PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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『虚構の勇者』
【2011/07/26━2011/07/27】


◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/07/26】

 

 

 一学期最後の授業が終わり、明日からは夏休みだ。

 折角の午前放課なのだが、今日は生憎と終日雨天であるらしい。

 帰り仕度を終えて廊下に出ると、ひどく思い悩む様な顔をした小沢さんとすれ違う。

 呼び止める間もなく小沢さんは階段を駆け降りていったのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 流石に干渉が過ぎるのではないかと思いつつも、病院を訪れる。

 小沢さんがあんな顔をして悩む事があるとすれば、それは恐らくはこの病院に関わる事だろう。

 

 病室が並ぶ廊下を歩いていると、ベンチに座って俯き気味に何事かを迷っているかの様な顔をしていた。

 近寄ると、あっ……と声を上げて小沢さんは顔を上げる。

 

「鳴上、さん……。

 …………。

 ……今ね、おと……あの人の病室、行ってきたとこ……、なんだ……」

 

 小沢さんは、“おとうさん”と言おうとして、何処か悩まし気に眉を寄せてから、“あの人”と言い直した。

 ……そう言えば、小沢さんのお母さんはどうなったのだろう。

 過労で倒れたのだと言うのは聞いているが……。

 

「お母さんの具合は、大丈夫?」

 

「あ、うん……。

 大した事は無かったみたいで、もう退院してるよ……」

 

 少し表情を緩めて小沢さんはお母さんの事を話すが、直ぐにまた悩まし気に眉を寄せる。

 

「……ついで、だから……。

 お母さんの薬、貰うついでに……、ちょっと立ち寄っただけ……」

 

 独り言の様にボソボソと小沢さんは、誰にかは分からないがまるで言い訳の様な言葉を述べる。

 そして、「なのに」と、小沢さんは複雑な感情を無理矢理押し込めた様に表情を僅かに歪めた。

 

「そしたら、嬉しそうに笑ってさ……。

 ……今にも死にそうな顔してるクセに、無理矢理身体を起こして……。

『テレビ見るか?』『マンガを読みたければ買っておいで』『アイスも一緒に買ったらどうだ?ほら、お金ならこれを……』

 …………。

 ……バカみたい……。

 はしゃいで咳き込んで……。

 ……お医者さんにも迷惑かけて……。

 ……ほんと、バカ、みたい……」

 

 バカみたい、と何度も何度も小沢さんは呟く。

 けれどそこには、以前の様な強い憎しみや憤りは感じられなかった。

 ただただ感情を持て余しているかの様に、途方に暮れた子供の様な顔をしていた。

 

「あんなヤツ、父親なんかじゃない……、絶対に違う……って、思ってたのに……」

 

 その後の言葉は続かない。

 廊下に暫しの沈黙が落ちた。

 時計の秒針が何周か回る程の時間の後。

 

「もう、やだ……」

 

 小沢さんの口から溢れたのは、そんな言葉だった。

 そしてそれが切っ掛けであったかの様に、感情の奔流の様な声を上げる。

 

「私ばっかり……私ばっかり、私ばっかり!!」

 

 廊下に響いたその大声を看護師さんに咎められて初めて、小沢さんは我に返った。

 そして、少し決まりが悪そうな顔をしてこちらに謝ってくる。

 

「……ごめん、カッとなっちゃって……。

 ……鳴上さんに当たっても、どうしようも無いのにね……。

 ……でも、どうして私ばっかり、……こんな目に遭うんだろ……」

 

 ……何故なのかなんて、分からないが。

 それでも確かにこれだけは言えるだろう。

 

「小沢さんの所為じゃ、ないよ。

 ……私にも、どうしてかなんて分からないけど、それだけは確かだと思う」

 

 “何故”なんて、所詮は当事者ですらない自分には分かり様も無い話だ。

 巡り合わせや運とでも呼ぶしかないモノが悪かったのかもしれないし、将又何か別の所に原因があったのかもしれない。

 ただ少なくとも。

 その責任が小沢さんだけにある、という事は無いのだろう。

 ……それは小沢さんにとって、何の慰めにもならない事なのかも知れないが。

 そう答えると、小沢さんは「そっか……」とだけ呟く。

 そしてまた沈黙に沈みそうになったが、不意に小沢さんは立ち上がった。

 

「……ごめん、もう行かなきゃ。

 ……今日は、ありがとう……」

 

 自分は小沢さんに何も出来ていないが。

 小沢さんはそう言って、まるで病院から逃げようとしているかの様な足取りで、その場を去って行ったのだった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 午前0時まで後数分……。

 窓の外では雨がシトシトと降り続いている。

 ……《マヨナカテレビ》が映る条件は整ったが……。

 果たして何かが映るのだろうか。

 

 そんな事を考えながら暗い画面を眺めていると、時計の針が重なった直後、不意にノイズの様な音と共にテレビの画面に砂嵐が映し出される。

 しかしその砂嵐は直ぐ様収まり、画面には確かな像が結ばれ、何処か古いテレビゲームの様な作り物めいた安物感がある城壁を背にし、“何者か”の上半身が映し出された。

 

 先ず初めに思った事は、“誰だ?”という疑念だ。

 そして次に、“何故”という困惑。

 鮮明に映像が映し出されていると言う事は、この“何者か”は既に彼方の世界に居るという事になる。

 この“何者か”は、少なくともテレビの報道で顔が出てきた存在ではない。

 そして、前回の《マヨナカテレビ》から……正確にはこちらで最後に霧が出てからは、今夜の《マヨナカテレビ》以外に《マヨナカテレビ》が映った事は無い筈だ。

 今までのパターンから言うと、先ず初めに不鮮明な映像が映され、その後で(詳しい因果関係は不明だが)その映像の人物があの世界に放り込まれて、その結果鮮明にシャドウが映し出される映像が流れていた。

 しかし、今回は既に彼方に居る。

 ……これが意味するところとは、一体……。

 

 思考に沈みそうになりながらも、《マヨナカテレビ》から情報を得ようと、“何者か”を観察する。

 

 恐らくは同年代の男。

 陰鬱な雰囲気を全身から滲ませていて、俯きがちなその目は暗く澱んでいる様にも見える。

 格好は部屋着の様なラフな私服だろうか。

 左頬の泣き黒子が特徴的である。

 

 ……何故だろう。

 こんな男など自分の知り合いにはいないが、何時か何処かで見掛けた事がある様な感じが僅かにする。

 

 自分の記憶を引っくり返して、この男の姿を探していると。

 俯きがちであった顔をゆっくりと上げ、男はボソボソと消え入りそうで聞き取り辛い……しかし不快感と共に耳の奥に残りそうな声で話し始める。

 

『みんな、僕の事見てるつもりなんだろ?

 みんな、僕の事知ってるつもりなんだろ?

 ……それなら、捕まえてごらんよ』

 

 そして男はうっすらと口の端を僅かに吊り上げて薄気味悪い笑みを浮かべ、耳障りな雑音と共に映像は途絶えた。

 

 ……何だ、今のは。

 ああやって鮮明に映っていたという事は、あの“男”は何者かのシャドウなのだろう。

 シャドウとは抑圧されてきた自分自身。

 その主張は、誇張され捻れ曲がってはいるが、本人の本音の一部ではある。

 だがその主張が、“捕まえてみろ”……?

 ……一体、どういう事なのか……。

 

 先程の映像について考えていると、携帯が着信を知らせる。

 ……花村からだ。

 電話に出てみると、花村は酷く狼狽していた。

 見覚えなど何も無い“何者か”が既にあちらに居たのだから、然もありなんである。

 一先ず花村を落ち着かせようとすると、電話口の向こうでクマが騒いでいるのが聞こえた。

 

『……っと、あー。

 分かった分かった、うるせーな!

 悪ィ、クマに代わるわ』

 

 花村が言った数瞬後。

 

『もしもーし、センセー!

 あなたのクマクマー!

 初めて噂の《マヨナカテレビ》、見たクマよー』

 

 テンションの高めなクマの声が聞こえてきた。

 クマ曰く、やはりこの《マヨナカテレビ》は中にいる人物の抑圧した感情にあの世界が共鳴して起きている現象であるらしく、“何者か”が恣意的に放映しているものではない、らしい。

 まあそれはともかく、先程の見知らぬ男は既に彼方の世界に居るのは確かな様だ。

 

 ……まだ事の仔細は分からないが、幸い明日からは夏休みだ。

 先ずは、明日皆で話し合う事にしよう。

 

 そう全員に伝え、明日に備えて眠りに就いた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/07/27】

 

 

 昨日の雨が拭い去られたかの様に、雲一つない青空が広がっている。

 しかしそんな天候とは裏腹に、何時ものフードコートに集まった面々は、困惑によりその表情を曇らせていた。

 

 昨晩の《マヨナカテレビ》を受けて急遽集合した訳なのだが、そもそもの話、映った男について情報らしい情報が無いのである。

 今年の春頃にまで遡って調べてみたニュースなどには彼の情報はなかったが、天城さんや里中さんにりせや花村も、あの男を何処かで見掛けた事がある気がすると言っている為、恐らくは稲羽かその近郊にいる人物なのだろうとは推測出来るが……。

 情報が少な過ぎる為か、りせ・クマの共同で行ったサーチでも、“何者か”が彼方にいる事位しか分からず、その足取りは全く掴めなかったらしい。

 ……昨晩の男の、恐らくはシャドウのものであったのだろうそれの言葉を思い返す。

 

『みんな、僕の事見てるつもりなんだろ?

 みんな、僕の事知ってるつもりなんだろ?

 ……それなら、捕まえてごらんよ』

 

 ……あのシャドウが言ったのは、たったそれだけだ。

 ……見てるつもり、知ってるつもり、とはどういう事なのだろう。

 “みんな”、が指す対象は一体何なのか……。

 そして何よりも。

 “捕まえてごらんよ”、とシャドウは言った。

 挑発の様にも聞こえるが。

 ……それはつまり、あの男が“捕まる”可能性がある何かしらを行ったという事なのではないだろうか。

 ……だがその場合、何故“捕まえてみろ”等と挑発してきたのだろう。

 シャドウは抑圧された心だ。

 それが“捕まえてみろ”と主張するという事は、つまり……。

 思索に沈みそうになったその時。

 それを中断したのは、花村の声だった。

 

「なあ、あのさ……。

 俺……昨日の晩のあの《マヨナカテレビ》に映ってたヤツって……。

 もしかして、モロキン殺した“模倣犯”じゃねーのかなって思うんだけど……」

 

 確証は今の所無い為か、何処か言葉にするのを迷う様に花村は述べる。

 

 ……恐らくは、稲羽の高校生で。

 顔に全く見覚えが無い事から、恐らくは八十神高校以外の学生で。

 そして。

 ……“捕まる”可能性がある()()を行った。

 

 とくれば、ここ最近の出来事から“模倣犯”の事を導き出すのは難しくはない。

 彼が“模倣犯”と考えれば、指名手配された筈なのに足取りが見付からず、未だ逮捕に至っていない事にも納得がゆく。

 ……何時からかは分からないが彼方の世界に居たのなら、こちらの世界で幾ら捜そうとも見付かる訳が無いのだから。

 だが。

 

「昨日の人が、“模倣犯”ってのは有り得るだろうけど。

 でも……。

 じゃあ何で、あの世界に“模倣犯”が居るんだろ……。

 “模倣犯”は【犯人】じゃない筈なのに。

 ううん、万が一【犯人】なのだとしても、あの世界が危険な場所だってのは分かってる筈なのに……。

 【犯人】の犯行、なのかな……」

 

 天城さんは何処か迷う様に言う。

 

 そう。

 彼が“模倣犯”であるのなら、『何故彼があの世界に居るのか』という疑問が当然の如く沸き起こる。

 昨晩の彼を見るに、現在分かっている【犯人】の条件には一切当てはまっていない事は明らかだ。

 だから彼が【犯人】で、彼方の世界に干渉する能力を持ち、それを利用しているという可能性は極めて低いだろう。

 そして。

 彼が“模倣犯”であろうと無かろうと、今回の件が【犯人】の犯行に依るものなのかは些か懐疑的にならざるをえない。

 今回の件は、天城さん以降続いた三件の事件とは明らかに趣が違う。

 《マヨナカテレビ》が映った段階で既にあの世界に居た事。

 それに……。

 

 確かに諸岡先生の事件は町中の噂になっていた。

 だから、個人を特定してはいなかったとは言っても、その“犯人”に稲羽の人々の注目が集まっていたのは確かだろう。

 そう言う意味では、“模倣犯”は【犯人】のターゲットになり得るのかもしれない。

 しかし、“模倣犯”は高校生である事も相俟って未だその名前を含めた個人情報の一切が、メディアの類いには全く公開されていない。

 ……彼を“犯人”だと知る事が出来るのは、極めて一部の人間に限られている。

 そう、例えば……──

 …………いや、無意味に不安を煽る様な憶測は止めておこう。

 今考えるべきは、彼の情報を如何に集めて、そして彼方の世界で探し出すか、である。

 “模倣犯”だろうとなんだろうとこのままでは彼は死ぬ。

 そうなれば、真相は闇に消えてしまうのかもしれない。

 

「取り敢えず、今は彼の情報を集めよう」

 

「ま、そうするしかないだろな。

 でも、何処の誰かも分からないヤツを探し出すのは骨だぜ。

 何か良い案あるか?」

 

 花村は頬を掻きながら訊ねる。

 

「案と言える程のモノでも無いが……。

 ……昨晩の男の事、私も里中さんも天城さんも、そしてりせも、何処かで見覚えがあるんだ。

 なら、彼の活動圏内とこちらの活動圏内は被っている筈……」

 

 似顔絵でも描いて虱潰し聞き込みをしてみたらどうか、と提案しようとした時だった。

 あっ、と里中さんが顔を上げて「思い出した!」と席を立ち上がる。

 天城さんはその様子に、どうかしたのかと首を傾げていたが。

 そんな天城さんに詰め寄る様な勢いで、里中さんは興奮した様に言う。

 

「ほら雪子! アイツだよ、アイツ!

 春の初めの頃、校門前でいきなり雪子に告ってきた他校の男子!

 何か見覚えがあると思ってたら、そういう事か!」

 

 春の初め……と言われ、そう言えば初めて八十神高校に転入した日の帰りに、そんな出来事もあったな……と思い出した。

 確かに、既に朧気になりつつある記憶の中でも印象に残っていた彼の陰鬱な雰囲気と泣き黒子と濁った様な目は、昨晩の《マヨナカテレビ》の彼と重なる部分がある。

 彼の制服は確か……稲羽高校、だったか。

 

「稲高だったら中学の時のクラスメイトでそっち行った子結構居たから、そっちの線から当たってみるね」

 

「ああ。最近姿を見せなくなった生徒がいないかどうか、調べて欲しい」

 

 地元であるだけに他校の生徒ともそれなりの繋がりのある里中さんと天城さんにそう頼み、残りは取り敢えず稲羽高校生の筈の彼が何処に諸岡先生と接点があったのかを調べてみる事にする。

 

 ……諸岡先生はずっと八十神高校に勤めていた筈だ。

 それで何故、他校の生徒である筈の彼が、殺害する程の動機に繋がる様な関係性になるのだろう。

 ……まだ何も分からない。

 だからこそ、調べるしかないのだ。

 

 一先ず、《マヨナカテレビ》の彼の似顔絵を巽くんに作って貰い、それを各自持って情報収集を開始する事となった。

(一応自分も描いてみたのだが、とても似顔絵としては使えない出来であり、お蔵入りさせる事とした)

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 情報収集と言っても、先ずそもそもの話、その当てが自分にはあまり無い。

 地元民である里中さんと天城さんと巽くんはその伝があるし、花村は地元民では無いもののジュネスのバイト繋がりで稲羽の他校にも伝がある。

 りせ曰く、件の男は以前豆腐屋の付近を彷徨いていた事もあったらしいので、りせは商店街の辺りを当たってくれるらしい。

 

 さてどうしたものか、と悩みつつ鮫川沿いの土手を歩いていると。

 何事かを考えている様な様子の白鐘くんが、休憩所を兼ねたベンチに座っている事に気が付いた。

 ……彼ならば何か情報を掴んでいるのではないだろうか。

 そんな下心を抱きつつ、白鐘くんに声をかける。

 

「こんにちは、白鐘くん。

 こんな所で何を?」

 

 声をかけると、「あっ」と少し驚いた様に白鐘くんは顔を上げて素早く席を立つ。

 

「鳴上さん……。

 ……少し、情報の整理を行っていたんです」

 

 情報の整理、か。

 ……そう言えば白鐘くんは、容疑者が固まった事で警察の《特別捜査協力員》から外されていたのではなかったのだろうか。

 こちらの考えた事はお見通しだったのか、白鐘くんは僅かに視線を伏せて言葉を続ける。

 

「今は……僕が独自に調査しているんです。

 ……警察の方では、現在行方不明の容疑者を、一連の事件の容疑者と目して捜査が進められています。

 恐らく、容疑者が逮捕され次第立件されるでしょう……」

 

 一度犯人として確定されてしまえば、それが覆されるのは容易には起こりえない。

 となれば、“模倣犯”が逮捕されると、その段階で警察は彼を“真犯人”として、そこで捜査は打ち切られてしまうのかもしれない。

 ……完全に打ち切られなかったとしても、今みたいに本腰を入れて捜査される事はなくなるのだろう。

 そうなれば、【犯人】まで警察が辿り着く可能性は極めて低くなる。

 ……そしてそれに反抗するかの様に、独自に調査を続ける白鐘くんは……。

 

 

「……諸岡先生の事件の犯人と、山野アナと小西先輩の事件の犯人は、違う」

 

 その言葉に白鐘くんは弾かれた様に顔を上げ、その発言の真意を探ろうとするかの様な目で此方の目を覗きこんでくる。

 その目を真っ直ぐ見詰め返して、白鐘くんに確認する。

 

「警察とは別に独自に調査を続けてるって事は。

 白鐘くんは、そう思ってるって事なんじゃないのか?」

 

 そう訊ねると、白鐘くんは暫し押し黙った後、微かに頷いた。

 そして、何かを逡巡する様な素振りを僅かに見せ、しかし小さく頭を振って自分の意見を述べていく。

 

「ええ、そうです。

 ……今回の件と、先の二件では、明らかに違う部分がある。

 僕は……その部分にこそ、一連の事件の“真相”が隠されているのではないかと、考えています」

 

 しかし、警察はその部分には拘っていないのだろう。

 ……僅かな時間ながら白鐘くんと接していて分かった彼の性格的に、恐らくはその意見を警察に述べてはいるだろうとは思う。

 しかし、その意見は受け入れて貰えなかった、或いは切り捨てられたか、といった所だろうか。

 故に、独自で調査を進めているのだろう。

 ふと、白鐘くんが何かを決めた様な顔付きでこちらを見上げてくる。

 そして。

 

「……僕は最初、貴方を疑っていました」

 

 そう、口にした。

 ……最初、と言う事は今は違うのだろうか?

 半ば予想していた事だけに動揺はなく、その言葉の真意を計る為無言で続きを促す。

 

「春に起きた二件の殺人には、ある共通点がありました。

 被害者が直前にテレビ報道に映り稲羽で注目を集めていた事、そして遺体が発見される直前行方不明になっていた事。

 しかし、今回の諸岡さんの件にはそれらは当てはまりませんでした。

 ですが、その共通点に当てはまる出来事は起こっていたんです。

 貴方の周囲にいる、表向きには“事件とは関わりの無い、一時的な失踪“と言う事になっている、詳細が未だ不明な事件の被害者たち。

 彼らは、失踪直前にテレビの報道により、稲羽での注目を集めていました。

 そして。

 彼らの失踪事件が起きる前に、貴方は彼らと接触していた。

 事件が始まったタイミングも、貴方が町に来た直後だった。

 疑う為の要因は、充分過ぎる程でした。

 例え犯人その人ではなくとも、共犯者やそれに類する関係だと、僕は考えていました」

 

 そこまで一息に言い切って、白鐘くんはこちらを見上げてきた。

 

「でも、そんな事を面と向かって私に言ってるって事は、今はそう思ってないって事と捉えても良いのかな」

 

 その言葉に白鐘くんは僅かに頷いた。

 

「最初は、何らかの要因によって死を免れた失踪事件の被害者を貴方が懐柔して引き込んで、犯行の口止めしているのかと考えていました。

 ですが、恐らくは違う。

 寧ろその逆で、被害者達が死を免れた要因……。

 それこそが、貴方なんじゃないですか?」

 

 答えを迫るかの様なその瞳を、確りと見詰め返した。

 白鐘くんの優秀さに、思わず称賛の拍手を贈りたくなる。

 “彼方の世界”という、極めて重要なファクターの存在を知らずして、白鐘くんはその答えに辿り着いたのだ。

 白鐘くんの並々ならぬ洞察力と分析力、それと発想力の成せる賜物なのだろうか。

 

「成程。それで、白鐘くんはそれを私に尋ねて、何を知りたいんだ?」

 

 卑怯な行為だとは思うが、白鐘くんの質問には答えず、逆に質問で返した。

 白鐘くんは確かに事件の実態に近い部分まで推理する事によって迫っている。

 しかしそれは、彼が調査して得た情報や警察が集めていた情報や証拠から導き出した推理である。

 ここで、白鐘くんは毛程も想定していないであろう“彼方の世界”や“シャドウ”に“ペルソナ”という半ばオカルトの様な存在を明らかにした所で、彼がそれを信じるとは思えない。

 煙に巻こうとしているのかと怒らせるのが関の山だろう。

 此方の世界では何の証拠も白鐘くんに呈示出来ないし、彼方の世界に実際に連れていくのはそれはそれで危険な行為である。

 ならば、その情報は黙っている方が余程良いだろう。

 少なくとも、白鐘くんに心の余裕が無い内は。

 

 今の白鐘くんには、恐らく余裕が無いのだろう。

 余裕が無いからこそ、今こんな場所で、こちらに真っ正面からそんな事を尋ねているのだろうから。

 

 白鐘くんは僅かながらも落胆した様な感情をその瞳に浮かべる。

 こちらが態とはぐらかしているのは、白鐘くんにも分かったのだろう。

 しかし一つ息を吐いて白鐘くんは尋ねてくる。

 

「僕が知りたい事は、この事件の“真実”。

 それだけです。

 ……鳴上さん、貴方は……この事件について僕や警察よりももっと深い部分……“真実”に近い部分を知っているんじゃないですか?」

 

 嘘や誤魔化しは許さない、という気迫が伝わってくるかの様な、強い意志が籠った瞳がこちらを覗きこむ。

 その意思を無下にする事は、自分には出来そうには無い。

 伝えられる範囲で、彼の思いに応えたいとは思う。

 ……“ペルソナ”や“シャドウ”といった部分を抜きにして、白鐘くんに伝えられる部分を探した。

 そして。

 

「……車。

 少なくとも天城さんの件以降は、犯人は誘拐の時に車を使っている可能性が高い。

 それも、そこそこ以上に大きい車だろう。

 そして誘拐する時は、被害者が在宅している時に玄関から真っ正面に来る」

 

 恐らくはまだ白鐘くんが掴んでいないだろう情報。

 この情報を彼がどう捉えるのかは分からないが。

 それでも何かの一助にはなるだろう。

 それだけか? と言いた気な白鐘くんに僅かに肩を竦めて返す。

 

「私だって、事件については分からない事の方が多い。

 偶々、白鐘くんが知らない部分を僅かに知っているだけだ。

 逆に、私たちが知らない部分を白鐘くんが知っている事だってあるだろうな」

 

 そう返すと、白鐘くんは何かを考え込むかの様に視線を僅かに伏せて沈黙し、暫しの後に「そうですか」と呟いた。

 新たな情報を頭の中で精査しているのだろう。

 そしてそこでふと、自分にとっての本題を思い出した。

 昨晩の《マヨナカテレビ》の男についての情報を集めなくては。

 白鐘くんが教えてくれるかは分からないが、まあダメ元である。

 

「さて、交換条件って程のモノでもないけど、私からも一つ、白鐘くんに訊ねてみてもいいか?」

 

 白鐘くんは少し考えていたが、やがて「構いません」と頷いてくれた。

 さて、どう訊ねようか。

 巽くんが描いてくれた似顔絵を見せても、白鐘くんがその彼に見覚えがなければ意味は無い。

 ここはやはり警察と繋がりがあるという点から……。

 

「今警察が追っている容疑者……。

 その人物について、何か知っている事があれば教えて欲しい」

 

 “模倣犯”の事について訊ねてみる。

 これならば、白鐘くんなら何か知ってる可能性は大いにあるだろう。

 白鐘くんは怪訝そうな顔付きをするが、答えてくれる気はあるらしい。

 

「今回の件の容疑者、ですか。

 前にも言った様に、容疑者は“高校生”ですから僕も詳しい所までは教えて貰っていません。

 ……情報になるのかは分かりませんが、一つ。

 被害者は現在は別の高校に在学していますが、以前通っていたのは八十神高校であった様です」

 

「以前はって事は……退学したか何かしたって事か?」

 

 そう聞き返すと、白鐘くんはそうであるらしい、と頷いてくれる。

 

「書類の上では、停学処分からの自主退学……と言う事になっていたそうです。

 現在の高校へは、復学と言う形で入学した様ですね」

 

 ……ふむ。

 “模倣犯”は八十神高校に在学している時、……それこそ停学処分になった辺りで諸岡先生と何かしら揉めたのだろうか。

 今まで謎だった諸岡先生と“模倣犯”との繋がりは段々見えてきた。

 これは一度皆で共有した方が良い情報だろう。

 

「……成る程。

 情報提供してくれてありがとう、白鐘くん」

 

 感謝の意を込めて頭を軽く下げると、白鐘くんは何処か狼狽えた様な顔をして、そして慌てて帽子の鍔を下げた。

 

「い、いえ。こちらも有益な情報を手に入れた訳ですから。

 ただの情報料代わりですから、気にしないで下さい」

 

 そうは言うが、白鐘くんにとっては大した事ないのだとしても、“模倣犯”の情報がこちらにとってとても有益な情報である事なのは確かである。

 白鐘くんに感謝の意を示すのは、何も不思議な事でも無いだろうに。

 さて、早速花村たちに連絡を入れるか、と白鐘くんに別れを告げてその場を離れようとしたが、ふとある事に思い至って足を止める。

 

「雨が降り続く夜の零時、この辺りでは不思議な現象が起こる。

 《マヨナカテレビ》って言うんだが、白鐘くんは知っているか?」

 

 振り返って見詰めた白鐘くんは、何を突然言い出してるんだ?と困惑気味に曖昧な表情を浮かべていた。

 

 《マヨナカテレビ》の事を伝えた所で、白鐘くんがそれを信じる可能性は低い。

 そもそもただの都市伝説だと、調べる事もしないのかもしれない。

 絶対に調べて欲しい、とまでは言わない。

 それでも。

 

「白鐘くんにもしその気があるのなら、《マヨナカテレビ》について調べてみると良い。

 きっと、白鐘くんにとって知りたい事の一部がそこにある筈だ」

 

 白鐘くんがどう反応しているのかは、もう彼に背を向けてしまったので分からない。

 じゃあ、と手を振ってその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 白鐘くんから得た情報を皆で共有してから数時間後。

 皆が新たに集めてくれた情報を統合して整理してゆく。

 その結果、《マヨナカテレビ》に映った男は『久保美津雄』だという事が分かった。

 

 里中さんや天城さんの通っていた中学出身では無かった様だが、二人は伝を辿る事で彼と同じ中学校に通っていた生徒を探し当ててくれたのだ。

 昨晩の《マヨナカテレビ》を見ていたその生徒は、既に“やらかした犯人”という事で彼の卒業アルバムの写真を友人間で回し見していた所だったらしく、二人が頼んでみた所快く(正確には面白がって)その写真を見せてくれたらしい。

 結果、見事に昨晩の彼であったという訳だ。

 

『久保美津雄』は現在の所稲羽高校に通う三年生だが、以前は八十神高校の生徒だった。

 が、素行不良と校内で暴力沙汰を起こしかけた事、その他諸々の問題行動を起こした結果、一年生の終わり頃には実質退学勧告であった停学処分を食らい、そして稲羽高校へと復学という形で入学していたのだそうだ。

 これは白鐘くんから得た“容疑者”の情報と一致する。

 で、その処分を主導していたのが諸岡先生であったとの事らしい。

 これは、当時の状況をよく知る八十神高校の三年生から、ジュネスでのアルバイターとしての伝を使って花村が聞き出してくれた。

 尚、この処分に関しては当時の八十神高校生からは拍手喝采と迄はいかずとも、諸手を上げて賛成されていた様だ。

 稲羽高校へ復学したのは良いものの、その思い込みが激しく自己中心的で他者への攻撃性が極めて高い点や、虚言癖や暴言癖に人付き合いが悪く協調性に欠けている点などから、『久保美津雄』とクラスメイトとの折り合いは極めて悪く、実質不登校の様な状態で半ば引きこもりでもあったらしい。

 故に、彼の姿を見掛けなくなったのは何時からだったのかはクラスメイト達にも分からなかった様だ。

 そして、どうやらほんの僅かな期間だが『久保美津雄』は商店街の『惣菜大学』でアルバイトとして働いていたらしい。

 だが、接客態度が悪く、何度注意しても業務を覚えられずミスをし、そして直ぐに音を上げて辞めてしまったのだとか。

 

 それらの情報から判断するに、『久保美津雄』が“模倣犯”であるのはほぼ間違いないのだろう。

 この位情報があれば探し出せそうだ、とりせは言っていた為、明日は早速彼方の世界で『久保美津雄』を捜索する事になった。

 しかしやはり腑に落ちないのは、“何故『久保美津雄』が彼方の世界にいるのか”と言う事だ。

『久保美津雄』自身が“力”を持ち、偶然か故意にかは分からないが何らかの要因により彼方の世界に迷い込んだ可能性はあるだろう。

 それについては彼を捕まえてから検証すれば良い。

 しかしそうでは無い場合、『久保美津雄』は“何者か”の手に依って彼方の世界に放り込まれた、という事になる。

 その“何者か”の目的は、一体何なのだろう。

 その意図が、掴めない。

 “何者か”が【犯人】であるにしろ無いにしろ、少なくとも(理解出来るか否かは別として)何かしらの目的があっての行動の筈だ。

 今迄の【犯人】の犯行のパターンからは、今回の『久保美津雄』の件は外れている。

 例え今回の件が【犯人】に依るモノであったとしても、そこに籠められた意図は何かしら特別な意味があるのではないだろうか……。

 

 そして何よりも。

 何故『久保美津雄』なのかと言う点だ。

 

『久保美津雄』が彼方の世界に放り込まれるに至ったのは、彼が“模倣犯”である事と関係がある可能性は高い。だが。

『久保美津雄』を諸岡先生の事件の犯人であると関連付けられるのは、細かな行動を把握出来る程極めて彼に近しい人間か、或いは事件を捜査している警察位なものであろう。

『久保美津雄』は高校生であり、その個人情報は慎重な取り扱いがなされている。

 諸岡先生の事件は連日テレビを賑わしているとは言えども、『久保美津雄』自身は全くの無名である。

 今の所その情報はメディアの類いには一切流れていないし、彼と何らかの関係性でも無い限りはそもそも顔と名前すらも知らないであろう。

 昨晩の《マヨナカテレビ》以降、極めて小規模ながらも彼と関係がある人物の間では噂になっている様だが、それは彼が放り込まれた原因とは関係が無い。

 

 ……つまり、『久保美津雄』を彼方の世界に放り込んだ人物は。

 彼の周囲の人間であるか、或いは……警察関係者である可能性が高い。

 …………。

 “何者か”の正体の推理は一旦ここで止めておこう。

 これ以上は邪推にしかならない。

 それよりも、その意図を考える方が先決だ。

 

 “何者か”(仮定として【犯人】)の意図を探る為、自分を【犯人】と仮定して問答形式で今現在分かっている情報を整理する事にした。

 

 

『お前は誰だ?』

 ……“私”は【犯人】だ。

 

『お前はどんな奴だ?』

 “私”は“力”を持っている。

 

『“力”とは、どんなモノだ?』

 人をテレビの中に入れられる“力”だ。

 

『人をテレビに入れると、どうなる?』

 テレビの中に入れられた人は、死ぬ事もある。

 

『それを知っていると言う事は、誰か殺したのか?』

 “私”はその“力”を使って五人をテレビに入れ、そして最初に入れた二人は死んだ。後の三人は助かった。

 

『その五人をテレビに入れた目的は?』

(不明)

 

『その五人を選んだ基準は何だ?』

 《マヨナカテレビ》に映っていたからだ。

 

『死ななかった被害者を殺そうとは思わなかったのか?』

(不明)

 

『どうやってテレビの中に入れた?』

 車で人を入れれる大きさのテレビを運んだ。

 そして玄関からターゲットの家を訪ね、応対したターゲットを無力化した上で車の中のテレビに放り込んだ。

 

『どうして被害者たちはお前を警戒しなかった?』

(不明)

 

『何故二人は死に、三人は助かった?』

 分からない。(状況から判断した)

 

『テレビの中に何があるのか、確かめてないのか?』

 していない。(クマの発言から判断した)

 

『つまり、何故二人が死んで、何故三人は助かったのか、テレビの中で何があったのか、知らないのか?』

 知らない。

 

 

 ………………。

 考えてみても、『久保美津雄』をテレビに入れる動機は分からない。

 彼の様な体の良いエスケープゴートを、態々死の危険性がある場所に送り込む意味は、果たしてあるのだろうか。

 

 

 暫く考えてみたが、結局何も掴めなかった。

 情報が断片的過ぎて、全体像を掴めないのだ。

 ……詳しく考えるのは、『久保美津雄』の件を解決してからでも遅くはない。

 

 夜が深まってきた辺りで、明日に備えて眠る事にした。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




今回のコミュ進行
【愚者(特捜隊)】:6/10➡7/10
【星(クマ)】:2/10➡3/10
【太陽(結実)】:5/10➡6/10

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