無限遠のストラトス   作:葉巻

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3.5 ハンドレッド・ホワイト⑤

 融けかけたバターを掬い取るように無残に抉り取られた地面から、セシリアの駆るメイルシュトロームが勢いよく飛び出す。

彼女はアリーナ脇の街路を破壊して脱出した敵機を、レーダーの反応のみを頼りにして追跡していた。

(島の外周、それも海側に向けて飛行している……。ということは海上に彼女の仲間が――)

 その時、思考を邪魔するかのように相手機から弾丸が放たれた。無造作に乱射されるその攻撃を、彼女は――。

「くっ――!」

 回避しなかった。

 正しくはできなかったと言うべきか。立ち並ぶ校舎をかばうかのように、彼女は自分から弾幕の中へ飛び込んでいた。

(シールドで保護されているわたくしは大丈夫としても、碌な防御のない建造物に当たれば被害が出かねない。卑怯極まりない戦い方ですわ!)

 周囲の犠牲さえ厭わないやり口に憤慨しつつ、セシリアは近接格闘兵器(インターセプター)をスロットから呼び出して構える。

 本来は中距離での射撃戦闘を得意としている彼女だが、今の銃が使えない状況下ではそれ以外の手段で対抗するほかない。

 幸い、この機体は限定的に競技用のリミッターを解除しているおかげで、速度も運動性能も、そして防御性能も格段に向上している。たとえ周囲を庇いながらの無理押しでも、今の状態なら痛烈な一打を叩き込むことは容易だろう。

(このまま逃げ切られるか、わたくしが力尽きるか……。いずれにしても悠長なことはしていられませんわ)

 人を巻き込む心配が少なく、なおかつ大きく動き回れる場所。そこまで出ればあるいは――。

(――ここ、ですわ!)

 校舎の向かい合う通りを抜けたところで、彼女は一気に勝負を仕掛けた。

 スラスターを最高出力まで上げての瞬時加速(イグニッション・ブースト)で相手へ一気に肉薄し、手にした短剣で相手の持つサブマシンガンを叩き落とす。

 そのまま一度前方へ出てから急制動をかけて減速。直線機動を描いて接近する相手に、彼女はもう一度格闘攻撃を打ち込んだ。

 シールドを突き刺すような鋭い一撃が相手をよろけさせる。

「もう一度――!」

 仰け反った相手の脇をすり抜けようとした、その時だった。

 

「――墜ちろ」

 

 囁くような声が聞こえたかと思うと、セシリアは強烈な勢いで地表に叩きつけられていた。

「っは――ッ!?」

 ISの補助を受けていても相殺しきれないほどの衝撃に、肺の空気が搾り出される。シールドの干渉によってアスファルトの上に円形のクレーターを作った彼女は、なおも二、三度弾んで建物の外壁に衝突した。

《推進部損傷――大。搭乗者の負傷を確認――》

(ふしょ……。なんで……?)

 驚いて手を目の前に持っていくと、指先が赤く染まっていた。

 ゆっくりと視線を下ろした先に、痛々しい傷跡が見えた。並みの刃なら通す筈のない頑丈なスーツの布地を裂いて、肌を抉るようにして付いた爪痕のような四本の傷。それが敵機の攻撃によるものだと気付くのに、彼女はかなりの時間を要した。

「大して実力も無いくせに邪魔ばかり。典型的な阿呆だ」

『だから言っただろ? こいつは正義を気取ったアマちゃんだってよォ?』

 脳内に無線機越しで聞いた耳障りな声が響いたかと思うと、彼女を墜とした敵がわざわざその姿を見せ付けるように降りてきた。米国製の『ヘルハウンド』をベースとしているらしい、濃灰色の機体。その右腕には、見たことも無い原始的で凶悪な武装が装着されている。

 刃が青白く光り輝く近接クロー。それが相手の得物だった。

『シールドを貫かれるなんて経験、そうそうできるもんじゃアねぇよな?』

「シールドを……貫通ですって……?」

 そんな武器は聞いたことも無い。強力な一撃で全域シールドを抜かれることは十分起こり得る話だが、絶対防御さえも貫くなど、どう考えてもあり得ない。もしあり得るとするならば、それは――。

「まさか、空間作用兵器……?」

 話には聞いたことがある。機体の姿勢制御や高速機動時の慣性制御を自動で行うパッシブ・イナーシャル・キャンセラー、通称PICを能動的に動かし、攻撃手段として用いる技術だ。母国のイギリスは勿論のこと、ドイツや中国、アメリカといった国々でも研究が進められている。

 PICへの干渉すら可能な空間作用兵器なら、シールドの力場を乱して弱体化させることもできる。だがそれはあくまで理想の話であり、現実には演算処理や自身への干渉といった問題から実現していない代物の筈だった。

「どうしてあなたたちがそんなものを……?」

『知る必要はねぇよ。語ったところでテメェはここで終いだしな』

 問いかける彼女を嘲笑すると、声は魔の爪を構える少女に指示を出す。

『――殺せ』

了解(ヤー)

 バイザーに隠れて素顔は窺い知れなかったが、その口は歓喜に打ち震えるかのように歪んでいた。

(死ぬの……? わたくしは、こんなところで……)

 なんてつまらない終わり方をするんだろう。そんな想いが貧血で鈍くなった頭の中をぐるぐると廻り始める。

(何もできないまま……わたくしは……)

 走馬灯のように駆け巡る記憶。そして、後に遺される大事な人たちの顔がいくつも浮かぶ。

 力なく開いた瞼の縁には涙が浮かび、一筋の滴となって零れ落ちた。

 最大まで振りかぶった爪が打ち下ろされる瞬間、セシリアはそっとその瞳を閉じ――。

 

「――――セシリアッ!!!!」

 

 聞き憶えのある声に驚いて、その目を見開いた。

 眼前に突き立てられた禍々しい刃、それを受け止める形で一振りの剣をかざしたひとりの人物が視界の中に映る。

 

「織斑……。織斑、一夏……!」

 

 彼女がよく知るその少年は、見たことのない真っ白なISを纏っていた。


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