無限遠のストラトス   作:葉巻

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白式編
1.1 白一点①


 15年前、一人の科学者が画期的な発明をした。

 最先端の科学技術を結集して生み出された、一機のマルチフォーム・スーツ。

 飛行機やロケットのように大きくも重くもなく、身に纏うだけで意のままに動く『翼』を持ったそれは、発表されると同時に人々を魅了した。

 

 宇宙空間での活動を想定して開発されたそのスーツに、親は『インフィニット・ストラトス』、通称IS(アイエス)という名称を与えた。

 無限の成層圏というその呼び名に、誰しも疑問を抱かずにはいられなかっただろう。空の彼方へと飛び出すものに、何故そんな名前を付けるのか、と。

 けれど――その真意を理解するのにさほど時間はかからなかった。

 

 その科学者はきっと、辿るべき運命を既に見越していたのだろう。

 開発の意図とはかけ離れた存在へと変貌し、一度たりとも宇宙(そら)へと昇ることなく、成層の下を這うように飛び続けるそれらの姿を。

 平和のためではなく、更なる闘争と暴力の布教のために『翼』を求める醜い者たちの台頭を。

 

 故に名付けたのだ。

 

 ――『無限に遠き成層圏』という、皮肉の利いたその名を。

 

 

「はあ……」

 大勢の乗客でごった返すモノレールの先頭車両の一角。ようやく見つけた空席に腰を下ろした俺はため息をついた。

 目的地まで立ちっぱなしという肉体的苦痛から逃れて安堵したわけでも、座席を巡る争奪戦で疲労したわけでもなく、これから訪れるであろう状況を慮ってのことだ。

(こいつら全員俺の同級生になるのか……)

 顔を上げれば否応なく視界に入ってくる女子、女子、女子。それもほぼ全員が俺と大して変わらない年頃の子ばかりだ。

 女性専用車両に間違って乗ってしまったんじゃないかと勘違いするほど異様な光景に、思わず背が縮こまってしまう。

 仲間内でのおしゃべりに没頭してくれているのが唯一の救いだろうか。座っている位置が隅の方というのも幸いしてか、俺の存在に気づく子はほとんどいなかった。

 気づいたとしても、すぐ会話に引き戻されてそれっきり興味を向けてはこない。ありがたくもあり、少し悲しくもある扱いだ。

一夏(いちか)、相変わらず女嫌いは直らないんだ?」

 俺の前で吊革にぶら下がっていた少女が不意に話しかけてきた。

 といっても、他の子のように面識のない相手というわけじゃない。三年ほど離れて暮らしていた俺の『姉』だ。

「嫌いってわけじゃない。密度が濃過ぎて気が滅入ってるんだよ」

「今からそんなこと言ってたら三年間持たないよ。まあ、こんな状況で平然としてたり興奮してたら、それはそれでマズいだろうけど」

 確かにそうだろうが、今ここで言う台詞かそれは。俺はムッとした表情を向けた。

「で、なんでお前まで来るんだよ?」

「受験して合格したからに決まってるじゃない。――ああ、一夏は無試験で入学だから受けてたの知らないんだっけ。まったくもって羨ましい奴だよね、あんたは」

「あのな……。ちょっと格好良く聞こえるけど実質軟禁されるんだぞ。レアケースだか何だか知らないが、そんな人生を強制されるなんて堪ったもんじゃあない」

 『医学的な検証のため解剖されるのと、IS(アイエス)学園で研究に従事するのと、どっちがいいですか』という究極の選択を強いられたことを思い出し、またため息がこぼれる。

 ちなみに解剖うんぬんというのは冗談だが、おおよそそういう感じのことを言っていたので丁重にお断りしておいた。

「仕方ないでしょ。『世界で唯一ISが動かせる男』なんて大層な肩書き持っちゃったら普通には生きれないって」

「持ちたくて持ったわけじゃないって言ってるだろ」

 きっと『アレ』がなければ、他の男子のように普通の学校に通って普通の生活をしていた筈だった。勉強と部活動に打ち込んで、たまに千冬姉の応援に行って……。そんな生き方ができた筈だったんだ。

(とは言っても、今さら悔やんだってどうにもならないよな……)

 今の俺にできるのはこの境遇を受け入れることだけだ。三年間IS学園で学んだ後にどんな道が残っているのか分からないが、とにかくやるしかない。身内がいるだけ運が良かったと思おう。

「ほら、見えてきたよ」

 そう言って彼女の指差した先へと目を向けると、緩やかなカーブを描く橋梁の向こうに巨大な人工島が覗いていた。

 ISに携わる人材を育成するための専門技能者教育機関、IS学園。

 

 ――これから先、俺が生活を送ることになる『監獄(らくえん)』だ。




初めまして。これからつらつらと書いていきますので、よろしくお願いします。

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