無限遠のストラトス   作:葉巻

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3.2 ハンドレッド・ホワイト②

「――なあ、いい加減機嫌直してくれよ」

 昼休み。生徒たちでごった返す食堂の入り口で食券を買い求めながら、俺はふくれっ面をした箒に呼びかけていた。

 結局山田先生が止めに入ってくれたから良かったものの、あのままなら確実に()られていただろう。それほどまでにブチ切れる要因があったかと訊かれれば疑問だが、そこはまあ、同じ女の子として俺の暴挙(?)を許せなかったということにしておいた方がいいか。うん、そうしておこう。

「お前は何にする――って無視するなよ。えっと、じゃあ適当に決めるからな?」

 授業が終わっても不機嫌というのはまあ分からんでもない。でも、ずっと目を背けてるのはさすがに失礼じゃないかね。

 それでいてメシに行こうぜと誘ったら素直についてくるんだから、乙女っていうのは本当に理解できない。

「おばちゃん、日替わりふたつね」

「あいよ」

 俺は学食のおばちゃんに食券を二枚とも渡し、トレーを受け取る。

 バイキング形式の寮食堂と違って、この学生食堂はカウンター越しに料理を受け渡してくれる形式だ。毎日鈴の世話になるというのも忍びないので先週から通っているが、どの人も明るくて、男の俺に対しても気さくに接してくれる。さすがおばちゃんパワー、半端じゃないな。

「ほら、お前の分も来たぞ」

「……ふんっ」

 ようやく目が合ったと思えばすぐにそっぽを向かれてしまう。――こりゃあ下手に謝っても駄目っぽいな。機嫌が直るまで放っておこう。

 後ろがつかえているようだったので、俺は仕方なく両方のトレーを手に取って移動し始めた。

「えーっと、空席は……。どこも満員っぽいな」

 円形のテーブルに長机と眺め回してみるが、どこも先客で埋まっている。かといって、空くまでここで立ち往生していても迷惑になるしなあ。

 こりゃあバルコニーに出て食べるしかないか。そう思っていると、急に肩先を軽く小突かれた。

「おりむーおりむー」

 だらんと折れて垂れ下がった袖先を目で辿った先には、いつだったかの朝に出くわした子がいた。やっぱりのほほんと惚けた表情を浮かべている。

「こっち空いてるからついてきて~」

 そう言って引っ張る彼女につられ、俺は通りに面した窓の方へと向かった。ついでに箒も無言で後を付けてきた――というか、俺が昼食を持ってるからそうなるよな。

「ここだよ~」

 観葉植物の傍にあった、今しがた人が去りましたとばかりに空いた四人用のテーブル。食べかけの料理が載ったトレーはおそらく彼女のものなんだろう。俺たちが向かい合う形で席につくと、彼女も納得したような顔で自分の椅子に座った。

「わざわざありがとうな」

「えへへ~」

 正直に感謝を伝える俺に、のほほんさん(仮)はふわりとした笑いで応える。

 しかし、さっきまで誰かと一緒に食べてた感じだな。クッションにまだ温もりが残ってるみたいだし。

 一体誰と――って、そこまで詮索するのはやめた方がいいか。好意的といえど、さすがにデリカシーがないとあっさり嫌われかねない。

「そういやこの前は名前訊いてなかったな。なんて言うんだ?」

布仏本音(のほとけほんね)だよ~。でもおりむーにはのほほんさんと呼んでほしいのだ~」

 お、おう。まさか本当にその名で呼ぶことになるとは思わなかったぞ。

「えっと……。それで、のほほんさんはうちのクラスだよな?」

「そうだよ~。おりむーやしののんと一緒の一組だよ~」

「――『しののん』?」

 のほほんさんがその名を口にした瞬間、まったく目もくれず食事に勤しんでいた箒が急に注意を向けてきた。

 そりゃあまあ、反応しない方がおかしいよな。いきなり変なあだ名で呼ばれたらな。

「うん。しののんって呼ぶことにしたのだよ~」

 そう言って朗らかに笑うのほほんさん。

「そ、そうか。できればちゃんとした呼び方がいいのだが……」

 少し困惑した表情ながらも頷き返す箒。さすがの彼女も、無邪気な天使のような笑顔には強硬に出られなかったらしい。

 なるほどなあ、キュートイズジャスティス(かわいいはせいぎ)というわけだ。――なんで英語なのかは訊くな。

「ねえねえ、おりむーとしののんって、学園に来る前からお知り合い~?」

「知り合いというか、幼なじみだ。あと同じ剣術道場の門下生」

 それも十年来の付き合いときている。――よくよく考えてみるとそれなりに腐れ縁だな、俺たち。

 そう思って箒の方を見るとやっぱり顔を逸らしていた。いい加減忘れてくれないもんかな……。

「ふむふむなるほど~。もっと詳しく教えてほしいのだ~」

「別にいいけど、なんでそんなに興味津々なんだ?」

「それは――」

 勿体ぶるかのように言葉を切るのほほんさん。いや、最後まで言ってくれよ。

「それは?」

「今はまだ『ひみつ』なのだよ~」

「結局言わないのかよ!」

 ちくしょう、期待して損した。

 とはいえ、お互いに情報を共有したいと思うのは友達として当然の行動だしな。昔の思い出を語ったところで大して問題はないだろうし、そこまで身構える必要もないか。

 なんとも楽天的な考えを抱いたまま、俺は壁にかかった時計をちらりと確認して話を始めた。


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