【2011/06/19━2011/06/23】
◆◆◆◆◆
【2011/06/19】
今日は父の日だ。
だからかは知らないが、叔父さんも早い目に帰って来た。
「お父さん、いつもありがとう。
お父さんだいすき!」
「叔父さん、いつも色々とありがとうございます。
心許りの品ですが、これをどうぞ」
菜々子と二人で用意していた贈り物を叔父さんに渡す。
菜々子からは肩叩き券。
こちらからは、少し洒落たシャツとネクタイを贈った。
本当はお酒とかを贈りたかったのだが、未成年者の為酒類は一人では購入出来ず、止むを得ずに断念するしかなかったのだ。
「悪いなぁ、菜々子、悠希」
そう言いながら叔父さんはとても喜んでくれた。
服とネクタイも気に入ってくれた様で何よりである。
そして早速三人で食卓を囲んだ。
今日の夕飯はマナガツオの西京焼きをメインに、京料理で固めてある。
菜々子も張り切って手伝ってくれた。
菜々子は飲み込みが早いのか熱意が凄いのか……、メキメキとその腕を上達させている。
野菜の皮剥きも、始めたばかりの頃の半分以下のスピードで剥ける様になった。
目覚ましい進歩だ。
簡単な料理なら、近い内に一人でも仕上げられる様になるだろう。
テレビでは、アイドルの休業に関する記者会見が流されている。
『久慈川りせ』という、今人気上昇中のアイドルだそうだ。
CMか何かで顔を見た事がある様な気がする。
……アイドル自体には、そう深い興味は無いから、あまり自信は持てないが。
菜々子はこのアイドルのファンだった様で、『りせちゃん』という愛称で呼んでいる。
……どうやら休業して、親戚の家がある稲羽の町へとやって来るらしい。
その親戚の家は老舗の豆腐屋を営んでいるのだと、芸能記者が言及している。
……稲羽の町の、老舗の豆腐屋。
「商店街の、丸久豆腐店か……?」
店主の老婦人が高齢であるからか、店を開いてない時もあるが、それでも開店しているのを見掛けた時には豆腐は何時も彼処で購入している。
今日の夕飯に使った湯葉も、丸久さんで購入したモノである。
店主の老婦人とも既に顔見知りだ。
お得意様認定して貰えているのか、何時もオマケして貰っている。
丸の中に久が入った看板を掲げていたから、『久○○』さんなんだろうな、とは思っていたが……久慈川さんだったのか……。
今日買いに行った時に、「孫娘が今度からやって来て店を手伝ってくれるから、頻繁に店を開けられる様になるかも」とは言っていたが……。
まさかその孫娘が、休業宣言をした人気上昇中のアイドルとは、驚きである。
不思議な縁もあったモノだ。
「りせちゃん、テレビやめちゃうの?」
ファンだからか、残念そうに菜々子は声を上げた。
それに叔父さんは溜め息を一つ溢して答える。
「さあな……けど実家が此処って事ぁ、面倒な野次馬が増えそうだな、こりゃ……。
『久慈川りせ』、か……。
何も無いのが取り柄だったような田舎町が、今年はエラく騒がしいな……。
これ以上何か騒ぎが起きなきゃ良いんだが……」
思いっきり記者会見で暴露されてしまったのだから、丸久さんに『久慈川りせ』を一目見ようと、稲羽の内外から野次馬たちが沢山詰め掛けてしまいかねない。
………………。
……あまり良い予感はしないが……、だからと言ってどうこう出来る問題でも無い、か。
◆◆◆◆◆
【2011/06/20】
翌日、学校では『久慈川りせ』の話題で持ちきりだった。
人気が落ち目であったのなら未だしも、人気上昇中での突然の休業は、やはり衝撃的であったらしい。
出身が稲羽という事もあってか、稲羽一帯でも彼女のファンは相当数いたらしく、昨晩の記者会見はかなりの視聴者が居た様だ。
巽くん曰く、朝方から商店街の方に人が詰め掛けていたらしい。
恐らくは、野次馬たちが押し掛けてきていたのだろう。
……幾らアイドルとは言っても、休業しているのだから、迷惑になる行為は慎めば良いのに……。
丸久さんとしても、豆腐を購入してくれると言うのならば話は別かもしれないが、野次馬ばかりでは商売にならず、いい迷惑だろう。
ファン心理というモノなのかも知れないが……。
花村も彼女のファンであったらしく、妙にソワソワとしている。
彼女が今居るであろう丸久さんにも行ってみたい様だが、今考えるのはそれではないだろう、と里中さんに軌道修正された。
そう、今までのパターンを考えると、【犯人】に『久慈川りせ』が目を付けられる可能性がある。
アイドルである以上、注目されているのは今に始まった事でも無いし、テレビにだってもう何度も以前から出ているが、彼女は今まさに“稲羽の時の人”となっていて、しかも現在は稲羽に滞在しているのだ。
今までのパターンも“テレビで映されたから、狙われた”と言うよりも、どちらかと言えば“テレビで映されて《稲羽で話題になっている》人だから”狙われたとも考えられる。
それならば、今その話題で町中が持ちきりになっている『久慈川りせ』は格好のターゲットだろう。
《マヨナカテレビ》を見てみるまでは、まだ何とも言えないのではあるけれど。
取り敢えず、今の所は『久慈川りせ』の動向には注意する、という事になった。
◇◇◇◇◇
放課後、一階の廊下で漸く捜し人を見付けた。
……小西くんだ。
前に借り受けたハンカチを、まだ返せていなかったのだ。
どうやら、小西くんは相当早くに帰宅してしまう事が多い様でしかも休み時間は教室ではなく何処かをフラフラしているらしい。
その為中々校内では出会えず、出来る限り直接手渡しで返したいというこちらの勝手な思いからクラスの人を経由して貰う事もせず、今の今まで返す機会が無かったのである。
尚、ハンカチ自体は何時でも返せる様にキッチリと洗っていつも準備していた。
「小西くん、ずっと借りっぱなしになっちゃってたけど……。
これ、ありがとうね」
小西くんを呼び止めてハンカチを返すと、小西くんは驚いた様な顔をしてそれを受け取る。
「別に、捨ててくれててもよかったんですけど……。
……これ、姉のハンカチなんです。
親が間違えて俺のカバンに入れてて……。
……もう、使う人居ないから……。
……このハンカチも役目を果たせて、嬉しいと思いますよ。
……ども」
何故か礼を言われてしまった……。
小西先輩のハンカチを態々貸してくれていたのだ。
礼を言うのはどう考えてもこちらからだろう。
「こちらこそ、ありがとうね。
そのハンカチを貸してくれて、助かった」
そう礼を言うと、小西くんは少し戸惑った様な顔をする。
そして、フッと暗い顔になった。
「……俺、さっき保健委員……クビになりました。
もう、来なくて良いって……。
……まあ、俺の所為なんですけど……。
居たら気不味くなるから……。
でも……また、取り上げられちゃいました。
……それじゃあ、今日はもう帰らないと……。
……家の手伝い、あるんで……」
寂しそうな顔をして、小西くんは帰ってしまった……。
………………。
……小西くんを取り巻く状況は、あまり良いものとは言えない様だ。
自分ならどうにか出来るなんて自惚れている訳では無いけれども。
……知ってしまった以上は、放っておく事なんて出来ない……。
◇◇◇◇◇
夕食を食べながら、叔父さんが眉間に僅かに皺を寄せながら、丸久さんの辺りに野次馬が押し寄せて来ているから、その近くを通る際は気を付ける様にと注意してくる。
……稲羽署の方でも、野次馬たちの動向を注視しているのだろうか?
まあ『久慈川りせ』はアイドルなので、悪質なファンやストーカー等が付いている可能性があるから、多少の警戒はしているだろう。
悪質なパパラッチとかも跋扈しているだろうし、警察としては仕事が増えて大変なのかもしれない。
………………このまま何事も無く、野次馬たちも収まってくれれば、それが一番なのではあるが……。
◆◆◆◆◆
【2011/06/21】
放課後に演劇部を覗いてみると、小沢さんの姿は見当たらなかった……。
小沢さんが演じる予定であった主演女性は、副部長が演じている……。
……心配、ではある。
前に部活に参加した時の、あの余裕の無い様子を見ていると、小沢さんの身に何か悪い事でも起きたのでは無いのかと、そう考えてしまう。
……深入りするべき事では無いのかもしれないが、放ってはおけない。
……お節介なのかもしれないけれども。
自己満足でも何でも良いから、とにかく、放ってはいけないと、そう感じているのだから行くしかない。
病院に行くと、病室の並ぶエリアのベンチに、暗い顔をした小沢さんが座っていた……。
……小沢さんの“お父さん”の病室では無い様だが……。
小沢さんはこちらに気が付き、顔を上げた。
「……鳴上さん、どうしたの、こんな所まで……」
「……小沢さんが、心配だったから……」
ここまで来ておいて、態々嘘を言ってまで偽る必要性は無いだろうから、そこは素直に理由を話す。
すると僅かながらも、小沢さんの翳りは薄くなった。
「鳴上さん、優しいね。
部活、出てなかったから……ワザワザ見に来てくれたんでしょ?」
優しいのではなく、ただの自己満足に過ぎないが…………。
小沢さんは顔を伏せ、部活に居なかった理由を話してくれる。
「……お母さん、倒れたんだ。
朝から晩まで仕事しているのに、あんなヤツの看病までやってるから……。
……過労、だってさ。
すぐ退院出来るみたいだけど……。
……無理、……しちゃってさ……。
……バカみたいだよ……」
お母さんに対して「バカみたい」という言い方は良くはないが、そこに確かにお母さんを心配する気持ちが込められていたから、それには何も言わない。
「……そうか、……大変、だったね……」
だから、一言だけ、そう言った。
「うん……」と頷いた小沢さんは、何もかもに疲れきった様な空虚な顔をする。
「でも、……もう……どうでも良いや……。
……お母さんの看病、しなきゃだし……。
……部活止めて、バイトとかでもやらないと、お母さん……また無理して倒れちゃう……。
……主役も、降りた……。
せっかく、貰えた主役……。
頑張って、全部セリフも覚えたし、ずっとずっと……一人の時も練習してきて……。
……でも、もう……意味無いや……。
何もかも、上手く行かない……。
全部、親……。
親が……アイツが、ジャマする……」
取り留めなく語る小沢さんの言葉を、静かに聞いた。
小沢さんが今度の劇の為に頑張ってきたのは否定しようも無い事実だし、それがダメになり折角掴んだ主演の座を他人に渡さなくてはならない悔しさは、自分では想像も出来ない程だ。
しかし、だからと言って自棄になって無理を重ねても、良い事など一つも無い。
「……小沢さんは、無理をしたらダメだ。
身体を、大切にしなきゃ……」
「……うん、そうだね……。
私まで倒れたら、お話にもならないもん……。
……ありがとう、鳴上さん……。
……関係無いのに、色々言っちゃって……、でも……それなのに文句も言わない。
……本当に、優しいんだね」
優しいのとは違うだろうとは思う。
ただのお節介な自己満足なのだから。
だけれども。
「……関係無くなんて、ない。
だって、友達の事なんだから、関係無くなんてない」
友人が困っていたり悩んでいたりするのを、見ないフリは……自分は出来ないし、したくもない。
独善的だろうけれども、自分はそう感じる質なのだ。
「乗り掛かった船って事?
……何でだろね、そう言って貰えると、安心する……。
……ありがと、鳴上さん……」
お母さんの病室に行く小沢さんと別れ、その日は家へと帰った。
◇◇◇◇◇
雨が降り続く深夜零時。
《マヨナカテレビ》はぼんやりとした映像を映し出した。
……これは……、水着、を着ているのだろうか……?
粗い映像とは言え、服の輪郭が殆ど見えないから、水着なのか下着姿なのか、そのどちらかなのだろう……。
ぼやけた映像でも、特徴的な左右のツインテールは確りと確認出来る……。
…………。
……髪型と大体の体格は、この前の記者会見の中継の時にチラリと見えた『久慈川りせ』ととても似ている……。
…………やはり、これは『久慈川りせ』が映っているのだろうか……?
画面が切り替わり、何故か胸や太股、そしてヒップのラインを強調するかの様に拡大して映されている。
……これは一体……?
……今まで見た《マヨナカテレビ》では、ここまで特定の身体部位を強調した事は無かった筈。
……『久慈川りせ』が、アイドルだから、なのか……?
……どうであるにせよ、《マヨナカテレビ》に映ってしまった以上、【犯人】が何らかの行動を起こすかも知れない。
明日、様子見程度にでも、丸久さんを訪れた方が良いだろう。
◆◆◆◆◆
【2011/06/22】
やはり昨晩の《マヨナカテレビ》に映ったのは、『久慈川りせ』なのだろう、と意見は大まかに一致した。
里中さんもあの《マヨナカテレビ》には少し違和感を覚えた様ではあるが、あの特徴的な髪型は見間違えるとは思えない。
とにかく、一旦丸久さんによって様子見をしようという事になったのだが、天城さんと里中さんはどうやら今日は何か用事がある様なので、巽くんと花村との三人で向かう事になった。
花村がやたらとソワソワしているので、店……というよりも『久慈川りせ』に会っても迷惑は掛けないようにしっかりと釘を刺しておく。
まあ、豆腐を買いにいく用事もあったので序でで丁度良い。
一昨日・昨日と、一応豆腐を買いに行こうと寄ってみたのだが、人だかりが凄過ぎてかは分からないが、店は閉まったままであった。
……今日は開いていると良いのだが……。
◇◇◇◇◇
商店街の一角、丸久豆腐店の前は異様な人だかりが出来ていた。
車道を我が物顔にはみ出ている野次馬が邪魔で、道を行くトラックなどの車両が立ち往生しかけている。
そこに何故か足立さんが誘導灯で車両の誘導を行い、交通整理をしていた。
「こんにちは、足立さん。
交通整理中ですか?」
声を掛けると、足立さんもこちらに気が付いた様だ。
足立さんは疲れた様な顔で答えてくれる。
「ああ、悠希ちゃんか。
いやねぇ……『久慈川りせ』見たさに野次馬が次々に車で押し掛けてきて、商店街の真ん中で止まろうとしてくるからね。
交通課が人手不足って事で、応援に駆り出されてるってワケ……。
朝からずっとこの調子なんだよね……」
「それは……お疲れ様です」
朝からこの人だかりだったのか……。
それは大変だっただろう。
まあ、こんなに野次馬が集る様な事稲羽ではそうそう起きないだろうから、ただ事では無いのだろう。
本来なら刑事の仕事では無いのだろうけれども、駆り出されてしまったというのなら仕方無い。
…………。
足立さんがここに居るという事は、叔父さんもここに居るのだろうか?
「悠希ちゃんは何の用?
もしかして、『久慈川りせ』を見に来たとか?」
一応、目的としては『久慈川りせ』の様子を見に来たのであるが……。
「一応お豆腐を買いに来たのですが……。
まあ、その時に序でに会えれば良いな、という程度の下心なら多少は」
「あー……成る程ねぇ。
でも、この人だかりじゃあ買い物するのも難しいかもしれないね」
確かに。
この人だかりを掻き分けて店に入るのは一苦労だろう。
…………。
しかし、野次馬たちに全く動きが見られない。
ザワザワとはしているが、目的の『久慈川りせ』に会えたのならもっと騒いでいるのではないのだろうか?
……久慈川りせは店先には居ないのかもしれない。
まあこんな騒ぎになっているのだし、それも無理は無いか。
「はい、失礼、ちょっと道空けて……おーい、足立!
ん?悠希か。
お前たち、こんな所で一体何を……」
その時、叔父さんが人混みを掻き分けてこちらにやって来た。
そして、横にいる巽くんに目を留め、驚いた様な顔をする。
「巽完二……?
悠希、こいつと仲が良かったのか……?」
「ええ。巽屋さんに行った時の縁で。
巽くん、裁縫とか刺繍とかとても詳しいんですよ。
私、巽くんの一番弟子なんです」
そう叔父さんに答えると、巽くんが後ろで照れた様な焦った様な顔をしているが、それは無視だ。
「……裁縫? ああ、染物屋の息子だからか?
……まあ、なら良いが……。
それで、三人してこんな所でどうしたんだ?」
叔父さんの鋭く射抜く様な視線が突き刺さる。
その目をジッと見詰め返しながら答えた。
「買い物です。
今晩は豆腐ハンバーグにしようと思ってて」
「あー……、そういやお前、ここの豆腐よく買ってたな……。
で、悠希はそれで良いとして、残り二人は何しに来たんだ?」
叔父さんからジロリと視線を向けられた花村は、しどろもどろになりながら答える。
「えっと、『久慈川りせ』に会いに来たんです。
その……俺、ファンなんで。
完二は……まあ、俺が引っ張ってきたっつーか、その……」
叔父さんは花村と巽くんを交互に見て、「ハァ……」と溜め息を吐いた。
そして鋭い目付きで花村を見て、しっかりと釘を刺す。
「……まあ、良いだろう。
だが、幾ら芸能人でもここは自宅だ。
迷惑にならないように、行動は弁えろよ」
そして、交通整理を続けていた足立さんを連れて、叔父さんは何処かへと立ち去って行った。
「あのデカ、先輩の知り合いっスか?」
叔父さんとの関係性が分からなかったのか、巽くんは首を傾げながら訊ねてくる。
「知り合いというか、私の母方の叔父さん。
稲羽では叔父さんの家に居候させて貰ってるんだ」
「へー……、先輩の叔父貴がデカたぁね……。
てかもしかして、先輩、あのデカに疑われてるんスか?」
「あー……まあ、ね。
天城さんとか巽くんとか、一時的にとは言え行方不明になった人と、親しくなっているから。
それに、巽くんがあっちに放り込まれる前に巽屋に行ったのも、家電売り場をウロウロしてるの知られてるし……。
怪しまれる要素はあるから、仕方無い」
本当に、こちらの行動だけを見ると不審な事この上ない。
犯人として疑われているのでは無いだろうけれど、事件に何かしがた関わっているのではと疑われているのだろう。
まあ、被害者の救出という形で事件に関与しているのは事実ではあるのだけど。
「何か話したりはしてねえんスか?」
「話して分かって貰える様なモノでもないからな……。
話した所で、正気を疑われるか、……無駄に疑われて動き辛くなるか、だろうし」
実際に見てみない事には、『シャドウ』も『ペルソナ』もあの世界も、到底信じられる様な代物では無い。
実際に連れて行けば、流石に信じてくれるのかも知れないけれども……。
……しかし、何が起こるのか分からないあの世界に、多少の力の向き不向きはあれどシャドウへの対抗手段を持つペルソナ使い以外は、不用意に招くべきでは無いと思う。
ペルソナ使い以外がもしシャドウに遭遇すれば、一方的に嬲り殺しにされるだけである。
里中さんの時については、考えが甘かったと言わざるをえない。
あの時も一歩間違えれば大惨事だった。
もう、それと同じ轍を踏む訳にはいかないのである。
叔父さんの目の前でテレビに手を突っ込んでみるのも良いのかも知れないが、その場合自分をあの世界に連れて行けと言われるのがオチであろうし、もしそうでなくとも、叔父さんは幾らペルソナの力を扱えると云えども公的な立場としては一介の高校生である自分たちが命の危険も有り得る場所で戦う事は良しとはしない。
だが、【犯人】が犯行を重ねる中、被害者を救出する為には、ペルソナ使いだけでチームを組んであの世界を探索するのが一番効率的で、最も確実で安全な方法なのだ。
…………。
……心苦しいが、今のまま黙って活動を続ける方が、現段階に於いては最善の道だろう。
「あー……。
ま、確かにそっスね」
巽くんも納得した様に頷く。
その時、野次馬たちに動きがあった。
……どうやら『久慈川りせ』の姿が見えなかったらしく、退散する事にしたらしい。
一人が豆腐屋の前を離れると、それに続くかの様にゾロゾロとその場を去っていく。
……あっと言う間に人だかりは姿を消した。
「えっ、『りせちー』居ねーの?
ガセネタって事か!? マジで!?」
野次馬たちの言葉に、花村が素っ頓狂な声を上げ、肩をガックリと落として見るからに落胆する。
その落胆ぶりに、巽くんが噴き出した。
それに噛み付いた花村を宥めながら、取り敢えずは人だかりが捌けた店内へ行ってみる事にする。
……? ……店には何時もの店主さんの姿が見えない。
奥の方には割烹着を来て布巾を着けた誰かが何やら作業をしていた。
「あのーすみません、お豆腐を買いたいのですが」
そう声を掛けると、居住区画と繋がっている店の奥から何時もの店主さんがやって来る。
「はいはいお客さんかい?
おや、悠希ちゃん。
いつも有り難うねえ」
「いえ、ここのお豆腐、とても美味しいですから。
……外、大変でしたね。
今は、少し波が引いたみたいですけど。
あ、絹を二丁お願いします」
「いえいえ、おおきに。
絹二丁、お願いね」
丁度店の奥で電話が鳴って、それを取りに店の奥に戻ろうとした店主さんが店の奥で作業していた人にそう声を掛けると、「はーい」という返事があって、ビニール袋に入れた絹ごし豆腐を持ってきてくれた。
代金と引き換えにそれを受け取る。
「……はい、絹二丁ね」
「ありがとう。
……あなたが、『久慈川りせ』さんかな?」
豆腐を持ってきてくれたのは、割烹着を着た同年代位の女の子だ。
ツインテールの特徴的な髪型等から、恐らくは彼女が件の『久慈川りせ』さんなのだろう。
しかし、CMとかで時折見掛けた様な明るい雰囲気は欠片も無く、何処か疲れた様な、そんな暗く感情に乏しい顔をしている。
「……えっと、そうだけど」
「うそ…ホントに、りせちー?」
途端に興奮した様に、花村が身を乗り出した。
しかし久慈川さんはそんな花村に暗い雰囲気で返す。
「……だから、何?」
テレビ等で見る“アイドル”の『りせちー』とは全く様子が違うからか、花村は戸惑った様に言葉に詰まってしまった。
花村がそんな様子なので、こちらが本題を切り出す。
「えっと……、最近この辺り、ちょっと物騒で……。
変な事に久慈川さんが巻き込まれるかもしれないから、警告に来たんだ」
「……へぇ……」
久慈川さんは特に興味も無い感じでそれを聞いている。
そしてその後を、戸惑いから回復した花村が継いだ。
「えっとさ、……“真夜中に映るテレビ”の事って知ってる?
つっても深夜番組とかじゃなくて……。
んー、説明がちょい難しいんだけど……」
《マヨナカテレビ》をどう説明するべきなのか、花村が迷っていると。
久慈川さんが口を開いた。
「……昨日の夜のやつ?
……《マヨナカテレビ》だっけ?」
久慈川さんは既に《マヨナカテレビ》の事を知っていたらしい。
しかも、実際に昨晩のものを見た様である。
花村が驚いた様に声を上げた。
「えっ、見たの?!」
「噂、前に知り合いから聞いてたし。
見たのは、昨日のが初めてだったけど。
……でも、昨日映ってたの、私じゃないから。
あの髪形で水着、撮った事無い……」
そう説明した久慈川さんは俯いた。
視線は自分自身の胸部に向かっている。
「それに……、胸、あんなに無いし……」
そう言われ、花村の視線が久慈川さんの胸へと向く。
「えっと、あー……なるほど……、確かに、言われてみれば……」
「……花村……、女性に対してのその発言……。
デリカシーに欠けてるぞ」
沁々とそう呟きながら久慈川さんの胸をガン見する花村の頭に、軽く手刀を落とす。
「って、あー、何言ってんの俺!?
あ、その、ごめん!
そんなつもりじゃなくってさ、いや、ホント!」
途端に自身の発言を顧みて慌てた様に何度も謝る花村のその様子が面白かったのか、久慈川さんは少しだけ笑った。
「ふふっ、謝り過ぎ」
自然に溢れてきたのであろうその笑みは、とても柔らかくて素敵な笑顔だ。
少なくとも、さっきまでの暗い顔よりはずっとずっと良い。
……暗い顔よりは、そうやって笑っている方が、久慈川さんはより魅力的だ。
笑ったからか少し雰囲気も柔らかくなった久慈川さんが、不思議そうに首を傾げる。
「……でも、あれが私じゃ無いとして、だったら何が映ってたんだろ?」
……確かに、不思議だ。
本人がそう言っているのだし、久慈川さん本人の映像では無いのは事実なのだろう。
もしかしたら所謂コラージュというやつなのかも知れないが……。
……実際に映されていたモノの正体が何であったのかはさておき、あれが久慈川さんに関わる何かであったのは確かだろう。
「それは……まだ分からない。
ただ、あれに映された人が、失踪……正確には誘拐されている事件が、ここ最近数件起きている。
だから、もしかしたら久慈川さんの身にもそれに近い害が及ぶかも知れない。
……だから、身の回りには気を付けてね。
特に、もし家に誰かが訪ねて来た時は……、例え知っている相手だとしても、一応気を付けて欲しい」
天城さんと巽くんの件を考えると、今回も玄関から真っ正面に来る可能性が高い。
警戒しているのとしていないのとでは、誘拐のし易さも随分と違うだろう。
事件を未然に防ぐ為にも、例え知人友人相手にでも、完全には気を赦さない様には忠告しなくてはならない。
「あー、まあ突然言われても信じらんねえよな。
けど、嘘じゃねえ。
実際に映されて被害に遭った奴らがいる。
オレもその一人だ」
「誘拐ってのは冗談でも何でもなくってさ。
俺たちの友達とかも巻き込まれて、それで色々調べてて……。
とにかく、知らせなきゃって」
巽くんと花村も、真剣な顔で久慈川さんに言う。
久慈川さんは少し考える様に黙った後、頷いた。
「……そっか、あれ、やっぱり夢じゃないんだ。
……昨日は、疲れてたけど眠れなくて。
丁度雨降ってたから、偶々、聞いてた噂、試しただけなんだけど……。
……分かった。
ありがとう。気をつける」
「そうか、良かった」
どうやら忠告するのには成功した様だ。
これで誘拐を未然に防ぐ事が出来れば良いのだけれども……。
「あっ、そうだ……」
ふと何かを思い付いた様な顔をした久慈川さんは、そう言ってショーケースから『がんもどき』を三つ取り出して袋に入れる。
「これ、みんなにオマケ。
何か、心配してくれていたみたいだし」
「ありがとう」
礼を言って『がんもどき』を受け取る。
そして、ああそれと、と久慈川さんに付け加えた。
「外で交通整理していた刑事さん、足立さんと堂島さんって言うんだけど、もしかしたら久慈川さんに何か訊いてくるかもしれない。
……その時に、私たちが忠告しに来てたってのは、出来れば黙っておいて欲しい」
「……何か不都合でもあるの?」
「堂島さんは私の叔父さんで、今お世話になっている人なんだけどね……。
前々から、あんまり事件とかに首を突っ込むなって散々言われてて……。
でもまあ、こっちも友達の事とか他にも色々と事情があるし、黙って見ているってのも出来なくってね……。
まあ、叔父さんには黙ってこっそりやってるって事なんで。
出来れば、ナイショにしてて欲しい」
事件の事を調べている事、そして解決するべく関わっている事は叔父さんには極力知られたくない。
相手が誰だとしても、ペルソナやシャドウ関連の事は関係者以外には余程切羽詰まっていない限りは話さないと決めているので、叔父さんから問い詰められても本当の事は話せない。
結局はぐらかすしか無いし、それはそれで今後の身動きが取り辛くなる。
叔父さんにも、余計な心労をかけさせてしまうだろう。
だが、あまり真剣に隠蔽しようとしていると、逆に久慈川さんには色々と不信感を抱かせてしまうかもしれない。
だから敢えて少し茶目っ気を入れながら、ナイショにしてね、と右手の人差し指を唇に当てて、ウインクする。
「そっか、そういう事なら、黙っとく」
久慈川さんはそう言って少しだけ頬を緩めて頷いてくれた。
買い物も忠告も済ませた事だし、今日はこの辺りで家へ帰るとしよう。
◇◇◇◇◇
店を出て、解散する間際にふとその存在を思い出し、鞄から包みを取り出して花村に手渡した。
「ん? どうしたんだ、鳴上」
「いや、確か花村の誕生日は今日だったよな?
だから、そのお祝い」
友人の誕生日なのだからプレゼントの一つや二つ、そう大したものでなくとも贈りたい。
今日は朝から《マヨナカテレビ》と『久慈川りせ』の事で立て込んでいたから、今の今まで頭の隅へと追いやられていたが、丁度思い出したのだから良しとしよう。
「えっ、マジか。
覚えててくれたんだな。
……なんか、スッゲー嬉しい。
ここで開けても良いか?」
パアッと顔を輝かせた花村にそう訊ねられて、「構わない」と頷いた。
花村は包みを慎重に開け、中身を取り出す。
「これって、手袋?」
「正確にはバイク用の、だな。
まあ、夏場には不要だろうけど、冬場になれば必要だろ?
少し早いだろうけど、まあ良いかな、と」
プロテクターが付いたレザー製のグローブだ。
色合いが花村好みのオレンジ調であったのと、防護性と耐久性と装着性が両立していたので、花村への誕生日プレゼントに丁度良いかと思い、先日沖奈に買い物に行った時に購入した。
サイズも目算ではあるが、恐らくは大丈夫だろうと思われる。
原付きは花村の貯金から出した様だったし、高い買い物なのでこういった小物までは手が回っていないだろうと思ったのも、購入の動機の一つだ。
「そっか、夏過ぎたらこういうのも必要になってくるよな。
ありがとう、鳴上。
大事に使うから」
花村が喜んでくれた様で何よりである。
その日はそこで解散し、各々で家路についた。
◆◆◆◆◆
日も暮れかける頃合いになると、悠希たちが帰った後も散ってはまた店の前に集ってと繰り返していた野次馬たちもめっきりと姿を消した。
野次馬たちへの対応を終えた遼太郎と足立は、丸久豆腐店に足を運ぶ。
「一先ず騒ぎは収まったみたいなんで、自分ら、取り敢えずこれで。
今後も騒がしい様なら署まで連絡ください」
「はい」
足立の言葉にりせは頷いた。
すると、遼太郎がりせに話し掛ける。
「あー、失礼、幾つか訊きたいことが」
微かにりせが首を傾げたのを了承と受け取ったのか、遼太郎は続けて質問した。
「最近、この辺りで物騒な事件が連続してるの、知ってるね?
身の回りで、怪しいヤツは見ませんでしたか?」
「別に……今まで通りです」
りせの返答に、遼太郎は困った様に頭を掻く。
「あー、今まで通り、か……。
仕事がアイドルじゃ、ストーカーだの、ハナから怪しいのだらけって事だな……。
……どうして突然休業されたんです?」
次の質問には、りせの表情が微かに強張った。
そして、俯く様に目を伏せる。
「……疲れただけです」
「学校はどちらへ?」
「八十神高校の予定です。ここから近いし」
幾つかの質問の後、遼太郎は少し言い辛そうに切り出した。
「脅かすつもりはないんだが……あなたには、これまでの被害者と幾つか共通点がある。
だから、その……」
「……事件に巻き込まれるかも、って事ですよね……。
……分かりました、気を付けます」
遼太郎が濁した言葉の後を、りせが言う。
遼太郎と足立はそれに驚いた様な顔をするが、「話の流れで分かる」と言うりせの言葉に、少しだけ違和感を感じながらも、特に矛盾した点は無いので一応は納得した。
何か不審な人物を見掛けたり、不審な出来事があれば直ぐに連絡する様に、と遼太郎はりせに付け加える。
「あー、それと、私的な話にはなるが、うちの姪がここに豆腐を買いに来たみたいでな。
もしかしてあなたと会ったんじゃないかな?
背が俺より高い、高校生なんだが」
「その人なら、昼過ぎにお豆腐を買いに来てました」
「その時に何か話は?」
「……特には」
りせの応答に不自然な点は無かった。
りせへの質問をそこで切り上げ、遼太郎と足立は丸久豆腐店を後にする。
「この所の失踪事件……二件の殺しも含めて、警察でも掴めていない謎は多い。
その内三件……八十神高校の生徒が関わる事件で、あいつはその周りをウロウロしてやがる……。
……偶然と言われればそれまでなのかもしれんが、やはり引っ掛かるな……」
考え込む様に空を見上げた遼太郎に足立が声を掛けると、遼太郎は視線を下げて微かに首を横に振った。
「八十神高校……な。
四件の事件の内、三件がそこの生徒で、久慈川りせが通学予定なのもあそこ、……か」
「学校関係者の捜査の方も、何も出てないんですよねえ……。
このままだと、ウチらマズくないですか?
県警もそろそろ……」
立て続けにそこの生徒が被害に遭っているのだ。
何らかの関係はあるものと思われるが、被害者三人で共通項は、それこそ『八十神高校生』というその一点だけ。
捜査状況も芳しくない中、県警が捜査に介入してくるのも時間の問題なのかもしれない。
だが、そんな心配をしている暇があるなら、少しでも捜査を続けなくてはならない。
そう足立に釘を刺し、遼太郎は署の方へと戻っていった。
◆◆◆◆◆
夕飯の時間になると叔父さんも帰って来た。
どうやら叔父さんもあの後丸久豆腐店に立ち寄ったらしく、豆腐を持って帰ってきている。
……それは明日の朝の味噌汁にでも入れるとしよう。
叔父さんに予告した通りに、今晩は豆腐ハンバーグだ。
豆腐ハンバーグは初めてだったのか、「おとうふからハンバーグってつくれるんだ」と、作る最中に菜々子は感心した様な目で見ていた。
「そういや悠希、お前、今日の放課後に久慈川りせに会ったみたいだが……」
何かを考えているかの様に黙々と食べていた叔父さんがふと訊ねてきた。
箸と器を置いてからそれに答える。
「ええ、まあ。
豆腐を買った時に、久慈川さんがお店に居たので、それで」
そう答えると、途端に菜々子が驚いた様に声を上げた。
「えっ、お姉ちゃん、りせちゃんに会ったの?」
「うん、商店街のお豆腐屋さんがね、久慈川さんのお家だったんだ。
買い物に行った時に、会えたよ」
すると、『りせちー』のファンであった菜々子は、「そうなんだ! 菜々子もりせちゃんに会いたい!」と目を輝かせる。
「じゃあ、今度お豆腐屋さんに一緒に行ってみようか。
色んな人が久慈川さんに会いに来てて今大変みたいだから、行くのはもう少し先になるかもしれないけどね」
「うん、“やくそく”だよ!」
指切りをして約束すると、菜々子は嬉しそうに笑う。
余程楽しみであるらしい。
その時。話の筋がそれてしまったのを軌道修正しようとしてか、叔父さんが訊ねてきた。
「あー、それでだな……。
久慈川りせと会った時に、何か話したりとかしたのか?」
「話、ですか?
いえ、これと言って特には……。
花村はファンだったみたいで、直に会えてかなり喜んでいましたが……」
「……そう、か」
何か引っ掛かるものでもあったのか、叔父さんは困った様に頭を掻く。
……この様子だと、久慈川さんはこちらの事は叔父さんたちに黙っていてくれた様なのだけれども。
……刑事の勘か何かで引っ掛かりを感じているのだろうか?
「どうかしたの?」
「あ、いや……。……何でもない」
菜々子に訊ねられ、叔父さんはそこでその話題は切り上げた。
◇◇◇◇◇
今晩も雨が降り続いている……。
そして迎えた深夜零時……。
《マヨナカテレビ》は昨晩と同様に映像を映し出す。
……胸や腰から太もも辺りが重点的に映し出されているが、やはりこれは『久慈川りせ』なのだろう。
昨晩のものよりも、顔の判別が可能な程よりハッキリと映っている。
本人そのものでは無い様だし、また『シャドウ』が映った時の様な感じでもないが……。
……何はともあれ、久慈川さんの身辺により気を付けなくてはならないだろう。
詳しい事は明日話し合う事にして、今日はもう眠る事にした。
◆◆◆◆◆
【2011/06/23】
《マヨナカテレビ》に映ったあの映像の正体が『何』であるかはこの際置いておくとして、やはりあれに映っているのは『久慈川りせ』なのだろう。
《マヨナカテレビ》に顔がバッチリ映っていた為、そこは間違いはない。
あの世界に放り込まれた後に映っているのなら、それは久慈川さんの『シャドウ』なのだが、花村が朝方に軽く確認した所、久慈川さんは店番をしていた様なので、あれが『シャドウ』である可能性は低いだろう。
「『テレビで報道された、稲羽の人間』。
『久慈川りせ』もバッチし条件に当てはまってるよな。
って事は、やっぱターゲットは『久慈川りせ』って事か……」
花村の言葉に頷く。
「恐らくは。
今現在、稲羽で最もその条件に当てはまっているのは久慈川さんだからな」
久慈川さんがメディアに露出していたのは前々からだ。
だが、今回の休業報道で一気に話題を集め、町を歩けば常に誰かしらが『久慈川りせ』の話をしている程になった。
以前からファン自体は稲羽の町中に居た様だが、ここまで『久慈川りせ』一色になったのは間違いなくあの休業報道と、久慈川さんの休養先が稲羽であった事が原因だ。
……稲羽に居る人間しか狙わない事から、【犯人】は稲羽かその周辺に住んでいるのだろう。
今迄の傾向を考えると、【犯人】はターゲット個人への『感情』自体は無い可能性の方が高い。
『条件』に見合う人間を半ば無差別に(と言ってもその条件に当てはまる人間はあまり多くは無いが)ターゲットにしているだけであるからだ。
故に、被害者の傾向がかなりバラバラなのだろう。
だが、被害者があちらの世界に放り込まれる前に映る《マヨナカテレビ》が、愉快犯である【犯人】からの『予告』に相当するものと考えると、……昨晩と一昨日の晩の《マヨナカテレビ》は少し違和感を感じるモノであった。
久慈川さんの胸や腰ばかりを強調して映していたり、実際よりも胸を大分大きめにされていたりと、久慈川さんへの『感情』が随所に感じられた。
……久慈川さんだけは特別という事なのか……?
……考えてみても、分からない。
そもそも、《マヨナカテレビ》に予告の様なモノを映す理由すら、分からないのだ。
…………。
世間を騒がせたいのなら、見ている人がどの程度居るのかも分からない《マヨナカテレビ》ではなく、警察とかマスコミとかに犯行予告を送った方がより良いだろう。
……【犯人】の目的が『シャドウ』が映った《マヨナカテレビ》だとすると、【犯人】は間違いなくあのまだ誰も放り込まれてもいないのにターゲットが映る《マヨナカテレビ》を見ている。
あの世界は、『シャドウ』然り『ペルソナ』然り、“心”の作用に依って如何様にも変化する世界だ。
自分たちと同じくあの世界に自力で入る力を持つ【犯人】は、言い換えればあの世界に干渉する力も持っているとも言えるのではないだろうか。
無意識の内に【犯人】の“心”が何らかの作用に依って《マヨナカテレビ》に映っているが為に“犯行予告”の様になっているという可能性もなくは無いだろう。
だがその場合も、その映像が映っているのに気付きながらも《マヨナカテレビ》に自身の“心”を映し続ける理由は分からない。
……《マヨナカテレビ》、か……。
雨の日の夜に起きるあの不可思議な現象は一体何であるのか……。
…………? 今、何かが引っ掛かった。
…………。
……そうだ、《マヨナカテレビ》は『雨の日の夜にしか』映らないのだ。
そこに【犯人】の犯行が全て“予告されている”、その考えこそが、間違いなのではないか……?
「……もしかして、私たちは思い違いをしているのか……?」
「急にどうしたんだ、鳴上?」
【犯人】について、里中さんたちとあーでも無いこうでも無いと話し合っていた花村が、唐突な一言に驚いた様に声を上げた。
「《マヨナカテレビ》が【犯人】のターゲットを映している……、そう私たちは思っていた」
「えっ、だって今までもターゲットにされた人たち、ずっと《マヨナカテレビ》に映ってたじゃん。
何か違うの?」
里中さんが、よく分からないとでも言いた気に首を傾げる。
「結果的に《マヨナカテレビ》に映った人が、ターゲットになっているのだとしたら……。
つまり、【犯人】がその人をターゲットにしたから《マヨナカテレビ》に映っているんじゃなくて、《マヨナカテレビ》に映ったからこそ【犯人】にターゲットにされたんだとしたら……。
そちらの方がより辻褄が合う」
「辻褄? どういう事?」
天城さんに訊ねられ、出来る限り分かりやすく答えた。
「……《マヨナカテレビ》は雨が降っている夜にしか映らない。
そして、【犯人】があの世界にターゲットを放り込むのは、《マヨナカテレビ》にターゲットが映った後だ。
……今の所は、必ずに。
ターゲットの条件が、『テレビに映った、稲羽の人間』なのだとしても、実際にテレビに映ってから、彼方の世界に放り込まれるまでのブランクが存在している。
本来、【犯人】には“『シャドウ』が映らない《マヨナカテレビ》”が映るまでターゲットを放置しておく必要性なんて無い。
“『シャドウ』が映らない《マヨナカテレビ》”が映ろうと映らなかろうと、そんなの【犯人】の知った事では無いだろう。
【犯人】の目的が単に『シャドウ』が見たいだけなんだとしても、《マヨナカテレビ》が映るよりも前から放り込んでおいたって何の問題も無い。
尤も、既にターゲットが決まっているならば、の話にはなるが」
「いや、えーっと、それって《マヨナカテレビ》が【犯人】からの『予告』だからだって話じゃなかったスか?」
巽くんの言葉に首を横に振る。
「【犯人】が愉快犯で、世間を騒がせたいから犯行に及んでいるのだとしたら、《マヨナカテレビ》で『予告』を出すのは不自然だ。
『予告』を警察とかマスコミとかに出した方が、より世間は騒ぐからな。
あの《マヨナカテレビ》は【犯人】からの『予告』ではないとして考えて、ならば何故犯行は《マヨナカテレビ》が映った後なのか……それに最も辻褄が合う答えは『【犯人】は《マヨナカテレビ》を見てターゲットを決めている』という事になるんじゃないだろうか」
そもそも、ローカル番組位になら、取り上げられている人間は、ターゲットになった人よりも大勢居る。
犯罪に関する報道も含めると、更に増えるだろう。
それらの人々をスルーして、今までのターゲットが選ばれた理由……。
それは、“《マヨナカテレビ》に映ったから”、ではないか?
「《マヨナカテレビ》に映ったから、ターゲットにされるって事か!?」
こちらが言わんとしている事を理解した花村が、驚いた様な顔で、イスを蹴る様な勢いで立ち上がった。
「その可能性は十分にあると思う」
まだ確証は無いのだが、そう頷くと「クソッ」と花村は頭を抱えてイスに座り直す。
結果的に《マヨナカテレビ》が被害者を映すというのは変わらないが、順序が入れ替わるだけでもその違いは大きい。
天城さんの時や巽くんの時、そして今回の久慈川さんの時も、被害者を早めに突き止められたのは事前にある程度の情報がある相手だったからだ。
『テレビで注目を集めた稲羽在住の人』という条件であれば特定するのも比較的容易だが、“《マヨナカテレビ》に映った人”という条件なのであれば、今後全く見ず知らずの何の情報もない知らない一般人が映ってしまった場合、最悪被害者の特定が出来なくなる恐れがある。
「えーっと、《マヨナカテレビ》に何が映るのかには【犯人】は関係無い、って事……?
じゃあ、《マヨナカテレビ》って何を映してるんだろ……」
里中さんの言葉に、皆頭を抱えて考え始めた。
尚、巽くんは早々に思考放棄してたこ焼きを食べている。
そもそも、考える材料が足りないからあまり考えない様にしているだけで、《マヨナカテレビ》という現象自体、分からない事だらけだ。
「《マヨナカテレビ》があの世界と関係してるってのは間違いないんだよなぁ……」
「あの世界に放り込まれた後に、その人の『シャドウ』が《マヨナカテレビ》に映るもんね。
……じゃあ、誰もあの世界に放り込まれていない時に映るものは何なのかって話にやっぱりなるんだけど……」
花村の言葉に天城さんも頷く。
「うーん……『シャドウ』も『ペルソナ』も元を辿れば“心”なんだし。
誰かがあっちに放り込まれて『シャドウ』が《マヨナカテレビ》に映るんだったら、その前に映る映像も《誰か》の“心の中”ってのも有り得るんじゃないか?」
花村の言葉に、話に付いていけてない巽くん以外は頷いた。
“心”、か……。
……あの世界が何であるのか、まだ完全には分からないが、『ペルソナ』や『シャドウ』といった存在の事を考えると、あの世界が“心”と密接に関係しているのは間違いないだろう。
ならば、あの世界との関連がある《マヨナカテレビ》にも“心”との関係がある、というのは可能性としては高い。
《誰か》の“心”の中が《マヨナカテレビ》に映っているという可能性は十分に有り得る。
「その可能性はあるだろうけど……、じゃあ《誰》の“心”が映ってるのかって話になるよ。
【犯人】…………じゃないんだよね」
天城さんは悩まし気に考えている。
《誰》の“心”の中なのか、か……。
天城さんの時は天城さんの事を考えている人、巽くんの時は巽くんの事を考えている人、久慈川さんの時は久慈川さんの事を考えている人…………。
……今の所のターゲットになった人に共通するのは、『テレビで報道された、稲羽に居る人』だという事……。
……《誰か》は恐らくは、稲羽あるいはその周辺地域の人間だ。
「《マヨナカテレビ》が映る直前ってさ、町のみんながその人の話題一色だったよね。
今回のりせちゃんは特に凄いけど、雪子の時だって『テレビ映ってたよね』みたいな感じだったし」
「確かに。
小西先輩の時も事件の話で盛り上がってて、何処行ってもその話題で盛り上がってて……小西先輩が第一発見者らしいって、凄い噂になってたな」
ふと思い出した様に言う里中さんに花村も頷く。
……町中で噂されていた為、《誰》であるのかの特定は非常に困難である。
「だからさ、《誰》なのか特定しなくても良いんじゃないかなーって」
「……!!」
里中さんの言葉から思考が急速に整理されていくのを感じた。
《マヨナカテレビ》は“心”に関係がある。
そして同じく“心”に深く関わっているあの世界……それはそこに居る人間により強く影響されているが、あの世界を徘徊する多くのシャドウ達は『特定の誰か』の“心”から生まれたという訳ではない。
ならば《マヨナカテレビ》に映されているものも、『特定の誰か』の“心の中”という訳ではない可能性もある。
不特定多数の人間の、心。
多くの人間の、何かへの指向性を持つ共通する“心”が映っているという可能性は無いだろうか。
町中で話題になるという事は、多くの人から興味を持たれているという見方も出来る。
その《興味》が、より正確には《興味》の“対象”が《マヨナカテレビ》に映されているのだとしたら……。
……《マヨナカテレビ》に何を映すのか決めているのは、町に居る極普通の人々……ここに居る自分たちを含めた、町の人間だ。
……だからあの『久慈川りせ』は実際の久慈川さんよりも胸が大きくなっていたのだろう。
人々が思い描く『久慈川りせ』がアレだったのだから。
【犯人】が何故《マヨナカテレビ》に映った人間をあの世界に放り込むのかは分からない。
だが、【犯人】が《マヨナカテレビ》で被害者を決めているのだとすれば……。
大雑把な意味で言えば、被害者を決めているのは、自分たち自身であるとも言えるのかもしれない。
この町の人間は、誰もが知らぬ内に被害者を指名してしまっていたのだ。
……明確な根拠の存在しない、ただの推論の域を出ない仮説に過ぎないから、まだ花村たちには言えないが……。
「……確かにな。
例え《誰》の心が映ってるんだとしても、ソイツが被害者を放り込んだんじゃねーなら、犯人探しをしてたってしょうがない」
溜め息を吐きながら言う花村の言葉に、皆が頷いた。
現段階で《マヨナカテレビ》に『久慈川りせ』が映し出された以上、【犯人】は既に動き出しているかもしれない。
今考えるべきはその犯行をどう防ぐか、である。
取り敢えず、張り込みをする事になった。
◇◇◇◇◇
久慈川さんは基本的に丸久豆腐店の店番をしている様なので、店の近くで張り込みをする事にした。
あまりど真ん前で張り込みするのは流石にアレなので、丸久豆腐店の横の『四六商店』前に巽くんと里中さんに天城さんが、豆腐店からは少し離れた『四目内堂書店』前に自分と花村が陣取る。
【犯人】は犯行時にある程度以上の大きさの車を使って移動している筈だ。
店の付近に停車する車だけに注目していればいいので、車を視認出来るのならある程度離れていても問題はない。
……問題なのは、今張り込みをしている時間帯に【犯人】が訪れてくれるかどうか、だ。
巽くんの時と同じく、ターゲットに【犯人】よりも先に接触出来た所で、自分たちの目が届く時間帯を外されて犯行に及ばれた場合はどうしようもない。
これが警察ならば、組織的に日夜の張り込みが出来るのかもしれないが…………。
一学生の身である自分たちにはどうしたって限界がある。
まあ、一連の事件との関連性を疑っているかは分からないが、休業中の大人気アイドルである久慈川さんの身辺には警察もそれなりに気を配ってはいる……と思いたい。
流石に日夜の張り込みなぞはしてないだろうが、悪質なストーカー紛いのファン対策とかで警邏の強化とかはしている可能性はある。
「あれっ、悠希ちゃん?」
雑誌を立ち読みするフリをしながら豆腐屋の方へと気を配っていると、背後から聞き慣れた声をかけられたので振り返ると、そこには足立さんが居た。
今日は連日の野次馬たちも落ち着いてきたのか、パラパラとやって来る程度で、交通整理は必要ないだろう。
……付近の警邏にでも来たのだろうか?
「足立さん、今日は見回りとか聞き込みとかですか?」
「うん、まあそんなトコ。
今からそこの豆腐屋に行かなきゃならなくてね」
「お疲れ様です」、と声を掛ける。
そして広げていた雑誌を棚に戻した。
どうせなら序でに一度久慈川さんの様子を直接確認してみた方が良い。
「あれ、悠希ちゃんも豆腐屋行くの? また買い物?」
足立さんに尋ねられ、違うと首を振った。
「いいえ。久慈川さんと少し会えたらな、と思いまして。
……昨日は人が多くて、立ち話とかは出来ませんでしたから」
「あっれ? 悠希ちゃんも、『りせちー』とか気になる感じなんだ」
別に、芸能人だから興味がある訳でも無いが……。
まあ良いか。
そう思われていた方が、色々と都合が良い。
「まあ、多少は。
迷惑になる様な行為は慎みたいですが、折角の機会なので、話とかはしてみたいです」
そう答えると、足立さんは少し考えて「まあ良いか」と呟いた。
そのまま花村と足立さんとの三人で、丸久さんへと向かう。
店の手前まで来たその時。
「……ちょっ、オイ、あれって……」
花村がふと上を見上げ、そして絶句する。
花村の視線の先には、背にリュックを背負い双眼鏡とカメラを首から下げた、見るからに不審者と言える男性が、電柱によじ登った状態で、久慈川さんの家を覗きこむ様にしてカメラを構えていた。
彼は盗撮しているのか……?
……悪質なストーカー紛いのファン、なのだろうか。
流石に今の所大した手懸かりも残さずに犯行を遂げている【犯人】が、こんな目立つバカみたいな行為に今更走るとは思えない……。
「だっ、誰だー!」
同じく花村につられて電柱を見上げていた足立さんが大声を上げると、不審者は素早く滑り降りる様にして電柱から降り立ち、一目散に逃げ出した。
「待ちやがれッ!」
花村が声を上げてその後を追う。
足立さんもそれに続いて不審者を追った。
里中さんたちも追いかけ様としたが、それは止める。
あの不審者は【犯人】とは無関係だからだ。
まあ盗撮は立派な犯罪行為であるのだが。
「あいつは【犯人】とは多分無関係のヤツだから、里中さんたちはこのままここで待機しておいて!!」
三人が頷いたのを見てから、花村たちの後を追った。
追い掛ける内に、幹線道路手前で車に行く手を阻まれて不審者は突如立ち止まる。
そしてこちらに向き直り冷静さを喪った震える声で、これ以上近付くと車道に飛び込むと脅しをかけてきた。
……こう言う自棄になった人間とは面倒なものである。
しかし万が一がある為、無視して取り押さえるのは不味いか……。
チラリと花村と目配せし合った。
「……その道路を走行する車の平均速度は大体時速50Km。
その速度で一般的な、車の前にボンネットがあるタイプの車に、人が衝突した場合に起こりうる現象は──……」
淡々と事故が起きた場合の一般的な現象を説明していくと、不審者の顔はあからさまに蒼くなっていく。
勢いで飛び込むと脅してみたものの、実際にその後にどうなるのかを説明されると、とてもではないがそんな積もりにはなれなくなったのだろう。
そしてその隙を突いた花村が、「あっ、りせちーだっ!!」と明後日の方向を指差した。
盗撮までする程のファンだったからか、不審者は見事にそれに釣られる。
そして、意識がこちらから逸れたその一瞬を狙って不審者の懐に飛び込み、胸ぐらを掴んで大外刈を掛けて引き倒してから崩袈裟固めで不審者を逃げられない様に取り押さえた。
受け身が上手く取れなかったらしい不審者が痛みに呻いているが、頭は打ってないし加減はしたから大丈夫だろうと無視をする。
「足立さん、後はお願いします」
具体的にこの不審者がどの様な罪に問われるのかまでは分からないが、少なくともストーカー紛いの覗きの現行犯である事には間違いない。
取り押さえる所までは一般市民でも可能だが、その後は速やかに警察……この場合は足立さんに引き渡さなければならないだろう。
「きっ、君らね、善良な一市民にこんな乱暴なマネして……」
「いや、どー見てもあんた不審者だから」
不審者の発言に、花村が呆れた様にツッコミを入れ、自分もそれに頷く。
「善良な一市民は、電柱によじ登ってまで他人の部屋を盗撮しません」
「い、いやそれはその、僕ぁただ……、りせちーが好きで、部屋とか、ちょっと見てみたくて……」
「それで他人の家を盗撮するんですか?」
不審者の言い訳にそう尋ね返すと、不審者は言葉を失って黙る。
「不審者の確保に、ご協力感謝します!
じゃ、後はこの僕が預かるからね。
さて、話は署で聞こうか……」
足立さんにそう言われ、不審者を解放する。
倒れこんだ不審者を立たせ、足立さんは神妙な顔付きになり、警察手帳を見せながら意識しているのか低い声で告げた。
そして直ぐ様表情を緩ませる。
「くー! この台詞、言ってみたかった!」
気持ちが分からない訳でも無いが、直後にそれを言ってしまっては台無しだろう、色々と。
不審者は警察手帳を見せられた段階でかなり動揺して視線を泳がせている。
「やっ、やめてくださいよぉ!
僕がなにしたっていうんですかぁ!?
し、知ってんだから!
日本には“盗撮罪”ってのはないんだ!」
「確かに、猥褻行為目的の“盗撮”では無いのかも知れませんが、あなたの行動は『ストーカー行為等の規制等に関する法律』……『ストーカー規制法』に引っ掛かっているんじゃないでしょうか。
尤も、ここから先は警察の領分なので。
何か言いたい事があるのなら、稲羽署の方でどうぞ」
自分の行為を犯罪では無いと喚く不審者にそう言ってやると、諦めたのか不審者は項垂れた。
そして、手錠を取り出した足立さんに「まだ(任意同行の範囲なので)早いのではないか?」と訊ねると、そうだった様で慌てて手錠を懐に仕舞う。
そして再度こちらに礼を言って、足立さんは不審者を署の方へとつれて行ったのであった。
◇◇◇◇◇
不審者との一連の騒動の後、豆腐屋を覗くと久慈川さんは何事も無く店番をしていた。
騒ぎに気付かなかったとは思えないが……まあ、手慣れているのかもしれない。
里中さんたちに確認を取った所、不審な車両が付近に停車するという事もなく、あの不審者以外は今の所は特にこれと言って怪しい動きをするものは無いそうだ。
…………。
……その後、暫くの間張り込みを続けていたが特に不審な車両や不審な人物が現れるという事もなく、日が暮れ始める頃合いでその日は切り上げる事になった。
一応、家が一番近い巽くんには出来れば豆腐屋を店仕舞いする迄は久慈川さんが店番をしているか、解散後も何度か確認して貰える様に頼み、了承して貰っている。
……これで、何事も無ければ良いのだが……。
◇◇◇◇◇
その電話が巽くんから掛かってきたのは、夕飯の買い出しを終えて、家に帰りそろそろ調理を始めようかとしていた頃合いだった。
「先輩、りせのヤローの姿が見えねえっス。
つい30分くれえ前に店覗いた時には店番してたはずなんス。
何か、黙ってどっかに行っちまう事は偶にあるんだって、婆さんは言ってるんスけど……。
でも、このタイミングでって、やっぱり……」
電話の向こうの巽くんの声は焦りを隠せない様子だ。
……今回も、【犯人】の犯行を許してしまったという可能性が高いのだから、当然か……。
しかも、今回は【犯人】よりも先に久慈川さんへ接触し警告する事が出来たというのに、今までと結果としては変わらない。
「……この時間じゃ、クマに確認を取りに行くのも難しい……。
今夜も《マヨナカテレビ》が映る条件は整っている。
……久慈川さんが、単に外出しているだけである事を祈りながら、今夜の《マヨナカテレビ》を確認しよう」
……もし久慈川さんが既にあの世界に放り込まれてしまっていても、前回巽くんを救出した時の様に、まず久慈川さんを特定出来る情報を集めなくてはならないのかも知れない。
……久慈川さんが、【犯人】の手にまだかかっていない事を祈るしかない、か。
巽くんもそうするしかないのは分かっているので、素直に了承してそこで通話は切れた。
……花村たちにもこの旨をメールで知らせておこう。
◆◆◆◆◆
今回のコミュ進行度は……
【刑死者(尚紀)】:0/10→1/10
【太陽(結実)】:5/10→6/10
となっております。