簡単な手続きの後に入学式(これだけはどこでもやってそうな普通の式典だった)を経て、俺たち新入生は職員に誘導されるがままに教室へと入った。
自動で開いたドアにも驚いたが、目に飛び込んできた室内の光景はそれ以上に刺激的なものだった。
(こいつはすごいな――)
最前面にあるのは黒板ではなく、投影型の大型ディスプレイ。生徒机も名前が表示されたタワー状の表札があったり、タッチパネルらしい画面がはめ込んであったりとやたらとハイテク仕様だ。中学時代の板書とノート筆記という伝統的な教室風景を想像していた俺は、驚きと感動のあまり言葉を失っていた。
さすが、政府が国財を投じて設置した教育機関というだけのことはある。……少々やり過ぎている気もするけど。
「はい皆さん、早く席に着いてくださいね。今日は午後まで予定が詰まっていますから、遅れると夕方まで居残りですよ」
呆然と立ち尽くしていると、引率役を務めていた担任に急かされた。あわてて自分の席を探し――ん、一番前?
何度も見回してみたが、やっぱり一番前の席だった。それも教壇の目の前、中央側という一番目立つ位置だ。
ああ、五十音順に前から並べていったらそりゃこうなるよなってオイ!
「織斑(おりむら)くん、どうしたんですか?」
「何でもないです」
相手不在の突っ込みを入れそうになっていたところで呼びかけられた俺は、そそくさと自分の席に着いた。と同時に背後から突き刺さる視線の集中砲火。こんなことならあれこれ悩まず我先に座った方が良かったかもしれない。
くそっ、せめてアイツが俺と一緒のクラスだったらフォローのひとつでも入れてくれたのに。
「それじゃあ、さっそくホームルーム始めていきますよー。初対面の人がほとんどだと思いますし、先生も名前と顔を覚えたいので自己紹介をしていきましょう」
お手本とばかりに自分から始めた担任だったが、目を向ける生徒はほんの数人くらいだろう。何で分かるのかって? そりゃあ、俺の背後に並ならない視線を送ってくる奴ばかりだからだ。いいから先生の方を見てくれ、頼むから。
結局周囲が気になって、担任の名前――『ヤマダマヤ』と言っていた筈だが漢字は分からない――くらいしか頭に入って来なかった。拍手もまばらだったせいで、ついさっきまで自信に満ちていた表情は困惑の色を帯びていた。
「え、えっと、じゃあ出席番号一番の人からお願いしますね」
言われて立ち上がる通路側の生徒。多少は興味の対象が移ったのか、背中を引っ掻かれたと錯覚するくらいの鋭い視線の束は感じられなくなった。
もちろん安堵はできない。いや、できないどころかもっと過酷な試練が待ち受けているのだから、気が引き締まるばかりだ。
「――くん。織斑くん?」
どんな自己紹介をしたらいいんだ。素っ気ない感じで? いやいや、きっと詳しく知りたいと思ってるからあんまり話さないのも――。
「――織斑一夏くんっ!」
「は、はいっ!?」
突然の大声に椅子から転げ落ちそうになった。声はひっくり返ってしまったが。
あわてて担任の顔を見ると、かけている眼鏡がずり落ちそうなほどペコペコと頭を下げながら俺に話しかけてきた。
「ご、ごめんなさい。と、突然大声なんてあげたらビックリするよね? ゴメン、ゴメンね? あの、自己紹介、次が織斑くんの番なんだよね。だからね、自己紹介してくれるかな? だ、ダメならいいんだよ? 遠慮しないで、ね?」
「いや、その……そんなに謝らないでくださいよ。ちょっとボーっとしてただけなんで。ちゃんと自己紹介するんで落ち着いてください」
「ほ、本当にいいの? 無理してない?」
オドオドとした調子で確認を取る彼女に、俺は頷いて立ち上がった。
さっきのやり取りの間にまた注目が集まってきた気がするが、仕方ない。ここは腹を決めて一発――。
「んんっ……」
一度咳払いをしてから後ろを向くと、興味津々といった様子で視線を向ける女子たちの顔が一斉に視界に入ってきた。改めて意識してしまうと、先ほどの決意も途端に鈍ってしまいそうになる。
「えっと……。織斑一夏、です。ISが動かせるからってことでここに入れられた男子ですが、よろしくお願いします」
無難なところをなぞった紹介の後、儀礼的に頭を下げる。再び顔を上げた俺は――相変わらず興味いっぱいの視線を送る女子たちを正面に捉える羽目になった。
いや待てそれはないだろう。だってちゃんと紹介したじゃないか。これ以上何を話せって言うんだよ……。
しばらく無言のまま立ち尽くしていたが、拍手は起こらない。それどころか更なる発言を催促するような目が俺を四方から見つめている。
「あの、その……」
このまま終わらせたらきっと後が怖いことになる。質問攻めに遭うか、それとも……。待ち受けているであろう運命を想像して途方に暮れていた俺の耳に、突然一人分の拍手の音が聞こえてきた。
驚いて視線を向けた先には――。
「あれ、
仏頂面で手を叩く幼なじみの姿があった。