PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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『彼岸と此岸の境界線』
【2011/06/26━2011/06/29】


◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/06/26】

 

 

 久慈川さんの救出に成功してから、一夜経った。

 ……久慈川さんは、まだ寝込んでいる様だ。

 まあ、あの世界に居た事による疲労もあったというのに、更に情報支援担当とは言えペルソナを使って戦いもしたのだ。

 天城さんや巽くんよりも、確実に消耗していただろう。

 ゆっくりと身体を休めて、元気になって欲しいものだ。

 

 自分はと言うと、特にこれと言った問題は無く、気力体力共に充実している。

 今日はマリーに頼まれ、八十神高校まで連れていく事になった。

 休日ではあるが、入れない訳でも無いだろう。

 

「キミってさ、毎日“学校”行ってるんでしょ?

 それって、飽きないの?」

 

「いや、楽しいよ」

 

 “飽き”が全く無い訳でも無いが……。

 それでも、同じ“毎日”など無いのだし、大きいもの・小さいものの区別は付け難いが日々変化はしている。

 その変化を見付けるのもまた、楽しくはある。

 高校に通う日数など900日も無いのだから、楽しまなければ損だ。

 

「楽しい……? あ、テレビあるって事?

 “野次馬ゲーノー速報”見れる?」

 

 マリーは何かを誤解している様だが、楽しそうだし放っておこう。

 と、言うよりも、やたら“野次馬ゲーノー速報”を推すな……。

 そんなに気になっているのだろうか、その番組が……。

『“楽しい”=“テレビ”』という図式も如何なものだろうか。

 

 その時、T字路の向こうから花村が歩いてきた。

 そして、こちらを見て驚いた様な顔をする。

 

「あれっ、鳴上! それにマリーちゃんも!

 どーしたんだ?

 そっちの方向って学校だぜ?」

 

 休みの日なのに、態々通学路を歩いているのが不思議に思えたのだろう。

 

「ああ、マリーに学校を案内しようと思って。

 花村も一緒に来るか?」

 

「学校見学って事か……。

 ウチの学校、見てて楽しい所あった様には思えねーけど、マリーちゃん他校生だからそれでも良いんか。

 そーゆー事なら俺も一緒に行くぜ。

 八十神高校へようこそ、ってな」

 

 花村も加えて、一路八十神高校を目指した。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 今日は休日だから、クラブ活動等で用事がある人を除いて、校内に殆ど人は居ない様だ。

 取り敢えず、という事で二年生の教室が並ぶ教室棟二階へとマリーを連れていく。

 

「ここが俺らのクラスの教室。

 レトロな感じでこじんまりしてるっしょ?」

 

「……広い」

 

 半ば自虐的に花村はそう言って教室を見せるが、ポツっとマリーは呟いて、興味津々の顔で窓硝子越しに教室の中を覗く。

 教室の広さは平均的かやや狭い位だろうけれども、それでもあのベルベットルームよりは広いだろう。

 何せ、あそこは車内なんだし。

 

「えっ、そうか?

 まぁムダに敷地は広いから、校庭も入れれば広い、かな。

 てか、マリーちゃん所ってどうよ?

 やっぱ都会だから狭い?」

 

 そう言えば、花村は(というよりもマリーと出会ったほぼ全員が)マリーを引っ越し前の学校からの友達、だと誤解していたのだった。

 ベルベットルームの事は説明し難いし、あまり不都合は感じなかった為、誤解をそのままにしてあるが……流石にそろそろ修正しておかないと、齟齬が洒落にならないレベルにまで広がりかねない……。

 

「私の所?

 …………。狭いよ。部屋、一つしか無いし。

 狭いし、暗いし、鼻喋んないし。

 ずっと黙ってるから、つまんない」

 

 学校の事について訊ねられたというのにも関わらず、案の定、マリーはベルベットルームについての話をしてしまう。

 まあ、マリーはそこしか知らないのだし、仕方無いのだけれども。

 

「ひとつぅっ!?

 てか、狭いし暗いって、何じゃそりゃ!?

 ハナって誰だよ、先生か!?

 ずっと黙ってる先生とか、職務放棄もイイトコだろ、ソレ!!」

 

 花村が至極マトモな感性からツッコミを入れるが、マリーは意に介さず、興味の赴くままにフラフラと校内を歩き出す。

 

「何つーか、相変わらずだなー、あの子……」

 

 花村はそう溜め息を溢しながらも、マリーを追い掛けた。

 マリーはフラフラと歩きながらあちらこちらを見て回る。

 職員室の前まで来た時、不意に職員室のドアが開いて、中から何故か巽くんが出てきた。

 

「ん、先輩ら何してるんスか、こんな所で?」

 

「学年案内、かな。マリーに頼まれて。

 と、言うよりも巽くんこそ、何で学校に?」

 

 しかし、巽くんが答える前に、マリーが巽くんを指差して声を上げる。

 ……他人を無闇に指差してはいけないのだ、と今度教えてあげなくては……。

 

「あっ、オッサンだ」

 

「だから、オッサンじゃねーっつってんだろ!!」

 

 コンマ秒単位の反応速度で、巽くんは即座にマリーに反論する。

 うん確かに、巽くんはオッサンではない。

 少し実年齢よりも上に見えるのは確かだけれども。

 

「ちょっ、完二。

 お前、オッサン扱いされてんの!?」

 

 マジかー、と花村は爆笑する。

 それにヘソを曲げてしまったかの様に、巽くんはそっぽを向いて舌打ちをした。

 それを取り成して、もう一度、何故休みの日なのに学校に来ていたのか巽くんに訊ねると、どうやら出席日数と成績の事で呼び出されていたらしい。

 最近は多少真面目に来ているとは言え、4月・5月はほぼサボっていた為、中々危ないのだとか。

 そしてそれに輪をかけて危ないのが前回の中間試験だった様だ。

 7月に行われる試験の結果如何では、夏休み中に補習が課される事も視野に入れなくてはならないらしい。

 

「補習にかかるって、それよっぽどだな。

 つーか、お前何点位だったんだよ、前の中間」

 

 呆れた様に言う花村は、大体学年順位で中間層の若干下辺りとほぼ中間をゆらゆらと揺蕩っている感じの成績だ。

 里中さんも大体その辺りで、天城さんは学年上位一桁にいる。

 対する巽くんはと言うと……。

 少し気不味そうに自己申告してくれたその点数は、確実に下から数えて直ぐの順位だろう。

 ブービーとかかもしれない。

 うん、相当に危ない点数だ。

 特に理数系が苦手らしく、辛うじてある点数は択一式問題で勘で選んだ答えが偶々合っていただけなのだとか。

 

「何つーか……。

 イジるのも躊躇する様な点数だな、そりゃ」

 

「補習の条件は、三科目以上で赤点を取るか、総合点が赤点になった場合、だったっけ……?

 今から頑張って勉強すれば……脱赤点なら……何とか……?」

 

 なる、のだろうか……。分からない……。

 巽くんの点数を聞く限り、断定は無理だ。

 

「流石に補習なんてなったら、お袋パンチが飛んでくるっス……。

 ……何とかならねっスかね、先輩……」

 

「俺が教えてどうにかなる様な点数じゃないしなー……ソレ。

 つか、俺の方こそ誰かに勉強教えて貰いてーよ」

 

 巽くんが溜め息混じりにそう呟くと、花村はそう返した。

 

「あっ、花村先輩にはそういうのは期待してねっス」

 

「思ってても言うなよ!」

 

 キレのあるツッコミが飛ぶのを見て、話についていけてなかったマリーがキョトンとした顔で首を傾げる。

 

「ほしゅー?って、大変なの?

 あかてん、とかよく分かんないけど」

 

「ああ、うん……。

 色々とね、大変なんだよ。

 学校生活も楽しい事ばかりじゃないしね」

 

「ふーん……。

 それなのに、学校行ってるんだ……」

 

 よく分からない、とでも言いた気な顔でマリーは呟く。

 ここにきてマリーとの齟齬をハッキリと認識した花村が、どういう事だとばかりに訊ねてきた。

 

「鳴上? マリーちゃんって、お前の前の学校での友達なんだよな?」

 

「いや……、学外での友人だ。

 マリーには色々と特殊な事情があってだな……。

 説明は少し難しいんだが……。

 まあ、極端に世間の常識に疎い子だと思っててくれ」

 

 そもそも、多分(というより十中八九)人間ではない。

 更には、ベルベットルームにやって来る迄の記憶も無いという事も判明している。

 特殊過ぎる存在だ。

 

「特殊な事情……ね」

 

 花村はまだ色々と納得はしかねている様だが、一先ず追及する事は止めてくれた。

 尚、巽くんはどうでも良いというよりは、よく分かっていない様で「?」を浮かべているかの様な顔をしている。

 一々ツッコむ必要性など無いから、ここは放っておこう。

 話題の渦中にあるマリーはと言うと、我関せずとでも言いた気な様子であった。

 火災警報器に興味を示したらしく、どうしても押したくなる衝動にかられる(小学生位だと実際に押してしまう人もいる)あのボタンに視線が釘付けだ。

 放置すると押しかねなかったので、マリーの腕を取って、実習棟の方へと引き摺っていった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 校舎内をマリーに案内して周り、最後に連れてきたのは屋上だ。

 フェンスの向こうに見えるグランドでは、運動部が休日練習を行っているのが見える。

 

「ここが俺らの溜まり場だな。

 どーよ、青春するには悪くないロケーションだろ?」

 

「……セーシュン?

 セーシュンって、何するの?

 具体的に」

 

 花村の言葉にマリーは首を傾げ、花村に問う。

 すると、花村はあからさまな程に狼狽した。

 

「ぐ、具体的にっ?

 えーっとだな、……。

 友情を育んでみたり、悩みを打ち明けてみたり……とか?

 言葉にすっとかなり気不味いな、コレ……」

 

 普通は『青春』と言われれば、具体的には言われなくても、大多数の人にはある程度の共通する認識が成されている。

 しかし、マリーはそういう共通する認識についての知識は極めて乏しい。

 花村の説明でも納得がいかなかったのか、マリーは再び首を傾げた。

 

「……分かんない。

 あの緑とか、赤の人も?

 してるの? セーシュン」

 

「勿論。

 あと、緑の人とか赤の人、じゃなくって、里中さんと天城さんだから」

 

 一応、訂正を入れておく。

 マリーの認識が改まるのかは分からないが……。

 

「……何でセーシュンするの?

 ヒマだから?」

 

 まだ疑問があるのか、マリーは再度花村に訊ねる。

 

「えっ、まだ言わないとダメな感じ!?」

 

「……そんな難しく考える必要ねーだろ。

 自分自身に向き合うのに、理由なんざ一々要らねー」

 

 花村が困った様に視線を彷徨わせていると、巽くんが頭を掻きながらそう言った。

 

「ああ、うん。

 完二の言う通りだな。

 自分自身に向き合う為にも、そんで本当の自分を見失わない為にも、上っ面の付き合いとかじゃなくってさ、必要な事っつーか……。

 ……やっぱ、ハズいな、これ。

 もう勘弁してくれ……」

 

 花村はそう言って手で顔を覆ってしまう。

 耳が少し赤い……。

 余程恥ずかしかったのだろう。

 

「……本当の、自分。

 ……自分自身に、向き合う……」

 

 花村の言葉に思う所があったのか、マリーは考え事に耽る様な目でそう呟いた。

 

「気になるのか?

 本当の自分自身、というものが」

 

「……ううん、ならない。

 だって、ホントの事なんて、……無いもん」

 

 マリーはそう答えるが、しかしまだ何か考えている様に微かに目を伏せている。

 ……マリーには記憶が無い。

 その事で何か考えているのだろうか……。

 マリーに声を掛けようとしたその時、花村の声がそれを遮る。

 

「その話終わり!

 見るモン見たんだし、もうそろそろ帰ろうぜ、なっ!!」

 

 また話を振られては敵わないとばかりに花村がそう強引に締め、学校案内はそこで終わった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 マリーをベルベットルームまで送っていった帰りに、商店街の店仕舞いした惣菜屋の前に立っている足立さんに遭遇した。

 どうやら、今晩も閉店までに間に合わなかった様だ。

 夕飯に誘ってみると、足立さんは少し嬉しそうに乗ってくる。

 そのまま足立さんと二人、家へと帰った。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 今日の晩御飯は、ビーフストロガノフだ。

 サワークリームを生クリームで代用したり、トマトも放り込んだ日本風アレンジのモノだが。

 足立さんの好みにも合った様で、旨い旨いと言いながら、皿に多目に盛り付けたビーフストロガノフをペロリと平らげてしまった。

 

 腹が満たされて気を良くしたのか、足立さんは突然「勉強、見てあげようか?」と言い出す。

 どうしようかな、と一瞬考えていると、足立さんはニヤっと笑って続けた。

 

「なーんてね、冗談冗談。

 君の勉強見るの長そうだからヤだし。

 菜々子ちゃんの位のならいいんだけどねー」

 

 足立さんの言葉に、菜々子は目を輝かせる。

 

「菜々子の、いーの?

 あのね、宿題、ある!

 かんそうぶん、だって!」

 

「かんそうぶん……?

 あー、読書感想文かぁ。

 コツ知ってれば楽なもんだよ。

 後書きだけ読んで、まとめるの。

 中身は読まなくてもオッケー」

 

 ……ギリギリまで読書感想文を貯めて提出間際になってから焦る学生のやりそうな事だ。

 そもそも、菜々子の歳位の子供が読む本の場合、後書きを読むよりは普通に内容を読んだ方が感想文は書き易いだろう。

 と言うか、菜々子に何を教えるつもりなんだ、足立さんは。

 

「読まないの?

 本を読んで、思ったこと書くって、先生言ってたよ?」

 

「大丈夫大丈夫。

 そういうのは要領よくいかなきゃ」

 

「要領よく、というのは確かに一理ありますが。

 いきなり手抜きの方法を教えるのはどうかと思いますよ?」

 

 要領よくやろうとするのは、別に間違いではない。

 極力手を抜こうとするのも……。

 まあそう誉められた事では無いのは確かだが。

 手間を省こうと努力する事によって、世に生み出されてきたものは多くある。

 しかしまあ、まだ小学生になったばかりの菜々子に、いきなり手抜き感想文の書き方をレクチャーするのは良くない。

 そう言うと、足立さんは愉快そうに笑った。

 

「あはは、まあねー。

 悠希ちゃんは真面目だなー。

 ま、それよりほら、菜々子ちゃん。

 本持ってごらん」

 

「あっ、かんそうぶんじゃなかった!

 えっとね、本を読んで、それでそのしるしをもらうんだって」

 

 成る程、読書感想文ではなく、音読してこいという宿題だった様だ。

 

「あ、そう。良かったね、簡単なので。

 読めば良いだけなんだし……って、印?

 あー……堂島さん、今日は遅いんだよなぁ」

 

 どうしたものかと、足立さんが頭を掻くと、菜々子が何かを期待する様な目で足立さんを見た。

 

「あだちさん、しるしくれる?」

 

「えー、僕?

 ……良いよ、上手かったら花丸あげる」

 

 菜々子の言葉に少し驚いた様な顔をした足立さんは、優しく何時もとは違う笑みを浮かべる。

 

「花丸、ほしい!」

 

「はは、じゃあ、スタート」

 

 花丸の言葉にはしゃいだ声を上げた菜々子は、足立さんに促されて音読を始めた。

 

「ふかいふかい森のおく、ほそいほそい川のそばに、ピンク色のワニがすんでいました……」

 

 菜々子が音読しているのは、『ピンク色のワニ』という絵本だ。

 目を惹く可愛らしいピンク色のワニが目立つ表紙から連想される明るそうな雰囲気とは裏腹に、ストーリーラインは中々悲しいものだった。

 

 ピンク色のワニはその奇妙な色の所為で、仲間たちの輪に入る事も出来ずずっと独りぼっち。

 色が目立ち過ぎて、エサを取るのも難しい。

 そんな中、やっと出来た友達の小鳥を、ピンク色のワニは間違えて食べて殺してしまう。

 それを嘆き悲しんだワニは、その涙で湖が出来る程泣き続けて、そして死んでしまった。

 ワニの涙で出来た湖は、多くの動物たちの糧になる。

 ……動物たちは誰も、ピンク色のワニが居た事を思い出さない、そもそもワニが死んだ事にすら気が付かない。

 動物たちの生活を支えているその湖が、ピンク色のワニが流した涙で出来ているとは、彼ら自身は知らない。

 ……それでも、ワニが生きた意味、それは多くの動物たちへ影響を与えている。

 

 ……と、まあそういう話だった。

 あまり子供向けの話ではない。

 奥付けを見ると、どうやらこの絵本は2010年に出版されたものらしい。

 ……どうやら、作者の処女作にして遺作になってしまった様だ。

 この神木という作者(恐らくはペンネームではなく本名だろう)が何を想いこの物語を書いたのかは知らないが、『ピンク色のワニ』に深い思いを抱いていたのは確かだろう。

 

 菜々子が読み終えると、足立さんが印を貰う用の紙に花丸を描く。

 キレイなその花丸に、菜々子は歓声を上げて喜びを表した。

 

「はは、良かったね。

 で、悠希ちゃんは?

 何か花丸欲しいのとか無いの?」

 

 ニヤっと笑う足立さんの言葉に、首を傾げながらも考えた。

 花丸……。

 そういうものを付けれそうなものが自分にあっただろうか?

 

「花丸ですか……?

 ……何かありましたかね?」

 

「いや、それを僕に訊かれても。

 あー、君の料理なら花丸あげられるね、うん」

 

 逆に足立さんに訊ねると、足立さんが想定外の質問に少し困った様な顔をした後、あっと思い付いた様に頷いた。

 

「えっと、有難うございます」

 

「君さ、大人びて見えるけど、でも、結局まだ高校生でしょ?

 何かあったら、素直に大人に頼りなよ?

 別に、僕に頼れとは言わないからさ」

 

 ……足立さんなりの気遣いを感じる。

 素直にそれに頷くと、足立さんはハァっと溜め息を吐いてソファにゴロンと横になった。

 

「あー、疲れたなぁ……。

 ちょっと寝てって良い?」

 

「構いませんが……、どうかしたんですか?」

 

 訊ねてみると、足立さんは困った様に頭を掻きながら話してくれる。

 

「んー……、例のお婆さんが、署にお見合い写真持ってきちゃってね。

 良い子だから会えだとか何だとか……、お陰で残業しなきゃだし。

 はぁ、結婚とか有り得ないっての」

 

 その言葉に菜々子が首を傾げた。

 

「けっこん、いやなの?」

 

 菜々子位の年頃の女の子だと、《結婚》とは遠い未来の出来事だ。

 結婚式のきらびやかなウエディングドレスの様なものに憧れを抱いたりする年頃である。

 《結婚》が嫌、というのはあまり分からない感覚であろう。

 そんな菜々子に苦笑しながら足立さんは頷いた。

 

「結婚は人生の墓場だよ。

 菜々子ちゃんも、あと20年もすれば分かるんじゃない?

 って言うか、菜々子ちゃんの旦那さんになる人って、堂島さんが“お義父さん”になるのか……。

 ……わー、無理だなー。

 菜々子ちゃんは無理だなー」

 

 そもそも年齢的に厳しいものがあるだろう。

 が、それにしても……。

 

「菜々子を指して無理だとか、聞き捨てなりませんね。

 どういう意図でその様な発言をしたのか、詳らかに説明して下さい」

 

 足立さんの発言の意図を問い質すと、足立さんは肩を竦めながら答えた。

 

「えー、や、だって、ねぇ?

 無理じゃない?

 ごめんね、菜々子ちゃん」

 

 足立さんにそんな言葉を言われた菜々子は、ムウッと頬を膨らませながら反論する。

 

「……菜々子だって、やだもん。

 くつ下に穴あいてるひと、やだもん!」

 

「空いてませんー」

 

「こないだあいてたよ! 菜々子見たもん!」

 

 菜々子と下らない言い合いをした後、叔父さんが帰ってくるまで足立さんは眠った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/06/27】

 

 

 放課後、小西くんに誘われて商店街の愛屋にやって来た。

 

「旨いっすよね、ここ。

 家近いし、よく来てたんですけど、最近あんま来てなくて……」

 

「……少し飽きた、とか?」

 

 何せ同じ商店街の中にある店なのだ。

 通い過ぎて少し飽きる、という事はあるだろう。

 しかし、小西くんは首を横に振る。

 

「あっ、いえ。

 ガキん頃から来てましたけど、何でか飽きないんすよ」

 

 不思議です、と心底そう思っている様な顔で、手にしている丼を眺め、ふと溜め息を吐いた。

 

「……ウチの酒屋、今結構忙しいんですけど、……あんま手伝える事とか、無いんすよね……。

 ……だって、商売で忙しい訳じゃなくて……」

 

 そこで一旦言葉を止めた小西くんは、微かに目を伏せる。

 

「マスコミが連日押し掛けてくるってのは減りましたけど、他に事件とかが無かったりしたら急に来る事もあるし……。

 ……近所の人たちも、入れ替わり立ち替わりやって来て……。

 ……急に泣いたりするんすよ、『まだ若いのに可哀想』って……。

 姉ちゃんと話した事なんて無い様な、町内会のおばさんたちまで……」

 

 そして、目に苦悩を滲ませ、苦し気に息を吐いた。

 

「で、何時も決まった様に俺に言うんすよ。

『お姉ちゃんの分まで、立派に生きなきゃね』って……。

 ……正直、息苦しいです。

 ……“立派に生きる”って……、何なんでしょうね」

 

 まるで独り言の様な小西くんの問いに、少し目を閉じて考える。

 

 “立派に生きる”、ね。

 それは外野の人間がとやかく言って決める事ではない。

 自分が納得して、それに胸を張れるのならば、それは“良い人生”だとは思う。

 それでも他人からの評価というものも無視しきれる要因では無い。

 例えその人当人にとっては良い人生であっても、それが他人から見て良い人生に“見えるか”と問われればそうとは限らないだろう。

 だが、どんなに大勢の人々から“立派な人生”だと評価されても、自分自身が納得出来ないならそれは違うとは思うが……。

 ……難しい話だ。

 何を以て“立派な人生”とするのかは、それこそ人各々だろう。

 

「……私には、これと断言する事は出来ないな。

 ……私だって、それを探している途中なのかもしれない」

 

 ただ、小西くんが悩む“立派な人生”とやらは、結局他人からの押し付けの意見に過ぎない。

 それ通りに生きなくてはならないなんて事は全く無いだろう。

 言いたい人には勝手に言わせておけばいい。

 小西くんの心情を無視して自分の意見を一方的に押し付けてきている輩の大半は、ただ単に(大して知りもしない)隣人の不幸を悲しんでいる自分に酔っているだけだろうし。

 一々マトモに取り合っていてはキリが無い。

 

「鳴上先輩にも……、分からないんすね。

 ……難しいっすよね、“生きる”って。

 もう、生きちゃってるのに……」

 

 そう言って、小西くんは少し途方に暮れた様な顔で、困った様に笑う。

 

「……鳴上先輩相手だと、何だか要らん事まで話しちゃいますね。

 すみません」

 

「いや、気にしなくても良いよ。

 小西くんが話したいのなら、好きに話せば良い」

 

 そう返すと、小西くんは少しだけ柔らかな表情で笑う。

 そして、ポツリポツリと少しだけ話をしてから、小西くんとその日は別れた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 見上げた夏の夜空は澄んだ様に晴れ渡り、星の海が一面に広がっている。

 稲羽には街灯が少ないからか、街にいる時よりも見えている星の数は多い。

 揺らめきながら月と星の光が水面に映し出されている。

 絵に描いた様に、穏やかな夏の夜だ。

 

「ねえ、まだ?」

 

 その時、横に座ったマリーが少し退屈そうな顔でそう訊ねてきた。

 

「うん、まだだね」

 

 竿を持つ手は緩めず、そう返す。

 浮きには何の変化も無い。

 もう少し経てば何か釣れる気がするが……。

 あくまでも気がするだけだ。

 まだ何も掛かっていないのは事実である。

 

 ……マーガレットさんから無事に許可を貰ったので、マリーを誘って夜釣りに出掛けた。

 ここ最近は色々と忙しかったので夜釣りは少し久しぶりだ。

 前に来たのは、6月の初めの方だったか……。

 

 マリーを夜に連れ出して良いのは、晴天の時だけらしい。

 理由は詳しくは教えて貰えなかったが、夜は昼よりも更に存在が揺らぎ易いので、曇りの時でもダメなのだとか。

 夏祭りの時とかは、晴れている様に今の内から祈っておこう。

 

 釣りと言うのは、基本的に待つ時間の方が遥かに多い。

 入れ食い状態になるのは滅多に無い事である。

 始めてから十数分程待っているが、今の所魚が反応している様子は無い。

 最初は興味津々といった風に竿を眺めていたマリーだが、待ち続ける事に飽きがきた様だ。

 

「これ、どこが楽しいの?」

 

「うーん……まあ、何処が楽しいのかは人によるとは思うけど、私はこうやって待ってる時間が好きかな。

 色んな事をのんびり考えられるし。

 それに、今晩はこうやってマリーとゆっくり話す事が出来る」

 

 そう言って、横で釣り餌用の虫を入れた虫籠を見ていたマリーに目をやると、マリーは何故か頬を少しだけ赤くしてプイッとそっぽを向いてしまった。

 

「全然意味分かんないし、このてんねん人たらし!

 ……でも、私も……キミと話すの……嫌じゃないし……」

 

「……そっか」

 

 マリーのその様子を微笑ましく思いながら視線を浮きの方へとやる。

 ……どうやら魚が反応しているのか、浮きに動きが見られた。

 グイッと浮きが沈んだのを見計らってアワセを行い、魚の口に針を引っ掛ける。

 その途端に、凄まじい力で竿がグイグイと引っ張られた。

 これはトンでもない大物だ……!

 最低でもオオミズウオ……いや、若しかしたら噂に聞く川の主と言うヤツなのかもしれない。

 

「オオモノってやつ?」

 

「多分ね、もしかしたら川の主なのかも」

 

 油断すると竿ごと持っていかれてしまいそうな魚の力と勝負しながらジワリジワリと糸を巻きながら、先程までの退屈そうな色を吹き飛ばしたワクワクとした目で見ているマリーに頷いた。

 川の主に出会うのはこれが初めてだ。

 是非ともこの場で釣り上げてみたい……!

 

「……大丈夫なの、コレ?」

 

 最早折れる直前とでも表現したくなる程にしなる竿を見て、不安そうにマリーが訊ねてくる。

 

「大丈夫、だと思いたいけど……」

 

 釣れるのが先か、糸が切れるか竿がイカれるのが先か……、それは正直な所分からない。

 そう答えると、マリーは意を決した様に、何故かこちらの腰に手を回してグイッと引っ張ってきた。

 ……まるで幼い頃に見た『大きな蕪』の挿し絵の一場面の様である。

 きっと、マリーなりに手伝おうとしてくれているのだ。

 これは気合いを入れなくてはならない。

 掛かった時よりは魚もかなりこちらまで引き寄せてきている。

 某栄養ドリンクのCMではないが、正に「ファイト、一発!」とでも叫ぶべき場面だ。

 

「よーしっ、気合い一発……。

 ペル……ソナーッ!!!」

 

「呼んでどうするのッ?!」

 

 テンションの勢いのままにそう声を上げると、間髪入れずにマリーが突っ込みをくれた。

 ナイス突っ込みだ。

 そして、気合いを入れたからか、見事に川の主様を釣り上げる事が出来た。

 一般的に、大きな声を上げると力が出しやすくなる。

 恐らくは先程上げた声でその効果が出たのだろう。

 釣り上げた川の主様は……超巨大に肥大化したアロワナの様であった。

 1メートルどころか、菜々子よりも大きい。

 釣り上げてなおも元気に暴れている。

 多分在来種であろうから川に返してあげるつもりではあるが、その前に記念撮影と洒落込みたい所である。

 携帯を取り出して、川の主様だけを写した写真を一枚撮る。

 そして、釣り上げた証拠としての記念撮影を行おうと、タイマーモードを起動させてマリーと二人で川の主様を掲げた写真を撮った。

 

「何で私も写したの? その大きな魚釣ったのキミじゃん」

 

「それはそうだけど、マリーが手伝ってくれたから釣れたんだ。

 だから、釣り上げた記念撮影なんだしマリーも居なきゃダメだね」

 

 そう答えながら川の主様を川へと返す。

 主様はあっという間に遠ざかり、夜の暗い水の中へと消えていった。

 マリーは「そっか……」と呟いて、何やら納得してくれた様である。

 

 今度写真を現像したらマリーにもあげよう、と思いながら、その夜はマリーをベルベットルームまで送り届けてから家へと帰った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/06/28】

 

 

 部活帰りに商店街に立ち寄って、家の手伝いを終えて休憩していた小西くんを誘って、近くにある“惣菜大学”で買い食いしながら、店の前に設置されている簡易なテーブルに腰掛けて、二人で他愛も無いちょっとした失敗談などの笑い話をした。

 小西くんはこちらの話に爆笑し、お腹を抱えてしまう。

 

「はははははっ! ま、まじっすか!?

 先輩でもそーゆー事するんすね! やっべーっ!」

 

 一頻り爆笑した小西くんは、笑い過ぎて目の端に浮かんでいた涙を手の甲で拭いながら、柔らかな表情で笑う。

 

「……はは、こんなに思いっきり笑ったの、久々かも。

 楽しいっすね、やっぱり」

 

 そして、ほんの少しその表情に影を落として呟いた。

 

「何時も、何て言えば良いのか……“監視の目”があるんすよ。

 ……もう、慣れましたけど……。

 俺が被害者面してないと、満足出来ない人達っているみたいで……。

 今日みたいに下らねー話で笑ったりとか……、全然……」

 

 暗い声でそう呟いた小西くんは、ふと顔を上げて「何か愚痴っちゃって……すんません」と謝ってくる。

 それに「構わない」と返したその時。

 偶然近くを通り掛かった、買い物帰りと思われる主婦が、突然こちらに近寄って小西くんに話し掛けてきた。

 

「尚紀くん!

 学校帰りにこんな所に寄り道してちゃダメよぉ。

 あなたまでフラフラ遊んでいたら、ご両親に心配かけると思わない?

 お家の酒屋さんのお手伝いは?

 お父さん、大変そうじゃない」

 

「……はぁ、……」

 

 主婦の捲し立てる様な一方的な物言いに、小西くんは言い返す事も、然りとて頷く事も出来ずに、少しばかり嫌気を滲ませた曖昧な態度で応じる。

 

「はぁ、じゃないわよぉ。

 お姉ちゃんがあんな事になって大変なのは分かるけど。

 今こそ、家族の力を合わせなきゃ。そうでしょ」

 

 小西くんは何も言わず、ただ黙って俯いた。

 その態度が気に触ったのだろう、主婦はあからさまに眉を顰め、語気を少し荒くする。

 

「あらぁ、尚紀くんの為に言ってるのに、その態度は無いんじゃな~い?」

 

 小西くんは辛そうに、にじり寄ってくる主婦から目を反らした。

 

 ……流石に幾ら何でももう限界だ。

 小西くんが反論しないからと言って、これ以上好き勝手な事を口に出させる訳にはいかない。

 

「……お言葉ですが、貴方は何を以て、“小西くんの為”だと仰っているつもりですか?

 貴方のその主張は、随分と一方的で独善的な……ただの押し付けにしか私には聞こえませんが。

 友人と休憩している程度で、何故貴方に咎められなくてはならないのでしょうか」

 

 席を立って主婦に向き直って淡々と訊ねると、何故か主婦は気圧された様に狼狽え、小西くんが慌てた様に立ち上がった。

 

「い、いいんです……鳴上先輩……」

 

「そ、それじゃああたし、もう行かなきゃ。

 尚紀くん、しっかりしなさいね!」

 

 小西くんにそう制止され、一瞬そちらに顔を向けた途端に、主婦は慌ててそう言い捨てて、走り去る様にその場を後にした。

 後には、少し気不味そうに俯く小西くんと自分だけが残る。

 

「……すんません、何か……、変な空気にしちゃって」

 

「小西くんの所為じゃ無いんだから、気にしないで」

 

 事実、小西くんは何も悪くは無い。

 小西くんがあの主婦に言い返した所で、より面倒な事になっていただろうし。

 あの主婦の気が済むまで、黙ってただ待つというのもそう悪い選択では無かった。

 

「……はい。でも、ありがとうございます……。

 ……言い返してくれて、何か……嬉しかったです……」

 

 そして、小西くんは困った様に苦笑する。

 

「……一人だったら……困ってました。

 ウチ、商売やってるんで……」

 

「ご近所付き合いは特に大切だし……、怒鳴ったり……反論も難しい、のかな、やっぱり」

 

 やはり地域に根差した商売をしているだけに、狭いコミュニティ内での柵も多いのだろう。

 小西くんは静かに頷く。

 

「……そうっすね」

 

「そっか、……大変、だな」

 

「……はい……」

 

 ビフテキ串を食べ終えてから、その日はそこで別れた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 今日は家庭教師のバイトの日だ。

 今日は中島くんが苦手だという英語を、出来るだけ理解し易い様に、頑張って教えた。

 休憩時間に、中島くんはフゥと溜め息を吐きながら一人呟いている。

 

「……英語も暗記科目なのかなぁ。

 数学も、公式覚えて当て嵌めるだけ。

 理科だって、化学反応式を覚えるだけ。

 テストは、覚えられたかどうか判定して、忘れている箇所を落とすだけ……」

 

 そして中島くんは暫く何かを悩む様に俯いて黙った後、急に顔を上げてこちらを見た。

 

「……ねえ、先生の学校って、イジメとかある?」

 

 中島くんに訊ねられ、少し考える。

 多少対人関係が上手くいっていない人とかは知り合いにも居るが、少なくともイジメレベルでの問題を抱えている人は、少なくとも自分の知る限りではいない。

 

「……私が把握している限りでは、無いと思うよ」

 

「……高校生にもなってたら、そうですよね……」

 

 中島くんは何度も頷いて、そして俯いた。

 ……別に、高校生だからイジメをしないとかでは無い。

 イジメなんて、高校でも大学でも、それこそ社会に出た後だって、やる人はやるし、探せばきっと沢山見付かるのだろう。

 今把握している範囲で、八十神高校でイジメが無いのは単に偶々でしかない。

 それよりも、そんな事を訊ねてくると言う事は……。

 やはり、中島くんは……。

 

「別に、暴力を振るわれるって訳じゃないんです。

 ……物を隠されたりとか、何かを盗られるって事でもない。

 ……ただ、居場所が無いだけ……。

 それは、イジメとは、違うのかな……」

 

 所謂シカトをされている様だ。

 ……クラスに居場所が無いというのも、ツラいものである。

 ……まあ、中島くんの対人スキルが低めである事は否めないので、そこに至るまでの過程も何と無く想像は付くが……。

 ……勿論、幾ら相手の対人スキルが低いからといって、シカトして良い理由にはならないが……。

 

「……よし、私に任せろ」

 

 取り敢えず、中島くんの対人スキルを磨く所から始めてみるべきだろうか。

 そう決意すると、中島くんは驚いた様に目を見開いた。

 

「……先生……。あ……と、どうも」

 

 そう言って中島くんは何処と無く嬉しそうに笑うが、ふと慌てた様に訂正を入れた。

 

「あ……、えっと……。

 ……僕の事じゃ無いですよ。

 クラスの……転校生の事です。

 ……僕じゃない」

 

 目を逸らしながらそんな事を言っても、信憑性は0だが……。

 

「……何か、先生には言わなくても良い事まで言っちゃうな……」

 

 そう言って中島くんは苦笑した。

 

「別に良いさ、気にしていないから」

 

 寧ろ、一人で抱え込んで自爆するよりは余程良いだろう、お互いに。

 

「……うん。あ、えっと……。

 また、来て貰えますよね?」

 

「勿論」

 

 そう頷くと、中島くんは安心した様に笑った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/06/29】

 

 

 部活終わりに商店街に立ち寄った際に、店先で出会った小西くんに、相談したい事がある、と、連れられてやって来たのは愛屋だった。

 店内の客は皆各々の会話に夢中で、こちらに気を払っている人など居ない。

 小西くんは迷い、そして言い淀みながらも相談事を話し始めた。

 

「……あの、……相談したい事ってのは……。

 ……その、俺……。

 ……学校、辞めようと思ってるんです……。

 ……ウチの酒屋、継ごうと思って……」

 

 予想外の内容に、少し驚いたがそれを極力表に出さず、小西くんにその続きを促す。

 

「……家業とか、興味も無かったし……、正直今も無いですけど……。

 ……残った家族で力を合わせろって……そう言われるから、……まぁそうなのかなって……」

 

 ポツポツと語る小西くんの顔は、苦悩の中に何処か少し投げ遣りな部分も垣間見えた。

 ……小西くんがその考えに至ったのには、やはり周囲からの無責任な声も大いに影響を与えているのだろう……。

 

「……それは、小西くんが自分で考え抜いて、決めた事?」

 

 ……小西くんが自分で考え抜いて、そして、自分自身が納得出来るというのなら、それはそれで良いのだろう。

 ……高校中退、というのは将来的にはあまり良い方向には働かない要素ではあるけれども。

 それを背負うリスクとかも考えて決めた事であるのなら、そこから先はもう小西くん自身が結果を背負っていかなければならない事になる。

 ……ただ、小西くんが置かれている状況を考えると。

 本人が自覚しているのか否かは置いておくとして、小西くんが周りの声に流されて、自分自身の将来にとって重要な事を決めようとしている様に感じてしまう。

 

「…………それは……。

 正直、分かんないっす……。

 ……でも、何かしなきゃって……」

 

 息をする事すら辛そうに、小西くんは息を吐く。

 ……小西くんは、同情などから次々と“やらなくてはならない事”・“やるべき事”を取り上げられていってしまい、出来る事が無くなっていってしまっている状況に参ってしまっていた。

 何かをしなくてはならないと感じているのに、するべき何かが見付からない。

 それ故に、周りから『こうしなさい』・『こうするべきなのよ』と言われた事に流されてしまいそうになっているのだろう。

 ……だが。

 小西くんにそう無責任に声を投げ掛けた人達は、誰一人として小西くんの将来に責任なんて持てない。

 それは……今ここで小西くんの話を聞いている自分とてそうではあるが。

 

「……今まで、店を継ごうなんてこれっぽっちも考えた事も無かったんすよ。

 ……先輩には言いにくいですけど、ジュネスがある限り、うちみたいな個人の酒屋に、未来無いですし。

 伝統ある店って訳でも無いんで、オヤジの代で潰すのかなって……。

 けど、……こうなったら仕方無いと、……俺がやるしか無いのかなって……。

 ……そう思うんです」

 

 机の上で組んだ手をジッと見詰める小西くんの表情は暗く、目は何処か遠くを見ていた。

 

「……そうか。

 ……小西くんがその選択に後悔が無い、というのならそうすれば良い。

 ……何を選ぶも、どう行動するも、それは小西くんの自由だから。

 ……ただ、何も今ここで結論を出さなくてはならない訳じゃない。

 だから、ゆっくり考えて、一度御家族とも話合ってみれば良いんじゃないかな」

 

 そうアドバイスにもならない様な提案を投げ掛けると、小西くんは小さく頷く。

 そして……。

 

「……何で、姉ちゃん……死んだんすかね」

 

 ポツリとそう呟いた小西くんは、まるでそう口にした事自体を自分自身に驚いた様な顔をした。

 そして、少し気不味そうに続きを話す。

 

「あっ、……その……。

 ……死因とか、凶器とかってのじゃなくて……。

 ……どうして、姉ちゃんが死ななきゃならなかったのか……。

 ……俺や、家族も巻き込まれて……。

 ……………………。

 ……すんません。

 ……こんな事、先輩に話したって、先輩もどうする事も出来ないのに、何か愚痴っちゃって……」

 

「……別に、構わないよ。

 ……私に話して、少しでも整理がつくというのなら、幾らでも話してくれて良い」

 

 他人に対して言葉にして初めて、心の整理がつくという事もあるだろう。

 そう返すと、小西くんは静かに頷いた。

 そして、深く考え込む様に沈黙する。

 

 その日はそこで小西くんと別れ、家へと帰った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 病院の夜間清掃バイトに向かうと、バイトの終わり間際に救急救命室の前のベンチで、また休憩中だったらしい神内さんと出会った。

 お互いに軽く会釈をして、少し話をしようか、と神内さんに誘われたので一緒にベンチに座る。

 

「そう言えば、鳴上さんはどうしてこのバイトをしてるんだい?

 この辺りの高校生がこんな時間帯のバイトを選ぶのって、中々無いんじゃないかなって思うんだけど」

 

 まあ確かに。

 八十神高校の生徒たちの大半は、こんな時間帯の……しかも病院清掃というバイトは選ばないだろう。

 そういう点では自分は割りとレアケースなのかもしれない。

 

「まあ、時給が良いからですね。

 何かとお金は入り用なので。

 貯金はしているんですけれど……」

 

 やはりあちらの世界で使う武器の代金の為というのが大きい。

 何度も言うが、(自称アートの)武器は高価だ。

 それを人数分用意しなくてはならないのである。

 特捜隊用のお財布の中身は、常に自転車操業状態だ

 そう答えると神内さんは少し楽しそうに笑った。

 

「はは、確かにね。

 僕も学生の頃は支出ばかりが多くて困ってたなぁ。

 貯金したり、バイトして稼ごうとする鳴上さんは偉いよ、うん」

 

「……そうなんでしょうか……。

 ……そう言えば、神内さんはどの辺りの高校に通っていたんですか?」

 

 八十神高校に登山部……或いはワンダーフォーゲル部は無い様だから、神内さんの出身高校は八十神高校では無いのだろうけれど。

 

「僕かい?

 この辺りの学校じゃないし、そんなに有名って訳じゃないから、名前を言っても分からないと思うよ」

 

「この辺りの出身じゃ無かったんですね」

 

 頬を掻きながらそう答えてくれた神内さんの言葉に、特にこれと言った感慨もなくそう返した。

 

「うん、まあね。

 小・中・高と地元の学校に通って、大学は地元を離れて下宿して……。

 この病院に来るまでは、そもそも“稲羽”って町がある事すら知らなかったんだ」

 

 まあ、ここが地元でなかったのならそんなモノなのかも知れない。

 自分だって、叔父さんたちが稲羽に住んでいたのでなければ、稲羽に来る事も、そもそもこの町の存在自体を知らなかっただろう。

 

「この病院にはどれ位お勤めなんですか?」

 

 何の気なしにしたその質問に、神内さんは僅かに詰まる。

 そして、微かに俯いて息を吐いた。

 

「……二年、になるのかな」

 

 ……神内さんの見た目からの年齢を考えると、二年前も他の場所の病院で働いていたのだろう。

 ……そこで何かがあったのかも知れない。

 デリケートな領域に踏み込んでしまったのだろうか……。

 言葉を探して少し黙っていると、神内さんは力なく微笑んで立ち上がる。

 

「さて、そろそろ時間だからもう行かなくちゃね……。

 ありがとう、今晩も鳴上さんと話せて楽しかったよ。

 じゃあ、また。夜道には気を付けてね」

 

 そう言って立ち去る神内さんを見送って、その日はバイトを終えた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




さて今回は、前々から前フリしていたマリーとの夜間イベントをブッ込みました。
P4GAで散々夜間も一緒に行動してたんで、まあ遠慮しなくても良いのかな、と開き直ったが故です。
公式がやってるんだから問題ないですね……!
これで夏祭りとか花火大会とかに参加させても言い訳が出来ます。
一応『晴れの日の夜』という制限は付けときました。
実際問題、夜は別に大丈夫な気もするんですよね。
逢魔ヶ刻はマリーが出歩くとヤバイ気がしますが。


なお、今回のコミュ進行具合は…………
【刑死者(尚紀)】:1/10→5/10
【死神(神内)】:2/10→3/10
【塔(秀)】:4/10→5/10
【道化師(足立)】:4/10→5/10
【永劫(マリー)】:3/10→4/10
です。

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