【FAIRY TAIL】竜と人の子~雪の滅竜魔導士~ 作:折式神
「ステラ……だよな?」
「そう、だけど。あれ……いつの間に寝てたのか、私」
「覚えてないのか?」
「……なにを?」
意識を取り戻して真っ先に妙なことをナツに聞かれた。そもそも、ここはどこだろう。
「いっ……」
ズキリとお腹の辺りが痛む。よく見ると少し血が滲んでいる。
「いつのまに、傷なんて――」
思い出そうとして、急にふと湧いた感情。目の前にいるナツに、どす黒い怒りが――
「あ……いや……ひっ……
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」
殺そうとした。ナツを……どうして? 憎いから? 殺して、どうするつもりだった?
ナツが何かを言っている。怖くて、聞きたくなくて、私は謝る声で掻き消すことしかできなかった。
/
川に小石を投げて、揺れる水面をずっと見ていた。
「……何やってるんだろ、私」
目が覚めた途端、ポーリュシカから「怪我も治ったんだから出ていきな!」と追い出された。
逃げ去るように出ていって、私の服の中にルーシィからの手紙が入っていることに気づいた。
内容は、私がしでかした事はナツやマスターのおかげで不問となったこと。ナツが頭まで下げていたという話。私はどうしようもなく情けなくなった。
「ナツ……」
何故か、ナツのことを考えると、黒い感情がふつふつと蘇る。殺してやりたかった。……そんな感情を思い出すと、ギルドに行く勇気もなくしていた。
「最低だ……」
自分に向けてそう呟いて、大きめの石を川に投げる。二度も助けてくれたナツに、どうしてこんな感情を抱いてしまってるのだろう。
「あれ、ステラ姉だ」
名前を呼ばれて振り向いたら一人の男の子がいた。ロメオだ。というか、なぜ私に姉とつけるのだろう。そこまで君より大きくはないし……いや、自分より年上の人にはつけるようにしてるのだろうか。
「どうしたんだよ、ギルドにきてないみたいだけど」
私のことは聞いていないのだろうか。
「ああ……ちょっと、ね」
いい言い訳も見つからず、言葉を濁す。……言えるわけがない。言って何になる。私はナツを殺そうとした。二度も。
「そういえば、俺の父ちゃんがナツを捕まえたやつ、父ちゃんが化けてたトカゲだったんだよ。オレ、父ちゃん捕まえて喜んでたんだって。もう恥ずかしくてさ」
「……捕まえた?」
「そっか。ギルドに来てなかったから知らないのか。エルザ姉が逮捕されたんだけど、ナツ兄が納得できねぇって評議会に殴り込みそうだったのを捕まえたんだ。けど――って、ステラ姉!?」
「ごめん、また今度聞くから!」
ロメオの話を最後まで聞かずに走り出した。エルザが逮捕されるようなことはしていない。それなら、なぜ。まさか、私のせいだろうか。
――
「あっ……すみません」
ギルドの入り口で人とぶつかってしまった。悪いのは駆け込もうとした私だったので、とっさに謝った。それより、急いでいたので顔も見ずに去ろうとしたら、「あ」とも何とも取れないような声が相手から漏れた。
「初め……まして?」
そう言いながら、思わず振り向いた。こんな人、ギルドにいたかな? と考えていると、次はギルドの中から「勝負しろミストガン!」なんて大きな声が聞こえたので振り返ると、ナツがいた。ミストガン? この人が――っていない!?
飛び出してきたナツの勢いが、私を見るなり衰えていった。
やっぱり、来るべきじゃなかったんだ。
「えっと……ごめん! 私、帰るから!」
「待てステラ! 話もせずに帰るなんて、私が許さんぞ」
……あれ? 逮捕されたはずのエルザが目の前にいる?
「逮捕されたんじゃ……」
「ああ、それは形だけだ。このバカが暴れたせいで一日だけ牢に入れられたがな」
「あ……え?」
「その様子だと、やはり覚えてないのか。まあ、追って話すさ」
どうにも、逮捕というのは形だけで、罪にはならないらしい。今回の件で評議会も取り締まる姿勢を見せなければいけないという。だから、逮捕されたといっても大げさなことではなく、ナツが殴り込まなければ、その日のうちに帰ってこれたはずらしい。
「ステラ、お前は何度か意識を取り戻していたんだが……錯乱していてポーリュシカに診てもらっていたんだ。どうにも、自傷した――」
「おいおい、そいつがステラか? ゼレフ書の悪魔を倒したっていうが、随分とガキっぽいな」
全員が声のした二階を見る。「珍しい」とか「帰ってたのか」という声が周りから飛ぶ。
「ラクサス、オレと勝負しろォ!」
「そこのステラって奴に殺されかけてるようじゃあ……無理だな」
周りがざわざわとし始める。「ゼレフ書の悪魔を?」「ナツが殺されかけた?」というような声があちこちから聞こえてくる。
「ラクサス、てめぇ!!!」
ナツがラクサスに殴りかかろうと二階への階段を登ろうとして、マスターに止められる。
「二階には上がってはならん……まだな」
「ははっ! 怒られてやんの!」
「よさんか、ラクサス」
マスターも顔をしかめる。二階には上がってはいけないとか、わからないことが増えたけど今は――
「なんで知ってるんだ? って顔だな」
ラクサスにそう指摘されて、血の気が引く。次に何を言われるのか怖くて、周りからの視線が冷たくなるような気がしてならなかった。
「知ってるんだぜ。お前が復讐のために
「ち、違う! 私は――」
――ナツを殺そうとしたじゃないか。
否定できない。だって、実際に行動したじゃないか。
心臓の鼓動がやけに大きい。怖い。私はどうすれば、こんな形で失いたくないのに。
「止めないかラクサス! 貴様は関係ないだろう!」
「エルザが味方で良かったな新人。だけど、それを知って周りはお前を――「ラクサス!」」
ラクサスの言葉を遮るように、マスターが名を呼んだ。「ちっ」と舌打ちして、ラクサスは奥の方へと行った。だが、淀んだ雰囲気は変わらなかった。
小さな声で、周りは先ほど聞いたステラの話をしていた。本人に聞こえないようにと小さな声で話していても、自分のことだとわかっている以上。すぐに逃げ出したくなった。
そんな奴がギルドにいていいのか。確かにその言葉を誰かが言った。
思い出してしまった。何度も目覚めたとき、私は受け入れたくなくて、受け止めきれなくて忘れようとしたのに、自分の傷が、嫌でも自分の犯した罪を自覚させていたのだと、
これ以上、聞きたくなかった。ここにいるのが辛かった。呼び止める声を無視して、がむしゃらに走っていた。
/
「あいつはそんな奴じゃねえよ! 確かに勝負はしたけどよ! 俺が負けたから悔しくて連れてきたんだ!」
「へぇ、ナツは負けたのか。それは初耳だった」
ナツとグレイの二人の会話で周りも少しずつ警戒心をといていった。そもそも、殺されそうになったならナツが連れてくることもないと納得した。
ステラがいなくなったあと、マスターが「ワシが行く」と言ってギルドから出ていった。ナツはステラが立ち去った原因となる一言を言った者に対して怒りをあらわにしていたが「よさないか」とエルザがなだめていた。
「ステラ……」
「大丈夫よ、ルーシィ。ステラがそんな
心配するルーシィをミラが励ます。ステラの事を知らないから、みんな怖がってしまったけど、すぐにわかってくれるとミラジェーンは信じていた。
――
走っていた。どこに向かうあてもなく、ただ逃げるように動いていた。みんなが私を睨むような、恐怖とか怒りとかが混ざった眼差し。忘れようとしても、忘れられない。足を止めようにも、その光景を思い出すたびに逃げたくて、走ってしまっていた。
「あっ……」
そんな間の抜けた声を出しながら、空中に投げ出された。盛大に転んで、ようやく止まった。
転んだ衝撃で傷口が開いてしまったのか、走ろうとしても痛くて無理だった。
あたりを見渡すと、そこはマグノリアの街ではなかった。ほっとしていた。ここならギルドの人も来ないから。
――私が弱いからいけないんだ。
そう思いながら、また歩き始めた。マスターや他のギルドマスターの見解では、私の異常はゼレフ書の悪魔の精神的な汚染が原因だとされた。しかし、それなら他の人はどうして大丈夫ったのか。
私は、私も知らない何かを抱えている。そんな奴が、ギルドに入るなんて無理だったんだ。独りのほうが性にあってる。
今までそうやって過ごしていたのだから。今更、ナツたちのように笑って助け合うなんて無理だったんだって。
復讐のためにギルドに入った。ナツを殺そうとした。そう言われて、それを否定できなかった。……現に、ナツを殺そうとした
家に帰ろうとは思わなかった。元々、ミラの紹介で買ったものだしギルドの人もすぐに見つけられる。もし、誰か来ていたらと考えてしまい、帰る気にはなれなかった。
歩き疲れて、近くの木に寄りかかるように座った。何もせずに、ただ休むだけ。そんな最中でも、あの言葉が重くのしかかっていた。思わず、顔を伏せる。だが、目を瞑ると嫌でもあの光景が浮かぶのだ。トラウマになっていた。
どれくらい経ったのだろう。このままここにいても仕方ないと移動しようとしたときだった。
「こんなところにおったのか」
「マスター……ですか」
顔は上げなかった。どんな顔をしているのか見るのが怖かった。きっと怒っているだろう。ナツを……仲間を殺そうとしたような
「……お主が気に病むことはない。誰にだって心の闇はある。……話したくないことの一つや二つ、あって当然じゃ」
「話したくないわけじゃないです。……でも、殺された親の仇討ちって聞いて、歓迎してくれるとは思ってません」
「確かにそれが"復讐"という、お主の闇だろう。復讐なんてものは厄介だ。誰構わず牙をむけてしまう。自身にさえもな。
だが、それだけではないはずだ。ギルドに入ろうと思った理由は他にあるのだろう?」
「でも、それが本心だったのか、わからないんです」
ナツが羨ましかった。あんな笑顔で過ごせる
「……今までそうやって生きてこなかったのに、仲間を望んだのが悪かったんです」
「一人を好む者は多い。だが、孤独に耐えられる人などおらん。お主に何があったかまで聞くような真似はせん。
しかし、
マスターの口からハッキリ言ってもらえれば、私もすっきりする。考えることもあった。それだけのことを私はしたのだから。いつ仲間を危険に晒すかわからない存在をマスターとして認めるわけにはいかないだろうって。
「……そう、ですよね。
「そんなんじゃないわい。しばらくはエルザと一緒に行動してくれって話」
「……え?」
思ってもいなかった返事に、顔を上げてしまった。マスターの表情は、普段とかわらなかった。
「エルザが面倒を見るって煩くての。新人にはキツイかもしれんが、我慢をしてくれんか?」
「ち、ちょっと待ってください!? 私は仲間を殺そうとしたんですよ!?」
「それが本当ならナツと初めて出会ったときに済んでる話だしの。ナツも否定しておったし。
ラクサスの言ったことは気にするな。あやつはいつからか、あんな性格になってしまっての」
「私は……
「
唐突な質問に、首を横にふる。ギルドの名前の由来なんて、耳にすることは一度もなかった。聞く機会もあまりなかった。
「妖精に尻尾があるのかないのか。まず、妖精が本当にいるのか。故に永遠の冒険。永遠の謎。そんな想いが込められておる。
お主がいつか答えを得たとき、それでもその先に道は残っておる。怖がらずに進めい。それが善でも悪でも、間違っているなら
永遠の冒険。永遠の謎。――それが
「ギルドというのは、誰の解釈でも変わるものだ。身寄りの無い者には帰る家になるし、仕事の仲介所であり、仲間の集まる場所にもなる。
人それぞれの想いがあっていい。信頼と絆によってギルドってものは成り立つ」
「私を……信頼してくれるでしょうか?」
「それはお主次第だ。自分から怖がっていても仕方なかろう?」
少なくとも、マスターは私を信頼してくれている。エルザだって、してくれているのだろう。なら、それに応えるべきなんじゃないか。
「頑張ります」
それを言葉にしたら、涙が止まらなくなっていた。捨てられると不安だった。マスターの言葉で安心して、嬉しくて、泣いていた。私はギルドにいてもいいっていう、一つの答えを得られたのだから。
私がみんなを信頼して、信じて、初めてギルドの一員になるんだ。……心の何処かで、みんなを信じきれない
私の思うギルドはわからない。それでも、いつかわかる日が来るって信じよう。