【FAIRY TAIL】竜と人の子~雪の滅竜魔導士~ 作:折式神
21話 伝えたいこと
体が軽い気がした。いや、軽いどころか何もない。
エーテルナノに侵食されて、傷だらけだったはずの体が綺麗に戻っていた。
「……どこ、ここ」
雨が降っているのに、それが体をすり抜けて濡れることもない。自分の内心でもない、この世界はいったい。
しばらく歩いていると、雨の中で座り込むナツを見つけた。近づいて声をかけても無視された。
「ちょっと、ナツ。いくらなんでも――」
その瞬間、急にナツが立ち上がった。驚いた私は、転んで尻もちをついた。
そんな私に見向きもせず、ナツはどこかへ走り去ってしまった。
「……なんなのさ」
無視されたショックで呆然としていた。……雨が一層強くなる。
それなのに私の体は濡れていない。凄く嫌な予感がした。
ナツが走り去った方向が騒がしいことに気づいて様子を見に行った。
ナツが石碑の前で暴れていた。よく見れば、そこだけ新しく、花束が置いてあった。
「ふざけるな! あいつが、ステラが死ぬわけねえだろ!!」
「――え?」
ナツは花束を蹴り飛ばして騒いでいる。それを止めようとグレイやエルザ……次々とギルドのメンバーが止めに入った。
「うそ……だ」
そんな横を通り過ぎて、私は石碑――墓に書いてある文字を読んだ。
『ステラ・ヴェルディアここに眠る』
何度読んでも、何回見ても、その文字は変わらなかった。
うそだ。たちの悪い夢だ。だって、私は――
「ここに……いる」
そうだ、ここにいるのに誰も気づかない。じゃあ、私は……死んだの?
「……君が無理を続ければ、いつか来てしまう未来だ」
「――なんで」
いるはずがない。だって、ジェラールはエーテリオンと共に消え去ったはずだ。
「……神様とやらを信じるなら、それがチャンスをくれたらしい」
ジェラールが説明を続ける。あのまま私がエーテリオンを抑えようと塔に残っていれば……こんな結末を迎えたかもしれないと。
だが、代わりにジェラールがエーテリオンと融合し、暴発を防いで空へ逃したのだと。
「君とゆっくり話をしていたいが、もう時間がない」
そう告げたジェラールの体が薄くなっていく。
「エルザに伝えてくれ、八年間、すまなかった……と」
「ふざけるな!」
そこで私は、ジェラールの胸ぐらを掴み詰め寄っていた。
伝えてくれ。なんて姿を、シモンのときと重ねていた。
「自分で伝えろ! 何があってもお前がやったことは――エルザを悲しませたことは消えない、罪を自覚してるなら、生きて償うのが筋ってものだ!」
「……お前は、優しいな」
「私を庇って、こんな未来を回避したからって、それで満足して死ぬことなんて許さない! 自分の言葉で、自分自身でエルザに伝えろ!」
色んな感情が混ざっていた、こんなことを引き起こした張本人に怒りを向けていても……今のジェラールを見ていれば、それが本心ではないと理解できてしまった。だから、哀しかった。
「いろいろと、すまなかった」
そう言い残して、ジェラールは跡形もなく消えてしまった。すると、この景色にヒビが入り始めた。
「ステラ!」
目を覚ましてすぐに、誰かに抱きつかれた。苦しくて息ができなくなる。こんなこと、前にもあった気がする。
前と同じように、ペシペシとルーシィの頭を叩くことで、ようやく気づいてくれた。
「げほっ、ごほっ」
「ご、ごめん……」
「死ぬかと思った……」
前よりも胸を押しつけられて、これが格差かと思い知る。前は気にしていなかったが、ルーシィのそれは相当大きい。
そんな馬鹿なこと考えてる場合じゃなかった。今はエルザに伝えないといけないことがある。
エルザに声をかけるより早く、ルーシィがとんでもない事実を突きつけてきた。
「さ、早く帰りの支度始めましょ! もうギルドに帰らないと」
「え? だって、チケットには一週間って」
「……ステラ、お前は四日も寝ていたんだ」
なんてことだ。せっかくリゾートに来たのに、ほとんど……というか一日しか遊べないなんて。
見るからに落ち込むステラを見て、ナツも三日間寝続けてたからなんて告げるが、そんなの全く慰めにならない。
「まあ……いいや。それより、エルザに話があるんだけど」
「――? なんだ」
「ちょっと二人だけで話がしたい。いいかな?」
「別に構わないが……」
片付けをルーシィに任せることにして、エルザと二人きりで話すためにビーチから離れた岩肌ばかりの海岸まで歩いたきた。
こんなところまで連れてくるステラに、エルザは少し警戒していた。
「ここまで来れば、大丈夫かな」
「なんだというのだ。わざわざこんな所まで連れてきて」
「……夢の中で、ジェラールにあった」
その名前を聞いて、エルザの表情が曇る。もう彼はこの世にいない。最後の願いくらい聞いてやるべきだと思った。
それから、全てを話した。塔の中であったこと、ジェラールがエーテリオンを止めたことや、私の夢の中で伝えてほしいと頼まれた言葉も伝えた。
エルザはただ一言、そうか。とだけ呟いた。……複雑だろう、いくらジェラールが正気を取り戻したとしても、仲間を殺したのだ。その事実は変わらない。
でも、そんなジェラールの言葉を私は伝えた。エルザに意地悪をするためじゃない。かつての仲間であるエルザには、その真実を知っていてほしかった。
「……そういえば、仲間たちはどうしたの?」
「――ああ。ショウたちなら旅に出た。世界中を見て回りたいそうだ」
「そっか……」
会話が続かなかった。自分で呼んで話をしておいて、物凄く気まずい雰囲気で焦り始めていた。
何か言わないと、そうやって焦って出た一言は――
「そろそろ戻ろうか」
「そうだな。ルーシィも片付けを終えているだろう」
……自分が情けなかった。
――
「「おお〜」」
完成したギルドをみて、みんなで同じ声をあげていた。前よりも大きいし、外にはオープンカフェ、グッズショップ、酒場の奥にプール、地下には遊技場まで……あれ? ここギルドであってるよね?
「前と違う……」
それをみて、一人だけ不満そうにナツがマフラーに顔を埋めていた。そして、何よりもナツが不満そうになったのはニ階に自由に上がれるということだった。S級クエストにはS級魔道士の同伴が必要なのは変わりないとのこと。
「帰ってきたか、バカタレども」
不意に声をかけられて振り向くと、マスターとジュビアが立っていた。前の暗い雰囲気とは違って、ジュビアは随分と明るい格好をしていた。
みんな和気あいあいとジュビアと話をしていた。私はよく知らないが結構助けてもらったみたいだし……まあ、少し関わりにくいけど。
「ははっ、本当に入っちまうとはな」
「それと、もう一人の新メンバー。ほれ、挨拶せんか」
マスターが声をかけた先に、見たことのある姿。
ギルドを破壊した張本人、ガジルがそこにいた。
これには一気に不満が出た。ナツはこんな奴と仕事できねえ。エルザはマスターに対して、監視するべきとまで言っていた。……レビィが柱に隠れて怯えながら気にしてないと呟いていたのが、ルーシィも心配していた。
「安心しろ、馴れ合うつもりはねえ」
ガジルはハッキリと宣言した。ナツと今にも喧嘩を始めそうだ。
私もこれに関しては不満があった。いや、心配事というべきか。ガジル云々よりも、
――馬鹿らしい。今の私はそんな心配してる場合じゃない。
「「ガルルルル……!!!」」
ガジルとナツが睨み合いながら、そんな唸り声を出していた。
ありゃあ竜って言うより犬だな。なんて揶揄されていた。猫より程度が低いなんて、ハッピーにバカにされていた。不憫だ。
しばらくするとギルド内の明かりが消えて暗闇に包まれる。すると、前方にある大きなステージにスポットライトが当てられた。
ステージの幕が開けられると、ギターを構えて座っていたミラの姿があった。ギルドメンバーたちから歓声が響き渡っていた。
いい歌だな。なんて思いながら聴き入っていた。仕事に出る魔道士に送る歌らしい。なんだか眠くなってくる。
「……私、今日は帰るね。眠い」
このまま聴いていたら寝てしまうと思って、ルーシィたちにそう告げて席を立った。
四日間も寝ていたのにまだ眠いとは、相当ダメージが残っているのだろう。……正直、まだエーテルナノに侵食された体は痛む。包帯の下の体はひび割れているのだ。
欠伸をしながらギルドを出ると、見たことのある姿を見つける。しかし、声をかけようとは考えなかった。
「おい、てめえ……なんだあれは」
だが、逆に声をかけられた。直後、ギルドの中が急に騒がしくなってきた。喧嘩を始めたらしい。
外からも様子は見れる。なぜか白いスーツ姿のガジルがナツと殴り合っている。他のメンバーもものを投げたり、殴って蹴って、あの中に入りたくないな。と思った。本気で殺し合ってるわけじゃないし、止める理由もない。
「知らない、私もついさっき帰ってきたばかりだから」
それを聞いて、ラクサスはギリギリと歯を食いしばっていた。相当苛ついているらしい。
「くだらねえ……ジジイの奴、またやられねえために仲間にしやがったのか。そんなんだからなめられるんだよ、クソが!」
触らぬ神に祟りなし。今の状態でラクサスなんかと争うことになれば、私は一分と持たないだろう。
不安ではあったが、この場はさっさと立ち去ろうと歩き出す。
「それで、テメェは一体どこで何をしでかしたんだ? そんな傷、普通じゃ負わねーよな」
絶対に私に対して聞いているのだろう。このまま無視すれば、何かやばい気がした。
当たり障りのない返答を考える。しかし、焦っていてまともに思考できない。
「……自分の属性以外の魔法を食べたんだ」
嘘は言っていない。しかし、それだけでこんな傷は負わないのは私だってわかる。
「どいつもこいつも、情けねえ奴らだ」
そう吐き捨てて、ラクサスは一瞬で何処かに消えた。
彼にとって気まぐれで聞いたのか、それとも何か別の意図があったのかはわからない。
緊張が解けて、大きく欠伸をする。急に眠くなってきた。
――
ようやくひび割れた肌が治り始めて、包帯を少しずつ外せるようになった。
ルーシィから聞いた話だと、近々マグノリアで収穫祭、ギルドをあげてファンタジアとよばれるパレードも行うらしい。ギルドの建設を早々に終わらせたのは、この時期にはファンタジアの準備という大仕事があるからということだ。
ミスフェアリーテイルコンテスト。なんてイベントもやるらしく、優勝は50万
「ねえ、ステラも出てみたら?」
ルーシィに誘われるが、首を横に振る。
「まだ腕とか足に残ってるんだ、これ」
「あ……ごめん。そうだよね……」
「気にしてないから謝らないでよ。せっかくの祭りなんだから楽しくいこ?」
そう言って笑う。本当はまだ、その傷が痛むというのに。
マグノリアの街はずれ、東の森。なるべく来たくなかったが、あまりにも怪我の治りが遅いからと、マスターや周りから行けと言われて渋々来ていた。
なんだか、そこはエイリアスの住んでいた家の雰囲気に似ていたのだ。誰とも関わらず、一人で暮らす人の……どこか寂しい感じが、よく似ていた。
「なんだい。人の家をそんなじろじろと見て。入るなら入りな」
呆けていたステラは、突然の後ろからの声にビクッとした。振り向くと、キリッとした目つきの女性。ポーリュシカが立っていた。
「その……どうも」
「早く入んなって言ってるだろ」
そのまま促されるままに、ポーリュシカの家に上がることになった。様々な薬の匂いが鼻につく。
「あんた、これどうしたんだい」
私の包帯を取り傷を確認するなり、尋ねられた。
「えっと……エーテリオンを食らって、あと食べました」
「……なんだいそりゃ。突拍子もないね」
冗談だと思われたのか。しかし、診察を続けるなりポーリュシカの表情が曇っていく。エーテルナノの侵食は傷よりも深刻だったらしい。
「理由はわからないけど、あんたの体は滅竜魔法にも毒されてる。それにエーテルナノの侵食なんて……」
「……滅竜魔法にも?」
「滅竜魔法の方は原因がわからないから薬は出せない。だけど、エーテルナノなら痛み止めくらい出してあげるよ」
しばらくは魔法を使わないようにしな。と忠告されて薬を渡された。
「すぐに追い出されました……ほんと、怖かった」
薬を渡した瞬間に、箒を振り回しながら「さっさと帰りな!」と追いかけられたのは恐怖だった。怪我人にも容赦ない。
「そりゃあ、災難だったな……」
ポーリュシカの怖さをよく知っている面々は、その場面を想像して青ざめていた。
「そうなると、暫く仕事にも行けねえな」
「……出るしかないのか」
このままだといつ仕事に行けて収入を得られるかわからない。
家賃のためなら見世物になるのも仕方ないなんて、ルーシィと同じ道を行かなければならない自分が情けなかった。
――
「うっそ……寝坊した……」
収穫祭当日。半ば強制でエントリーさせられたようなもののミスコンの、その開始時間がとっくに過ぎていた。
別に優勝はしなくてもいい。しかし、こんな日に寝坊するなんて最悪だ。
「仕方ない、今更焦っても間に合わないし」
寝ぼけ眼で行って笑われるのも嫌だったので、シャワーを浴びることにした。
……まさか、ギルドで事件が起きてるなんて、思いもしないで。
「……何してるの」
ギルドについて、最初に目に入ったのがナツだった。というか、入り口のところで一人パントマイムしている。こんな地味な見世物……いや、ナツに器用なことできるわけない。
「出れねぇんだよ! つかひでぇな!」
「……あ、ごめん」
考えていただけだと思っていたら、口にしていたみたいだ。それにしても、何で出られないんだろう。
「80歳を越えるものと石像の出入りを禁ずる?」
浮かび上がった文字に、そう書かれていた。
「フリードによる術式じゃ」
マスターが声をかけて、事の発端の説明を始めた。ラクサスを始めとしたフリード、ビックスロー、エバーグリーンによる雷神衆による反乱。
ミスコンに参加していたメンバー全員をエバーグリーンが石にして人質にした。時間が経てば、砂になって二度と元に戻らないと脅されて、みんな一斉にラクサスを探しに飛び出したらしい。
「私は出入りできるけど……」
「オレ……80歳越えてたのかな……」
「「それはないと思う」」
落ち込むナツに、ハッピーと私が同じツッコミを入れた。
喧嘩に参加できないナツから悲壮感漂っていたが、ラクサスの考えてるこの戦いは潰し合いだ。ナツが望むような全力で戦ってどっちが上か決めるような、綺麗事で済む話じゃない。
「……仕方ない。私も戦うか」
「しかし、お主……」
「無茶はしませんよ。ラクサス……は無理だとしても、この術式を書いたっていうフリードをどうにかできれば、あとは任せるつもりですし」
ずるいだなんだと文句を言うナツを無視して、走り出した。
ポーリュシカに魔法を使うなと言われているけど、そんな悠長なこと考えている余裕もない。