あの後倉持技研にも連絡してみたが、AICは搭載されていないとはっきり言われてしまったので結局断念せざるを得なくなった。
ようやく勝利への糸口を掴んだと思ったのに、気付けば一日を無為に浪費してして振り出しに戻っただけ。自分の運のなさに思わずため息がこぼれてしまいそうだ。
(――とはいえ、落ち込んでる場合じゃないよな)
残された期間はたったの二週間だ。その間にどうにかして戦う術を見出さないと、代表候補生はおろか、三組のクラス代表にまで手も足も出ないという情けない姿を晒すことになってしまいかねない。それだけは一人の男として避けたいもんだ。
「練習相手、どうするかな……」
鈴に円夏、そして困ったら頼れと言っていたオルコットさんまでいないのはきつい。箒は相変わらず剣術しか教えてくれないので論外。そうなると、適当にクラスメートを誘って放課後の特訓に付き合ってもらうしかないが、試合を経験した子がひとりもいないのでまったく練習にならない。
――うーん、とことん駄目尽くしだなこりゃ。
そうして机に突っ伏していると、背後から背中を小突かれた。
「一夏」
「ん。まだ教室にいたのか」
呼びかける箒に、俺は振り返って応えた。てっきり先に帰ったもんだとばかり思ってたんだが、どうも俺が戻ってくるまで待っていたらしい。ということはさっきのぼやきも聞かれてたってことか。参ったな……。
「何やら悩んでいるようだな。私で良ければ相談相手に――」
「ISのことだけどいいのか?」
「うっ……」
俺が訊いた途端返答に詰まる箒。うん、訊かなくても分かってたさ。
「べ、別に理解していないというわけではない! 上手い説明が思いつかないからあえて振れないようにしているだけだ!」
「それ、結局教えられないって言ってるのと同じじゃないか」
「とにかく! とにかく、私に一度相談してみたらどうだ? いい解決策が思い浮かぶかもしれないだろう?」
「相談ねえ……」
いつになく真剣な眼差しを向けてくる彼女を見つめながら、俺はさてどうしたものかと思案を始めた。
確かに、彼女の言葉にも一理ある。勉強が苦手とはいえ、弱冠二十三歳で国際IS委員会の一員になってしてしまった
とはいっても、山田先生のようなまともな返答はあまり期待できない。ちょっとした説明でさえ擬音のオンパレードが当たり前なんだ。下手なことを訊けば一曲できてしまいそうな量の擬音が返ってくるだけだろう。
(まあ、駄目元で一度やってみるか)
よく考えてみれば、尋ねたところで損をするというわけでもない。こういう時こそ遠慮せず頼ってみるべきだな。
――よし、決めた。
「えっと、箒。実はだな――」
「ふむ……」
俺は、箒に先ほど先生と話していた内容をかいつまんで説明した。足場を作りたいけどそのためにはAICというのが必要で、なんちゃらかんちゃら……って、どこまで分かってくれているのか怪しいんだが。
「つまり、その、ISで床を作ろうとしたのだな?」
「うん、そういう解釈でいい。というかそれで大体あってる」
「それで、山田先生には無理だと言われてしまった、と」
んー……。その辺りは若干違うけど、指摘しても混乱させるだけだしやめておこう。そう思って黙っていると、箒は突然腕を組んで何かを考え始めた。――いや、考え始めたというよりは、何かを思い出そうとしているような雰囲気だ。
しばらくウンウン唸っていたかと思うと、彼女は急に顔を上げてぐいっと間近まで寄ってきた。
「な、何だ?」
「一夏! 足を踏み止まらせる方法であればいいのか?」
まあその要件さえ満たせさえすれば……って、耳元で大声出すなって。何やら思い出して興奮してるのは分かるが、とりあえず落ち着いてくれ。
「どうなんだ、一夏?」
「ん……。ああ、その通りだ」
しつこく訊いてくる彼女に、俺は一息置いてから返答した。
「俺の慣れてる戦い方をしようとすると、どうしても軸足を留めないといけないからな」
「それならいい方法を知っているぞ。姉さんが話しているのを又聞きしただけだが……多分それでいける筈だ!」
「又聞きってお前なあ。で、どんな方法なんだ?」
俺は目を爛々と輝かせて言う箒に尋ねた。
「それは――。それは……図で説明するから少し待ってくれ」
だろうと思ったよ。俺はため息をついて、教室前面のディスプレイへ走る彼女を眺めた。絵の方も言うほど頼りにならなさそうだけど、まあ口頭よりはマシだよな。擬音じゃ何を指してるのかまったく分からないし。
「PICの調整で段階的に挙動を重くして、見かけ上の重力がかかるようにするらしい。こうすれば、空中でも足を地面につけているのと変わらない動きができると言っていたぞ」
箒は投影画面にくさび形の物体――たぶんISの脚部だろう――を描いてから、その周囲に何本か直線を書き入れた。
「でも、それって普通の機体じゃできないだろ?」
「その時に姉さんが研究していた機体は『打鉄』だ。それも四年ほど前の話だから、現在の試作機とは事情もだいぶ違う」
四年前というと、ちょうどあの人が大学と企業を行き来していた頃だ。ほとんど話を聞くこともなかったからよく知らなかったけど、そんな研究までやってたんだな……。俺はてっきりハードウェア専門だとばかり思ってたぞ。
「お前が言うAICとやらもなかった時代の技術なら、ソフトウェアの調整だけで実現できるかもしれない。少なくとも試してみる価値はあるぞ?」
「確かにそうだけど……。だったら尚のこと、俺たちだけじゃどうにもならないんじゃないのか?」
「むう……」
訊き返すなり黙り込む箒。なんとなく分かってはいたけど、俺たちのどちらもがその辺りに疎いからなあ。相談なら山田先生でもいいけど、機体を弄るとなるとちょっと頼れそうにないし、かといって学園の整備士さんには頼み辛いし。
クラスメート……は論外だよな。整備科志望といったって、分かれて学ぶのは二年生以降だからその手の技能はまだ身に付けちゃいないだろう。
「どうしたもんかね……」
今日何度目かのため息をついたその時、教室の扉が急に開いた。と同時に、暢気な声が部屋の中に響く。
「あー、おりむーにしののんだ~。ふたりともどうしたの~?」
「ああ、うん。クラス対抗戦のことでちょっと」
ちょっと不思議そうな表情ののほほんさんに、俺は少しぼかし気味の答えを返した。
それにしても、放課後になって戻ってくるなんてずいぶんと珍しいことがあるもんだ。忘れ物でも取りに来たんだろうか。
「整備の知識がある人物をどう確保するか話し合っていたところなのだが、いい案が思い浮かばなくてな。もし宛てがあれば私たちに紹介してほしいのだが」
「それならいい人知ってるよ~」
――おお、意外なところからの助け船。こいつはありがたいな。
「で、誰なんだ?」
俺が尋ねると、のほほんさんはニッコリ笑って自分の胸元を――袖に隠れてるからイマイチ分からないが、おそらく人差し指で――指差した。
「私ー」
「なるほど、のほほんさんは整備もいけるのか……ん?」
あれ、ちょっと待った。まだ俺たちって整備関係の実習はおろか、座学の授業さえ受けてないような。
「えーと……冗談、だよな?」
「ちゃんと資格も持っているのだよー。ぶいぶい」
そう言って端末を見せるのほほんさん。そこにはIS委員会のロゴマークと一緒に、三級IS整備士認定証明の文面が表示されていた。
「三級整備士……ってどのくらいだっけ?」
つぶやくなり、箒が自分の端末を取り出して操作し出す。――いや、そこは何も見ず答えるところじゃないのか。
「IS関連教育機関の整備科卒業と同程度、と百科事典には書いてある。一通りの機体整備は任せられる域にあるということを証明するらしい。……無論、その証明が彼女自身のものであればの話だが」
「疑うなんてひどいよ~。ここに来る前から整備のお仕事もしてるし~」
「オーケイ、お互いいがみ合うのはやめよう」
ふくれる彼女と訝しげな視線を送る箒に言い聞かせつつ、俺は双方の間に割って入る。ここで揉めていても時間が過ぎていくばかりだ。真偽はともかく、今はのほほんさんに頼ってみるしかない。
「試合まではあと二週間しかない。それまで練習しながら機体の調整をしなきゃいけないんだけど、いいかな?」
「問題ないよー。かんちゃんの整備は四組の人たち任せだから暇だし~」
尋ねる俺に、彼女はそう答えた。
かんちゃんというのがどんな生徒なのかはまったく知らないが、とにかく手が空いているのは助かる。その分俺に割ける時間も多く取れるわけだしな。
「それと、整備する機体も箒と合わせて三機あるんだけど」
「うーん……。その辺はフレームを弄ったりしないのならなんとかなるかもー」
「箒、そういうことでいいよな?」
そう言って確認を取ると、箒はどこか腑に落ちない顔で俺を見つめ返した。
「構わないが……私の機体まで弄る必要はないだろう」
「いや、だって練習相手がお前くらいしかいないし……」
「そうか。そうだな、それならしょうがない」
箒が何度も納得するように頷く。よく分からないが――とにかく合点が行ったのならそれでいい、よな?
「とりあえずー、その調整内容について教えてほしいかな~?」
「……ああ、悪い。今から説明するよ」
こうして、のほほんさんを加えた三人での作戦会議が始まった。