PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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【2011/06/25】

◆◆◆◆◆

……………………

………………

…………

……

 

 

 

 

 緩やかな振動を感じて、目を開けると、視界には鮮やかな蒼が広がっていた。

 ここは……、ベルベットルーム、なのか……?

 

 思わずそう考えてしまったが、何時もの様にイゴールさんが出迎えてくれる。

 ……間違いなくベルベットルームだ。

 …………しかし、何故自分はここに居るのだろう?

 直前の記憶が曖昧だ……。

 ……久慈川さんの救出に向かった事までは確かに覚えているのだが……。

 その後、どうしたのだろうか……。

 何とか記憶を辿ろうとしていると、イゴールさんが厳かに口を開いた。

 

「この度は、些か変則的なお呼び立てになってしまいましたな。

 一つ、貴女にお伝えしなくてはならぬ事が御座います故」

 

 変則的……?

 ……こに来る直前に何かあったのか……?

 ……考えても、思い出せない……。

 それよりも、イゴールさんが伝えたい事とは何だ?

 

 イゴールさんがテーブルに手を翳すと……。

 ……一際眩い光を放つカードが二枚、現れた。

 これは……?

 

「これは貴女が【真実の絆】を手に入れた証……」

 

【真実の絆】……?

 それは、こう……。物凄く強い絆という事だろうか?

 

「左様。貴女が結ばれた“絆”が真に深まったという証で御座います」

 

 “絆”が真に深まった、と言われて思い浮かべたのは。

 叔父さんと菜々子だった。

 恐らくはそれで合っているのだろう。

 イゴールさんは深く頷いた。

 

「これらは【真実の絆】により貴女の内に目覚めた『ペルソナ』たちで御座います。

 その“力”は強大無比……。

 必ずや、貴女が【真実】へ辿り着く為の力となりましょう。

 しかし、貴女は“力”に目覚めてまだ日が浅い。

【真実の絆】の“力”を御するには、貴女の“力”はまだ未熟……。

 己が丈に合わぬ“力”は、自らに仇成します」

 

 ……それは、要は凄い“力”があっても、それを扱い切れる程には、自分の実力がまだ無い、という事か……?

 ……それは何だか、そのペルソナをくれた二人に対して申し訳ない気持ちになる。

 

「その“力”を御する事が出来ぬからと、焦る必要は御座いません。

 “力”の目覚めが、貴女の成長よりも早かっただけの事。

 いずれは貴女もこの“力”を真に御せる時が来ます。

 貴女は貴女の思うがままに、旅路を行けば宜しい」

 

 ……それはそうだろうが……。

 このベルベットルームの主であるイゴールさんをして、強大無比と言わしめる“力”、か……。

 イゴールさんの口振りから、その“力”を全く使えない訳では無いのだろう。

 しかし、自分へのダメージが大きいとか、そう言うデメリットも存在する、という事なのだと思う。

 ……自分にその“力”をくれた二人の事を思うと、その“力”で自分自身を傷付けるなんてバカな事はしたくない。

 だけれども。もし手段を選んでいられない時が来たら……。

 きっと自分は躊躇わずに、その“力”を使ってしまうのだろう。

 その確信が、己にはあった。

 

「……左様ですか。

 それもまた、貴女が選ぶ道なのでしょう。

 ……だからこそ、貴女は今ここに居るのでありますが」

 

 

 ……だからこそ、ここに?

 …………。……ッ!

 頭がズキリと痛み、何かが急に決壊した様に、目の前にある光景が浮かぶ。

 

 己の全てを出しきっても、それでも尚届かなかった強大な『シャドウ』……。

 倒れ伏す、仲間たち。

 そして、そこに迫る『死』が━━

 

 …………! そうだ。

 自分は、先程まで、ここで目を覚ますまで、確かに久慈川さんの『シャドウ』と戦っていた筈だ。

 だが、あの光景の後の記憶が、ここで目覚める迄の間の分が、全く無い。

 まるで焼き切れてしまっているかの様に、そこで自分の中の記憶は途切れている。

 あの後、一体どうなったのだ。

 花村は、里中さんは、天城さんは、巽くんは……!

 焦って立ち上がろうとしかけた所を、イゴールさんに宥められた。

 

「貴女が対峙しておられたものは、既に倒されました。

 ただし、貴女が守ろうとしていた方々は、新たなる試練に立ち向かっておられますが」

 

 新たなる試練……?

 ……まさか、あの後また別の『シャドウ』が現れたのか?

 ならばこうしては居られない。

 早く、花村たちが戦っている場所へ行かなくては……!

 

「もう行かれますか」

 

 当たり前である。

 仲間が戦っているのだ。

 それなのにここで1人、呆っとしているなど、自分自身が許しはしない。

 

「フフ……それではまた、ごきげんよう……」

 

 イゴールさんが微笑んだのを最後に、視界はブラックアウトした。

 

 

 

 

……

…………

………………

……………………

◆◆◆◆◆

……………………

………………

…………

……

 

 

 

 

 目を開けるとそこは、久慈川さんの心が作り出した劇場の最奥の、ステージがある広間であった。

 どうやら自分は椅子に寝かされていたらしい。

 身体を起こすと、側に謎の物体が垂れかかる様に置かれている。

 ……よく見ると、異様な程ペラペラになってしまったクマだった。

 こんな状態で大丈夫なのかと焦ったが、微かに身動ぎをしている。

 ……生きてはいる様だ。

 しかし、一体クマの身に何が起きたのだろう。

 ふと周りを見てみると……。

 花村たちが巨大な異形と戦っていた。

 しかも、久慈川さんまで見慣れぬペルソナ(恐らくは久慈川さんのものだろう)を召喚して一緒に戦っている様だ。

 先の久慈川さんの『シャドウ』との戦いの結末を自分は見届ける事が出来なかったが、ペルソナを得ている所を見るにどうにかなった様だ。

 そこは安心した。

 ……しかし、久慈川さんの消耗は『シャドウ』との戦いが始まった段階で既にかなりのものであった筈。

 ……大丈夫なのだろうか……?

 

 それよりも、あの異形は何なのだろう。

 ……大雑把な見た目はクマみたいな姿をしているが、デカイ上に可愛げは0である。

 ……クマの、『シャドウ』か?

 まあ相手の素性は置いといて、どうやら皆はかなりあの敵に苦戦している様だ。

 それならばこうして見ている訳にはいかない。

 立ち上がっても、疲労や痛みは感じなかった。

 眠っていたからなのか、はたまた天城さんあたりが傷を癒してくれたのか……。

 どちらにせよ有難い事だ。

 これで、何の憂いも無く闘えるのだから。

 

 その時、何が起きたのかは分からないが、視界の端で花村たちの動きが鈍る。

 そして。

『シャドウ』が左腕を振り上げているのを見た瞬間、それの危険性を半ば本能的なもので把握した。

 

「……! ゲンブ、《ボディーシールド》!」

 

 その衝動に突き動かされる様にゲンブを召喚して、《ボディーシールド》━━効果範囲内の味方のダメージを肩代わりする能力を行使する。

 そして、一切の躊躇いなく、『シャドウ』の腕が薙ぎ払うであろう場所……、花村たちが居る所へと飛び込み、防御の体勢を取った。

 

 直後、『シャドウ』の攻撃が周囲をまとめて薙ぎ払う。

 この場の全員分のダメージの肩代わりという凄まじい負荷を受けたが、ゲンブは辛うじて持ち堪えた。

 

「鳴上!!」

 

 花村が、驚いた様に声を上げる。

 それに、ゲンブからのフィードバックの痛みに耐えつつ、振り向いて答えた。

 

「すまない、待たせた」

 

 それ以上は、『シャドウ』を前にして長々と話している暇は無い。

 手早くゲンブからイザナギに切り換える。

 そして、攻撃には参加せずに指示を出していた事から、久慈川さんは敵の分析を担当しているのだろうと当たりを付けて戦況の説明を求めた。

 

「すまないが、状況の把握をしたい。

 アレは一体何だ?

 どの様な耐性で、どの様な攻撃を仕掛けてくる?

 戦況も含めて、詳しく教えて欲しい」

 

 こちらの求めに、久慈川さんは頷いて手早く説明を始めてくれる。

 

「あれはクマさんから出てきたの。

 氷結は分からないけど、物理・火炎・電撃・疾風は効くよ!

 今、皆の防御力が下げられているの」

 

 それならばイザナギを召喚しているのは、都合が良い。

 《デクンダ》を使って、皆に掛けられていた弱体化補正を打ち消した。

 そして、『シャドウ』が叩き潰さんと振り下ろして来た右腕を横に飛んで避けつつ、イザナギが手に握る刃に雷を纏わせながら『シャドウ』の右腕を深く切り裂く。

 切り裂かれた布地の向こうは、仮面の向こうとおなじく虚空であった。

 久慈川さんは『シャドウ』の状態を逐一分析しつつも、説明を続けてくれる。

 

「《マハブフーラ》・《ヒートウェイブ》・《氷殺刃》……あとそれと、さっきの強烈な攻撃……《魔手ニヒル》を仕掛けてくるみたい。

 《魔手ニヒル》は特に危険だから、ガードして!

 《愚者の囁き》、《コンセントレイト》・《ヒートライザ》・《デカジャ》も使ってくるよ!」

 

 どうやらクマの『シャドウ』は氷結属性を仕掛けてくるらしい。

 ならば、氷結属性に何らかの耐性がある可能性が高い……か。

 氷結属性を仕掛けるのは止めた方が良いだろう。

 花村と天城さんは、どうやらペルソナを封じられているらしい。

 イザナギをアルウラネへと切り換えて、《解放メメント》で二人を状態異常から回復させると同時に、その予防を行う。

 少しの間とは言えども、これで『シャドウ』の《愚者の囁き》を封じた。

 

「サンキュな、鳴上!」

 

 礼を言ってくる花村と天城さんに頷いて、指示を飛ばした。

 

「魔封じは無効化した。

 今の内に『シャドウ』を叩くぞ!」

 

 直ぐ様、アルウラネを《戦車》のアルカナである『トリグラフ』へと切り換え、《龍の咆哮》で自分を強化し、花村に目で合図する。

 それに一つ頷いて、花村が真っ先に動き、ジライヤが巻き起こす豪風がシャドウを仰け反らせた。

 そして、そこに突っ込む様にして、《チャージ》で更に力を高めたトリグラフが手にした剣を振りかざして、全力の一撃を『シャドウ』の虚空に浮かぶ目に突き刺す。

 その一撃に呻き声を上げながら顔を覆った『シャドウ』は、その頭上にタケミカヅチに投げ上げられたトモエが、コノハナサクヤの力を受けて、その手の刃に焔を宿らせているのには気が付いていない。

 タケミカヅチは意識をトモエに逸らさせまいと、《デッドエンド》を『シャドウ』へと叩き込む。

 そしてその直後に、トモエの刃が『シャドウ』の顔を、焼きながら深く切り裂いた。

 それらの攻撃により、顔の半分以上を損壊させた『シャドウ』は、大きな叫び声を上げる。

 鼓膜をビリビリと震わせるその振動に顔を顰めていると、里中さんが気を失ったかの様に倒れた。

 

「不味いよ! 今の叫び声には、気絶させる効果があるみたい!」

 

 両手で耳を塞いでいる花村と天城さん、それに巽くんは無事の様だ。

 自分は、どうやらトリグラフが偶々、気絶にならない耐性を持っていた為無事だったらしい。

 

「天城さん、里中さんを!」

 

 天城さんに里中さんを回復させる様に指示し、その間に天城さんや里中さんに攻撃が集中するのを防ごうと、トリグラフから《剛毅》アルカナの『ハヌマーン』に切り換えて召喚する。

 物理ダメージが通り辛く、氷結属性を無効化するハヌマーンは、この『シャドウ』との戦いには最適だ。

 ハヌマーンには《ヘイトサーチャー》という能力があり、敵の攻撃対象を己に固定する事が出来る。

 敵の攻撃が集中する為リスキーな能力ではあるが、こういう状況下では有難い。

 そして、敵の狙いが固定されるという事は、その動きを予測し易くなるという事だ。

『シャドウ』は凍て付く鋭爪をハヌマーンに叩き付けて来たが、それは正面切って迎え撃ったハヌマーンにかすり傷一つ負わせる事無く、逆にハヌマーンからのカウンターで仕掛けた《剛殺斬》は『シャドウ』の爪を砕いた。

 そして、タケミカヅチとジライヤの追撃により、『シャドウ』の右腕は、僅かな布地で辛うじて繋がっている様な状態にまで破壊される。

 

『何故だ……。

 何故、無駄な事の為に、何処からそんな力が湧いてくる……!』

 

『シャドウ』はそう吼えて、周囲をまとめて薙ぎ払おうと千切れかけの右腕を振り翳した。

 

「行くよ、千枝!!」

 

 その攻撃を迎え撃ったのは、天城さんと、気絶から《アムリタ》で回復した里中さんである。

 コノハナサクヤが巻き起こした業火は、二人の友情が成し遂げているのか、トモエを傷付ける事無く逆にその力となるかの如くその身を覆った。

 そして、火炎の力を己がものとしたトモエの渾身の一蹴りは、『シャドウ』の右腕を、胴体部分から離断させる。

 離断された右腕は忽ちの内に黒い塵となって霧散した。

 

『何故、抗う事を止めない……!?

 例えお前達が勝っても、その先にあるのは苦しみだけだと言うのに……!』

 

『シャドウ』はそう吠えながら、残った左腕で再度あの《魔手ニヒル》を放つ。

 

「クシナダヒメ!」

 

 だがそれは、《永劫》アルカナの『クシナダヒメ』による《テトラカーン》で弾かれ、逆に『シャドウ』の身を削った。

『シャドウ』は反動で大きく仰け反り、硬直する。

 今がチャンスとばかりに、イザナギに切り換えて、《マハタルカジャ》で皆の強化をし、《ラクンダ》で『シャドウ』の防御力を削った。

 豪風が、雷撃が、業火が『シャドウ』の身を壊していくが、それでもまだ『シャドウ』は持ちこたえる。

 

「氷結魔法、来るよ!」

 

 反撃とばかりに『シャドウ』から放たれた《マハブフーラ》は、ジャアクフロストによって遮られ、天城さんには届かない。

 

「天城さん、花村、私に合わせて!」

 

「おう!」「分かった!」

 

 《コンセントレイト》から繋げた《アギダイン》は、全てを一瞬の内に焼き滅ぼすかの様な業火となる。

 そこに更に天城さんが《アギダイン》を重ね、花村が《ガルダイン》を重ねる事で、劫火を巻き込んだ触れるモノ全てを灰塵に帰す強大な竜巻が完成した。

 それは『シャドウ』を呑み込み、その身体を燃やしていく。

 炎に身を焼かれながらも、『シャドウ』は言葉を連ねた。

 

『【真実】など、不確かで元より存在するかも分からぬモノ……。

 何故それを、己を苦難に晒してでも求めるのだ……!』

 

『シャドウ』の言う通り、【真実】に確たるカタチ等は無い。

 あやふやで、何を以て【真実】と成すのか…………それすらも不確かである。

 どんな物事でも、それに疑問を持ち問い掛けなければ、ただ過ぎていくだけの事象に過ぎない。

 だが。

 

 ……この世のあらゆる事には因果がある。

 それを己が理解出来るか否かは別として。

 どんなに理解不能に感じる現象でも、そこには必ず何かしらの原因があり、それ故の結果があるのだ。

 何かし方が起きた結果として、事実が生まれる。

【真実】とは、その事実の原因だ。

 なればこそ。

【真実】もまた、それを掴めるか否かは別として存在する。

 ならば、掴んでみせるまでだ。

 ……きっと、その術は、存在するのだから。

 

「【真実】はある。

 そして、それを掴む方法も……きっとある筈!

【真実】を探す事は、無駄なんかじゃ無い!」

 

 それに、【真実】を求める事を『シャドウ』は苦難だと言うが、それは違う。

 何事も、向き合う事とは“痛み”を伴うものだ。

 だが、その“痛み”から逃げ出したとて、そこにはまた別の痛みや苦しみが待っている。

 全てから目を反らし耳を塞ぎ己の内へと閉じ籠った所で、『己』が存在するのであれば、何かしらの苦しみからは逃れられない。

 

 そもそも。

 意志ある者が生きていく上で、無痛などは有り得ないだろう。

 それこそ、夢幻の中にしか無いし、それですら、己を夢想で固めていたとしても苦痛とは無縁になれない。

 結局は、己が何を選択していくのかという問題に過ぎない。

 だからこそ。

 “痛み”から逃げずに、己が心の信じるまま望むままに向き合いたいと、自分はそう思うのだ。

 

 

『……そうやって、己を更なる苦難に晒すのか……。

 全く、理解し難いが……。

 それもまた……』

 

 

『シャドウ』は、そう言い遺して炎の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 怪物の姿が炎の中に消え、クマに似た姿の『シャドウ』だけが後に残った。

 ペラペラになったクマは、器用にもその状態で歩き、『シャドウ』へと向き合う。

 

「クマ……クマは、自分が何者か分からないクマ……」

 

『シャドウ』は、何も言わずにクマの言葉に耳を傾ける。

 

「ひょっとしたら、答え無いのかも……。

 なんて、確かに時々、そんな気もしたクマ……。

 だけどクマは、今ココにいるクマよ……。

 クマは、ココで生きてるクマよ……」

 

 己の心中を、クマはそう吐露した。

 

 自分が何者なのか、分からない。

 答えなんて、無いかも知れない。

 だけど、自分は今ここに生きている。

 ……それだって、立派な一つの答えだ。

 だから……。

 

「見付かるよ」

 

 迷わずにクマにそう答えた。

 

「センセイ……。

 ホントに、見付かるクマか……?」

 

 見上げてくるクマに、一つ頷く。

 クマの疑念通りに、()()()()()“答え”など無いのだとしても。

 それならば、今からその“答え”を、クマが胸を張ってこれが“自分”なのだと思える何かを作っていけば良い。

 “自分”なんて、生まれた瞬間から存在するのではなく、成長していく過程で育まれていくものなのだから。

 

「必ず、見付かる。

 クマは一人じゃない。

 私が……皆が居る。

 だから、一緒に探していこう。

 クマの“答え”っていうヤツを」

 

 そう微笑みながら言うと、クマは感極まったかの様に目に大粒の滴を浮かべながら訊ねてくる。

 

「クマはもう……一人で悩まなくても、良いクマか……?」

 

 それにクマ以外の全員で深く頷いた。

 

「そんなに深く悩む前にさ、誰かに相談してみりゃ良かったんだよ。

 ま、こーなる前に気付いてやれなかったってのはあっからな。

 しゃーねーし、一緒に探してやるよ」

 

 仕方が無い、等と口では良いながらも、花村は真剣な目で笑って頷く。

 

「あったりめーだろ、水臭ぇ事言いやがって」

 

 巽くんは、ヘッと笑って言う。

 

「そうだよ、クマくんは仲間じゃん!」

 

 里中さんは、クマを元気付ける様に笑みを浮かべる。

 

「この世界の事を探っていくうちに、クマさんの事も、きっと分かると思う」

 

 天城さんも、優しい顔でそう答えて頷く。

 クマは皆の言葉に、まるでダムが決壊したかの様に、滂沱と涙を溢す。

 

「……み、みんな……!

 クマは……クマは……。

 クマは果報者クマね……。

 およよよよ……」

 

 クマのそんな様を見て、『シャドウ』は何も言わずにゆっくりと目を閉じて、青い光に包まれながら、ペルソナへと変じて行き、やがて一枚のカードとなってクマの元へと舞い降りた。

 

「これ、クマの……ペルソナ?」

 

 まだ涙を浮かべながらも、クマは驚いた様に言葉を溢す。

 久慈川さんが微笑みながら、そうだと頷いた。

 

「それ……すごい力、感じるよ……。

 よかったね、クマさん……」

 

 そして、その直後に。

 力が抜けたかの様に久慈川さんはその場に崩れ落ち、それを咄嗟に支えた。

 

「大丈夫か、久慈川さん!?」

 

 慌てて声をかけると、久慈川さんは弱々しく頷く。

 不味い、大分消耗している様だ。

 

「そうだよ、イキナリ戦闘だったもんね……。

 ゴメン、無理させて……。

 イキナリこんな所に放り込まれて、すんごい疲れてたのに……」

 

 里中さんは申し訳なさそうに、そう謝った。

 だが、それには久慈川さんは首を横に振る。

 戦いに参加したのは、久慈川さん自身の意志だったのだから、と。

 ……今はとにかく、一刻も早くこの世界から出た方が良いだろう。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 久慈川さんを自分が背負い、クマは巽くんに任せて、何時もの広場まで戻ってきた。

 

「りせちゃん、大丈夫? 

 もうちょっとで外だからね?」

 

 天城さんが気遣わし気にそう声をかけると、久慈川さんはコクりと頷くが、クマの方へと心配そうな視線を向けた。

 回復魔法をかけても、クマはペラペラのままだった。

 クマの身体には詳しくないが、この状態は良くは無いだろう。

 クマが心配なのは、自分達も同じである。

 

「……お前、大丈夫か? 

 オレら、戻んなきゃなんねえけど……」

 

 心配そうにそう巽くんが声をかけると、クマは何かの決意を感じさせる目で、暫く一人にして欲しい、と答える。

 

「自慢の毛並みも、カサカサでボロボロだし。

 鼻も利かんで、皆に迷惑をお掛けしてるし……。

 だから……」

 

 と、突然クマは広場の床に寝転んで、唐突に腹筋トレーニングを始める。

 

「毛が生え変わるまで、トレーニングにハゲしく励むクマ! 

 誰も、オラを止める事は出来ね! 

 あ、ソーレ!」

 

 唐突な出来事に、皆呆然とする。

 そんな中、比較的早くに復帰した花村が、何事かとクマに訊ねても。

 

「話し、かけ、ないで、欲しい、クマッ!!

 あ、ソーレ! ふんっ! ふんっ!

 あ、ソーレ! ふんっ! ふんっ!」

 

 熱い気持ちを感じさせる目のまま、クマは淡々と腹筋に励み続ける。

 どうしたものか、と皆が視線を行き交わしていると。

 巽くんが、そっとしておこう、と言い出した。

 

「男には、一人で越えなきゃなんねえ時が、あるもんなんだよ……」

 

 ……巽くんには、何か伝わった様だ。

 そんなハイブローな話なのかと里中さんは首を傾げたが、クマが腹筋を止める気配が無い以上は、放っておくしか出来ない。

 ……クマなりに、色々と思っての行動なのだろう。

 ならば、自分はそれを見守るまでだ。

 

 何はともあれ、久慈川さんは一刻も早く休ませなければならない。

 丸久さんまでは、里中さんと天城さんが送っていく事になった。

 里中さんは、クマにエールを送ってから、天城さんと共に久慈川さんを連れて向こうへと戻る。

 花村と巽くんも、それに続いた。

 自分も、クマにエールを送ってから向こうへ帰ろうとした所、トレーニングを続けるクマに呼び止められる。

 

「前にも、言った、けど、センセイの、力には、どこか、特別な、ものを、感じる、クマよ!」

 

 腹筋を止めない為、妙なリズムであるが、クマはそう言う。

 特別……。

『ワイルド』の力の事だろうか……。

 それとも、クマにしか……この世界の住人にしか分からない何かなのだろうか……?

 

「きっと、クマにも、クマだけの、役目が、ある!

 センセイと、いると、そんな、気が、する、クマ!

 だから、それを、探す、ために、強く、なる、クマ!

 クマーッ!」

 

 クマの燃える様な瞳を見て、一つ頷いた。

 クマだけの役目……。

 それが何かは分からないが、あるのだとしたら、それを見付けられた時、きっとクマの“答え”にも繋がる筈だ。

 クマは“己”と向き合い、『ペルソナ』を得た。

 ならば、探していけば、その役目とやらも見付かるかもしれない。

 

「そうか。……きっと、見付かるよ」

 

 腹筋を続けるクマに一つ微笑んでから、向こうの世界へと帰還した。

 

 

 

 

……

…………

………………

……………………

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 

 向こうの世界から帰還すると、もう夕刻と言うよりは夜に近い時間帯であった。

 早く帰って、夕飯の支度をしなくては……。

 そう思いながらジュネスで食材を買っていると、メールが入った。

 叔父さんのケータイからなのだが……どうやら送り主は足立さんからの様だ。

 何やら叔父さんたちは二人で飲んでいるらしく、夕食は多分要らないであろうという事と、叔父さんは足立さんが家まで連れて帰ってくれるがベロンベロンに酔っているであろう、という主旨の事が書かれていた。

 

 ……何があったかは知らないが……。

 取り敢えず、明日の朝食は二日酔い対策のご飯にしておこう。

 足立さんも酔っているだろうから、泊めていった方が良いかもしれない。

 朝食は足立さんの分も用意するとして、足立さんが泊まる用意もしておこう。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 菜々子と二人で夕飯を食べ終え、叔父さんの部屋に布団を敷いてその帰りを待っていると、玄関が開く音がした。

 

「かえってきた!」

 

 菜々子に頷いて、玄関まで出迎えに行くと。

 足元が覚束無くなる程に酔った叔父さんと、それに肩を貸している足立さんが立っている。

 

「叔父さん、お帰りなさい。

 お布団はもう敷いてるんで、何時でも寝れますよ。

 足立さん、叔父さんを連れ帰ってくれて、有難うございます。

 足立さんも酔っている様なので、良かったら泊まっていって下さい」

 

 そう声を掛けると、足立さんは酔っている赤い顔を上げた。

 

「えっ? ああ、悪いねぇ、悠希ちゃん。

 て、あ! ホラ堂島さん、前、危ないですよ!」

 

 足立さんがそう警告するも、酔った叔父さんは三和土の段差に蹴っ躓いた。

 足立さんを巻き込んで膝を付きそうになった所を、慌てて支えると、物凄いアルコールの臭いが鼻に付く。

 叔父さんの様子を見ても分かるが、これはかなり呑んできた様だ。

 

「いって! あー、悠希ぃ、すまんなぁ。

 ……ったく、誰だ!

 こんなとこに段作ったヤツぁ」

 

「大工ですよ。

 てか家にツッコんでないで、ほら。

 あ、悠希ちゃんありがとうね」

 

 かなり呂律が回っていない叔父さんに対して、足立さんは一応ハッキリしている。

 あまり呑んでいないのか、単純に叔父さんよりもアルコールに強いのだろう。

 足立さんと二人で叔父さんに肩を貸して、居間まで連れていった。

 

「おーおー、帰ったぞぉー。

 菜々子ただいまぁ、ただいまなぁ」

 

「お、おかえり……」

 

 居間で自分を出迎えた菜々子に、叔父さんは酔った人特有のテンションでそう声を上げる。

 それに引き気味に菜々子は返事を返した。

 そのままソファーまで連れていき、そこに叔父さんを座らせると、ぐでーとなってしまった。

 

「ふー、やれやれ……。

 いくらなんでも飲みすぎだよ、ハハ」

 

「これが……ヒック!

 飲まないで…やってられるかってんだ!

 ったく、あのガキ偉そうに……」

 

 叔父さんの様子を見て苦笑いした足立さんに、ソファーに体重を預けながらも叔父さんはそんな抗議の声を上げた。

 叔父さんのネクタイや上着を回収しつつ、“ガキ”と言う言葉に首を傾げる。

 

「こっちぁな……こっちぁ、オメーらがランドセルだった時分から……このショーバイやってんだ!」

 

 何故か叔父さんの視線がこちらに向いていた。

 ……何か自分が仕出かしてしまったのだろうか?

 そんな心当たりは無いが……。

 

 自分が不思議そうな顔をしていたからか、足立さんが苦笑いを浮かべながら説明してくれた。

 

「実は、県警から"特別捜査協力員"ってのが送り込まれて来たんだよ。

 いやほら、4月からの連続殺人に、あんまり進展が無いからさ……はは。

 で、その協力員ってのが、名の知れた私立探偵事務所のエースらしいんだけどさ。

 会ってビックリ、君くらいの子供なんだよ!

 頭はやたら切れるって話だけど……」

 

 ……成る程。

 察するに、その"特別捜査協力員"に捜査に口出しされたりして苛立っていたのだろう。

 こちらに視線が向いていたのは、似た様な年頃だから、か。

 しかし、高校生位の年頃で、"特別捜査協力員"として呼ばれるとは、凄まじい人も居たものだ。

 これぞ、ホンモノの“高校生探偵”というヤツなのだろう。

 コナンくんしかり、金田一少年しかり。

 創作物の中で位にしかお目にかかれない存在だ。

 純粋に、凄いなという感想しか浮かんでこない。

 

 こちらが、その会った事は無いだろうその"特別捜査協力員"に感心していると。

 足立さんの言葉で思い出したのか、叔父さんは苛立ちを顕にした声で愚痴を溢す。

 

「ただのガキだろ、あんなの。

 役に立つワケねーよ、ヒック。

 やれ推理、推理、推理……ケッ。

 エースだかなんだか知らんが、ガキの遊びに付き合わされる身にも、なりやがれってんだ……。

 バカにしやがって……ヒック」

 

 そんな叔父さんの言葉を、困った様な表情を見せながら、足立さんは補足した。

 

「……その彼ね、『難事件を解く力になれれば報酬は要らない』なんて言っちゃっててさ。

 おかげで上がすっかり気に入っちゃって、僕らも断れなくて……」

 

「足立ッ!」

 

 そう嘆息しつつ、ペラペラと内部情報を洩らす足立さんに、叔父さんの叱責が飛んだ。

 どうやら、その"特別捜査協力員"がやって来たのは、足立さんがあの久慈川さんを盗撮しようとしていたストーカー紛いの変質者的なファンを、誘拐未遂犯として引っ張っていってしまったかららしい。

 …………。

 

 言うだけ言って叔父さんは寝落ちしてしまう。

 そんな叔父さんを布団まで運んでから居間に戻ると、足立さんもややウトウトとし始めていた。

 泊まっていくか再度訊ねると、足立さんはコクりと頷く。

 足立さん用に、居間の卓袱台を動かし布団をそこに敷いた。

 そして、用意していた寝間着代わりの服を渡し、上着等を回収する。

 明日また着ていくだろうから、アイロンがけ等を行っておくつもりだ。

 

 洗濯物を洗濯機に放り込んでから居間に戻ってくると、足立さんも寝息を立てている。

 

「……おさけくさいね……」

 

 ポツリと呟かれた菜々子の言葉に、全力で頷いた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




今回登場したペルソナのスキル等はこちら

【愚者】

『イザナギ』(雷:耐、闇:無、風:弱)
・黒点撃、金剛発破、雷鳴斬
・ジオダイン、マハジオンガ
・マハタルカジャ、マハラクカジャ
・ラクンダ、デクンダ
・電撃ブースター


『ジャアクフロスト』(炎・氷:吸、闇:反)
・アギダイン、極寒パラダイス
・マハスクンダ
・コンセントレイト
・トリックステップ、氷結ブースタ、氷結ハイブースタ、火炎ハイブースタ



【戦車】

『トリグラフ』(物:耐、電:弱)
・ギガンフィスト、アイオンの雨
・チャージ、マハラクカジャ、龍の咆哮
・気絶防御、ヘビーカウンタ、憤怒の拳



【剛毅】

『ハヌマーン』(氷:無、物:耐、雷:弱)
・利剣乱舞、剛殺斬
・チャージ、デスチェイサー
・食い縛り、疾風見切り、斬撃の鬼、ヘイトサーチャー



【節制】

『ゲンブ』(氷:無、雷:弱)
・マハブフーラ
・マハラクカジャ
・ボディーシールド、蒼の壁、マカラブレイク
・中治癒促進、物理耐性、真・電撃見切り



【永劫】

『クシナダヒメ』(光:無、闇:弱)
・マハラギオン
・メディラマ、マハタルカジャ
・テトラカーン、マカラカーン、赤の壁
・火炎無効、闇からの生還

です。



なお、現段階でのコミュの状況は以下の通り。

【愚者(自称特別捜査隊)】:4/10
【魔術師(陽介)】:6/10
【女教皇(雪子)】:6/10
【女帝(マーガレット)】:5/10
【皇帝(完二)】:3/10
【法王(遼太郎)】:10/10(MAX!)
【???(???)】:???
【戦車(千枝)】:5/10
【正義(菜々子)】:10/10(MAX!)
【隠者(狐)】:5/10
【剛毅(一条&長瀬)】:8/10
【???(???)】:???
【刑死者(尚紀)】:1/10
【死神(総一郎)】:2/10
【節制(俊)】:1/10
【悪魔(孝子)】:1/10
【塔(秀)】:4/10
【星(クマ)】:2/10
【月(誠治)】:1/10
【太陽(結実)】:5/10
【???(???)】:???
【道化師(足立)】:4/10
【永劫(マリー)】:3/10
【???】


次回からはまたコミュ回に入ります。
今度のコミュ回は、前回程は長くはならないかと…………。

そういや、《魔手ニヒル》って、物理スキル…………でしたよね?
あれ喰らった事無いんで、あんまり分からないんですが……。
まあこの物語では、物理攻撃扱いだったので《テトラカーン》で反射出来た、という事にしといて下さい。


ペルソナのスキルは、
P4G・P4>PQ>P3(無印、FES、ポータブル)>女神転生Ⅳ・Ⅳ Final≧デビルサバイバー1・2(OC、BR含む)>ストレンジジャーニー>女神転生Ⅲ
の優先順位で参考にして決めています。
ある程度の個性が出る様にはしたいので、「P4ではこんなスキル持ってない」と言うことは普通にあると思います。
その点はご了承下さい。

また、仲間たちには大分テコ入れする予定です。
間違いなくスキル8つの枠は無視します。
その点も出来ればご了承下さい。

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