PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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『自称特別捜査隊』
【2011/04/15】


◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

【2011/04/15】

 

 

 朝から嫌な予感はしていたのだ。

 

 早朝から慌ただしく出掛けて行った叔父さんや。

 朝から住宅地に鳴り響く、パトカーのサイレン。

 連絡が取れなくなったと言う、行方不明になった小西先輩の事。

 それらの予感は、朝の緊急朝礼で現実となってやってきた。

 

 

 ……小西先輩は、先日の山野アナと同じ様な状況で遺体として、今朝発見された、らしい。

 

 誰が、とか。

 何で、とか。

 思わない訳では無いけれど。

 それ以上に胸を占めていたのは。

 ……見知った人物が急に居なくなってしまったのだという、……もう二度と会えないのだという、哀しみに似た感情だった。

 

 小西先輩とは、本当にたった一度しか会った事がないし、それにその時もほんの少しだけ話しただけ。

 それでも、顔を知っている人が……突然に居なくなるというのは、苦しくなるものがある。

 

 ふと前を向くと、黙って俯いたまま歩いている花村の後ろ姿が目に入った。

 体育館を出てから、花村は一言も喋らない。

 ずっと俯いているから、どんな顔をしているのかも、自分には分からない。

 少なくともショックを受けているのは、確かだろう。

 だが、その胸中にあるのが、犯人への怒りなのか、想い慕っていた人を喪った事への哀しみなのか、将又何も考えられずに茫然としているのか、……或いはその全てであるのか。

 ……それは花村では無いが故に、自分には分かり様の無い事だ。

 ツーカーで気持ちを汲み取れる程、花村との付き合いがある訳では無いのだから。

 ……でも多分。

 涙を溢している訳じゃないのだろうとは、分かった。

 

 

「なあ、お前ら……昨日の《マヨナカテレビ》は見たか……?」

 

 

 急に顔を上げたかと思うと、花村は唐突にそう尋ねてくる。

 人が一人……しかもそれなり以上に親しい相手が殺されたというのに、出てくる話題が《マヨナカテレビ》だなんて、そうあまり褒められた態度ではない。

 聞く人が聞けば、露骨に眉を顰めるかもしれない。

 現に、横に居た里中さんは咎める様に花村を見ている。

 

 でも。花村のその表情は、本当に真剣なモノだった。

 だからきっと。

 その《マヨナカテレビ》の話は、花村にとってとても大切なものである事は確かなのだろう。

 

 だから、その発言を注意するでもなく、見ていないのだと素直に事実を答えた。

 すると、花村は「そうか……」と呟いた後、ポツポツと……感情をどうにか抑えている様な声音で続ける。

 

「昨日さ、何か気になって、見たんだ……《マヨナカテレビ》。

 映っていたのは……間違いない、小西先輩だった。

 先輩……何か凄い苦しそうに踠いてて……そんで画面から消えちまった」

 

 辛そうに花村は目を瞑った。

 そして、一気に吐き出す様に続きを話す。

 

「……覚えてるか?

 山野アナが遺体で見付かった日、《マヨナカテレビ》に山野アナが映ってたって言ってた奴いたよな」

 

 そうだったのだろうか?

 自分は聞いた覚えは無かったが、どうやら里中さんには心当たりがあったらしい。

 

「そう言えば……、そんな事言ってたヤツいたかも」

 

「先輩……山野アナと似たような状態で発見されたって。

 なあ、これって偶然に思えるか?」

 

 既に花村の中では、ある“答え”が出ていたのだろう。

 それでも、その“答え”への同意を求めて、こちらにそう問い掛けている。

 

「……花村は、『《マヨナカテレビ》と二人の死に何らかの関係がある』と、そう言いたいのか?」

 

 原因も理由も分からないまま親しい人を喪ったのだ。

 何でもいいから、その理由を、その原因を、知りたいと思うのは当然と言えば当然の事ではある。

 

 そして今。

 花村の目の前には《マヨナカテレビ》という不可解な現象があり、そこには被害者の二人が映っていたという。

 ……ならばそこに何らかの関連性を見出だしたくなる気持ちは、理解出来なくはない。

 だがしかし。

 それは些か性急な考えなのではないだろうか。

 

《マヨナカテレビ》と二人の死に関連性がないと言い切れないが、逆に言うとその関連性を正しく証明する事は現状ではこの場の誰にも出来ないのだ。

 現時点で判明している事は、二人の遺体の発見状況に類似性が見られる事、そして二人は《マヨナカテレビ》に映った事があるという事だけだ(しかもあくまでも伝聞情報で)。

 それだけでは、そこに何らかの因果関係があると証明する事は出来ない。

 

「分かんねーけど、……でも。

 クマの奴、『人があの世界に放り込まれて』って言ってたよな。

 俺にはそれが……無関係には思えねえ!

 小西先輩や山野アナは、誰かに無理矢理に……あの世界に連れていかれたんじゃないのか?」

 

「……花村、何が言いたい?」

 

 薄々花村の要求を察しながらも、敢えてそう訊ねた。

 そして、花村は勢い良く頭を下げてこちらに頼み込んでくる。

 

「頼む、鳴上!!

 俺を、あの世界に連れていってくれ!

 どうしても確かめたいんだ!

 昨日お前と別れてから、実はもう一度テレビに入れるか試してみたんだけど、俺じゃ無理だった。

 お前とじゃなきゃ、あそこに行けない!」

 

 テレビの世界。

 それもまた、花村の前に存在する不可解な現象そのものだ。

 未知であるが故に、そこにはあらゆる可能性を見出だせる。

 ……見出せてしまう。

 

 だが、しかし。

 そもそもの話、あの世界と、花村が主張する《マヨナカテレビ》との関連性が全く不明だ。

 《マヨナカテレビ》=テレビの世界、だなんてそんな法則は今の所成立してない。

 そんなに《マヨナカテレビ》の事が気になるなら、噂の出所を探るなり、どれだけの人が見てるのか調べたり、幾らでもあの世界に行かずともやれる事はある。

 それに……。

 

「……行って、どうする?

 あそこは危険だって、花村も分かってるだろう?

 昨日は運良く帰ってこれたけど、今日行って無事に済む保証は、無い。

 向こうに行った処で、小西先輩が生き返ったりする訳じゃない。

 ……それに、花村が求めている《理由》がそこにあるとは限らない」

 

 果たして花村が求めている《理由》とは、命を賭けてまで探す必要はあるのだろうか。

 こればかりは花村当人の心の問題であり、他人が口を挟む余地は無いのだろうけれど。

 

「分かってる。……分かってる、けど。

 ……全部俺の勘違いで、テレビの世界とか《マヨナカテレビ》とかは無関係だってなら、それでもいいんだ。

 ただ、……先輩が何で死ななきゃなんなかったか、知りたいんだ。

 気の所為かもしれなくても、可能性が僅かにでもそこにあるなら、気付かなかったフリは出来ねえ。

 頼む。お願いだ、鳴上」

 

 花村は再度頭を下げて頼み込んでくる。

 

 ……花村に付き合って、あちらの世界に行く様な義理は無い。

 個人的には、もうあれに関わるのは遠慮したい。

 危ないと分かってて明確な理由が特には無いのにそれでも行くのは、勇気でも何でもなく、ただの無謀なだけの考え無しだ。

 

 だが……。

 ここで自分が首を横に振ったところで、花村は形振り構わずあの世界に行こうとするのだろう。

 そう確信させてしまう位には、花村は真剣だった。

 

 それであの世界に行けるのかは分からないが。

 万が一行けたとしても《シャドウ》に殺されたりするかもしれないし、或いは犯人の目に留まって殺されでもしたら、それこそ目も当てられない。

 そうなるとは決まってないが、その可能性はある。

 ……顔も名前も知っている人間が、もしかしたら防げていたかもしれない事で死ぬのは、絶対に嫌だ。

 自分の所為じゃないとしても、そんなの寝覚めが悪くなるし、ご飯が不味くなる。

 だから。

 

「帰ってこれる保証は、無い。

 あの《シャドウ》という化け物達もきっと大量にいる。

 命を賭ける必要があるかもしれない。

 ……花村に、その覚悟はあるのか?

 それでも、行きたいと、知りたいと望んでいるのか?」

 

 花村は、しっかりと頷いた。

 ……本当の所は、花村に命を賭ける覚悟が出来てるだなんて、思ってはいないが。

 それでも尋ねたのは、一応の意志確認に過ぎない。

 

「……分かった。

 じゃあ、今日の放課後、ジュネスの家電売り場に来て」

 

 同じ所から入れば、あの着ぐるみに会える確率は僅かにでも上がるだろう。

 本当は、ジュネスだなんて誰が見てるのかも分からない場所からは行きたくは無いが……。

 少しでも帰還の可能性を上げる為の策だ。

 それこそ形振り構ってはいられない。

 一緒に向こうに行けば、少なくとも花村が《シャドウ》に惨殺される、という可能性は幾分かは減る。

 まあそれも『イザナギ』の力が及ぶ範囲であれば、の話にはなるが……。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 放課後、バカを放って置けないとついて来た里中さんと共に直ぐ様ジュネスに直行すると、家電売り場には既に花村が待機していた。

 手には……武器のつもりなのだろうゴルフクラブが握られている。

 というか、そのゴルフクラブ……花村のお父さんの物だとすれば、壊した時の弁償が怖いので置いていって欲しいのだが……。

 

「里中! お前も来たのか!!」

 

「何言ってんの! バカを止めに来ただけ!!

 昨日あんな目に遭って、それでも行くって、本っっ当にバカ!!

 死んだらどうすんの!!」

 

 里中さんは花村を思って必死に止めるが、花村はそれには首を横に振った。

 

「……分かってる。

 でも、このまま放っておくなんて、出来ないんだよ。

 それに……何の考えも無い訳じゃねーよ。

 またあのクマ野郎に会えたら、出口を出してもらえる」

 

 そう言って花村はゴルフクラブをこちらに渡そうとしてきたので、それを丁重に断って、取敢えずその場にいた里中さんに渡す。

 

「怪しいヤツに見えるかもしれないけど、留守番頼む」

 

 ……花村は里中さんは連れて行くつもりは無い様だ。

 まぁ当然だ。

 ここで里中さんも連れて行くなんて宣ったら、全力で張っ倒していた所である。

 

「……じゃあ、行こうか」

 

 花村へと手を差し出して、今度は自分の意思でテレビの中へと足を踏み出した。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

……………………

………………

…………

……

 

 

 

 

 思った通り、あのテレビは昨日と同じスタジオに繋がっていた様だ。

 しかし、昨日出口となったテレビは何処かに片付けられてしまった様で、影も形も見当たらない。

 

「ちょっ、キミたち何でまた来たクマか!?」

 

 スタジオに立っていたあの着ぐるみが、こちらを見て驚いた様に目を瞬かせた。

 そして、何かを思い付いたかの様に、唐突に声を張り上げる。

 

「わーかったっ! 犯人はキミたちクマね!!」

 

「は? 今、何つった? 俺達が犯人?」

 

 突然過ぎる言葉に、花村と二人で目を瞬かせた。

 着ぐるみはこちらの様子には頓着せずに、益々ヒートアップしながら捲し立てる。

 

「最近誰かがここに人を放り込んだクマ。

 そのせいでこっちがどんどんおかしくなってきてるクマ!

 キミたちは誰かに無理矢理放り込まれたんじゃなくて、キミたちの意思でここに来たクマね?

 キミたちにはここに来る力がある。

 よってキミたちが一番怪しいクマ!

 キミたちこそ人を放り込んでる犯人に違いないクマァッ!!」

 

 無茶苦茶なこじつけだが、着ぐるみは怒った様にこちらを見ていた。

 その誤解を解こうにも……こちらが犯人ではないという確たる証拠は提示出来そうには無い。困ったな……。

 この着ぐるみ……(えっと、クマだっただろうか)は、出口となるテレビを出せるのだ。

 友好的な関係を築いておかないと、非常に不味い事になる。

 

「んな訳ねーだろっ!!

 俺は真実を確かめに来たんだよ!

 んじゃなきゃこんな危ねー場所にわざわざ来るかよ!!」

 

「誰かが人を放り込んでいる、というのは本当?

 もしそうならその話、詳しく聞かせて貰えないか?」

 

 こちらの返しに、クマは困った様に視線を泳がせながら叫んだ。

 

「だーかーら! キミたちが犯人なんでしょうがっ!

 正直に白状するクマよ!」

 

「なんだとっ!

 テメーこそ、先輩達を無理矢理こっちに引き摺り込んでたんじゃねぇのか?

 怪しい着ぐるみ着込んでんじゃねぇっ!

 とっとと正体見せやがれっ!」

 

 いい加減クマのこちらの言い分を聞こうともしない態度に腹が立ったのか、花村は抵抗するクマを押さえ込み、中身を拝んでやろうと、その首元のチャックを無理矢理開けて頭を取り外す。

 しかしそこにある筈の中身はなく、ただがらんどうな着ぐるみの胴体部分がワタワタと暴れているという、ホラー映画のワンシーンの様な光景が広がっていた。

 

「中身が……無い……?」

 

 花村が衝撃のあまり取り落としたクマの頭を静かに拾い上げ、しげしげとそれを観察する。

 特にこれといった仕掛けとかは見当たらない。

 本当にただの着ぐるみの頭部に見えた。

 更にはワタワタと狼狽えているクマの胴体部分も観察する。

 やはりこちらにも仕掛けなどに相当する様な機構は見当たらない。

 完全に中身はがらんどうだ。

 

「何かの仕掛けはなさそうだし、本当に空っぽなんだな……。

 アルフォンスの親戚の様なものか……」

 

 個人的なバイブル『鋼の錬金術師』の主人公の弟を思い出しながら、クマに頭を返してやる。

 あのマンガで、アルフォンスの中身を見た人達もこんな気持ちになったのだろうか……。

 花村はその言葉に首を傾げた。

 

「は? アルフォンス? 何じゃそら?」

 

「えっ、『鋼の錬金術師』ってマンガのキャラクター。

 ちょっと前に大流行してたと思うんだが……」

 

 連載中に、二作分もアニメ化を果たされた超大作だ。

 昨年、見事に完結し、社会現象にこそはならなかったものの、そこそこ以上には話題となっていた漫画である。

 花村は知らなかったのだろうか?

 まぁ今の本題はそこではないのだけれど。

 

「うぅ……ありがとうクマ。

 ……あのね、キミの事、犯人じゃないって信じても良いクマよ。

 でもその代わり、本物の犯人を捕まえて、こんな事止めさせて欲しいクマ」

 

「本物の、犯人……」

 

 いきなり無茶な要求だ。

 まず捕まえるも何も、警察でもないのだから犯人を見付けた所でそれを逮捕する権限は自分たちには無い。

 運良く人をテレビに放り込んだ犯人に行き着いたとして、ではその先は?

 警察に通報するしか無いが、そこでどう説明しろと?

『人をテレビに放り込んで』?

 ……そんな事言ったら、正気を疑われるのがオチだ。

 精神科に紹介状を書かれるのが関の山である。

 

「そうクマ。

 クマは……クマはただここで静かに暮らしたいだけなんだクマ。

 ……約束してくれないなら」

 

「くれないなら?」

 

 クマに言葉の続きを促す。

 すると、クマはトンでも無い事を宣った。

 

「ここから出してあげないクマ」

 

 ……! どう考えても、クマの発言は脅迫だ。

 昨日はすんなりと帰してくれたから、油断していた。

 完全に、こちらの判断ミスだ。

 

「はぁっ?

 てめぇ、それじゃあ選択の余地がねぇじゃねーか!」

 

「……分かった、協力する」

 

 花村が噛み付く様にクマに返したその直後。

 クマの出した条件にはっきりと頷いた。

 出口を取引の材料に持ち掛けられたら、切れる交渉カードが殆ど存在しないこちらとしては頷くしかない。

 ここでヘタにクマの機嫌を損ねて、『ずっと出してあげない』なんて事にでもなったら、それこそ大惨事である。

 

「本当かクマ?」

 

「約束する。だけど……私だけで、犯人を追う。

 それでも、良いか?」

 

 そう訊ねると、クマは気にした風も無く頷いた。

 

「別にクマは良いクマよ。

 ここが平和になったらそれで良いクマ。

 追う人が一人だろうと二人だろうと、ちゃんと犯人さえ捕まえてくれさえすれば問題ないクマ」

 

「そうか、分かった」

 

 ここに来る事になった原因や過程はどうであれ、最終的にここに来る事を決めたのは自分だし、花村を連れて来たのも自分だ。

 その判断の過ちの責任は、自分で負わなくてはならないだろう。

 ここで花村の責任にするのは筋違いだ。

 

「ちょっ、鳴上! 何勝手に約束してんだ!?

 つーか一人でって、無茶にも程があんだろ!?」

 

「……危険を冒すのは、私だけで良い。

 ……花村を、巻き込む訳にはいかない」

 

 この世界を調査するにしても、《シャドウ》達に対抗する手段が無い花村よりも、『ペルソナ』の力を使える自分の方がまだ安全だ。

 花村まで、むざむざと危険に曝す訳にはいかないのである。

 それは人間として、最低限負うべき責任だ。

 

「お前なぁっ!

 そう言われて『はい、そうですか』なんて言える訳ねーだろ!?

 大体こっちに連れてこさせたのは俺だよ。

 いいか、クマ!

 俺も犯人探し手伝ってやる! 分かったかっ!」

 

 しかし花村はこちらの選択には納得いかなかった様で、そうクマに宣言した。

 

「花村……」

 

「協力してやっからにはお前の方も力を貸せよな、クマ吉」

 

「分かったクマ~。恩に着るクマよ」

 

 クマは喜びを全身で表現するかの様に頷いた。

 クマからすれば、やはり人手は多い方が嬉しいのだろう。

 クマは早速花村にも霧を見通せるあの眼鏡を渡した。

 花村は、劇的before・afterな視界に驚きを隠せない様だ。

 

「人が放り込まれているとさっき言っていたけど、放り込まれたその人達はどうなったのか分かる?」

 

「うーん、霧が晴れたら気配が消えちゃったクマ。

 多分シャドウに襲われたクマね」

 

 気配が消えちゃった。……それは死んだって事なんじゃないだろうか。

 ……《シャドウ》、か。

 あんなのに襲われたら、普通はひとたまりも無いだろう。

 

「《シャドウ》……あの化け物達か。

 クマ、君は放り込まれた人を出してあげようとは思わなかったのか? 」

 

「近寄ったら化け物だって怯えられて逃げられたクマ。

 それに、あの人達が放り込まれてすぐに霧が晴れたから助けに行く暇なんか無かったクマよ」

 

 ふと、やたらクマが『霧』を気にしている事に気が付いた。

 花村もそれに気が付いたらしく、クマに訊ねる。

 

「さっきも『霧』とか言ってたけど、なんか関係あんのか?」

 

「ここの霧は時々晴れるクマ。

 霧が晴れたらシャドウが酷く暴れるクマよ。

 クマ、霧が晴れてる間はシャドウに襲われない様に隠れているクマ」

 

「『霧』。……そう言えば、最初の被害者の時も先輩の時も、遺体が発見される前は霧が出ていたな」

 

 自分たちの世界の霧と、こちらの世界の霧。

 ただの偶然の一致かもしれないけれど、妙に気にかかった。

 それに……、こちらに放り込まれて《シャドウ》に殺された人達の遺体はどうなったのだろう?

 まだこちらに残されているのなら、……出来れば連れて帰ってあげたい。

 ご家族の人にとっても、何も帰ってこないよりは、例え遺体であったとしても帰ってくる方が、まだ救いがあるだろう。

 まぁ、遺体の損壊状況によっては、そんな甘っちょろいこと言ってる余裕なんて無くなってしまうかもしれないが……。

 

「そっちで霧が出ている時は、こっちの霧が晴れた時クマね」

 

 クマにそう説明され、思わず首を傾げた。

 何でそういった関係が生まれているのだろう?

 この世界と向こうで、何かしらの関連がある、という事なのだろうか?

 

 こっちで『霧』が晴れればあちらに霧がかかる。

 あっちに霧が出ていない時は、こちらに『霧』がかかっている。

 あちらで霧が出るのなんて、長い間降り続いた雨が止んだ時位なのだから、そう滅多にある事ではない。

 そしてそのタイミングでこちらの『霧』が晴れて、シャドウ達が暴れだす……。

 ……これではまるで、こちらの『霧』が一瞬あっちの世界に流れ出ているかの様ではないか。

 

「そういやクマ吉は放り込まれた人達の顔見たんだよな。

 もしかしてその人達の中にこの人が居なかったか?」

 

 花村は携帯のアルバムから、バイト仲間と撮ったと思わしき写真をクマに見せ、小西先輩を指差す。

 途端にクマは声を上げた。

 

「この子居たクマ!」

 

「マジか……やっぱり先輩はこの世界に……。そんであの化け物達に殺されて……。

 チクショウ! 誰がそんな事を……!」

 

 ……?

 クマの言葉が正しければ、小西先輩はこちらで《シャドウ》に襲われてお亡くなりになったのでは?

 それで、何でまたあっちの世界で……アンテナに吊るされたなんて状況で遺体が見付かるのだろう。

 ……どうであるにせよ、一度小西先輩が居た場所を見てみるしかないだろう。

 

「クマ、出来れば小西先輩を見掛けた場所まで私達を連れていってくれないか?

 何か手掛かりがあるかもしれない」

 

「分かったクマ!」

 

 クマに先導され、小西先輩が居た場所へと向かった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 《シャドウ》、『霧』……そして『ペルソナ』。

 何がなんだか分からない世界だが、はっきりと分かった事がある。

 小西先輩と……恐らくは最初の被害者である山野アナも含めた二人が命を落とした原因はこの世界にあるのだと。

 

 この世界と自分達の世界は繋がっている。

 テレビ画面を介する以外にも、恐らくは『霧』を通して。

 

 まだ仮説の段階に過ぎないが、『霧』は本来この世界に存在するもので、時折何かの弾みに自分達の世界に漏れ出て来るのではないだろうか。

 そしてその時に彼方と此方は繋がる。

 そうとでも考えないと、この世界で霧が晴れた時に凶暴化した《シャドウ》に襲われて亡くなったと思われる二人の遺体が自分達の世界で見付かる訳がないのだ。

 

 あっちの世界で霧が出ている時間自体はそれ程長くはない。

 その僅かな間に態々この世界に入り込んで遺体を持ち出し電柱やらアンテナに引っ掛けたとは考え難い。

 つまりは、二人の遺体があの様な状態で発見された事自体は偶然の産物だったのではないだろうか。

 偶々彼方と繋がった際に、遺体が出てきた場所がそこだったというだけで。

 その場合二人をテレビに放り込んだ【犯人】に関して考えるべきは、アンテナや電柱に被害者の遺体を吊るす動機や方法等ではなく、そもそも()()“テレビ”の中に放り込んだのかである。

 

 クマに道案内されながら、様々な事を訊ねた。

 元々この世界の住人であっただけあって、クマはこちらよりは此方の事に詳しいが、そのじつ曖昧な認識である事もかなり多い。

 まぁ、そこに関しては仕方ない事だ。

 こっちだって自分達の世界の全てを知っている訳ではないのだから。

 “それはそうなっているのだ”としか説明出来ない物事の方が多いのはお互い様である。

 

 クマは昔から此方に住んでいたらしい。

 まぁ、それがどれ程昔からなのかは分からないが。

 人が此方に入ってきたのは実に最近の事らしく、昨日の件を除けば此方にやって来たのは小西先輩とあと一人(恐らくは山野アナ)だけらしい。

 人が入り込むと此方はクマ曰く“おかしくなる”のだそうだ。

 具体的には、変な場所(昨日訪れたあの部屋の事だろう)が増えたり、《シャドウ》が騒がしくなるらしい。

 それ故、誰かが来てしまったなら絶対に分かる、との事だ。

 

【犯人】は、テレビに入り込む力を持ち、山野アナ・小西先輩の両名と接触する機会があった者……。

 ……ダメだ、これでは全く絞り込める気がしない。

 一先ず【犯人】の事は置いておいて、調査に専念するしかあるまい。

 

 ……小西先輩と山野アナの命を奪ったと思われる《シャドウ》とは、結局の所何なのだろう。

 《シャドウ》と言うからには何かの影なのだろうか?

 そして『ペルソナ』という力とはどんな関係があるのだろう?

 どちらもユング心理学の用語ではあるけれど……。

 

 考え込む内に、辺りの景色が明らかに変わってきた。

 舗装された道でもなく然りとて地面でもなかった道が、アスファルトに舗装された道に変わり、建造物が建ち並んでいる。

 稲羽中央通り商店街に似ているのは恐らくは気の所為ではない。

 確か、小西先輩の実家はこの商店街の酒屋だった筈。

 それを踏まえると、ここが先輩と何らかの関係がある場所である可能性は高い。

 クマ曰く、ここは先輩が入り込んでから現れた場所らしいので間違いはないだろう。

 

 しかし、新しくこの世界に現れる“場所”とは一体どういう事なのか。

 単純に考えれば、この世界に入り込んだ人に反応して出来ているのだろうけれど、一概にそうとは言えないだろう。

 

 その理論でいくならば昨日自分達がここに迷い込んでしまった時にもそういった場所ができている筈なのだが、クマに確認を取った所その様な変化はクマが把握している限りでは無かった様だ。

 正直その気は無かったとはいえ、やってしまった事だけを客観的に評価すれば、自分が花村と里中さんにやった事は【犯人】が仕出かした事とそう変わらない。

 ならば入れられたからどうこうという訳ではないのでは無いだろうか……。

 そういった場所を生み出すのには、何かしらの法則や条件があるのかも知れない。

 まあ、考えた所で不確定な部分が多過ぎて、まだ何とも言えないのだけれども。

 

 

 小西先輩が死んだと思われる場所。

 それは、小西先輩の実家である小西酒店であった。

 知らない店だが、花村がそう言うので間違いはないだろう。

 

 店に近付くと耳障りな話し声が聴こえてきた。

 どれもこれも不愉快な内容だ。

 無責任に、身勝手な好奇心のままに、人の陰に隠れてこそこそ噂しているかの様な、そんな内容。

 関係無い第三者の自分ですら、ただ聴いているだけで不快になるのだ。

 それらの矛先であったと思わしき小西先輩には耐え難いものだっただろう。

 近くに人影や音響装置などはないのに、声はまるで耳元で話されているかの様に聴こえてくる。

 例えるなら、声だけが何時までもそこに残留しているかの様だ。

 

 花村は唇を噛み締めてそれらの声を聴いていた。

 声の暴言の中には、ジュネスに関係する事も多く含まれている。

 ただでさえ親しい……親しかった人への暴言なのに、それ以上にジュネスの事まで持ち出されていては、花村の心中は如何ばかりか……。

 

 花村はギュッと拳を握り締めた。

 あんな力で握り締めたら、間違いなく爪が皮膚に食い込んでいる。

 ……不味い、な。

 大分頭に血がのぼっている様だ。

 先輩の死を知ってからここに来る迄も花村は相当に冷静な判断力を失った状態だったが、それよりも尚悪い。

 慕っていた相手が誹謗中傷されているのだ。

 憤るのもそう無理はないのだけど、冷静さを欠くのは不味いだろう。

 このままだと後先考えずに店内に特攻を仕掛けそうだ。

 この辺りで花村だけでも元の世界へと帰しておいた方が良いんじゃないだろうか。

 

 しかし止めるよりも先に花村は店内に行ってしまう。

 花村を一人にする訳にもいかず、クマと共に直ぐ様後を追った。

 

 店内は見た感じで酒屋だとは分かるのだが、どうにも現実的には有り得ない装飾などが目につく。

 店内には先輩の父親と思わしき男性の、先輩への罵声と怒声が響き渡っていた。

 内容から察するに、ジュネスが進出してきた煽りを受けて店の経営状況はかなり思わしくはなかった様だ。

 それもあって、ジュネスでバイトしていた先輩に対しては中々に複雑な感情を抱いていたのだろう。

 

「な、さっきから何なんだよ!

 何で先輩の親父さんの声が聴えるんだよ!?」

 

 花村が耐えきれないとばかりに叫んだ。

 流石にこんな事態の連続に、憤りが鎮まる以前に、心が負荷に耐えきれなくなってきたのだろう。

 そんな花村にクマは、何の感慨も無く唯々事実を答えるかの様に言った。

 

「ここに居る人にとってはここは現実クマ。

 きっとその子の心に押し込められてたモノがまだ残っていたクマね」

 

「こんなのが先輩の“現実”だったってのか!?

 そんな、そんなのって……」

 

 俯いて唇をきつく噛んで身を震わせる花村にかける言葉が見付からず、取り敢えず状況を整理する。

 

 この声や恐らくはさっきの声も、実際に先輩が日常的に言われてきた言葉だったのだろう。

 そして、先輩はそれらの言葉を己の心に押し込めていた、のかもしれない。

 そして押し込められていた心が反映されている、という事なのだろうか。

 

 ……つまり、ここでは人の心が反映されている?

 

 実に荒唐無稽な考えだが、この世界自体が既に『有り得ない』の連続だ。

 “「有り得ないなんて事は、有り得ない」”

 と、あるマンガのセリフが浮かんでくる。

 まぁ、どうであるにせよ考慮しておくに越した事はない可能性だ。

 

 先輩の父親の罵声が消えて程なくして、今度は先輩の声が聴こえてきた。

 さっきのクマの言葉を借りるなら、これもまた先輩が心に押し込めていたモノの残骸なのだろうか。

 

 先輩の声は、花村や……自分の実家そして己を取り巻いていた全てに対し『ウザい』と断じていた。

 花村とどういった関係を築いていたのかはよく分からないから何とも言えないのだけれども、まぁ周囲の環境に関して言えば、日常的に謂われもない中傷を受けていたのなら、それらを嫌に感じてしまうのも分からなくも無い。

 大体、人の気持ちなんて、1か0で表せる様なモノでもないのだ。

 “好き”と“嫌い”は両立出来る様に、ウザいと思っていてもそれだけが全てなのかと問われると、少なくとも先日の花村への小西先輩の態度を見てる限りでは、そういう訳ではなかった様に思われる。

 心に押し込められてきたもの、という事はただ単純に表には出してこなかったもの、という意味合いしか無いのだから。

 

 

「違っ……先輩はっ、そんな人じゃないだろ!」

 

 

 しかしそれはあくまでも大した接点の無い他人からの意見であって、親しかった花村としては自分を見失ってしまう程にショックなモノだった様だ。

 ……まぁ、それも当然か。

 慕ってる相手には、自分の事を好いていて欲しいと思うのは、当たり前と言われれば当たり前の心理である。

 

 だが……。

 花村が先輩の声を否定したその直後、確かに場の空気が変わったのを肌で感じた。

 何が起きようとしているのかは分からないけれど、危険が迫って来ている様な感じがする。

 ここは一先ず撤収した方が良い。

 花村が取り乱している中でまた昨日の様に《シャドウ》に襲われるのは堪ったもんじゃないからだ。

 

「花村、しっかり立って。

 何か様子がおかしい。一旦退こう」

 

 そう声を掛けた時、店の暗がりから微かにノイズがかった嘲笑う声が聴こえてきた。

 しかし、この声は……。

 

 

『哀しいなぁ……可哀想だよなぁ……。

 でも、気付いてんだろ?

 何もかもウザイって思ってんのは、自分の方だって。

 ……なぁ? 俺』

 

 

 暗がりから現れたのは、花村と瓜二つの人物だった。

 まるで鏡に映し出されているかの様に、一卵性双生児以上に二人は似通っている。

 ただ一つ、爛々とギラつく金色の瞳を除いて、だが。

 

「……お前は……誰だ?」

 

『俺か? 俺はお前だ』

 

 呆然と己を見詰める花村の問いかけに、『花村』は嘲笑いながら答える。

 

「えっ……俺……?」

 

 花村の呟きは無視して『花村』は朗々と語りだした。

 

『俺には全部お見通しさぁ。

 小西先輩の為にここまで来た……?

 ……カッコ付けやがって。

 お前は単にこの場所にワクワクして来たんだ。

 ド田舎暮らしにはウンザリしてるもんなぁ?』

 

「ち、違っ……俺は……そんな……」

 

「違う」と力なく呟く花村に追い討ちをかける様に、何処か嗜虐的な感情をその瞳に滲ませながら『花村』は続ける。

 

『あわよくばヒーローになれるって思ったんだよなぁ?

 大好きな先輩が死んだっていう、“らしい”口実もあるしなぁ?』

 

「お前、何言って……!」

 

 ……花村の様子から察するに『花村』が指摘した事は大方図星だったのだろう。

 まぁ、花村がこの世界に非日常への期待にも似たものを抱いているのは何となく分かっていたし、『花村』の指摘を聞いた所で自分はどうとも思わないのではあるけれども。

 昨日《シャドウ》に襲われてなかったら、多分自分だってこの世界に純粋な好奇心と興味を懐いて……今日辺りにでも探検しに来ていた可能性はある。

 まぁ……昨日一緒に絶体絶命の危機を経験したというのに、そういう気持ちを抱けた花村は図太いとは思ったが。

 

『我は影、真なる我。俺はお前の影だ』

 

「影……。……! 《シャドウ》?」

 

 この世界で“影”と聞いて直ぐ様連想したのは《シャドウ》の事だ。

『花村』は《シャドウ》の同類なのだろうか。

 ……昨日襲ってきた奇々怪々な外見のモノとは異なる存在な気がするのだが……。

 

 

「ふざけんな! お前なんか知らないっ!

 お前なんか、俺じゃないっ!!」

 

 

 目の前の『花村』を拒絶する様に否定した瞬間、まるで体から力が抜け立っていられなくなったかの様に、花村は冷たい床に倒れた。

 咄嗟に花村の身体を支え起こす。

 

 そうこうしている間に、『花村』の姿が歪み、奇っ怪な怪物の姿へと変貌していった。

 巨大な化け蛙の様な身体の背中に当たる部分から、人の上半身の様な形をしたモノが生えている。

 紛れもなく、怪物としか表現しようが無い。

 何が起きたのかは正確には把握出来ていないが、この状況は考えるまでも無く危険だ。

 

「花村! しっかりするんだ!!

 一先ず逃げよう!!」

 

 意識はある様だがぐったりとした花村は、力なく「違う、違う」と呟き続けていた。

 心無しか花村がそう呟く度に怪物の殺意が高まっている気がする。

 

 

『ああ、そうさ。俺は俺だ。

 もうお前なんかじゃないっ!!

 退屈なモンは全部ぶっ壊す!!

 先ずはお前からだぁぁぁっ!!』

 

 

 そう吼えて、怪物はその巨大な拳をこちらに繰り出してきた。

 

「イザナギっ!」

 

 咄嗟にイザナギを呼び出すと、昨日と同じ様にイザナギは出現し、手にしていた刀の腹の部分で怪物の一撃を受け止める。

 そのまま力比べになるのだが、安定性の面でイザナギは、四つ足である怪物よりも分が悪い。

 ジリジリと押し負け、終にはイザナギは店の壁に叩き付けられてしまった。

 イザナギが壁に叩き付けられた瞬間、こちらの体に衝撃が走る。

 成る程。

 イザナギのダメージはこちらにもある程度はフィードバックされるらしい。

『我は汝、汝は我』だからか。

 

 さて、どうしよう。

『花村』は昨日のパックマン(仮)の様にすんなりとは倒せない位には強い。

 こっちには動けない花村と、……戦闘要員には見えないクマがいる。

 そこを突かれたら、終わりだ。

 それに……。

『花村』は花村の影だと言っていた。

『花村』を攻撃したら……花村にどんな影響があるのか分からない。

 その為どうにも攻めあぐねる。

 

「あいつは一体……」

 

「あれは元々ヨースケの中にいたクマよ。

 ヨースケが抑圧してきた、ヨースケの『シャドウ』クマ。

 ヨースケに否定されたから暴走しているクマ……」

 

 成る程、あの怪物もまた花村である、という事なのだろう。

 なら、ますます攻撃してはいけないんじゃないだろうか。

 否定されたから暴走しているのだとすれば、花村が『花村』を肯定すればこの場は収まるのか……?

 いや、そんな単純な話では無いだろうし、それに第一、今の『花村』にこちらの言葉が届く様には思えない。

 

「クマ、私はどうすれば良い?」

 

「とにかく先ずは暴走を止めるしかないクマ」

 

「あれを攻撃しても、花村は大丈夫?」

 

「今のシャドウはヨースケから切り離されている状態クマ。

 だから、ダメージがヨースケに返ってくる事も無いクマ」

 

 ……実力行使するしかない、か。

 上等だ。シンプルでいっその事分かりやすい。

 

 しかし……戦えない二人を逃がそうにも、そんな隙はありそうにない。

『花村』の狙いは花村だ。

 今も尚花村を責め立てる様に言葉を連ねてゆき、花村が力なくそれらを否定する度に怪物はその力を増していっている。

 ……ただ、花村を責め立てる『花村』のその言葉は、何処か泣いている様にも聞こえてしまう。花村に否定される度に、『花村』のその声の裏にある苦しみは増している様であった。

 ……あの怪物もまた花村であると言うのであれば、あの怪物の言葉はそのまま怪物自身の心も切り裂いているものであるのだろう。

 ……だからこそ、否定され行き場の無くなった怒りや苦しみや破壊衝動は、その矛先を己を否定する己自身に向けている……と言った所だろうか……。

 何にせよ、もうあの怪物となった『花村』は、本当に己自身を殺してしまうまで止まりそうにも無い。

 その殺意を示す様に何度となく執拗に花村を狙ってくるので、その度にイザナギにガードさせたりして攻撃を防いでいる状況だ。

 

「センセイはどうするクマ?」

 

「取敢えず、ぶっ飛ばして大人しくさせる。

 それからじゃないと、話も出来そうにないし」

 

 いつの間にかクマが『センセイ』と呼んできているのは少し気にかかったが、今はそれどころじゃない。

 

『花村』が景気良く破壊したショーケースから転がってきた酒瓶を手に取った。

『花村』が手当たり次第壊して回っているので、店内には既に壊された酒瓶から漏れだしたアルコールの匂いが充満している。

 弱い人ならこれだけで酔っぱらってしまうだろう。

 

 そして手にしていた酒瓶を、思いっきり振りかぶってから『花村』へと叩き付けた。

 瓶の中の酒が『花村』の体を濡らす。

 間髪入れずに他にも転がっていた瓶を次々と叩き付け、『花村』のほぼ全身に満遍なくアルコールがかかっているのを確認してから、イザナギに命じた。

 

「やれ! イザナギッ!!」

 

 耳が痛くなる程の大音量の雷鳴とほぼ同時に閃光が走り、『花村』へと直撃した。

 目論見通りに、アルコールまみれの『花村』の全身に電撃が走ったらしく、『花村』は悲鳴を上げる。

 更に散った火花から引火したのか、アルコールが勢い良く燃え上がり、『花村』は火だるまになった。

 

 しかしそれでもまだ『花村』は衰えを見せない。

 怪物と化したその体で咆哮を上げ、此方へと襲いかかってくる。

 それをイザナギの斬撃が迎え撃ち、再び縺れ合いになった。

 しかし一瞬生じた不意を突かれ、『花村』の攻撃が花村へと向かう。

 

 

 咄嗟の判断だった。

 考えるよりも先に身体が動いてしまっていた。

 

 

 次の瞬間に感じたのは、背中を何処かに叩き付けられた衝撃で。

 痛みに霞みかけた視界の中では、イザナギの姿が一瞬ブレて見えた。

 

 痛いのは、嫌いだ。

 でも、今ここで負ける訳にはいかない。

 自分が負けてしまえば、自分は疎か花村までもが殺されてしまう。

 痛みを堪えて大きく息を吸った。

 そして、一瞬ふらつきそうになった身体に喝を入れ、立ち上がる。

 そしてギリギリと身体中を苛む痛みを押さえ付ける様に、『花村』を睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




戦闘はゲームよりもアニメ(+コミック)みたいに、ペルソナで殴り合う感じです。
でも人間の方も武器攻撃とかで一応戦闘に参加しているという…………。
(描写下手くそなんで分かりにくいですが)

なお、『イザナギ』はアニメやコミックみたいにずっとスタメンです。
勿論ワイルドなんで、ペルソナチェンジは使いますが。
スキルカード使って事故ナギに改造していってるんだと思っといて下さい。

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