無限遠のストラトス   作:葉巻

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3.EX weißer Reiter

「なあ、千冬姉。これもしかして手抜き――」

「馬鹿者。すべて塗装済みだ」

 開封されたコンテナの中――そこに文字通りの『純白(しろ)』があった。アクセント程度に青や灰色のパーツがあるだけの非常にシンプルなカラーリングだ。

「次世代型技術実証試験機、『Type-100(タイプ・ハンドレッド)』。倉持の技術者は『白式(びゃくしき)』と充てて呼んでいた。あくまで愛称に過ぎないがな」

 『打鉄』よりも薄く直線主体の装甲に、見るからにパワーのありそうな大型スラスターユニット。脚部には補助スラスターも積んでいるようだ。踝や肩先には姿勢制御のためなのか小さな翼状のパーツが取り付けてある。

 ――どう見ても機動性能重視です、本当にありがとうございました。

「それで、こいつは何をテストするための機体なんだ?」

 俺が尋ねると、千冬姉は話すのを躊躇うかのように口を噤んだ。

 ん、もしかしてマズいこと訊いちゃったか?

「……一夏、単一仕様能力(ワンオフアビリティー)というのは知っているな?」

「一応、授業でさわりだけは」

 尋ねた彼女に曖昧ながら応える。

 確か山田先生は『オリジナルコアだけが使える機能で、操縦者とISの適合数値が一定以上の時に使用可能な固有の補助システム』だと言っていた。コアの数自体が限られているのもあって、まだろくに研究も進んでいないらしい。

 でも、そのこととなんの関係があるんだろうか。

「この機体は単一仕様能力の運用を前提に設計された機体だ。搭載しているコアもお前に合わせて選んである」

「俺に合ったコア?」

「正確には()()()()()()()()()()()()()()と言うべきか……。とにかく、細かいことは気にせず使っていればいい。研究自体は蓄積した稼動記録(ログ)を使って行うそうだからな」

 んん……? 俺をコアに対して最適化してるってことだよな、それ。

 一体どういう――。

(まさか――――!)

 ひとつだけ思い当たるモノがあった。

 そうだ、ひとつだけ確証の持てる奴がある。

「……なあ、この機体のコアってまさか――」

「ああ。お前が()()()()()ISのコアユニットだ」

 恐る恐る尋ねた俺に、千冬姉は険しい表情で答える。

 

 『白騎士』。

 

 三年前に発生した、国際大会襲撃事件の主犯。誘拐された俺が装着させられ、選手と観客を襲うよう仕向けられた所属不明のIS。

 

 ――そして、立ち向かう千冬姉の利き腕をいとも容易く斬り落とした(うばった)存在。

 

 その核が、この機体に積み込まれているっていうのか……?

「案ずる必要はない。この機体に組み込むにあたって、念入りな初期化処理(フォーマッティング)を施してある。それに、不測の事態に備えて緊急制御機構(リミッター)も搭載してあるそうだ」

 千冬姉が動揺する俺の肩に手を乗せる。気遣いのこもったその手から、しかし温もりが伝わってくることはない。

 ――当然だ。その腕に血は一滴も通っていないのだから。

「最悪あの時のようになったとしても誰かを傷付けることはない。安心して乗れ」

「――できない。無理だよ千冬姉」

 俺は反射的に、そう口に出していた。

 この機体が怖い。まるで乗るなと警告するように、全身が竦んで動けなくなっている。訓練機に乗っている時はこんなこと一度も感じなかったのに、なんで今さら――。

「ゴメン、この機体は……。こいつだけは、受け取れない」

 気付けばそんな言葉がこぼれ出ていた。

 けれども、千冬姉は冷めた眼差しを向けるだけだった。

「一夏。残念だが、お前の意思が介在する余地はない。これはお前自身が選択した道だ」

「だけど……っ!」

「受け入れろ、お前がこの学園にいる理由を。その存在意義を。研究に協力しないと言うのであれば、彼らはいかなる手段を講じてでもお前を保護(ころ)しに来るぞ」

 なおも反論する俺に、彼女は言葉という刃を突きつける。

 それは脅しではなく、嘆願。

「ひとりの生きた人間でありたいなら。――私たちの知る『織斑一夏』でありたいのなら、黙って指示に従え」

 俺に存在し(いき)てほしいと願うからこそかける、命令(ことば)

「っ…………!」

 喉元まで押し迫っていた声を呑み込む。

 恐怖に震える体に鞭を打つように、俺は『白式』へと一歩足を踏み出した。

「理解してくれたようで何よりだ。では、セッティングを始めるぞ」

 千冬姉が指示を出し、吊り下げられていた機体が床に下ろされる。

 息を潜める純白の獣は、俺を迎え入れるかのように――あるいは一度逃がした獲物を今度こそ顎に捕えるかのように――その外装をゆっくりと開放した。


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