「――頼む、もう一度俺にISのことを教えてくれ!!」
「無理よ」
深々と頭を下げる俺を冷たくあしらうと、鈴は呆れた顔を向けてきた。
「アンタねえ、今の立ち位置を理解してないでしょ? 他のクラスの代表に手取り足とりISの操縦法を教える
「いや、まあそうなんだけど。それでも基礎くらいは教えてくれたって――」
「無理って言ったら無理! 悪いけど、あたしはそういうズルする奴が大っ嫌いなの。代表戦が終わったらいくらでも付き合ってあげるけど、今は絶対相手にしないからね!」
さっきから頼んではみるものの、こんな風に全く取り合おうともしない。
こりゃ諦めるしかなさそうだな……。俺はしかめっ面の鈴に謝ってから二組を後にした。
(円夏も二組だから無理、オルコットさんはまだ病院。クラスメートに訊いても経験者自体がかなり少ないからなあ……)
再び一組の教室に引き返してきた俺は、自分の席に突っ伏していた。
ある程度ISの操縦がに身に付いてきたといっても、結局のところは初心者のままだ。何より戦闘技術というものが完全に抜け落ちてしまっているのが痛い。いくら上手に飛べたところで、撃った弾が当たらなければ意味はないし、斬りかかっても避けられるなら無意味に隙を曝すだけになってしまう。
対抗戦まであと二週間程度。たったそれだけの期間でこの『穴』を埋めないといけないというのはきつい。
「何とか上手く鍛える方法はないものかね……」
勿論、そんなものが都合よくあればこんなに苦労はしない。
頭では分かっている筈なのに、俺はついそんな言葉を口に出していた。
「呼んだか?」
「いや、呼んでない」
にゅっと横合いから現れた箒に、ぶっきらぼうな口調で言い返す。
というかお前、教えることが全部剣術だろうが。地上戦やるならともかく、足場のない空中じゃそんなもん何の役にも――。
(……待てよ?)
不意に奇妙な考えが浮かんだ。
空中には足場がない。それは紛うことなき事実だ。反重力機構が稼働している限り――そう、宙に浮いている限りは足で踏ん張ることも蹴って進むこともできない。
それなら、
「どうした一夏、やけに真剣な顔だが大丈夫か?」
おい箒、俺が普段はヘラヘラとしているみたいな言い方するんじゃない。俺はいつだって真面目に考えてるぞ。
――って、そんな悠長な掛け合いをやってる場合じゃなかった。思い立ったが吉日、善は急げと昔の偉い人は言っていた。こんなところで時間を潰していたら、ようやく見えそうな勝機さえ逃してしまいかねない。
「ちょっと職員室まで行ってくる」
一応箒に呼びかけて、俺は席を立った。
授業が終わってまだ十分ほどしか経っていない。多分どこかへ出かけているということはないだろう。
「ああ。それなら私も同行した方が――」
「ややこしくなるからいい」
非道い奴だ、と嘆く彼女を無視し、俺は山田先生が休憩しているであろう職員室へと駆け足で向かった。
◇
「えっと……。要するに、『慣性制御を意図的に操作して地面同様に作用する強力場を作れないか』ということですよね?」
ずり落ちたメガネを持ち上げ、山田先生は俺に確認を取る。対する俺は――ポカンとしたまま彼女の顔を見つめていた。
あれ、今さっき自分で説明した筈なのに、言ってることがまったく理解できないんだが……。
「も、もうちょっと簡単に説明してくれませんか。まだそんなに詳しく知ってるわけじゃないので……」
「……ご、ゴメンね! 織斑くんにはちょっと分かりにくかったかな?」
「あ、いや……。その、なんというか。具体的なイメージが湧かないというかですね……」
専門用語を連発されても、記号が中生代の生き物みたいに脳内を泳いでいるだけというか。
このまま難しい説明を聞いていたら俺の頭が暗号の水槽と化してしまう。
「な、なるほど……」
反応の微妙な俺に困惑しつつ、山田先生はさらに言葉を続けた。
「そうですね……。じゃあ、『見えない床をISの周りに広げて、その上を歩いて動き回れないかどうか』といった感じでどうでしょう?」
「ん、まあそんなところです」
ちょっと違う気もするけど、抱いていたイメージと大体合っている。
「確かにいいアイデアだと思いますよ。でも、織斑くんのISでは無理かもしれませんね」
「というと?」
「ええ。理論上はできないこともないんですけど、実現には特殊な装備が必要になるんです。『空間作用兵器』というものなんですけど、織斑くんは知ってますか?」
――空間さよ……なんだそりゃ。
記憶を辿ってみるものの、そんな単語を勉強した憶えはないのでさっぱりだ。
「えっと、まだ話してないから分からないですよね。ゴメンね?」
そう言って頭を下げる山田先生。いや、別に謝らなくてもいいんじゃ……。
「それじゃあ説明しますね。『空間作用兵器』というのは、機体の取得した各種情報をフィードバックさせて自動で動かしている慣性制御を、操縦者が意図的に操作して攻撃手段に転用できるようにする技術なんです。簡単に言うと、『今まで操縦者自身が操作できなかったPICを、操縦者の意志で自由に動かせるようにしたもの』ですね。一般にはアクティブ・イナーシャル・キャンセラー、頭文字を取ってAICという名称で呼ばれることが多いそうですけど」
「つまり、そのAICというのが俺の機体にないと床が作れないってことですよね?」
「そうなりますね。外乱要因が少ないPICと比べると演算の量も格段に増えますから、搭載していない機体で再現するとなると他の機能がまともに使えなくなるでしょう。もしシールドの維持ができないとなれば、まず試合では使えなくなっちゃいますね……」
まあそうだよな、と俺は納得した。
そもそもシールドが展開できなきゃ試合にならないし、そうでなくとも相手から攻撃を受けても身を守る手段が無いんじゃ危険すぎて使えない。いくら実現できたとしても、そんな状況は願い下げだ。
「織斑くんの専用機がAICの研究のために開発された機体なら絶対に搭載してあると思いますけど、それ以外なら開発元に問い合わせてみないと分からないですね」
「一応聞いてみます。――すみません、なんか変なこと訊いちゃって」
「気にしなくてもいいですよ。私は一組の担任なんですから、もっと頼ってくれて構いませんよ。ISの知識だけなら豊富ですから」
謝る俺に、山田先生はやさしく微笑み返す。
――豊富なのは知識だけじゃない気もするけどな。元代表候補生だし。あと胸も――ってそっちは豊満か、そうか。
「織斑くん、どうしました?」
「あ、いや。なんでもないです」
ふと浮かび上がった煩悩を頭から追い出して、俺は先生にもう一度頭を下げた。