「――なるほどね、アンタの置かれてる状況は大体分かったわ」
昨日の一件をかいつまんで説明したところ、鈴は意外にもあっさりと理解したようだった。
「まあ十中八九ボコられるわね。相手が相手だし」
「だよなあ……」
大雑把かつ冷静な見立てに、俺もため息をつく。
分かり切っていたこととはいえ、それがもうすぐ現実になるのかと思うと余計に憂鬱さが増してくる。
「両方とも訓練機ならスペック的にほとんど差はないけど、問題はパイロットよね……」
「動かした経験があれば多少は違うのだろうが、期間がなくてはどうにもならんな」
円夏と箒も、やっぱり揃って否定的なことを言っている。
――って、こうなったのは大体お前のせいじゃなかったか、箒? 俺が訝しみのこもった視線を送ると、彼女は気まずそうに顔を背けた。
「特訓するにしても、実機を使えるのが今日の放課後だけじゃほとんど意味ないわ。ホントに無いよりマシって程度よ。下手に乗りこなそうとするより、素のままやった方がいいんじゃない?」
空になった容器を片付けつつ鈴が訊く。
「まったく勝手が分かってないまま挑むのは色々と洒落にならないんだよ。とりあえず、付け焼刃でもいいから何か身に付けないとな」
あの衆目に晒されることを考えれば、できるだけ乗れますアピールをしておかないとマズいだろう。
ちなみに『ISに乗れる』とは言っても、あくまで起動できることが過去の経験とテストで証明されただけだ。『あの時』みたいになっているのならともかく、今の正気な俺にはまともに動かせる気がしない。
――とはいえ、あの状態の俺だったら、それはそれで非常に危険なわけだが。
「要するに、あたしに助けてもらいたいって思ってるわけね?」
「そういうことになるな」
頭より体に叩き込んで覚えるタイプのふたりに習ってたら、いくら時間があっても足りないからな。
「そういうことなら別にいいわよ。専用機がまだ来てないからちょうど暇潰しになるし。それにアンタが代表になることは百パーセントないから、敵に塩を送るってことにはならなさそうだしね」
満面の笑顔で承諾する鈴。それはいいんだが、地味に言ってることがひどいような気もする。
まあ、面倒を見てくれるだけありがたいと思おう。
「私では頼りにならないと言うのか?」
納得がいかないのか、箒が不機嫌な表情を向けてくる。
「だってお前、剣術ばっかでIS教える気なんてちっともないだろ?」
「むう……」
言い返す言葉もないようだった。
「じゃあ、放課後迎えに行くから待ってなさいよ? 勝手に出歩いたら許さないから」
弁当箱を風呂敷に包み終えた鈴が立ち上がる。
――許さないって、お前なあ。
「出歩くも何も、行き先が決まってるんだから現地集合でいいだろ」
「別にいいじゃない。とにかく、あたしが呼びに行くまで教室にいなさいって」
「お、おう」
結局強引に押し切られた。まったくもって何を考えているのか分からないな、こいつ。
いや、ひょっとすると迷子になったら困るなんて思ってるのかもしれない。この学園の敷地ってやたらと広いからな。時間を浪費するのは勿体ないとでも考えての行動なのか。それなら非常にありがたいな。
「それじゃ、また来るから。ちゃんと待ってなさいよ?」
「何度も言わなくたって覚えるっての」
去り際にも念入りに確認しつつ、彼女は自分のクラスへと帰っていく。遅れて円夏も席を立った。
「じゃあ、私もそろそろあっちに戻ろうかな。せっかく同じクラスなんだから箒と仲良くやりなさいよ」
余計なお世話だ。
「ああ、それと代表が決まったらいろいろ教えてね」
「何ちゃっかり他クラスの情報仕入れようとしてるんだお前は」
「いいじゃない別に。減るもんでもないし」
いや、確実に減るだろ。主に通用しそうな手札が。
◇
さんざん予習したおかげで午後の授業も滞りなく進み、放課後になった。
クラスメートの大半が部活動の見学や帰宅――といってもほとんどが寮に帰るだけだが――のために出ていく中、教室には俺とその他数人が居残っていた。
……なぜか箒まで残っている。
「あれ、今日は剣道部を見に行くって言ってたよな?」
気になった俺は、窓際の自分の席でじっと待機している彼女に尋ねた。
「――予定変更だ。まずは自分のISを選定しなくてはいけないからな」
「それなら鈴を待たずに行けばいいんじゃないのか?」
「ばっ、場所を間違えたら困るだろう? 確実に行くために、お前たちに同行しようと考えただけのことだ。本当だぞ!」
うん、分かったから。そこまで大げさに強調しなくていいからな。
そうこう話している内に、鈴がやってきた。円夏も一緒だ。
「一夏、待たせてゴメン!」
「別に待ってないんだが」
冷静に返したら呆れた顔をされた。なんでだよ。
「様式美ってやつよ。そのくらい察しなさいよ」
様式美ね。待ってなくても待たせたかと訊くのがね。
――いやいや、よくある空想のデート風景じゃあるまいし。
「そんなことよりさっさと行くわよ! 使える時間は限られてるから、ボーっとしてたら無駄になっちゃうわよ」
「分かった。分かったからちょっと待ってくれ」
彼女の声に急き立てられながら、俺は机の上に広げていた教科書をカバンに詰め込んだ。