――喉元を掠めた刃は、まるであの
担架に乗せられ運ばれていく対戦相手を見送りながら、セシリア・オルコットは先ほどの一撃を思い返していた。
実物を見たのはただ一度――今は亡き両親とともに本国で開催された国際大会を見に行った時――だったが、あの鋭く美しい太刀筋にはそれ以来巡り逢えていない。
――つい先ほどまではそうだった。
「織斑一夏……」
ただひとり、つぶやくようにその名を呼ぶ。
織斑千冬の実弟。男性でありながらISと意志を通じ合わせる
男性がISを動かせるからなんだというのだ。確かに物珍しく思われはするだろうが、所詮はISが発表された当初から予見されていたものが現実となったに過ぎない。
だからこそ、彼女は浮かれることもなく接してきたし、あの篠ノ之箒という少女の申し出にも素直に応じたのだ。模擬戦を望んだのは、織斑一夏の化けの皮を剥がしてやろうという考えもあってのことだったが。
それ以上に、彼女はやたらと浮足立っているクラスの女子たちにうんざりしていた。相手が異性というだけで過剰に気を揉み、有名人の身内というだけで崇めようとする。そんな彼女たちの言動に『実力』の二文字はない。ゆえに、こうして実力に基づく裁定を見せつけて襟を正そうと考えていたのだが、まさかあんなものを目の当りにするとは想像もしていなかった。
(本当にただの素人なのかしら?)
先ほどの試合を反芻するたび、そんな疑念が浮かぶ。
多少やるとはいえ、基本的には素人の動きだった。
しかし最後の一撃だけは違う。離脱からの急停止、そして推力を限界まで引き出した『
(それにあの目。あそこまで底知れない恐怖を感じる眼差しを見たのは初めてでしたわ……)
この国に『目の色を変える』という表現があるというのは知っている。しかし、彼の場合は本当に目が違って見えたのだ。
まるで彼以外の何者かが憑依したような――。
「――触れてはいけないものだったのかもしれませんわね。いずれにせよ、正体を突き止めなくてはいけませんわ」
もし
放置された半壊状態の『打鉄』をちらりと眺め、彼女はひとり決意を新たにした。
◇
「一夏っ! アンタ倒れたって聞いたけど大丈夫なの!?」
医務室に駆け込んできた鈴は、それはもうこっちが心配になるくらい青ざめた表情だった。――いやいや、今夜が山だって言われたわけじゃあるまいし。
「ああ、急な機動で血流が一時的に偏っただけだってさ」
俺はベッドに横になったまま、心配そうに見つめる彼女をなだめた。起き上がれないこともないが、念のためということで腕に点滴針が刺さっているので今は動けない状態だ。
「良かったぁ……」
安堵と同時に疲れたのか、椅子にへたり込む鈴。
しかし誰が教えたのかね。倒れたのが壁際だったせいでクラスメートにはほとんど見えてない筈なんだが。
「はあ……。なんで倒れるほど必死で張り合おうとしたのよ?」
「男には引くに引けない時があるんだよ」
俺がそう言うと、彼女は呆れてため息をついた。
「バカよ。アンタ、最高にバカだわ」
「バカって言った方がバカなんだぜ」
「どこの子供よ……」
いや、どう見たって俺たち子供だろ。二十歳はおろか、十八歳にも届いてないんだぞ。
「ま、いいけど。あたしとしては、アンタと一緒にいられるならなんの問題もないし」
「ん、そうか」
俺としても別に悪い気はしない。
珍しく物静かな鈴と、特に話すこともない俺。お互いに黙ったまま何分くらいが過ぎただろうか。不意に医務室のドアが開け放たれた。
「心配して来てみれば、こんな所でいちゃいちゃと……」
「なっ!? 落ちつけ箒、そういうわけじゃ――」
背後に阿修羅像っぽい何かのオーラを纏った箒が、じわり、じわりと歩み寄ってくる。――なあ、俺今点滴中なんだけど。
「はいはい、喧嘩はその辺にしておきなさいって」
身の危険を感じたところで、遅れて入ってきた円夏が後ろから両脇を掴んで押し留めてくれた。
「ところで、試合はオルコットさんの勝ちだったのか?」
「ああ。お前の最後の一撃で八割方削られはしたようだが」
俺が問いかけに答える箒。円夏の介入のおかげもあってか、多少は冷静さを取り戻したようだ。
――ん、ちょっと待った。
「八割方削った?」
「そうだ。絶対防御が発動するほどのダメージを一撃で与えたらしい」
へえ、あの渾身の一撃がそこまで効果あったとは意外だ。絶対なんちゃらというのがよく分からんが。
「絶対防御っていうのは、常時展開してるシールドが破られた場合に発動する
クエスチョンマークを浮かべている俺のために鈴が追加で説明してくれた。
えーっと。つまりはバリアが破られた時のバリアってことで……うーん。何だかわけが分からなくなってきた。
「とにかく、それが発動したってことはアンタの攻撃がよっぽど強力だったってことよ」
分かりやすい解説をどうも。
「……んんっ。そういうわけで、クラス代表は彼女が引き受けることになった」
「そうか」
わかってはいたが、改めて他人の口から聞かされると少し悔しい。いや、別にクラス代表になりたかったわけじゃないけどな。
「副代表はお前だそうだ」
「へえ……え?」
「だから、クラスの副代表はお前に決まったと言っているだろう。大した仕事はないそうだから安心しろ」
一難去ってまた一難というわけだ。
まあ、こうなるとはうすうす感じちゃいたけどな。学級委員が一人だけでいいなんて怪しいとは思ってたんだよ。
「何暗い顔してんのよ。あたしと一緒に定例会出られるんだから、もっと嬉しそうな顔しなさいよ」
「くっ……! すっかり失念していた」
いやいや、何悔しがってんだよ箒。たかだか会議に同席するくらいで浮かれてる鈴も大概だけど。
二者二様の反応を見せる彼女たちになんて声をかけようか悩んでいると、円夏が話かけてきた。
「そういえば。あんたの専用機のこと、まだ話してなかったわね」
「専用機? ああ、IS委員会の指示とか何とか言ってた奴か」
忙しいとはいえ、さすがに一昨日のことだから憶えている。あれがどうかしたんだろうか。
「再来週の頭くらいに届くらしいわよ。で、誰が持ってくると思う?」
『誰が』なんて、随分と妙なことを訊くもんだ。
そんなの一生徒には分かりっこないって知ってるくせに、わざわざ尋ねる辺り何だか怪しい。
「そりゃあ……委員会に委託された業者の人間だろ。それ以外に誰がいるって言うんだよ」
「半分当たり」
「じゃあもう半分は?」
俺が問いただすと、円夏は嬉しそうな表情で答えた。
「お姉よ。――千冬姉が、あんたの機体を持ってきてくれるのよ」