――さてと、どうしたもんかな。
セシリアが辛うじて無事だったことにひとまず安堵しつつ、考えを巡らせる。
今のは横合いから割り込んだこともあって、相手の注意はそれほど向いていなかった。けれども、こうして対峙した以上、おそらく先ほどのような油断は見せてくれないだろう。
おまけに背後で蹲っているセシリアは重傷だ。腹全体が返り血で真っ赤に染まるほど出血しているし、今の状態でまともに動けるとは思えない。
下手にこの場を離れようもんなら、そこを付け狙われる可能性だって十分にある。
(もっと厄介なのはこの爪みたいな武器か……)
彼女の怪我から察するに、こいつはどうもシールドを抜いて攻撃してくるらしい。反射的に近接格闘ブレードで受け止めたから良かったものの、シールドを過信して盾になっていたら間違いなく胴体を貫かれていただろう。
――今さらだけどよく飛び込んだな、俺。
「邪魔だ。そこを退け」
引き剥がした凶刃を真っ直ぐに構えた襲撃者は、冷徹な口調で言った。
「退くわけないだろ。クラスメートに手を上げられて黙って見てられるか」
その刺し抜くような眼差し――バイザーのせいで本当に睨んでいるのかは分からないが、多分そんなところだろう――を向ける相手に、俺も真正面から睨み合う。
とはいえ、本当の戦闘になればこっちが不利なのはどう見ても明らかだ。
あの得体の知れない武器といい、セシリアが圧倒されるほどの技量といい、素人の俺では到底捌けるレベルじゃないだろう。
おまけに破壊行為も辞さない相手と違い、こっちは極力被害を出さないよう立ち回る必要がある。万が一校舎に流れ弾が飛び込めばどうなるかなんてことは、軍事に疎い俺でもおおよそ察しのつく話だ。
「邪魔をするなら、貴様も――」
「――っ!」
来るか――。
身構えた俺だったが、そこで急に相手の動きが止まる。
何やら通信でも入ったのか、まともな方の手をヘッドギアに当てて耳を澄ませているようだった。
「ふざけるな! ようやく殺せるのに!」
突然相手が吠えた。暴虐に酔っていた表情が怒り狂ったそれへと変貌し、血走った眼の向く先は俺から海上へと転じる。
「くそっ! とんだ邪魔をしてくれる……!」
彼女はしばらく抑えきれない苛立ちに手をわなわなと震わせていたが、やがて思い留まったかのように俺たちから身を背け、飛び去ってしまった。
――なんだかよく分からんが、ひょっとして助かったのか?
「一夏、無事か!?」
茫然と立ち尽くしていた俺に、千冬姉が声をかけてきた。
その周囲にはISを装着した教員チームが付き添っている。
「俺は大丈夫だ。それより、セシリ……じゃなくてオルコットさんが」
「すでに救急隊を呼んである。もうまもなく到着するだろう」
そう言っている間にも、救急車が校舎の角で停まり、隊員たちが降りてきた。オレンジ色の服に身を包んだ彼らは血まみれのセシリアを慎重に担架に載せ、手早く車内へと搬送していった。
「応急処置を施してから対岸の病院に搬送するそうだ。私が付き添うから安心しろ」
「ありがとう。千冬姉、巻き込んじゃって悪い」
「気にするな。お前はここに残って教員の指示通りに行動しろ。いいな?」
「ああ……」
最後にそれだけ言い聞かせて、千冬姉は救急車へと乗り込む。
やがて車はサイレンを響かせて元来た道を戻っていった。
「織斑くん」
不意に呼びかけられて振り向く。そこには他の先生と同様にISを身に付けた山田先生が立っていた。
「色々あって混乱していると思いますが、ひとまず状況を聞かせてもらっていいですか?」
「あ、はい」
いつものちょっと頼りなさそうな雰囲気ではない、引き締まった表情。
そんな彼女に少し気押されながらも、俺は応えを返した。