【FAIRY TAIL】竜と人の子~雪の滅竜魔導士~ 作:折式神
第1話 出会い
方向や感覚すら狂いそうな真っ白な世界。陽の光さえ遮る吹雪の中、忘れようと歩き続ける。一歩、また一歩と踏み出し、帰ろうと何も見えない吹雪の中を進んでいく。
妙な気配がして、立ち止まる。獣の匂いも少しだけするが、何より血の匂いがした。少し進むと、荷物も何も持たずにたった一人で血だらけの男が立っていた。
「なにしてるの?」
声をかけたのは気まぐれだった。無視してもよかった。しかし、この吹雪の中に放置すれば死んでしまうだろう。心のなかに見殺しにしたなんて小さな罪悪感を残すくらいなら、助けたほうがいいと思った。
「嬢ちゃんこそ、そんな薄着でこんなところに何の用だ?」
男は夢でも見ているのかと錯覚しているようだった。オレはもうだめかな。なんて雰囲気が漂っている。
私に気づく前から警戒していたみたいだが、なにかと戦っていたのだろう。しかし、今はこの男をどうにかするのが先だ。
「……くそっ、あと1体だったってのによ」
「あと1体? あなた、バルカンの討伐に来たの?」
「……ああ」
そもそも普通の人はこんな雪山には近づかない。夏だというのに、この吹雪。迷うような道もなければ、休める場所もない。極寒の地で、周りから隔離されているのではないかと思うくらい酷い土地なのだ。
しかし、そんな土地だからなのかバルカンという魔物が生息している。バルカンが食料を求めて、人里に降りて悪さをするたびに……バルカンを討伐しにくる魔道士が来るのだ。
バルカンには何度か数を増やすなと散々言っているし、実力行使もしている。ここ数年は大人しくしていたと思っていたが、魔道士が来たということは、何かしでかしたのだろう。
しかし、今はこの男を説得して連れてくことが最優先だ。このままじゃ死ぬ。失血死が先か凍え死ぬのが先か。
「そんな傷じゃ無理。バルカンに
例えこのまま男が戦ったとしても、バルカンに勝てる見込みはない。
男はしばらく黙り込んでいる。まだ意識ははっきりとしているが、心はここにあらずといった様子だった。
「ロメオに……約束したんだ。このまま逃げたら、ロメオに会わす顔がねぇ」
「少し、動かないで」
傷口に手を当て、魔法で凍らせた。とりあえずの応急処置だ。運んでいる途中で死なれてしまっては困る。
「冷てえ!?」
「放っておけば失血死するくらい傷が酷い。少し我慢して」
暴れる男を無理矢理に抑えながら止血する。凍傷にはなるが、ここで死ぬよりマシだろう。
処置が終わってから男の体を起こす。早くしないと本当に死んでしまう。
「怪我の手当をしてもらうから、小屋まで案内する」
「ダメだ、ロメオとの約束がまだッ!」
「その約束、あなたの命より大切なこと?」
悔しそうな表情から一転。自嘲気味に男は笑い出した。……寒さで頭がおかしくなったのだろうか。
「……その通りだな。すまねぇ、案内してくれ」
結局、強がっていたわりには男の体力は残っていなかったらしく私がほとんど支えながら歩く羽目になった。吹雪で視界も悪い中、迷わずに進む私に男は驚いていた。
男の息が荒くなって、しばらく経ってようやく小屋についた。扉を開けて「ただいま」と小さく呟く。
奥から初老の男――エイリアスが驚く様子もなく現れた。
「エイリアス、この人のこと頼んでいい?」
「別に構わんが……久しぶりに帰ってきたと思ったら、とんでもないお土産を持ってきたな……」
お願い。とだけ言い残して小屋を出ようとする。エイリアスはそれを止めなかったが、ここまで運ばれてきた男は「嬢ちゃん、待ってくれ」と私を引き止めた。
嬢ちゃんというのが気に入らなかった私は、少しイライラしながら振り向いて口を開いた。
「嬢ちゃんじゃない、ステラだ。ステラ・ヴェルディア」
「……マカオだ、マカオ・コンボルト。あんたのおかげで助かった、本当にありがとう」
なにかに化かされていたのかと男はエイリアスに尋ねていた。その答えを聞く前に、私は小屋の扉を閉めていた。
――
最近は家に帰っていなかった。その理由はあまりにも子供じみているが、「旅をしたい」とエイリアスに告げたところ。色々と小言を言われ嫌になったたからだ。
ただ、一番の理由は「復讐なんて考えるな」と一蹴されたからだ。そのときに思わず、言い返してしまって、そのまま出ていったのだ。
勢いのまま旅に出てしまおうかとも考えた。しかし、7年前に私を拾って育ててくれた恩人に、礼の一つも言わずに別れることはできなかった。結局、中途半端なままに彷徨っていたのだ。
そんな私にバチが当たったのだろうか。どこからか「助けて」という声が耳に届いた。……1日に2度も人を助けることになるなんて。
「……残っていたバルカンかな。まさか、誰かさらわれたのか」
バルカンは人を襲う。見境なく種族を存続させるために、なんでも
「最悪だ……」
気づかなければ放っておいても、私には元々関係のないことだ。しかし、存在を知ってしまった以上は、それを無視して知らん顔ができない。「あのとき助けなかった人はどうなってしまったのだろう?」なんて頭の片隅で考えてモヤモヤするのはすごく嫌なのだ。
――
念願の夢が叶って、ようやく憧れの魔道士ギルド
(なんでこの猿、こんなにテンション高いのよ!)
ずっと「女、女」と言いながらぐるぐると回る。その気持ち悪さに悪寒が走る。もしも寒さ凌ぎのためによんでいた精霊――ホロロギウムの中に避難していなければ、どうなっていたかわからない。だけど、このままでは一向に進展しないとルーシィは悩んでいた。
「大丈夫……みたいだね。また魔道士か」
声がした方を見ると、白い髪の少女が立っていた。明らかに自分より年が下で、思わず逃げて! とルーシィは叫んでいた。
「お前も女か。オデ、女好き!」
「それをおいて逃げるなら、命までは取らないけど」
「ウホーホー!」
「……仕方ない」
一瞬だった。バルカンが少女に一直線に向かっていこうとしたのと同時に、少女はバルカンの両腕の内側に潜り込んで、腹を殴り、倒れた体を蹴り飛ばした。そのまま後ろの崖に落ちていったのを確認した少女は、もう大丈夫とルーシィに声をかけた。
「「凄い……勝っちゃった」と申しております」
明らかに自分が勝つとは思っていなかったという台詞に少女は少し苛ついたようだった。その言葉をそのまま告げる古時計のような精霊にも、同時に同じ怒りを覚えているようだ。
「とりあえず出たら? 凄く話しにくいんだけど……」
「「あたし、ルーシィ。あなたは?」と申しております」
「……ステラ」
何だか異様な光景の自己紹介だ。なんて思われてそうだと考えていると、ボフン……と音を立てて精霊が消え去った。
「ヤバい……魔力切れちゃった」
言わなくてもわかる。そんな顔をステラはしていた。魔力を使い果たすまで精霊に閉じこもるなんて馬鹿だと思われそうだが、バルカンに襲われている状況では最善の策だったとルーシィは思っている。
「それで、こんな雪山に一人で何を?」
「仲間と一緒に来てたんだけど……はぐれちゃったのよね」
「……まさか、マカオって人?」
その名前を聞いて、ルーシィは無事なのかとか何で知ってるのとか、間をあけずにステラに詰め寄った。落ち着いて! と言葉を繰り返すのがステラには精一杯だった。
「その人なら無事だよ。じゃあ、あなたも――」
「ナツと一緒に探しに来たんだけど、ナツとはぐれちゃったの」
「……なに。じゃあ、もう一人遭難してるってこと」
「うん」
なんでこんなにややこしいことになるのかと、ステラは大きなため息をつかずにいられなかった。ようするに、ナツとルーシィは仕事に行って帰ってこないマカオを探しに来たということだった。とりあえず、このルーシィという人を小屋まで運ばないといけない……と。こんな薄着でいたら、凍え死ぬのは目に見えていた。
「わかった。私が探してくる。それよりもあなたが山を下りないとどうにもならない」
「い、いいよ。自分で探すから、突然会ったばかりで、迷惑かけられないし」
「迷惑って話なら、バルカンに攫われてる時点で変わらないよ」
「う……それは……」
ステラのもっともな言葉に、ルーシィは言葉を詰まらせる。
魔力が切れている状態で他のモンスターに襲われたりしたら終わりだ。なんて冷酷に告げる。人を食料としかみない奴だっているんだ。なんて思っていたが、それは怖がらせるだけだと思いステラは口にしなかった。
「運が良ければ下山中に会うかもしれないし、会えなかったら私が探すから」
一発でバルカンを倒すような娘だし、まかせても大丈夫だろうとルーシィも考えた。
「ありがとう」
寒さで動けないルーシィをステラが背負って山を降り始めた。もう昼か夜かもわからないほどの暗闇になっていて、ステラが舌打ちしていた。
「迷惑かけちゃって、ごめん」
「ん……ああ、ごめん。別にルーシィに苛ついてるわけじゃないんだ。ただ、この中で人を背負って下るのは危ないなって」
「そういえば、寒くないの?」
そんな状況なのに、ルーシィは呑気にステラに尋ねた。ルーシィからみたら、ステラの格好も相当寒そうなものだった。上着を着ているが、中は1枚だけ。それに下はスカートで薄い黒のタイツ。どう考えても雪山には薄着すぎる。
「……そういう体質だから」
「へ……へぇ……」
こんな雪山で、白い髪の少女。まさかと思ってルーシィは思わず口にしてしまった。
「もしかして……雪女とか?」
嫌そうな顔で振り向いてきたステラを見て、やってしまった。とルーシィは思った。
「ご、ごめんなさい。……怒らせちゃった?」
「無駄口叩く余裕があるなら、歩かせるけど?」
そういって、ステラはルーシィを降ろして先に歩き始めて。結局、ルーシィは自分で歩くことになった。そのまましばらく会話がなかったが、ステラから話をふってきた。
「……そのマフラー、誰から貰ったの?」
「え? あ、これね。ナツから借りたの。大切なものだけど、寒い寒いとうるさいから、特別にって貸してくれた」
「そっか。……じゃあ、ナツって人が持ち主なんだよね?」
「そうだけど……それがどうかしたの?」
――
まさか、そんなはずはないと思っていた。だけど、その匂いは、私にあの嫌な思い出を呼び起こさせていた。
「大丈夫?」
心配そうにルーシィに声をかけられる。助けているはずの人に心配されるなんて、変な気分だった。
「うん? あ……ああ。それなら、探すときに手がかりになるかもしれないから、借りても大丈夫?」
「大丈夫だと思うけど……どうするの?」
「ほらそこ、雪深いから気をつけて」
「え? うわっ!?」
私と同じ場所を通って後ろについていってるのに、ルーシィだけが雪に埋もれた。どこがとは言わないが、私より大きいから重いのだろう。それ以前に、ルーシィのほうが年上のようで身長も高いのだけど。
「ほら、だから言ったのに」
そう言って少し馬鹿にしながら笑う。手を差し出して雪からルーシィを引っこ抜いて、再び歩きだす。
結局……途中で寒さに凍えて歩けなくなったルーシィを何とか背負いながら運んだ。「寝たら死ぬよ」とか「シャレにならないから」と、常に声をかけ続けたおかげか、何とか意識は保っていたようだった。
……私の息が少し上がってきた頃に、ようやく小屋にたどり着くことができた。先ほどと同じように扉をあけようとしたら、エイリアスが扉を開けて中に運んでくれた。
ルーシィの意識が朦朧としてるようだったので、すぐにエイリアスは処置を行っていた。
「大丈夫だ、マカオって男も命に別状はないしな」
「……ありがとう、エイリアス」
運んできたときにエイリアスが少し険悪な表情を浮かべていたので2人の容態が悪いのかと不安だったが、単に私に対して言いたいことがあるから、そういう
それにしても、という言葉と同時に煙草を取り出していた。そのまま火をつけて、くわえている。
「手のかかる子だ、本当に」
エイリアスは途方にくれていた私を拾い、世話をしてくれていた、恩人だ。
以前、年齢は聞いたら、もう100年以上は生きているなんて嘘をついた。見た目は魔法で誤魔化して、日々鍛えてる。……とか、本当に馬鹿にしてる。
相当な歳なのは確かだ。一緒に街へ少しでかけたときは人は私をエイリアスの娘か孫だと思っていたそうだ。もしかしたら、ルーシィやマカオもそう勘違いするかもしれない。
「そういえば、あの金髪の娘がしていたマフラー。あの格好にはあまりにも不釣り合いだったが……」
「慌ててマフラーしかしてなかったんじゃない……かな? こっちの気候を知らないって人は多いみたいだし」
……言えない。言えるわけがない。そのマフラーの本当の持ち主の匂いが、ヴェアラを殺した竜の匂いに似ていること。もしそうならば、その持ち主が仇だったとして、そいつのことなんて助けたくもないなんて、殺してしまいたいなんて、エイリアスには知られたくない。
「……何か隠しているな?」
あまりにも鋭い一言のせいで、自分の鼓動が早くなったのがわかった。エイリアスに全て話すべきなのか? しかし、話したとして、どうしたらいいのだろうか。
仇を取りたいと願っていた。それが目の前にまできているのだ。それなのに、迷っている。そのマフラーの持ち主を殺したら、その仲間たちが悲しむのだろうという想像をして……躊躇している自分がいる。
「まずは会って、それから決めたっていいだろう」
そんな迷いを「くだらない」と一蹴するかのように、鼻で笑いながらエイリアスは告げてきた。
「……わかるの?」
「お前ほどじゃないが、鼻はいいほうでな。このマフラーからは妙な匂いがした。お前が動揺するような匂いといえば、そういうことだろう」
……以前、エイリアスに稽古をつけてもらうことがあった。拾われてから、魔法を教えて欲しい、戦い方を教えて欲しいと何度も頼んでいた。しかし、ある日突然、「駄目だ」と言われて、その日から一切、戦いに関することを教えてもらえなくなった。
最初は、自分が上手く出来てなかったからとか、エイリアスに実力不足だと思われたから見捨てられたのだろう、なんて思っていた。何が駄目だったのとか、どうしてだとか、幼かった私は何度も何度もエイリアスに問いかけた。
そんなことを繰り返して、ようやくエイリアスが
だから、本心の葛藤を見抜かれたことよりも、私を止めようとしないことに驚いた。エイリアスなら、ここで同じことを言うと思っていたからだ。
「ごめん……」
……エイリアスはタバコをふかしたまま何も言わず、ゆらゆらと天井にのぼる紫煙を眺め続ける。それは、一種の拒絶のようにも思えた。
謝るくらいならやめておけと言葉をかけてもらえたら、そのほうが楽だったかもしれない。
それ以上、私は何を言えばいいのかわからず、逃げるように小屋を飛び出していった。