初めて早朝の特訓をさせられた時よりは無理なく剣を振れるようにはなった気がする。とはいえまだ本調子には程遠い状態だ、あまり無理はしたくない。

「それはいいけど、おりむーは銃使えないよー?」

「教えてくれそうな人が確保できなかったからな。まあ、積み込む領域が確保できないんじゃ大して意味もないけど」

 そう、一番の問題は武装の搭載能力だ。この機体は拡張領域(バススロット)が別の装備で既に埋まってしまっている。そのせいで、武装はたったの一つしか搭載できなくなっているようだ。せめてもう一つ分の枠を確保しようと思って色々弄ってはみたものの、すべての領域に妙なプロテクトがかかっている状況ではどうにもならなかった。

 ――そもそも、入ってる装備がどうやっても展開できないなんておかしくないか。ひょっとしてこの機体、欠陥だらけなんじゃ。

(まあ、初期装備が近接格闘ブレードだっただけでも幸運だったと思うしかないよな)

 そんなことを思いつつ、俺は唯一の得物の姿を脳裏に投影する。『雪片(ゆきひら)』――カーボンやセラミクス系の素材が中心のIS専用武装では珍しく、特殊強化鋼を刀身に用いた近接刀。その形状や製法には、かつてこの国で作られていた刀剣のそれが大きく反映されているらしい。競技規定で刃は付いていないものの、『打鉄』のブレードとは違って真剣のようなずっしりとした手応えを感じる業物だ。こんな立派な武装を積んでいる機体は、世界を見渡してもほとんど居ないだろう。

 飛び道具がない分距離を取る相手には苦戦するだろうが、間合いまで飛び込めば十分な打撃を与えられる。いや、無理矢理にでもそうしないときっと勝てはしないだろう。そのための特訓は、この二週間でしっかり積んできた。後はどこまで実践できるかどうかだ。

「もうすぐ閉館時間だ。片付けて引き上げるとしよう」

 端末に表示された時計を見つつ、箒が呼びかける。

「しののんにさんせーい」

「そうだな。メシも食わなきゃいけないし――」

 応えつつ、何となく視線を感じた俺は後ろを振り返った。

 ――と。そこにはこちらの様子を見守るオルコットさんの姿があった。

「いよいよ明日、ですわね」

 近くの柱に背中を預けたまま、感慨深げにつぶやく彼女。傷を負った脇腹は制服の下に隠れて分からないものの、庇うように片手をかざしているところを見るとまだ完治はしていないらしい。

「ああ。どこまでやれるかは分からないけど、代理として精一杯やるつもりだ」

「それはまた頼もしいこと。あなたの実力とやらがどれほど通用するのかは存じませんけど」

 皮肉っぽい言い方に多少ムカッときたものの、黙ってやり過ごすことにした。元々彼女がクラス代表なのだから、出られなくなって残念な気持ちというのも分からなくはない。この煽るような言葉も、素直に応援できない感情の現れだと思えば何のことは――。

「随分と挑発的な物言いだな」

 え? あれ、なんで箒が怒ってるんだ? さっきのって俺相手に言ったんじゃないのか?

 唖然としたまま眺めていると、彼女は冷ややかな視線を向けるオルコットさんに強い口調で言い返し始めた。

「負傷で舞台を逃したから拗ねているだけではないのか。それに、元はといえば己の実力不足が招いたことだろう?」

「あら、篠ノ之さん。あなたと話しているつもりはなかったのだけど」

「幼なじみを侮蔑されて黙っていられるか。これ以上無礼が過ぎるなら私とて容赦はしない」

 刀の柄に手をかけるように、箒が手首にはまった腕輪を掴む箒。脅しどころか本当に実力行使に出かねない彼女を前にしているのもかかわらず、オルコットさんは余裕の表情を浮かべて言葉を続けた。

「いずれにせよ、明日が本番です。わたくしたちにとって素晴らしい一日になることを期待していますわ」

「ふんっ。言われるまでもなく一夏が勝つに決まっている」

「それは楽しみですわね。――ええ、本当に楽しみです」

 意味ありげな微笑みを浮かべつつ、オルコットさんはその場を後にした。

 

 ――何だろう、どこか違和感を覚えるような。いつものオルコットさんとは違う何かが……。

 いや、気のせいか。多分苛立っていたからあんな態度を取っていただけだ。そう、だよな?

「何なのだあれは! 失礼にも程があるぞ!」

「まあ落ち着けって。俺は別に気にしてないから大丈夫だ」

 腹立たしげな口調の箒を俺はいさめた。

 確かに嫌味たっぷりだったけど、こんなところで怒っても仕方がない。きっちり結果を出せば、彼女も心を落ち着けて元の通り接してくれるようになるだろう。

「片付け終わったよ~。おりむーもしののんも帰ろうよー」

「……おう」

 のほほんさんの朗らかな声に応え、俺たちは静けさの満ちる格納庫を後にした。


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