【FAIRY TAIL】竜と人の子~雪の滅竜魔導士~ 作:折式神
竜と竜の激しい争いに、人が介入することはできず、ただ自分たちと手を取り合う竜たちの勝利を願うことしかできなかった。
あるとき、とある竜が人に魔を与えて争いに参加させた。それは圧倒的な力を誇り、竜と人の群の勝利は目の前だった。
しかし、人は欲に負けた。竜以上の力を手に入れて傲れて、竜を見下すようになったのだ。人は竜を裏切り、裏切られた竜は二度と人と歩む道を選ぶことをやめた。いつしか、竜と人との戦争になっていた。
しかし、争いの中で竜と人の中に互いに恋に落ちたものがいた。そして、人が竜の子を宿したのだ。だが、許されるはずがなかった。その者たちは互いの種族から追放された。だが、その者たちに後悔は無かった。
……争いは終わった。竜は世界から消え、人が英知を謳歌する時代になった。最後の勝者は人でありながら竜の王となった。その男の本当の名は長い年月の中で忘れ去られた。いつしか、その存在も語られるだけのものとなった。
戦争の名は竜王祭。
その争いの中にいた裏切り者のことを語る者など、誰もいなかった。
――
大きな翼を持つ竜に見守られながら、今日も空を飛ぶ練習をする。竜と違って翼のない私は、造形魔法で翼を作って飛ぶことを学んでいた。
「ヴェアラ! できたよ!」
何度もやって、ようやく飛べるようになった。嬉しくて思わず声を上げていた。
「その調子よ」
褒められたことで更に嬉しくなって気を抜いてしまった瞬間、バランスを崩して地面に落ちてしまった。少しだけ痛かった。だけど、褒めて欲しくてすぐに起き上がる。痛みなんて小さなものに思えた。
「これで、ヴェアラと一緒に空を飛べる!」
「あらあら、まだ早いわよ。もっと高く飛べるようになってからね」
そう言って、ヴェアラは私の頭を撫でていた。大きな手は覆い隠して真っ暗になるほど立派で、こうされるが大好きだった。
いつか竜と一緒に大空に羽ばたく。そんな日を夢見ていた。
そんな楽しい日々が遠く感じるようになり、魔法も上手く使えるようになった。それでも、私はいつまでも子供ように洞窟でヴェアラに寄り添って寝ていた。
「……ヴェアラ?」
何か大きな音がした気がして、目が覚めると、いつも横にいるはずのヴェアラがいなかった。いつもなら、狩りにでもいっているのだろうともう一度眠りにつこうとするが、その日は嫌な予感がして、ヴェアラを探していた。
すっかり空も自由に飛べるようになり、探すのは簡単だった。ただ、私が見つけたのはヴェアラの白い姿ではなく、赤い姿の竜。そして、翼と尻尾の生えた人。
――ヴェアラ。
何故かその人を見て、私はそれがヴェアラだと思った。次の瞬間には、体が勝手に動いていた。
「貴様、我の前に立つなら容赦はしないぞ」
赤い竜は唸りながらヴェアラとの間に降り立った私に威嚇をした。私の知らない竜の凶暴さに、思わず足が竦む。
「ステラ! 逃げて!」
名前を呼ばれて、その声で確信した。この人はヴェアラだと。そして、その傷を見れば、この赤い竜と争っているのだということも。
教えられた魔法を使って赤い竜に攻撃を仕掛けた。仕留めることは考えていなかった。ただ足止めして、その間にヴェアラを連れて逃げればいい。
「ぬぅ……小癪な!」
怯んだ隙を見逃さず、私はすぐにヴェアラを抱えて空へ飛んだ。いつもと違う肌の感触と温かさ。しかし、今はそんな呑気なことを考えてる場合ではない。
「ヴェアラ、私を置いて――」
「馬鹿なこと言わないで!」
思えばこれが初めての我儘だったかもしれない。初めて、ヴェアラの言うことを聞かなかった。
「生意気な小娘が! ヴェアラの教え子だろうと、邪魔するなら迷わず殺すぞ!」
地面だけでなく、空すら大きく揺れた。赤い竜が地面を蹴り羽ばたいたのだ。一瞬で私の上空に舞い上がった。
「そんな――」
「ヴェアラ!」
刹那、目に写ったのは業火。空が真っ赤に染まるほどの錯覚……竜の業火は、一瞬で私たちを覆い尽くして、逃げ場を失った。
私が抱えていたはずのヴェアラが翼を広げていた。……それしか、わからなかった。
真っ暗だった。雪崩に巻き込まれて、一度同じようなことになった。けど、なぜか冷たくない。必死に自分を覆っているものをどかして、急に明るくなった世界に目が眩んだ。
広がったのは見たことのない世界。黒く焦げた岩肌が剥き出しになり、至るところから火が噴き出し、どろどろとした液体が流れている。いつも過ごしていたはずの白い雪の世界とはあまりにもかけ離れていた。
足下に残っていた雪。雪だと思っていた。それが雪ではないとわかっても、認めたくなかった。
「ヴェアラ……?」
そんなはずはないと、これは夢だと思い込みたかった。
白い鱗と肌は焼け爛れ、大きな翼も朽ちて無惨な姿となっていた。こんなヴェアラは知らない。こんな弱々しい姿を見たことはない。けど、弱々しくも私を見て微笑むその表情はヴェアラのものだった。
「ごめんね……怪我はない?」
「……うん、大丈夫だよ」
声を聞いて少し安心する。けど、冷静になればなるほど、認めたくない現実を突きつけられた。
話すことすら苦しそうな姿。そこにいつもの力強さを持った面影はなかった。死ぬわけない、絶対に認めたくない。けど、これが夢でないことくらいわかっていた。
「よかっ……た、無事で……」
虚ろな瞳。起き上がることも出来ず、必死に何かを探すヴェアラの手を力一杯握った。
「ここにいるよ、ここにいるからッ……」
少しだけ、瞳に光が戻っていた気がした。
ずっと握っていた。この手を話したら二度と会えなくなってしまう気がした。もうヴェアラが助からないのは感じ取れていた。それでも、こうしていれば何かが変わると信じるしかなかった。信じて、手を握ることしかできなかった。
「あなたは、私と——の、竜と人の子……」
「……なんのこと、ヴェアラ」
あまりにも弱々しい声。何かを伝えようとしていた大事な言葉を聞き逃してしまった。あまりにも突然の告白に、頭が追いつかなかった。
「いつか、こうなることはわかっていた。それでも、私は……幸せだった。貴方のお父さんに恋をして、みんなから命を狙われることになっても、私はあの人と一緒に過ごせる日々が幸せだった……」
そして、と言葉を続けたヴェアラの笑顔。そこには別れなど感じさせない強さがあった。
「ステラ。あなたが産まれてくれて――」
咳き込んで、ヴェアラの言葉が止まる。一瞬で崩れた表情が、別れという現実に引き戻す。
「あなたと、この日々が大切で……私……」
「ヴェアラ、しっかりしてよ! 嫌だよ、こんな――」
ごめん。と呟き、涙を流す。初めてヴェアラが泣いているのを見た。笑顔は消えて、苦しさを露にしていた。
「ステラ……こんな私だけど、一度だけ、ママって呼んでくれる?」
「ヴェアラじゃ……ダメなの?」
そんな言葉に母は最期に笑っていた。
——必死に掴んでいた手が、するりと抜けて落ちた。
「……いや、そんな……ヴェアラ!!」
もう、返事はなかった。必死に体を揺すっても、何も反応してくれない。
「ママ!……呼んだよ、一人にしないでよ……何回でも呼ぶから……ママ! ねぇ、褒めてよ……ちゃんと……呼んだのに……」
笑顔を作って、必死に呼びかける。けど、もう届かない。あまりにも遅すぎる後悔だった。どうして、すぐにヴェアラの願いを叶えなかったのか。素直に呼ばなかったのか。
「もう一度……撫でてよ……ちゃんと、出来たんだよ?」
呼びかけても、もう二度とヴェアラの口が開くことはなかった。
「ほら、こうやってさ……あのときみたいに……」
初めて空を飛べた日。思い浮かべたその光景に縋って、私はヴェアラの手を頭にのせようとした。
あの日とは違う小さな手。それは、あまりにも簡単に頭から落ちてしまった。
「嫌だ、一人にしないで……」
作った笑顔は崩れて、ぐしゃぐしゃになる。嗚咽が止まらなかった、ずっと、ずっと、泣いた。
初めて雨を見た。雪ばかりの山に、雨が降っていた。
どれだけ泣いても、叫んでも、少しも心は晴れなかった。
雨は冷たかったけど、ひとりぼっちになった。私と一緒にずっと泣いていた。