IS学園には試合や練習のために複数のアリーナが用意されている。中でも、四つの大型バトルアリーナと二つの屋内周回コースが立ち並ぶ訓練エリアは国内唯一と言われるほどの規模を誇り、生徒や教職員が長期休暇に入る夏場には国際大会の会場として利用されることもある。以上、学園の公式サイトより抜粋。
その中の一棟――訓練機の保守点検を行う格納庫が併設された第四アリーナ。その一角で俺は鈴から浮遊操作の指導を受けていた。ちなみに今乗っているのは国産の量産型IS『
「いい、一夏? 足は動かさずに体を傾けるの」
「ええっと、こうか?」
俺が言われた通りに軽い前傾姿勢になると、機体は地面から十センチほど浮いた状態のまま滑るように進み始めた。振動の一切ない、静かな動きだ。
「今の状態だと傾けた方向に進むから移動はそれほど難しくない筈よ。
「へえ、便利だな」
前後左右の平行移動に旋回。やや仰け反るように後ろに倒れ込むと、一瞬軽めの慣性がかかって機体が停止した。
まともに乗るのは初めてだったが、思ったより素直に動いてくれるので少し安心だ。
「まあ、普通はイメージインターフェースで動かすからいちいち体重移動で動かすなんてことはしないんだけどね。この状態じゃ空飛べないし」
「んー……そういやそうだな」
指摘されてから気付いたが、確かに平面で移動しているだけで高度はちっとも変わっていない。練習だからいいものの、今の状況で模擬戦なんてやったら間違いなくいい的になるだけだな。
「でも、今のアンタだったら飛ばない方がいいかもね」
「なんでだよ」
意外なことを言われ、俺は思わず訊き返した。
「機体の構造を理解してないからよ」
そう言いながら、纏ったISをふわりと上昇させる鈴。同じ『打鉄』なのに、見た目ほどの重厚さを感じさせないような軽やかな動きだ。
「あくまでISは機械よ。いくら身に付けて使っていても、生身の時とは勝手が違う。姿勢や速度、重量バランス、エネルギーの残量や供給率なんてのもそう。あらゆる情報を感覚的に理解できてこそ、体の一部のように扱えるようになる」
「情報を感覚的に、ね」
「案外簡単よ。相手を知って、自分を理解するだけ。難しく考えなくてもそのうちなんとなく分かってくるんじゃない?」
だけ、ね。結局のところ特訓を重ねるしかないってことなんだろうが、残念ながらそこまでの猶予は残されていない。
「分かった。一日で飛ぶのは諦める」
「なにそれ、ずいぶんと弱気じゃない」
鈴が呆れ顔を向ける。俺だってそう易々と諦めたくはないが、なにせ時間がないのだ。じっくり育むものはそりゃ重要だろうが、今は即席でもいいから何か戦う術になるものがほしい。
「とりあえず、武器の出し方とか使い方とか教えてくれないか? 出せずに丸腰じゃ話にならん」
地上まで降りてきた彼女に、俺は懇願した。
「いいけど、結局同じことよ? 宙に浮いたままだから踏ん張りはまったく利かないし、反動も逃げてくれないからろくに動けなくなるし」
「それでも無いよりはマシだ。どうせ負けるなら、逃げ回るよりも立ち向かった方が体面が保たれるってもんだろ?」
「まあ、そうよね。アンタならそう言うと思ってたわ」
鈴は納得したように頷くと、右手を前の方にかざした。一瞬遅れて手先を光が包み、一振りの刀の形状を成していく。
「イメージインターフェースで
カーボン製の模造刀を手に取った彼女に促され、俺はバーチャルコンソールを起動する。
(兵装一覧ってどう見るんだ……っと、勝手に出てきたぞ)
考えただけで画面がどんどん切り替わっていく。何か操作しなくてもいいってのは確かに便利なんだが、どうも慣れないな。
視界の端に映し出されたタブから『近接格闘ブレード』を選んだ瞬間、俺の手先から青白い光が溢れ出てきた。――で、この後どうすりゃいいんだ?
「手を軽く開いて――そう、そのくらいでいいわ。後は勝手に
指示された通りに握っていた拳を緩めると、滑り止めのラバーで覆われた柄が隙間に収まるように出現する。続いて抜き身の刀身が、根元から一気に伸びていくように形成された。
「こいつはすごいな」
何もないところから物が現れるなんて、まるでプロの手品みたいだ。といってもタネは最初から明かされてるんだけど。
俺が素直に感心していると、いきなり鈴が斬りかかってきた。あわてて半歩下がり、袈裟掛けの一撃を受け止め――た筈だったのだが、なぜか勢いを殺せずに吹っ飛ばされた。派手に壁面へと激突し、今度は客席を保護するシールドに弾き飛ばされる。
明後日の方向へ飛んで行きそうになったところで、俺はようやく鈴に真正面から受け止めてもらって停止した。
「いきなり何しやがる!」
危うく人間ピンボールになるところだったぞ。
「アンタこそスラスター使って踏み止まりなさいよ。地上と違って足じゃ踏ん張れないって言ったでしょ?」
「それならそれで、やる前に教えてくれよ」
わかってないわね、とばかりにため息をついた鈴に俺は言い返した。
「口で言うより体に叩き込んだ方が手っ取り早いと思って」
「しれっととんでもないこと言うよな、お前」
何だかんだ言って、こいつのやってることも箒と大差ない気がする。ISの知識がある分、あいつと違って行き当たりばったりになっていないのはありがたいが。
「受ける瞬間に前に進もうと考えればいいのよ。イメージインターフェースって大層な名前だけど、要は操縦者の意識を機体制御にフィードバックしてるだけなんだから、複雑に考えず動かした方が楽よ」
「お前が一年で代表候補生になれた理由がなんとなく分かったよ」
努力もしただろうが、それ以上に生まれついた時点で既に天才の域にあったんだろう。動物的な勘が。
「サルみたいな奴とか考えたでしょ?」
「そこまで言ってないから!」
怒気をはらんだ太刀筋を必死で凌ぐ。刃なんて最初から無い筈なのに、油断してると真っ二つにされそうで恐ろしい。
「あ、織斑くんが二組の子と模擬戦やってるよ」
「すごーい! 織斑くん頑張ってー」
そして横合いから飛んでくる黄色い声。なにこの大声援、引き際が分かんなくなりそうなんですけど。
――結局、反動の打ち消し方は鈴の剣戟を無我夢中で捌いているうちに勝手に身についた。