無限遠のストラトス   作:葉巻

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2.3 青き潮流③

「おじゃましまーす」

「一夏ぁ、一緒にご飯食べよっ」

 昼休みになり、クラスメートたちがこぞって出ていく教室。その中に逆に飛び込んできた人影があった。

 ひとりは円夏。そしてもうひとり、連れ立ってやってきたのは――。

(りん)……!?」

 かつての幼なじみだった。

 

「お前までIS学園(ここ)に来るなんて、一体どうなってんだよ」

 昼食中につき不在の誰かさんの机を借りて弁当を広げる鈴を眺めながら、俺はひとりつぶやきを漏らす。

 凰鈴音(ファン・リンイン)という名前のとおり、彼女は日本人じゃない。母親は日本人だが、父親は香港出身の中国人だ。そして国籍も、()()中国になっている。

 日本にいた頃、彼女の両親は中華料理屋を経営していて、俺たちは何かと理由を付けてはお店へ遊びに行っていた。上でTVゲームに興じて、おなかが減ったら降りてご馳走になってという環境は今思い返しても本当に恵まれていたなあ。どの料理もおいしかった憶えがあるが、とりわけ酢豚は、あの店の味以上のものにまだ巡り逢えていない。

 結局離婚したのがきっかけで中国に帰ってしまったけど、おじさんはあっちでも店を出しているんだろうか……。

 ――現実に意識を戻すと、鈴がニヤニヤと悪戯めいた笑みを浮かべていた。

「ふふん、アンタは知らなかったわね。実はあたし、中国の代表候補生なのよ」

 ほう、それはすごい。

 んん? ちょっと待て、代表候補生だって?

「あれ、俺の記憶が正しけりゃお前が帰ったのって中二の冬だよな?」

「そのとおりだけど、どうかした?」

 当然とばかりに答える鈴。ってことは、たったの一年で代表候補生に選ばれたってことになるんじゃ。

「……マジかよ」

「マジよ」

 優秀だとか稀代の天才だとか、そういうちゃちなレベルじゃないだろ、それ。

「というかね、帰ってすぐ重点強化選手の選抜試験があったのよ。ちょうど春節の頃で暇だったし、運が良ければ留学できるかもって話だったから試しに受けたんだけど――」

「一発で通ったってわけか」

 突拍子が無さすぎて、元々の才能がすごいんだか運が良かったんだか分からんな。いや両方か。

「それで、ISを専門に扱ってる国の教育機関に通うことになったってわけ。こっちに来てるのは長期留学って名目だけど、本当は一夏に会い――」

「ゴホンゴホンッ」

 嬉しそうな彼女の声はわざとらしい咳に遮られた。

「なによ?」

「お互い積もる話はあるだろうが、いい加減昼にしたらどうだ。他のクラスの生徒がいつまでも占拠していては迷惑だろう」

「別にいいじゃない。っていうか、ほんの五分くらい話してたくらいでカッカされても困るんだけど?」

 一転して不機嫌になった鈴となぜかイライラしているらしい箒。激しく睨み合っているふたりを前にして、俺は深いため息をついた。

 ――そういえば、こいつら昔から仲が悪かったな。ことあるごとに張り合って、すぐ喧嘩になって。それでもって、俺や弾や数馬――そういや二人とも公立高校に進学したんだっけか――はそれを遠巻きに眺めてるってのがお決まりのパターンだった。

 って、何勝手に懐かしんでるんだろう。

「はいはい、仲違いはそのくらいにしてご飯にしましょ」

 さすがに傍観していられなくなったのか、円夏は今にも取っ組み合いを始めそうな空気のふたりを説得しつつ引き剥がした。十五年も中間子をやっているだけあって、さすがに揉め事の処理には馴れている。

「仕方ないわね……。じゃあ、開けるわよ?」

 鈴はそう言うと、巨大なタッパーのふたに手をかけた。プラスチック製のそれが外れた瞬間、何度となく嗅いだ中華料理の香りが立ち上る。

 焼売に揚げ春巻き、唐揚げといった手作りの品がいくつも詰め込まれた弁当。中でも特製の酢豚はこれ見よがしとばかりにスペースの四分の一を独占していた。もうひとつのタッパーからは湯気の上がる五目ご飯が現われ、余計に食欲を誘ってくる。

「朝早く起きて作ったのよ。すごいでしょ?」

 それぞれに取り皿と箸を配りながら、彼女は得意げな表情を向ける。手作りというだけでもすごいが、わざわざ四人分も用意するなんてとんでもない気合の入りようだ。

 何よりその気前の良さというか大胆さは、あの箒でさえ(渋々とではあったが)認めるほどだった。

 

「いっただっきまーす!!」

 四人全員で声を揃え、手を合わせる。こうして調子を合わせるのも小学生以来だな。中学に上がってからは円夏がいなかったし。

 ――さて、どこから手をつけようか。どの品も美味そうに見えるせいで最初の一口に悩んでしまう。

「一夏、こっち向いて」

「ん?」

 反射的に振り向いた俺の口に、大雑把に切った肉の一片が放り込まれる。

 よく分からないまま噛み締めると、肉汁と一緒に芯まで染み込んだ甘酢の風味が口全体に広がった。忘れる筈がない、こいつはさんざん食べたあの酢豚の味だ。

「うん、美味い」

「でしょ? 父さんが首を縦に振るまで毎日作り続けた甲斐があったわ」

 嬉しそうにつぶやく鈴。その後ろで剣呑な気配を漂わせている箒は――まあいいか。下手に触れると怪我しそうだし、今は放っておこう。

「そういえば」

「なに?」

 ちょうど二組の生徒がふたりもいるわけだし、訊いてみよう。そう思った俺は上機嫌の彼女に尋ねる。

「二組の代表ってもう決まったのか?」

 一組(ウチ)みたいに揉めてたりしてくれないかな、なんてことを考えながら。

「そんなの十分くらいであっさり決定したわよ。っていうか――」

 

「あたしがクラス代表だけど?」

 

 鈴は『なんでそんなことを訊くのか分かんないけど』とでも言いたげな不思議そうな顔を俺に向けていた。


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