【FAIRY TAIL】竜と人の子~雪の滅竜魔導士~ 作:折式神
「おはよう」
頭を何度か叩かれているような気がして、目を開けてみるとエイリアスがいた。思わずびっくりして、気がつくと壁際まで後ずさりしてしまっていた。
「そんなに驚くことはないだろう」
いつものエイリアスだ。昨日みた表情は夢だったんじゃないかと思ってしまう。
「ナツがお前に話したいことがあるそうだ。とりあえず小屋に――」
「怒って……ないの?」
「ナツか?」
違うという意味で横に首を振る。私が聞きたいのはエイリアスのほうだ。
「……ああ」
なぜか、少しだけエイリアスから悲しそうな雰囲気がした。……私がナツの心配をする理由なんてない。だって……。
「とにかく帰ってこい。話はそれからだ」
仕方なく縦に首を振る。何日か経ってから帰るつもりだったが、ここで拒否すればエイリアスに本気で捨てられそうな気がする。……今更、ひとりぼっちが怖くなったから。
/
「それじゃあ、席を外させて貰うぞ」
小屋に帰るなり、同じ部屋にいたルーシィとハッピーも連れてエイリアスは他の部屋にいってしまった。残ったのはナツと私。……私は意地悪く顔をそらしていた。
「オレと勝負しろ」
「は?」
あまりにも突拍子もない一言に、驚くしかできなかった。
「……なんでよ」
何を馬鹿なことを言ってるんだ。このナツって男。昨日の話の時点で、わかりあえないと理解できていたが、それ以上だった。
「オレが勝ったら
「――ッ! 行くわけないだろ! ヴェアラのことを殺した奴の子だって言うお前がいるギルドなんかに!」
こんなに敵意や殺意を向けてるのに。なんで、そんなに私のことを真っ直ぐに見られるんだ。
「お前が勝ったら、オレのことを殺したっていい」
「な……自分が何を言ってるのかわかってる!?」
「絶対にオレは負けないからな」
そう言ってナツは笑っていた。
「冗談じゃない。私だって負けるつもりはない」
私には、笑う余裕なんてなかった。
「ルーシィとハッピーも一緒にいいか?」
「まさか一人で戦わないってこと?」
「勝負はオレとお前の一対一に決まってるだろ」
またそうやって笑顔を向ける。私は無性にイライラしていた。ナツは私を信じるといった。出会って少し話しただけの私を。
「勝手にすれば……」
それを聞いてナツは部屋に入っていった。……エイリアスまでついてくるようだ。
そこでようやく、ルーシィたちを連れて行く理由を考えた。……まさか、エイリアスがいれば手加減――殺すことないとでも思っているのだろうか。
「オレが勝ったら、ギルドにつれていくぞ。
ステラが勝ったら、何でも言うこと聞いてやる」
「何度も言わなくていい」
/
小屋から少し移動する。ここ最近では珍しく吹雪が止んで晴れていた。
「おーい、ルーシィ! 合図を頼む!」
ナツに頼まれたルーシィが妙にオロオロしている。別に合図するくらいでそこまで戸惑うこと……いや、私がナツを殺そうとしていると聞いているなら戸惑うのも無理はないか。あれだけ怒鳴れば聞こえてるだろう。
戸惑うルーシィの代わりにハッピーが手を上げた。
「それじゃあ、いくよー! よーい――」
――最初から全力だ。
「スタート!」
その言葉と同時にナツの懐に飛び込んで足払いをする。しかし、ナツはそれを簡単に飛んでよけた。
「雪竜の――」
飛び上がって隙だらけだ。初手から空中によけるなんて、あり得ない。
「火竜の咆哮!」
「――ッ!?」
ナツの口から炎が吹き出される。それを紙一重でよけて技を繰り出そうとしたが……ナツはそこにいなかった。
「火竜の鉄拳!」
声のした方へ振り返ると、既に私の体は宙を飛んでいた。
――この炎、やっぱりお前は!
一撃貰って確信した。この炎、忘れるわけがない。
泣きも笑いもかき消す。炎以上の憎悪だけが静かに燃焼する。
「雪月花一閃!」
造形魔法で刀を作り出して、瞬時に斬りかかった。避けられる瞬間に刀を更に伸ばして攻撃範囲を広げる。
当たった感触はあった。しかし、流石に真っ二つとまではいかないようだ。
「いって〜!?」
ナツの頬から血が垂れる。思っていたよりも全く当たっていない……掠った程度のようだった。
ふと、手元の造形魔法で作った刀を確認する。伸ばしたぶんだけ、折られていた。咄嗟に伸ばすことを理解して殴って破壊したのか。それとも、肌に触れた瞬間に理解して破壊したのか。
……一筋縄ではいきそうにない。
「火竜の翼撃!」
ナツが両腕に炎を纏う。まるで竜の翼のようにみえる。薙ぎ払うような攻撃で、避けても腕の動きだけで簡単に追尾してくる。
「雪竜の蹴撃!」
向かってくる腕を蹴り飛ばして、そのままナツの顔に一撃いれる。
「雪竜の尖爪!」
そのまま追い打ちで竜の爪を模した魔法で削り取ろうとする。今度こそ入ったと思ったが、逆に腕が焦げた。
普通じゃ考えられないほどの高温。対竜用の魔法が溶かされた。今まで、あの炎の竜を倒すために鍛えてきたのに、その魔法が――
「なんで聞かないんだッ――!?」
怒りに任せて殴った腕に、ナツが噛み付いてきた。なんとか振り払って距離を取る。
「火竜の牙だ!」
「っ……絶対とっさに思いついた技だ……」
笑って誤魔化すナツに対して、私は悔しくて仕方なかった。
――遊ばれてる。
「……随分と余裕だね、ナツ」
「そんなことないぞ。だけど、こっからは本気だ」
そう言ってナツが頬の血を拭う。ようやくナツの顔から笑顔が消えた。
「火竜の咆哮!」
「雪竜の咆哮!」
燃え盛る炎と荒れる吹雪のような2つの攻撃。ぶつかった瞬間に地面が揺れる衝撃が奔る。
「溶けねえ!」
「嘗めるな! 私だって
一撃に今まで以上の魔力を込めた。しかし、これをずっと続けるとすぐにバテるだろう。うまく騙して、確実に決められる一撃を当てないといけない。
「スノーメイク・白狐!」
バンッと勢いよく地面に手を叩きつける。ナツも構えるが、別に何も起きないのをみて笑っていた。
――狙い通りだ。
「ナツー! うしろー!」
ハッピーの声でナツが振り向いた目の前に白い狐がその牙をみせて飛びかかり、ナツの腕に噛みつく。なんとか腕をクロスさせて身を守っていた。
「噛み付くってのはこういう……」
「うおおおおお!!!」
腕が噛みつかれたまま、ナツがこっちに突っ込んできた。追加で造形魔法の雪玉を当てるが、意味がないようだった。
「火竜の鉄拳!」
最初の一撃より重く荒い魔法。意識すらふっ飛ばされそうになる。何とか意識を保ちながら二撃目を受け止めるが、腕がしびれる。
仕返しに殴るが、ナツは笑顔のまま更に殴り返してきた。その笑顔に更に腹が立って、より力を入れて殴り返す。何度か繰り返しているうちに、私が先に膝をついていた。
「ナツ! やりすぎよ!」
そんな様子に耐えられなかったのかルーシィが声をあげた。思わずルーシィを睨みつけた。これは私が望んだんだ。そういう意思表示だった。
「……まだやれる」
「お前が納得するまでやってやるよ」
互いに構え直す。またナツが笑っている。そんな顔を見るたびに、更に握る拳に力が入った。
「一花――」
地面を蹴り飛ばして勢いをつける。
「薄氷!」
「ぐっ!?」
懐に飛び込んでナツの顎を下から突き上げる。
「二花・氷撃!」
突き上げた右手の次に流れるように肘で一発。
「三花・薄氷割り!」
「危ねえ!」
顎に蹴りを入れようとする。だが、とっさにナツも顔を引いて避ける。
「四花・霜!」
先ほどのような足払い。顔を引いて無理な体制をとっていたナツは避けられずに後ろに倒れかけた。
「五花・霜柱!」
ナツが倒れる前に蹴り上げる。
「六花・氷刃!」
造形魔法の刀での一閃。
「火竜の翼撃!」
両腕に炎を纏って突撃する技だが、先程と使い方が違った。勢いよく炎を噴出することで、空中で姿勢を変えていた。
「雪竜の咆哮!」
だが、空中にいて上手く動けないことに変わりはないと判断して、全力で咆哮を向けた。
「火竜の劍角!」
まさか、その技に直撃しながら突っ込むなんて、思ってもいなかった。しかし、流石に魔法の中を突っ込んでいて、充分に勢いは落ちていた。ここで決める。
「雪竜の――」
――なんで、笑ってるのさ。
これで決めてやるという決意を揺らがせてしまうくらい、普通に楽しんでいる顔だった。
――何を迷ってるんだ!? ナツは――コイツはイグニールの子だ。ヴェアラを殺した奴の子なんだ! 忘れるわけがない。あのときと同じ匂いだ。同じ炎だ。殺してやる。コイツも、イグニールも!
「――ッ……
何度も同じことを確認して、そうでもしないと決意が揺らぐほど、私の復讐は弱い意志だったのだろうか。……
言われることのなかった言葉を振り払うように全力で振りかざした。だが、その一瞬の迷いのせいで、ナツの攻撃のほうが先に届いた。何とか私も攻撃を当て、二人とも吹っ飛んでいた。
そのとき、確かに私は負けた。
/
「……私の勝ちだ」
先に立ち上がった。しかし、一瞬の迷いで負けていたのは私だ。戦うからこそわかってしまう。それなのに結果は私の勝ちだった。本当は私の魔法が効いていたということだ。正直、自分が一番驚いている。強がっていたのはナツも同じだったのだ。
ナツも起き上がるが、座り込んでしまった。初めて悔しそうな表情をみれた。
「体中いてえよ、ちくしょう」
「自分から魔法に突っ込むなんてバカをするからだ」
猪突猛進。本当に獣のような奴だ。いや、獣だってもう少しくらい頭を使って戦うだろう。
「私が勝ったら好きにしていいって言ったよね?」
「う……」
思わず微笑っていた。そのままナツに近づく。まずいと思ったのか、ナツは笑ってはいなかった。……ただ、私は追い打ちをかけることなく、手を差し出していた。
「気が変わった。……ナツは本気だったけど、殺す気は全くなかったみたいだし」
ナツの体を起き上がらせる。ナツを殺したところで気が晴れるわけがない。ヴェアラの仇討ちですらなく、ただの嫉妬と変わらないと気づいたのだ。エイリアスが言った頭を冷やしてこいっていうのは、どうやら無駄ではなかったらしい。
酷く歪んだ感情を抑え込めないほど、私は幼かった。それなのに、その感情に任せて行動することもできない。結局、今も殺すことを躊躇った。
「
「……あんなに酷いこと言った私を、どうしてギルドに誘うのさ」
その言葉を聞いてもナツは、前と変わらない笑顔を向けてきた。短い間にこういう奴だってわかった。自分を曲げない真っ直ぐな奴。
「だって、いいやつだから」
あまりにも純粋な言葉が空いた胸の奥に刺さるような気がした。こうして接していると、ヴェアラを殺した
「だったらナツ、約束してよ」
だから、私は自分がこうあって欲しいと思う形にするためだけに、ナツにお願いをしようと思う。我儘で、幼稚だけど……せっかく得た機会なのだ。
「私をひとりにしないって。なにがあっても、私の味方でいて」
「ああ。約束だ」
……それは、イグニールが私の敵であってもナツに味方であってほしいと願ったから出た言葉だった。しかし、きっとナツはそこまで考えていないだろう。だから、これは私一人の勝手な願い。
ナツと小指で指切りをする。私はそのとき、ナツと同じように笑えていたと思う。
/
「私、ここを出ようと思う」
ヴェアラの眠る墓の前に座りながら、そこに母がいるかのように話しかける。返事が返ってくるはずもない。それでも、伝えておきたかった。
「どうしたらいいのか、ずっとわからなかった。ただ仇を取ろうと躍起になって、何も見ようとしなかった」
ここを離れたくなかったのは母と過ごした雪山と思い出を重ねていたからなのか。ただ恐かったのか。……こんな私を認めてくれる場所があるのか不安だったのか。いくらでも理由は付けられる。けど、それはただの言い訳にしかならないような気がしたのだ。
「お母さんのことも私自分のことも何も知らない。何も教えてもらえなかったから……別に、恨んでるわけじゃないけど」
滅竜魔法。自身の体質を竜に変換して竜と戦い、滅する魔法。どうしてヴェアラは自分にその魔法を教えたのか。
その魔法は呪いのようなものだ。以前にそんな風にエイリアスは言っていた。蝕まれて、いつか身を滅ぼすと。
無垢な私はただ教えられたことを必死に覚えて、褒められようとしていた。理由なんていらなかった。褒められればそれでよかった。わからない。自分の身を、そして竜であるヴェアラ自らを滅ぼすような魔法を教えた母の気持ちが。だが、それを言葉にして問いかけても、答えが返ってくるはずもない。
「いつか、わかる日が来るのかな?」
……旅立つと決心したのに、こんなに色々と悩む自分が嫌になる。これ以上考えていても仕方ない。母に「行ってきます」だけ告げるつもりが、余計なことまで伝えてしまった。
「ごめんね、お母さん」
白い花を造って墓に供える。ここらで花は咲かないから、いつもこうしていた。旅立つというのに、悪いことばかり考えていては後味も悪くなる。答えはいつか自分で決めればいい。今はただ、期待だけを持っていよう。そう思って、頬を両手で叩いて気合いを入れる。
「それじゃあ、行ってきます」
誰も見ていない。誰もいない。それでも笑顔を向ける。母もきっと、私のように笑顔を返してくれていると信じて。
/
「……世話のかかる奴だよ、全く」
誰もいなくなった墓の前で座っていた。先程までステラがいた場所だ。
「まあ、これも一つの運命か」
いつものように白い花が咲いている。小屋に戻らなくても、花だけ造形魔法でつくってしっかり供えていた。それで無事かどうか判断していた頃もあった。
「さっさと荷物をまとめて、どことなく楽しそうだった」
こうしてお前に話しかけるのは久しいな。そんなことを思いながら、煙草に火をつけて一服する。立ち昇る煙が嫌でも一人を意識させていた。その煙は、雪と比べると灰色に濁っているようにも思えた。
「あの子、最後になんて言ったと思う? 「行ってきます。お父さん」だとよ……全く、あいつは……」
涙を流さないように、煙草の煙を無理矢理に体に入れる。最近は息苦しいという気持ちのほうが強いのに、なかなかやめるわけにもいかなかった。
「ふぅー……全く。あんな笑顔じゃ、否定も何も出来やしない」
あの子が今まで何を抱いていたのか。自分のことをどう思っていたのか。それがわかって嬉しい反面、その資格がないと自覚していたから、否定してやりたかった。
「なぁに……これが最期の煙草。二度と吸わないんだ。味合わせてくれよ……」
ステラに体に悪いからと煙草を隠されていたことを思い出して笑みがこぼれる。勘違いをして、ステラが吸ったんじゃないかと怒ったこともあった。
……煙草一つであそこまで怒っていたら、依存してると思われても仕方ないのか。実際、依存してるわけだから。だが、それは気を紛らわせるための行為。ニコチンが切れてでイライラしているわけではなかった。
「あの子なりに気を遣ってくれてたのは知ってるが、こうしないと泣きそうになるからな」
思い出すだけでダメだった。それをステラに悟られるわけにはいかない。あの子の前で泣いてしまっては、私はお前に怒られてしまう。
「ヴェアラ。お前の娘はどうするのだろうな……。人か、竜か。それとも別の道を歩むのか。アイツの人生だ。止めやしないがな……」
吸えなくなった煙草を魔法で燃やし尽くす。もう二度と煙草を吸うこともないだろう。あの子がいない以上、泣く理由も、泣いたとしても涙を隠す理由もないのだから。
「全く、旨いものじゃないな……」
そう言って立ち上がり、小屋へと戻っていった。