【FAIRY TAIL】竜と人の子~雪の滅竜魔導士~   作:折式神

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第2話 竜とマフラー

「あと……少しだから」

 

 吹雪が止み、少しだけ視界も良くなっていた。もうすぐ、ヴェアラの仇をとることができる。一緒に過ごす時間を奪い去った竜に、復讐することができるのだ。

 探している人は、意外とすぐに見つかった。 桜髪の青年。彼がナツだろう。私より歳上なのはわかる。それに、横をパタパタと飛ぶ青い猫。私のことを見るなり驚いた様子だった。

 

「そのマフラー、どこで見つけたんだ?」

 

 明らかに殺気を向けながらナツは問いかけてきた。無理もないだろう。仲間に渡したはずのものを私が持っているのだから。

 

「ルーシィって人から預かった。ルーシィは無事だよ。山を下りたところにある小屋で休んでる」

「……ルーシィを助けてくれたのか?」

「マカオって人もね。無事だよ」

「本当か! 道わかんねえし、そこまで案内してくれねぇか? ありが――」

「1つ聞きたいことがある」

 

 ナツの言葉を遮る。お礼より聞きたいことがあったからだ。

 

「このマフラーは誰から貰ったの?」

「それか? イグニールからだ」

「イグニール?」

「俺の父ちゃんだ」

 

 ……安心したような、残念なような。中途半端な気持ちだった。ナツはあの竜と直接関係があるわけじゃなかった。

 しかし、その父に直接会わせてもらってマフラーのことを聞いてみれば、何かわかるかもしれない。マフラーをナツに返して、ルーシィとマカオのいる場所まで案内するからついてきてと告げる。

 

「オレはナツだ。で、こいつは相棒のハッピー」

「あいさー!」

「……ステラよ」

「本当にありがとうな! マカオとルーシィを助けてくれて」

 

 あまりにも真っ直ぐな言葉と瞳。……一瞬でもナツがあのときの竜だと疑った私がバカみたいだった。だけど、聞きたいことは山程ある。そう遠くないところまで、手が届く場所に手がかりがきたのだ。

 

「ナツのお父さんって、今は何を――」

「……いなくなったんだ。7年前に」

 

 ――え?

 

 足が止まる。こんな偶然があるだろうか、同じ年に……そうだ、だって私はヴェアラが母だと名乗らなくても、母親のように慕っていた。そしたら……ナツだって……。

 

「お、おい。どうした?」

 

 まさか、ナツの父さんが……。

 

「ナツの父さんって……まさか、(ドラゴン)?」

「イグニールを知ってるのか!?」

「……知ってる」

 

 しばらく何も言えなかった、何を言えばいいのかわからなくなった。だって、目の前にいるのは、私の母を殺した奴の……子供ってことだ。

 

「ナツは……滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)?」

「あい、火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なのです」

「イグニールを知ってるなら、教えてくれ!」

 

 横にいた青い猫が確かに言った。火の……滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だと。

 そうなれば、ナツの父さんは火の竜でほぼ確定だ。……奴にも子供がいたんだ。それなのに――

 

「それなのに……ヴェアラの命を奪ったのか……」

「奪った? 誰が?」

 

 ――ナツは知らないのか。

 

 怒りで乱れそうになる声を必死に抑えながら、ナツにはっきりと言った。

 

「イグニールって(ドラゴン)は、私の母親を殺したんだ」

 

 一瞬、ナツが後ずさる。私の殺気のせいか、それとも有り得ないと思っていた言葉せいか。

 

「い、イグニールはそんなことしねえ!」

「私の目の前でヴェアラは殺された! 何もかも焼き尽くして、私から……母さんを奪ったんだ!」

 

 悔しくて涙が流れた。どうして自分にも子供がいるのに、親なのに……私から母を奪ったのか。憎くて仕方がない。何も知らないナツが仲間なんて、ふざけてる。そんな憎しみが際限なく湧いて、抑えられなかった。

 

「違う! イグニールじゃない! 他の奴かもしれないじゃねえか!」

「7年前にいなくなったのは、私のお母さんを殺した罪悪感で、お前の前にいるのが恐くなったんだ! そのマフラーの匂い! 忘れるもんか! あのときの竜と同じだ!」

「イグニールはそんな事しない!」

 

 自分の心が苦痛にも似た、憎悪と化していくことがわかった。

 

「そっちが死ねばよかったんだ……」

「……なんだと?」

「いなくなるくらいなら……死ねばよかったんだよ。そしたら、独りにならなくて済んだのに……泣かずに、笑っていられたのに!」

 

 堰を切ったように、言葉が止まらなかった。……頬に涙が流れていた。

 

「ステラも……滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なの?」

 

 ハッピーに聞かれた言葉を無視して俯いた。

 

「もう、いい……」 

 

 ナツは本当に何も知らない。ここで初めて他の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)と会ったのだろう。それは私も同じだ。何も知らないナツにぶつけたところで、何が変わるのか。

 

「よくねぇよ! こうやって初めて同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の奴に会えたんだ! オレも聞きてえことがたくさんある!」

「同じ……私と、ナツが?」

 

 違う。今の私とナツは違う。

 

「……ナツの知りたいことは私も知らない。知ってたら、私はイグニールを殺しにいってる」

 

 ナツは何も知らない。自分の父親が、私の母親を殺したことも、どうしていなくなったのかも。

 そのあとは気まずい空気のまま歩き続けていた。私から話しかけることなんて何もないし、そんな話をされたあとに、ナツが私に対してかける言葉なんてなかった。

 

 

 

――

 

 

 

 

「あそこに居る。道案内はここまでだから」

 

 小屋の光が見えたところで、私はあてもなく去ろうとした。これ以上、ナツといると自分の怒りが抑えられそうになかったからだ。それなのに、ナツとすれ違う瞬間、腕を掴まれた。

 

「……なんのつもり?」

「話はまだ終わってねえ。初めて同じ魔法を使う人にあったんだ。俺だって色々と聞きたいんだ」

「ふざけ――」

「――悪かった」

 

 そう言ってナツが頭を下げた。

 

「……え?」

 

 思わず間の抜けた声を漏らす。まさか、謝るなんて思ってもいなかったのだ。

 

「歩いてる間に考えてたんだ。もし、イグニールが殺されてたらオレはどうするか。……オレも同じことをすると思う……けどな。イグニールは復讐なんて望まないって思ったんだ。だから――」

「――うるさいッ!!」

 

 どいつもこいつも、次には同じことを言う。エイリアスでさえ、同じことを私に言っていた。

 それがなんだ。残されたものにしかわからない気持ちをわかったように語って、まるで私のことを心配してるように気遣って、それを……よりにもよって――

 

 

 

 

 母を殺した竜の子供の、復讐の仇である竜の子であるナツにされるなんて。

 

「ふざけるな! お前に何がッ……そんなことをお前に言われて! それで納得できるわけないだろ!」

 

 次の瞬間、私はナツを殴り飛ばしていた。倒れ込みそうになるナツの上に跨って、何度も――何度も顔を殴り続けた。

 

「よせ、ステラ」

 

 振り向くと振り上げた腕をエイリアスが掴んで抑えていた。……小屋まで行ってハッピーが呼んできたようだろうか。

 

「これがお前の望んでいた"復讐"か?」

 

 大きな鎌で心を抉られるような感覚だった。酷い脱力感の中、私はナツからおろされて、そのまま投げ飛ばされた。

 

「……頭を冷やしてこい」

 

 ……そのあとエイリアスがナツに肩を貸して歩きながら何かを話しているようだった。……無気力な私は、その会話の内容を聞くこともなく、扉が閉まる音が聞こえてからようやく起き上がった。

 今は何も考えたくなかった。とりあえず休める場所まで行こう。それだけを考えるようにして歩き出した。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 ナツが見つかって、ルーシィが喜んでいたのもつかの間。明日、帰る前にステラと勝負をする約束をしたなんて言い出す。

 

「ちょっと、ステラと勝負ってどういうこと!?」

「そこのじいさんに頼まれたんだよ」

「あい、ナツが勝てばギルドに連れていくのです」

 

 納得できないルーシィに呑気なハッピー。それを聞いて、エイリアスは笑っていた。

 

「まあ、そういうことだ。助けてやった礼だと思ってくれ」

「意味分かんないんですけどー!?」

 

 頭を抱えるルーシィの横で「いつものことなのです」とハッピーは言う。

 エイリアスは煙草に火をつけて一服する。しばらくするとその表情が曇った。

 

「まあ、あの子が素直に納得するかわからんけどな。……そのマフラー、イグニールのものだろう」

「イグニールを知ってるのか!?」

「……あの子と出会うよりずっと前さ。戦ったことがある……負けたがな」

「今、どこにいるんだ!?」

「知らん。だが、お前が知りたいステラとイグニールの因縁なら知っている」

 

 エイリアスがつけていた煙草の火を消す。先ずは座れと、ナツたちに椅子を促した。

 

「あの子はヴェアラという竜と、暮らしていた。7年前までな。殺されたんだよ、ヴェアラはイグニールに。

といっても、その瞬間を見ていたわけじゃない。だが、戦ったからわかる。山を丸々焼き尽くして、火を噴く大地に変えることができるような竜はイグニールだけだ」

「……イグニールはそんなことしない」

「それは親としてだろう。しかし、奴も竜だ」

 

 竜は争いを好んだから滅んだ。エイリアスはそう言ってまた煙草に火をつけた。

 

「俺があの子を見つけたとき、既に独りだった。横にいたのは翼と尻尾の生えた人……もう死んでいたけどな。けど、すぐに親子だとわかった。似ていたからな」

 

 一瞬、エイリアスの顔に一筋の涙が流れたが、歳を取ると感傷的になる。なんて言いながら拭っていた。

 

「近づくと獣みたいに威嚇してよ、「触るな」ってな。離れようとしなくて……ずっと泣いてた。背中に大きな火傷を負っていた。助けてやろうとしたら、噛みつかれたよ」

「……けど、それじゃあ殺されたのはヴェアラって竜じゃなくて、ステラの本当の親なんじゃないかしら?」

 

 ルーシィの言う通りだった。殺されたのは翼と尻尾が生えていたとは言っても『人』。しかし、ステラを育てていたのは竜。そう考えるなら殺された人と竜は別と考えるのが普通だ。

 

「声が同じで、自分の名前を知っているから、姿が違ってもヴェアラだとわかったそうだ。それに、死ぬ間際に言ったんだと『私と――の子』だとな。名前は聞こえなかったそうだ。

自分の娘だと隠して育てた理由はわからないが、死んだ者に聞くこともできない」

 

 煙草の灰が落ちる。大半が吸われることなく、そのまま落ちてしまった。思い出したように吸おうとするが、諦めた。

 

「ともかく、ステラは親を殺されて独りになった。幼い頃に目の前で大切な者が殺されたんだ。哀しみ以上の怒りに覆われたはずだ」

「イグニールがステラの親を殺したのは信じたくねえ……。けど、オレがあの子を助けなきゃいけねえんだ。そうじゃなくたって、あんなに悲しい顔をするステラを放っておけないんだよ」

 

 ナツが言うには、無抵抗に殴られていたときにステラが泣いていたそうだが、それを聞いてルーシィは更に話がわからなくなり、頭を抱えていた。

 そんな中、何かの糸が切れたようにエイリアスが笑いだした。ナツもルーシィもびっくりして顔を見合わせる。

 

「全く面白い奴だ。頼んだとはいえ、自分を殴ってきた彼女を放っておけないとは、とんだお人好しだな」

「それより、いいのか?」

 

 ナツの真剣な顔。……ナツが勝てばギルドにステラを連れていく。エイリアスに対してそれでいいのか? という確認。そういう意味だった。

 

「構わないさ。ステラには色々と知ってもらいたいからな。だからこうして頼んでるんだ。アイツが外に出るといえば……いや、やめておこう。それに、それをヴェアラも望むはずだ。

まあ、先ずは勝ってもらわないとな、思ってる以上にステラは強いぞ?どうしてもっていうから、鍛えてやったこともある」

 

 衰えてるがな。なんて笑いながら言う。

 

「帰りたがったら、帰らせてやってくれよ? 墓参りに帰らせることくらいは許してやってくれ」

「墓参りですか?」

「気づかなかったのか? この小屋の近くに十字架……って、この吹雪じゃ埋もれてるか。

もう遅い。そろそろ寝るんだな。地下にもベッドがある、そこで寝てくれ」

 

 そう言ってエイリアスはマカオのいる部屋に行ってしまった。

 エイリアスがいなくなった部屋で、二人と一匹は同じ疑問を浮かべていた。

 

「ルーシィ、あの人そんなに老けてるか?」

「わからないけど……イグニールと戦ったことがあるっていってたし……けど、魔力は感じなかった」

「じっちゃんより、若く見えたけどなぁ」

「あい」

 

 エイリアスがいくつなのか。それをずっと考えながら一夜を過ごすことになった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 あてもなく歩き回り、疲れて嫌になって造形魔法でかまくらをつくり、中で休んでいた。

 寝ようにも、酷く背中の傷が痛む気がした。ヴェアラが死んだあの日に負った火傷。自分からは肩の少ししか見えないが、鏡で見たときに酷かったのは憶えている。エイリアスが治療をしてくれたが、痕は残っている。

 

「……どうしたらいいのかな」

 

 憎悪や怒りが冷めてくると、胸に穴が空いたようで虚しい気がした。ナツを殺しても何も変わらない。そんなことをしたら、悲しむ人がいるだけなのだ。

 

 ――エイリアスは私が死んだら悲しむのかな。

 

 最後に投げ飛ばされたときに見たエイリアスの表情。……見捨てられたような感覚さえ覚えるくらい冷たい眼差しだった。

 

「寒い」

 

 吹雪の中で寝たって死なないのに、ひとりぼっちのかまくらの中が妙に寒く感じた。……どんなに望んでも、ヴェアラと過ごした日々は戻ってこない。何をしても取り戻せない。

 

 ――そんなの、私が一番わかってるよ……。

 

 ……丸く縮こまりながら、泣くことしかできなかった。


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