「――こんな形で再び訪れることになるとはな」
織斑千冬は、窓の外に見える巨大な人工島を眺めながらつぶやいた。
あの地を離れてからもう八年近くの歳月が流れているが、立ち並ぶ巨大な建造物はさしてくたびれた様子もなく、未だ設立当初の威容を保ち続けている。しいて違いを挙げるなら、あの頃は若木だった街路樹が上空から見ても分かるほど立派に成長していることくらいだろうか。
もうしばらく感傷に浸っていたいところではあったが、着陸シーケンスに入った今の状況では叶いそうにない。
そもそも観光に来たわけではないのだから、長々と私情を挟んではいられない。今回は扱う物が特殊なだけに、外部からの介入などを受ける前に学園内への搬入作業を手早く済ませる必要があるのだ。
(『オリジナルコアのみに搭載された機能を十全に引き出すための試作機』――だったか)
設計を担当した旧友の言葉を不意に思い出した彼女は、キャビンとの隔壁を挟んだ貨物室に――正確には、何層もの装甲に保護された特殊コンテナの『中身』に――ちらりと意識を向ける。
過剰な堅牢性を持たせた容器に封じられた一機のIS。次世代型に相当するそれは、確かに新機軸の設計思想をいくつか盛り込んではいるものの、根本的な部分での既存機との相違はない。
装甲内に収まる
問題は、その機体に搭載されているコアユニットだった。
彼女にとっても、これから受領することになっている操縦者にとっても、このオリジナルタイプのコアには切っても切り離せないほどの因縁がある。それゆえに反対はしたのだが、結局彼女ひとりの力ではどうすることもできなかった。
(
千冬は自身に問いかける。三年前の惨劇が脳裏に蘇り、肩の古傷が疼いた。
一度目はこの身の一部と引き換えになったものの、最悪の結末は回避できた。しかし、己がかつての強さを喪なった今、二度目の奇跡は起こり得ない。
(――ただの思い過ごしならいいが)
いたわるように手を重ねながら、その視線を再び窓の外へと向ける。
誘導マーカーが設置された無人のグラウンドには、降下を始めた輸送機の大きな影が映し出されていた。
◇
「おお、
やけにローターの音がうるさいなと思って出てみれば、グラウンドの中央に自衛隊の特殊輸送機が着陸しているじゃありませんか。まったく、最初見た時は映画の撮影かと思ったぞ。
二基の大型エンジンを真上に向けたまま駐機している機体には、学園のコンテナ輸送車が横付けされている。普段はIS用の機材を運ぶために使っている車両だ。今はちょうどその荷台にコンテナが積み込まれているところだった。
「なんか随分と大げさな宅配便ね」
同じく野次馬目的で出てきた鈴が冗談半分につぶやく。よっぽど珍しい光景なのか、俺たち以外にも生徒たちが駆けつけて遠巻きに見物している。写真を撮っている子も何人かいたが、機密情報的には大丈夫なんだろうか。
「あれって一体何が入ってるんだ?」
「ISでしょ? そんなの考えなくたって分かるわよ」
そりゃな。IS学園に運び込まれてるなら十中八九IS関連の機材だろうよ。
「じゃなくて、そのISがどんな奴かってことだ。訓練機にしちゃ妙に物々しい雰囲気だし、気になるだろ?」
「多分専用機じゃない? まだ
「へえ……」
だからあんな頑丈そうなコンテナに収まってるのか。
鈴の言葉に納得しつつ眺めていると、機内からスーツを着た女性が降りてきた。――多分、あれは千冬姉だろう。あの凛とした立ち姿は見間違える筈がない。
彼女は腰の辺りまで伸びた黒髪を風にたなびかせながら、一緒に出てきた迷彩服姿の数人に何やら指示を出しているようだった。
「――悪い。ちょっと行ってくるわ」
「え? あっ、ちょっと待ちなさいって!」
気づけば、俺は制止する鈴を振り切って千冬姉の方へと歩みを進めていた。
ローターの起こした風が吹き荒れる中、彼女に大きな声で呼びかける。
「千冬姉」
「一夏か。随分と早いな」
俺の姿を捉えるなり、千冬姉はそんなことを言ってきた。――あれ、まだお呼びじゃなかった?
「円夏から話は聞いているな?」
「まあ、一応は」
「では格納庫へ行くぞ。詳しい話はまとめてそこでする」
ってみじかっ! せっかく久しぶりに逢ったんだから、積もる話のひとつくらい語ってもいいだろ? なんて思っている間にも、彼女は耳につけたインカムで指示を飛ばしている。
――まあ、忙しそうだから仕方ないか。他愛もない話題はひとまず後に回すか。
「ちょっと一夏、アンタ何やってんのよ」
振り返ると息を荒立たせた鈴が立っていた。どうやら不用意に近づく俺を咎めようと追ってきたらしい。
「いや、専用機といえば俺のがあったなと思って」
「だからってこれがそうとは限らな――」
「久しぶりだな、鈴音」
「ち、千冬さん……!? アハハハ、お、お久しぶりです」
千冬姉が戻ってきた瞬間、鈴の表情がぎこちなく固まった。相変わらず苦手なままだな、こいつ。
「中国の代表候補生に抜擢されたそうだな。見ない間に随分と立派になったものだ」
「そ、それはどうも……」
どう見ても褒められた嬉しさより相手への恐怖が表に出ているのだが、千冬姉は構わず彼女の頭をわしゃわしゃと撫でている。
千冬姉はかわいい小動物を撫でている感覚なんだろうが、鈴からしてみれば野生のヒグマに全力でハグされてるくらいの恐怖体験だよなあ。というか既に白目剥いてるし。
――うん。これ下手したらショック死しちゃうわ。
「な、なあ千冬姉。とりあえずそういうのは後にしようぜ」
「ん――ああ、すまない。久しぶりに顔を見たものだからつい構わずにはいられなくなってな」
俺が声をかけると、彼女は今にもその場にへたり込みそうな鈴からようやく手を放した。