【FAIRY TAIL】竜と人の子~雪の滅竜魔導士~ 作:折式神
結局、エリゴールは見つからなかった。
外に逃げたのだろうと様子を見に行くと、駅は謎の風による魔法で出ることすらできなくなっていた。
他の奴らは私たちを足止めするための囮。あのエリゴールにとって仲間は道具に過ぎないのだろう。
エルザの尋問で、本当の目的は大量殺人ではなくギルドマスターの暗殺であり、定例会の会場であるクローバーへの交通手段はこの駅しかなく、それを遮断するのが最初から目標だということがわかった。
唯一の突破口の呪歌の封印を解除したであろうカゲという男も、仲間に刺されてしまう。とても解除できるような状態じゃない。八方塞がりだった。
「……滅竜魔法も効かないなんて」
どうにかできないかと、ナツと私で色々とやっているが、ナツの炎は消えるし、私の雪も吹き飛ばされた。
試しに造形魔法を壁に当ててみたら、粉々になってしまった。手が傷だらけになってしまい、見かねたルーシィに止められた。突っ込もうとしたナツも。
「ルーシィ! 精霊界だ!」
「え、なによ……」
「あれだよ! エバルーの屋敷のときの!」
急に何かをナツが思いついたらしい。聞いてみると、過去に一度、精霊界を通って移動したらしい。しかし、ルーシィによると精霊界を通ると息ができなくて普通は死ぬ。まず人が入ることが契約違反で、あのときは自分のじゃないから良かったらしい。
それを聞いて「あー!」と大声を出すハッピー。荷物から鍵を取り出した。
「ちょっと、それエバルーの鍵じゃない!」
「おいらの家に訪ねてきたんだ」
どうも前にナツとハッピーで行った仕事で争った人の鍵らしい。逮捕されて契約が解除されたので、ハッピーの家に訪ねてきたらしい。なんでハッピーの家をそいつが知ってるのか不思議だ。
「だけど、今はそれどころじゃないでしょ!」
「でも」
「うっさい! 猫はニャーニャー鳴いてなさい!」
「ルーシィ、落ち着いて。ハッピーだって考えがあるんでしょ?」
ハッピーのほっぺをルーシィが引っ張ったところで、ちょっとそれは可哀想だ。と思って止めに入る。その後で、自分がされたことを思い出して止めなければよかったと後悔する。
「バルゴなら地面に穴掘って、外に出られると思ったんだ」
「「おお!」」
その精霊は穴を掘るのが得意だそうだ。確かに、地面の中なら関係ない。そうと決まれば、とルーシィはハッピーから鍵を受け取った。
「開け! 処女宮の扉! バルゴ!」
メイド服をきた、いかにも使用人っぽい人が召喚された。どうも前にあったときとは別人の姿らしい。バルゴ曰く「ご主人の望む姿」らしい。ルーシィが望んだ姿ということになる。「ご主人はやめて」というルーシィ。バルゴはルーシィの鞭をみて「では、女王様と」、「論外!」とルーシィは返す。結局、姫で落ち着いたらしい。それどころじゃないけど。
「ルーシィか……流石だな」
これで先程戦ってないことと、逃げた男を捕まえられなかったことはチャラになったと考えたい。捕まえられなかったのは私も同じだが。
――
「ハッピー、行くぞ!」
「私も飛べるからついてくよ」
外に出ると乗ってきた魔導四輪は壊されていたので、代わりを探してくるそうだ。だったら、その間に行ける人はエリゴールを追ったほうがいいだろう。
びっくりしたのはハッピーが速かったことだ。もうそれだけのスピードで飛べるなら、ナツを列車に乗せずにハッピーが運んであげればいいんじゃないかと思うくらい。
「これがハッピーの、MAXスピードだぁ!」
あっという間にエリゴールに追いつく。ナツがそのまま蹴り込んで一発決めた。フラフラと落ちるハッピーを私がキャッチする。
「オレ一人で充分だからな!」
「そういうわけにもいかないでしょ。一刻も早く笛を取らないと、吹かれたら私たちも危ないんだからさ」
ハッピーを抱えたまま、一旦距離を取る。ナツが負けることもないだろうけど、相手は笛を持ってる。聴いただけで死ぬのはごめんだ。
「なんで貴様らがここに……」
「そりゃあ、お前の仲間を倒して、魔法も突破したからだろ」
線路の上で、ちょうどエリゴールを挟む形で構える。私は飛べるけど、ナツは飛べないから、落ちたら谷底にまでまっしぐらだ。
もしもってときは私が掴んでやればいいんだけど。
「火竜の――/雪竜の――」
「まさか、口から魔法を!?」
二人の口がぷくぅ……と膨れるのをみて、エリゴールが焦る。どこにそんな焦る要素があるのか、私にはさっぱりだ。
「咆哮!」
ナツと同時に全力で
「……あれ?」
避けなかったのか、避けられなかったのか。エリゴールは倒れていた。……いかにもボスって感じだったのに、とんだ期待はずれだ。
「呆気ねえな。これなら一人でよかったぞ」
「んー……まあ、笛を使われたら死んでたし、いいんじゃない?」
これでナツはエルザと戦えるんだから。とつけ足す。魔法を全く使わなかったあたり、魔風壁で魔力を使い果たしていたのか? だとしたら、一撃で終わった理由も説明がつく。
「っと、笛はどこだろう……」
肝心の
――
「エリゴールを一発とは、おみそれしたよ
「はいはい、お世辞はいいから服着て、服」
相変わらず何で脱ぐ。エルザも注意しないのかな。
なぜか魔導四輪にカゲって呼ばれてる男も乗っていた。ナツが死なれたら後味悪いからって助けるつもりらしい。
私からしたら、そんな奴は死んでもいいなんて思ってる。だって、自業自得じゃないか。
「うおっ!? あぶねーな! 動かすなら――」
「バカめ……笛は……
ハッピーから笛を奪って、魔導四輪に乗ってカゲが逃走した。ほら、助けてやろうとしても結局は悪人ということだ。……いや、何してるのみんな!?
「あの野郎ォ!」
「あ、ヤバい! ハッピーが落ちた!」
「先に行ってて! 私がハッピー助けるから」
線路から谷底に飛び降りる。下が見えないくらい深いのだ。飛べない状態のハッピーが落ちたらひとたまりもない。とにかくハッピーを掴まえようと手をのばす。
「掴んだ!」
そのまま片手で造形魔法を行って、翼を造って減速する。
「ステラ、後ろ!」
「コイツ! まだ動けたのか!」
ハッピーに言われて振り向くと大きな鎌を構えたエリゴールが、すぐ後ろにまで迫っていた。振り下ろされる鎌。今の状態じゃ避けきれない。ハッピーを持っていない腕で無理矢理に止めた。
「
風圧に押されてバランスを崩す。とっさに近くの岩にしがみつく。足もつけて、なんとか落ちずに済んだ。だが、エリゴールは突っ込んできた。
「スノーメイク・
そのエリゴールの頭上の位置に大きな雪だるまを放つ。なんなく避けられるが、想定内だ。雪だるまに気を取られている隙に、岩を思いっきり蹴って目の前にまで移動した。
「雪竜の劍角!」
頭突きをしたあと、そのまま下に蹴り落としてやる。それでも浮いてくるようなら、雪崩でも造ってやろうと思った。
しかし、そのままエリゴールは落ちていった。
「……そのまま帰ってくるな」
そんな悪態をついて、その場をあとにした。
――
「いた! あそこだ!」
定例会の行われているすぐ近くにカゲはいた。もう一人誰かいる。駆け寄ろうとして、「ダメよ、いいところなんだから」と止められる。敵かと思って身構えたが、他のギルド〈
「なんで止めるんですか! あの笛の音色を聴いただけで死ぬんですよ!?」
「お前たちのマスターはそんなのに引っかかるほどマヌケじゃねえよ」
後ろから他の男の声がする。この人もギルドマスターなのだろう。見守ってやれ。と言うが、見てるこっちは気が気じゃない。
「それより、ほら。よく聞いてみろよ」
聞いてみろ? 見ていろ。ではなく、聞いていろとはどういうことだろうか。とりあえず、マスターの会話へ耳を傾けてみた。心配なのは、既にカゲが笛に口をつけていることだ。
「……何もかわらんよ。弱い人間はいつまでたっても弱いまま。
しかし、弱さの全てが悪ではない。もともと人間なんて弱い生き物じゃ。
一人が不安だからギルドがある。仲間がいる。強く生きる為に寄り添いあって歩いていく。
不器用な者は人より多くの壁にぶつかるし、遠回りをするかもしれん。
しかし、明日を信じて踏み出せば、おのずと勇気は湧いてくる。強く生きようと笑っていける。
――そんな笛に頼らんでも……な」
カラン……と笛が落ちる。膝をつき、しばらくして……「参りました」の一言が聞こえた。
みんなが一斉にマスターの方へ近寄る中、私はそこに入らなかった。
「あら、どうしたのかしら?」
「……なんでもないですよ」
マスターの言葉を聞いて、納得できない自分がいた。仲間が欲しくて、一人が嫌で、ナツと同じように笑っていたいと思ってギルドに入った。けど、強くなりたいという思いは……相変わらず復讐の為にあるのだから。
鉄の森のカゲに対しても、私はあいつが弱いのが、信じる奴を間違えた自業自得だと思っていた。
私は、間違ってるのだろうか。
「大丈夫よ。もっと自分を信じてみなさい」
何かを察したのか
「笛が喋ったぞ!」
「なんだあれ、煙がでかい化け物になった!」
みんなの動揺と目の前に現れた化け物。声の正体、あのララバイという笛の正体だ。
「ゼレフ書の悪魔。何百年も前の負の遺産が、今になって出てくるなんてね」
「ゼレフ書の……悪魔?」
その言葉の響きとともに、ドクンという心臓の鼓動も大きくなる。――ゼレフ?
「……違う、私は」
息が荒くなる。あのときのような、酷く嫌な感覚――怖い。
「ッ……」
酷い頭痛だ。それに、身体が熱い。――独りにしないで。
「ステラ!? しっかりして!」
「あ……あぁ――」
――助けてよ、――。
「あああぁぁぁーーー!!」
――
みんながマスターの言葉に感動していた。ナツはマスターのことペシペシと叩いているけど。
「あれ? ステラ?」
ふと、ステラだけ近くにいないことにルーシィが気づいた。なんだか、落ち込んでいるようにみえる。
呼ぼうと思って声をかけたが、突然笛から化け物が出てきてそれどころじゃなくなってしまった。
「みんな、一旦下がれ!」
エルザのその声に反応して、ギルドマスターたちも退く。だが、ステラだけその場に座り込んでしまった。
誰の目から見ても明らかに様子がおかしい。ぶつぶつと何かをつぶやいている。
「何をしている! ステラ!」
怒鳴るようなエルザの声にも全く反応しない。なんだか辛そうだと気づいたルーシィが駆け寄った。
「ステラ!? しっかりして!」
「あ……あぁ――」
まるで何かに怯えるように頭を抱えて塞ぎ込むステラ。ルーシィが顔を覗き込んで目を見ても、焦点があうことがなかった。
「あああぁぁぁーーー!!」
ルーシィが飛ばされた。黒い瘴気とともに溢れてくる魔力。その魔力はゼレフ書の悪魔より気味が悪いものだった。
マスターたちもゼレフ書の悪魔にばかり気を取られていたが、流石にその魔力に気づいた。
ステラは嗤いながら、ララバイの方へと歩み始める。
「なんだ貴様、お前から魂を喰われたいのか?」
「ちょっとステラ!? 逃げなさいって!」
――なんだ、この娘は。その瞳は。
自分を前にして、怯えもせず、驚きもせずにいること自体が、悪魔にとっては気に食わなかった。それに、その生意気な目つき。
「いいだろう、貴様の魂から――」
突然、視界がぐるりと回転した。……ララバイの首から上がズシンと音を立てて落ちた。悪魔に意識は残っていた。首が取れても生きていた。
何をしたのか、誰にもわからなかった。ただ、ゆっくりと首の方に近づくステラに〈恐怖〉という念を抱くものが増えていた。
「おのれ! 潰してやろう!」
「ステラ! 避けて!」
大きな拳がステラに向かって飛んでいく。避ける素振りを全く見せないステラに、ルーシィが声を上げる。
「消え去れ、亡霊」
その言葉と同時に拳が当たる前に止まる。凍りついた。そのまま落ちた首に向かってステラは魔法を放つ。……粉々に砕けて、身体も一緒に消え去っていた。
「ゼレフ書の悪魔を簡単に倒しやがった」
「何百年もの間、封印されていた悪魔を倒すことなんて造作もないことだよ」
他のギルドマスターの言葉に、くすくすと笑いながら答えるステラ。様子がおかしいことに、ナツたちは気づいていた。
「お前……誰だ!?」
「変なこと言うのね。私はステラでしょ?」
瞳が紅い。それに、妙に平然としている。それが一層、ステラの不気味さを増していた。
「違う! お前は……」
「お前は……何? ほんの少しくらい一緒にいて、話をしたくらいで、私の何がわかるの?」
「な、何言ってるんだよステラ! テメェ、悪い冗談ならよ止しやがれ!」
グレイが大声で訴える。それを聞いて、ステラはお腹を抱えて笑いだした。
「私のこと、何もわからないくせに」
その言葉を聞いて絶望するナツの顔を見て、ステラはまた笑い始めた。今度は嘲笑うかのように。
「仲間だとか、友達だとか……壊れるものなんて作って、くだらない……」
ナツを押し倒すステラがみんなの目に映った。
「そう思わない?」
振り上げられた拳に、黒い魔力が纏われている。それは、その場にいたものが一度だって見たことも、感じたこともない魔力。
だが、そんな様子をマカロフも含めた者たちが黙ってみているはずもなかった。ステラをマカロフが吹き飛ばして、エルザが剣を向ける。他のギルドマスターたちもステラに敵意を向けていた。
「ステラ! 貴様、何をしようとした!」
「……なにって、見てわかるでしょ」
声を荒らげるエルザにそう切り返すステラ。敵意を向ける集団に突き出された腕に、さっきと同じ黒い魔力が集まり始める。
――そんなの、望んでない!
「ぐッ――!?」
突如、頭を抱え独り言を放ち苦しみだしたステラ。そのまま膝をついて、叫び声を上げる。だが、誰も駆け寄らなかった。周りはステラに恐怖を抱いていたから。
叫び声が止んでも、周りは構えることをやめなかった。それを眺めるステラは、もう笑ってはいなかった。
「……違う、私は
あ、ああ……ごめんなさい、ごめんなさいっ……」
そう言って、自分に対して造形魔法で造った刀を突き刺した。「ステラ!」と叫んでナツたちが駆け寄ろうとするが、マスターたちに止められた。
しばらく、膠着していた。顔を上げたステラの瞳は青かった。さきほどのような異質な魔力も感じなかった。
「なくしたくない、壊したくない、なのに……なんで、なんでよ……」
ポタポタと流れ落ちる血。ステラの服も紅くなっていく。そんな中で、何かをうわ言のように小さな声で呟いている。明らかに錯乱していた。
「私が……弱いから? は、ははは……」
「しっかりしろ! どうしちまったんだよ!」
マスターたちの拘束を振り払って、ナツが駆け寄る。しかし、ナツの声も届いている様子はなかった。何かに怯えるような瞳。聞き取れないくらいの小さな声で、また何かを呟き始めた。
仲間たちや周りの人も、行動と言葉の矛盾に混乱した。
ぷつりと糸が切れるように、ステラの意識は意識を失ってナツに倒れ込んでいた。
「おい、ステラ! しっかりするんだ!」
次々とステラに駆け寄り、傷の手当てがされることになった。
幸いだったのは、ステラが他のギルドマスターに直接手を出していなかったことだろう。もし、手を出していたら、大問題に発展していた。
「……マスター、あれは一体」
「あの異質な魔力。ゼレフ書の悪魔にあてられてしまったのかもしれんな」
「何かに怯えている様子だったわね、この娘。感受性が高くて、ゼレフ書の悪魔の精神汚染でも受けてしまったのかもしれないわ」
マカロフの考察に、
「ともかく、その娘の治療を早くしてあげなさい。こっちの問題は、こっちで片付けちゃうわよ」
そう言って、
マスターたちの命を狙われたこととは別に、大きな問題を抱えたまま、定例会がまた再開されることになった。