【FAIRY TAIL】竜と人の子~雪の滅竜魔導士~   作:折式神

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13話 取り戻したかったもの

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の負けだ。その場にいた誰もが思った。

 幽兵(シェイド)に崩されるギルド。どんなに抵抗しても、戦える者が減っていく一方……殲滅されていく中で、戦う気力すら失っていった。

 長年。妖精の尻尾を支えていたギルド。みんなの帰る場所で、夢をみていた場所。それが、守ろうとしていたものが遂に崩れてしまった。

 崩れた幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドから、その様子をみていたステラの表情は全く変わらなかった。

 

「全く。小賢しい小娘だ」

 

 埃を払いながら、何事もなかったかのようにジョゼは歩いてきた。ただ、あの場から遠ざけるために投げ飛ばしたのだから、ダメージになるなんてステラも思っていない。

 

「ギルドは崩れた。マカロフが戦えない今、これ以上続けても貴様らの負けだ。それでも続けるつもりか?」

 

「私がやることは変わらない」

 

 ステラが構えるのを見て、「話すだけ無駄か」と吐き捨てるジョゼ。どす黒い魔力。対峙するだけで悪寒が走るような魔力を前にして、ステラの口元が歪んだ。

 ジョゼとは違い、悪寒が走るような魔力では無かった。しかし、ステラの魔力も何かがおかしかった。何か不安にさせるような。奥底に隠れているものが見え隠れしていた。

 翼を大きく広げたと思った瞬間、それはジョゼの目の前に現れていた。「何ッ!?」と焦るジョゼに対して、ステラの細い腕が、体を貫いた。

 ステラ貫いた感触で罠だと気づいた。ヘドロのように変化したそれが、貫いた腕にまとわりついて動きを止める。笑い声が背後から聞こえて。黒い光がステラの翼を貫いていた。

 

「雪竜の咆哮!」

 

 振り向いた先に、既にジョゼはいなかった。ステラがそれに気づいたのは魔法を繰り出したあとだった。今度はこちらの番だと言わん限りの魔法で、吹き飛ばされた。咄嗟に翼で体を護るが、瓦礫や壁を何枚も貫いて、ようやく地面に墜落した。

 そこは、妖精の尻尾のメンバーが今も幽兵(シェイド)と戦っている戦場のど真ん中だった。

 

「な……なんだよ、あれ……」

 

 立ち上がったステラに対して浴びせられたのは仲間からの冷たい視線。そして、驚いて発した言葉は彼女の理性を繋いでいた心に傷をつけるには充分過ぎるものだった。

 今すぐにでも殺してやりたいと焦ったせいだと彼女は反省する。翼の傷なんてどうでもいい。そんなもの造形魔法で補える。そんな強がりで周りの言葉を聞かないようにした。

 

「どんな手段を使ったのかは知らないが、所詮死にかけていた小娘に今更何もできやしない」

 

 幽兵(シェイド)の一人がステラの前に立ってそう告げた。ジョゼの魔法だろう。意識を移しているとかそういった類の魔法だ。

 

「黙れ。さっさと姿を現せ」

「……噂ではゼレフ書の悪魔を殺したと聞いていましたが――」

 

 そこまで聞いて、幽兵の顔を消し飛ばした。冷静に話されてるのが癪に障った。

 それと同時に何体かの幽兵が飛びかかってきた。だが、それは全部空中で止まった。――戦っていた全ての幽兵が停止していた。

 戦いに夢中になっていたメンバーも、それによってステラに気づいた。そして、幽兵は全て粉々に砕けて雪となった。

 

 ――私は(ステラ)ほど馬鹿じゃない。

 

 傷ついた翼を造形魔法で修復しながら、ジョゼの近くまで飛んでいった。

 

「お前だけは殺すって、(ステラ)が言っていただろう?」

 

「貴様……何者だ」

 

滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)さ。今はお前を滅ぼすもの、かな」

 

「舐めるなよ、小娘が! デッドウェイブ!」

 

 地面を抉る衝撃波を素手で受け止める。これでもかと大きく口をあけて笑った。所詮この程度、最初からこうすればよかったんだ。こうすれば、ナツにも負けなかった!

 

「小娘ごときが……図に乗るなよ! 私は聖十大魔道士の一人だ! 貴様らのマスターと同格。いや、非情になれるぶん私のほうが優位だ!」

 

 ようやく本性を表したジョゼを嘲笑うかのように、ステラは攻撃を全て避けていた。そして、近づいて手数が多くなると、避けるだけでなく自らの魔法で相殺もした。

 

「妬み、恨み、嫉み。そんな下らない感情から始まった戦争が、多くの人を傷つけた。お前のせいで流れなくていい涙が流れた。そして――」

 

 ジョゼの魔法を相殺して散った雪から、2匹の狼が作り出されて足に噛み付いた。

 

「お前は……()という化物を目覚めさせたんだ」

 

 逃げれなくなったジョゼを何回も殴った。それだけで彼女の気が済むはずがない。魔法も使わずに、ただ殴っていた。

 だが、妙な気配はしっかりと感じていた。その正体にも気づいていた。

 

「二度も同じ手を食らうと思ったか?」

 

 間を開けずに、感じた気配の主を襲った。エレメント4のアリア。

 倒れるまで蹴って殴って、倒れたアリアの顔をステラは踏むつけた。こいつには一度やられてることを思い出したせいか、思いっきり力を入れていた。動かなくなったことを確認して、ステラはジョゼの方を見る。

 

「……どうやら、本当に潰されたいらしいですね」

「いつまでも気取ってないで、本気を出してよ。まだ私は満足してないんだ」

 

 ようやく、ジョゼから殺気を感じた。それに満足してステラの口元がつり上がる。

 

 ――もう少しくらい楽しませろ。

 

 大気が震えて、地面が揺れる。ジョゼとステラの魔力がぶつかり始めた。ステラは一瞬で見える世界を雪景色に変えて、吹雪を起こした。刹那――ステラの周りの雪が赤く染まる。ジョゼは魔法で空気を切った。ステラに直撃したそれは、肉を深く裂いた。

 

「この私に、勝てると思ったか!」

 

 ジョゼが地面に両腕を突き刺すと、衝撃波がステラの元に走った。

 

「雪竜の翼撃!」

 

 そんな衝撃波をものともせず弾いて、そのまま突っ込むステラ。傷は既に魔法で凍らされていた。

 

「雪竜の咆哮!」

 

 打ち上げたジョゼに追い打ちのブレスで更に吹き飛ばす。……ジョゼの体の一部が凍りはじめていた。

 

「私に逆らうこの世の全て命を刈り取れ! 死神の大鎌(デスサイズ)!」

 

 大きな鎌を持った幽兵(シェイド)。だが、その魔力も大きさも、普通のやつとは違っていた。追い打ちをかけようと飛んだステラの翼を一瞬で削いだ。そのまま上に乗り、首に鎌をかけた。

 

「くっ……凍りつけ! 氷雪(ブリザード)!」

 

 間一髪で凍りつかせる。すぐに造形魔法で翼を補って、幽兵を振り払う。落ちた幽兵は地面と衝突して粉々に砕け散った。――ジョゼがニヤリと笑う。

 剣や槍。先程の幽兵ほど強力なものでないが、それらが一斉にステラに襲いかかり、体を貫いた。

 

「――ッ!?」

「まさか、1匹だけだと思ったのか?」

 

 最初のやつは(フェイク)だった。強力なやつに意識を向けさせて、それに気を取られている間に一斉に遅いかかる。

 そのままステラは墜落した。ジョゼは平然と着地をする。

 

「全く。本気になれというから本気を出したらこのザマだ」

 

 ゆっくりとジョゼが歩いてくる。幽兵はそれに合わせてステラを起こした。

 

「これなら、妖精女王(ティターニア)の方が楽しめたな」

「――甘いよ、私はまだ生きてる」

「貴様……! 急所を避けたのか!」

「極寒の息吹よ。白きせかいに埋めつくせ――」

 

 驚いたジョゼが幽兵に殺せと指示を出す。しかし、遅かった。

 

「――極零氷雪(ゼロフィルブリザード)

 

 ステラを中心として、周りは完全に白い光(ホワイトアウト)に包まれた。

 そこに残ったのは、白くなったジョゼだけだった。

 何も言わなくなったジョゼの横に立つ。そして、ジョゼの顔を指でなぞって、完全に凍っていることを確認する。

 

「――何が聖十大魔道士だ、何が大陸一のギルドのマスターだ!

あとは砕くだけでお前は死ぬ。壊れるんだよ!」

 

 ああ、最後に本性を見れて清々した。なんて言葉を意識があるかわからないジョゼに浴びせながら、化物(ステラ)は口を吊り上げながら、愉しそうに笑っていた。

 

「じゃあな、幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスター。せいぜい、あの世で後悔するといいさ」

 

 腕を上げて、ジョゼの頭目掛けて振り下ろす。たったそれだけで終わるのに「待て」と声をかけられて――邪魔が入った。自分より小さい姿……妖精の尻尾のマスター。マカロフだった。

 

「何故止めるんです? まさか、敵に情けでもかけるつもりですか? マスター」

「情けではない。しかし、命まで取る必要はなかろう。戦争は終わりじゃ」

「終わり? このまま見逃して、次の戦争でも引き起こしたいんですか?」

「そんな事はさせんよ。ここまで派手にしては評議会が黙っておらん。ワシも責任を負う。少なくともそこにいる男もな」

 

 くだらない。責任? そんな一言で済む話なわけがない。……わからない。ギルドを傷つけられて、何故だとステラは首を傾げた。

 

「この男を殺したいとは思わないんですか? ギルドを壊されて、仲間を傷つけられて、マスター自身もやられて、それなのに許せると?

「……殺して終わりではないことはお主が一番よくわかっているはずじゃ。それによって生まれてしまう復讐もある」

「見逃したのがいけないんだ。あいつが、私を殺していれば終わっていた。だから、私は――」

「もうやめて、ステラ!」

 

 

 

/

 

 

 次は誰だ。もう――

 

「ルーシィ……?」

 

 ナツが助け出したのか? ……でもハッピーがいるのにナツがいない。まさか、やられた? 恐る恐る、私は訊いていた。

 

「な、ナツは……」

「ファントムの滅竜魔道士と話があるって……」

「ナツは勝ったよ! でも、幽鬼の支配者のマスター……が……」

 

 ……調子狂うな。ハッピーだけだよ、多分理解できてないの。ああ、私に怯えてるのか。さっきもみんな怯えていたな。……ルーシィも怯えてる。

 人とも呼べず、竜とも呼べず。中途半端な化け物が立っているんだ。怯えないほうが異常だろう。でも、なんで悲しいと思うんだろう。そんな目で見られると、逃げ出したくなるのは何故だ。

 

「そんな目で、私を見るなぁッ!!!」

 

 自分で選んだというのに、思わず叫んでいた。

 マスターがため息をつく。それは本気で呆れられたものなのか、感嘆によってついたものかわからなかった。

 

「楽しい事も悲しい事も全てとまではいかないが、ある程度は共有できる。それがギルドじゃ。一人の幸せはみんなの幸せ。一人の怒りはみんなの怒り。そして一人の涙はみんなの涙。もうお主だけの人生ではない。妖精の尻尾の一員なんだから」

「……これは私が選んだ道です」

「もっと気楽に考えんかい。辛いときは辛いと素直に言っていい。一人で背負って解決することのほうが少ないんじゃ」

 

 何を今更。ずっと一人で生きてきたんだ。あの目。憐れむような。そして恐怖を感じているような。そんな目で見られて、そんな人にどうして――なら、どうしてそんな人のためにこいつを殺すのだろう。

 どうでもいいと思っているはずだ。私のこの姿を見て、ルーシィやハッピーが怯えている。それなのに、その人のために人を殺そうとしている。

 

「あ……れ? だって、私はルーシィのため……に……」

 

 私は何がしたかったのだ。復讐のはずだ。こんな戦争を引き金を引いた奴に対して。そして、妖精の尻尾を守るために。でも、守る必要があったのか? だって、私は……

 

「ごめん……私のせいで……ごめんね、ステラ……」

 

 ルーシィが泣いていた。泣いてほしくないから、笑顔でいてほしいから戦った。それなのに、泣いていた。

 

「私は……どうすればよかったんだ」

 

 笑ってほしかった。笑顔が見たかった。そうすれば、私も一緒にあの時のように笑えると思って。

 あの笑顔を取り戻そうとして、結局取り戻せなかった。私のせいだ。

 

「気に病むことはない。戦争とは不幸しか生まない。それを知れた。だから君はそれでいいんだ」

 

 聞き覚えのない声だった。だけど、会ったことのある。ギルドの前でぶつかった顔も知らない人。ミストガンに頭を撫でられた。

 

「……え?」

 

 思わず間の抜けた声を出してしまった。マスターも驚いた様子だった。なにより不思議だったのは、頭を撫でられたのに嫌な気はしなかったことだ。

 

「これ以上は考えなくていい。君のおかげで仲間は救われたんだ。それでもういいじゃないか」

 

 私はこの人を知らない。だけど、この人は私を知っている。そんな気がした。だって、妙に馴れ馴れしいのだ。

 

「でも……私は――」

 

 

 

/

 

 

 倒れ込むようにステラが眠った。それをミストガンが受け止める。……気づけばルーシィとハッピーも眠っていた。

 

「相変わらず強力な魔法じゃの……」

 

 そういうマカロフも少し呆けている。ミストガンの魔法はそれほど強力ということだろう。

 

「あとはお願いします」

「……お主、この娘と知り合いなのか?」

 

 立ち去ろうとするミストガンを止めるようにマカロフが訊いた。「いいえ」と一言返して姿を消した。

 

「相変わらず、ディスコミュニケーションの鏡じゃの……」

 

 マカロフは小さくため息をついて、ステラのほうを見た。気づけば翼も尻尾も消えて、普通の娘がそこですやすやと寝息をたてていた。

 

「竜と人の子……」

 

 聖十大魔道士であるジョゼをも倒す力。それだけの力。評議会がこれを知れば大問題になる。そして、この娘も狙われることになってしまう。隠すのが一番なのかもしれない。

 

「運命とは皮肉なもの……か」

 

 ナツと同じ滅竜魔道士。だが、それは魔法だけの話。ナツの育ての親がステラの親を殺した。それが真実であるかは別として、彼女はそのせいで歪んでしまった。

 

「まずは、この戦争の後始末か」

 

 ゆっくりとジョゼに近づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽鬼の支配者は負けた。最後に何があったのか全てを知っている者はいない。ただ、最終的に圧倒的な魔法の前に、ジョゼはたったの一撃でマカロフに敗北した。

 

 


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