学園生活、三日目。
とうとうオルコットさんとの対決の時がやってきてしまった。
どう考えても不利でしかない状況をどう繕うか悩んでいるうちに午前の授業が終わり、あれ、そういや銃の使い方習うの忘れてるじゃんと気付いた時には昼休み終了のチャイムが鳴っていて、とにかく一矢報いるくらいの活躍は見せたいよなあ、と思っているうちに午後の授業も過ぎていった。
何が言いたいのかって? そりゃあ――もう時間がないってことさ。
今いるのは第三アリーナの外周部分にある簡易ガレージの中だ。ほとんどの設備が自動化されていることもあってか、俺以外の人影はどこにも見当たらない。
(こうなったらやるっきゃないか……)
特注のISスーツに着替えた俺は、整備用ハンガーに拘束された『打鉄』を見上げつつ決意を固めた。
模擬戦のために用意されたオリーブ色の機体には、先生の設定した特別ルールに基づいて二種類の武器が積み込まれている。
ひとつは近接格闘用ブレード。『打鉄』のものは日本刀が原形になっているので、剣術の心得がある俺にはそれほど違和感のない武装だ。
問題は、もうひとつの武装――銃器の方だった。
「
(実質頼りになるのは刀だけだよな)
近接攻撃のみとなると、一度距離を取られただけで詰みかねない。そして一撃でも当てようと思ったら、逃げる相手にしつこく食らいつく必要がある。
まだ操縦のコツを掴めたわけじゃないが、気合でなんとかするしかないか。
――なんとかなりゃいいけど。
『五分後に試合を開始します。織斑くんとオルコットさんは機体を装着してアリーナ内に入ってください』
柱に取り付けられたスピーカーから山田先生のアナウンスが響く。
(いよいよか……)
最初から勝敗は分かっているけど、やっぱり緊張はするもんだ。深呼吸をして気持ちを落ち着けると、俺は『打鉄』に乗り込んだ。
――乗り込むというよりは着込むと言った方が正しいかもしれない。開放された内部に背中を預けると、左右に割れた装甲は薄手の生地に張り付くようにして閉じ、俺と一体化した。
わずかに弾けるような感覚とともに、高感度センサーの載ったヘッドギアから情報が流れ込み、視界を含めた五感を急激に研ぎ澄ましていく。やがてコンソールにメッセージが表示された。
《
拘束が外れ、機体がゆらりと浮き上がる。同時にアリーナへと通じるゲートが開き始めた。
《熱源確認――『メイルシュトローム』型と推定――敵対目標と確認》
「――よし、行こう」
相手機の存在を告げる『打鉄』に呼びかけると、俺は機体を進ませるべく体を前へ傾けた。
◇
「よく逃げずに来ましたわね」
青みを帯びた灰色で染め上げられたISを纏ったオルコットさんは、俺を見るなり言った。
「いくら不利でも、敵前逃亡なんて情けない真似はしないさ」
「その心意気には感心しますわ。けれど――」
そこで言葉を切ると、彼女は右手に銃を構える。
「立ち向かうのなら容赦はしません。覚悟なさい」
「上等だ」
俺も近接ブレードを展開して応える。飛び道具相手に格闘戦を挑もうとしているのがあまりにも滑稽に見えたのか、オルコットさんの口端がわずかに吊り上がった。
『――えー、これより模擬戦を開始します。両者、所定の位置まで下がってください』
微速で後退した俺たちは、十メートルほどの距離を置いて対峙した。
お互いに相手を向き合ったまま一分近くが過ぎ――そして。
『始め!』
「うおおおおおおっ!!」
開始の合図とともに、俺は裂帛の気合を込めて相手へと斬りかかった。当然のように下がる彼女をさらに追いかけ、刀剣の間合いまでその差を詰める。
(前に出る! 下がったらそこまでだ――!)
メインスラスターを勢いよく噴射しつつ、一撃、二撃と続けて斬りつける。だがそのすべてが軽々と避けられ、あしらわれてしまう。
逆袈裟に構えた俺が何度目かの斬撃を放とうとしたところで、機体を覆うバリアが正面から抉られた。
「ぐ――っ!」
よろけた俺に、さらに数発の銃弾が撃ち込まれる。
強固なシールドのおかげで物理的なダメージはないが、勝敗の基準となるシールドエネルギーが削られ減っていく。
けれど、まともに乗りこなせているかどうかさえ怪しい俺には、回避なんて取っている余裕はなかった。
(それでもこの距離なら一発くらい――)
《アサルトライフルを展開――物理転換完了》
ブレードを片手持ちに切り替え、左手にもうひとつの武装を構える。そのまま至近距離で撃った――のだが、真っ直ぐ向けた筈の場所とは別の方向へ弾丸が飛んでいく。
「――くそ、当たらねぇ!」
「ろくに狙いもせず撃つからですわ」
焦る俺をあざ笑うかのように、オルコットさんは的確な射撃で反撃してくる。なんだよ、やっぱり一方的じゃないか。
「さあ、わたくしの奏でる
少しでも気を抜けば引き剥がされそうな、急峻な軌道を描いて飛ぶ彼女。追いかけるだけでも精一杯なのに、そこから更に避けようのない攻撃を見舞ってくる。
肩を、太股を狙った銃弾がバリアに弾かれるたび、シールドエネルギーはどんどんゼロへと近づいていく。
《警告――シールドエネルギー残量50%》
――ああ、もう半分切りやがった。アラートを報せる機体に思わず舌打ちする。
(これが代表候補生……。これでも国家代表より弱いっていうのかよ……)
手も足も出ない状況の中、俺はかつて遠巻きに眺めていた千冬姉の戦う姿を思い出していた。
誰よりも速く、誰よりも強く、そして、誰よりも誇りに満ちていたあの姿を。
今対峙しているのは、その足元さえ及ばないレベルの相手だ。
けれども、俺はそんな相手よりももっと――はるかに弱い。この程度の壁さえ乗り越えられないほどに貧弱だ。
(こんなんじゃ俺は――)
俺は――誰も守れない。
守られるばかりで失ってしまうそんな状態のまま、同じ過ちを繰り返してしまうだろう。
《警告――シールドエネルギー残量20%に減少》
(駄目だ。そんなの許さない)
誰が?
決まってる――俺自身だ。
《シールドエネルギー残量10%》
(こんなところで立ち止まってられるか――!)
アサルトライフルを投げ捨て、刀を両手で構え直す。撃っても当たらないなら使う必要はない。
《5%》
相手が狙いを定める。もうどこを狙っても落とせる残量だと分かっているのか、銃口は面積の大きい胴体へと向けられているようだった。
――それなら。
追いかけるだけの機動をやめ、その場に一瞬だけ停止する。軽減されているにもかかわらず吐き気を催しそうなほどの慣性がかかったものの、無視して速度を緩めたオルコットさんに狙いを定める。
そして――最大出力で彼女へ突進した。
《警告――メインスラスター推力限界を突破》
悲鳴を上げるステータスウインドウを無視し、得物を振りかぶる。引き金に手をかけた相手の顔がどこか引きつったように見えた気もしたが、それもほんの一瞬のことだった。
遷音速で交錯する瞬間刀を振り切った俺は、そのままの勢いで外壁に衝突した。
張られたシールドを突き破りかねないほど歪ませながら、衝撃が押し殺される。そのまま地面近くまで落下して、ようやく機体は停止した。
「どう――なった?」
相殺しきれなかった衝撃とGで傷付いた体をなんとか支えながらアリーナの中を見回す。オルコットさんがまともに飛んでいるし、多分俺の負けなんだろうけど――この静けさは一体何だ?
そう思った瞬間、地面に真っ二つになったライフルの一部が落ちてきた。合金製のそれは、まるで刃物で切断されたように鋭利な断面を晒している。
――あれ、この刀って刃ついてないよな。何でだ?
『――し、勝者は、セシリア・オルコットさんです』
そして今さら流れるアナウンス。うん、やっぱり何かがおかしい。
(とにかく一度ガレージまで戻ろう)
そう思って体を傾けた俺は――そのまま顔面から地面にタッチダウンした。