PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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【2011/06/17━2011/06/19】

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

【2011/06/17】

 

 

 朝御飯と昼御飯のお弁当、そして叔父さんと菜々子の晩御飯を作ってから、早目に家を出て、現地の集合場所である、山間のキャンプ場へと向かった。

 

 

 内容が内容だけにか仮病等を使って不参加する人が多いと聞く行事なのだが、想定以上に欠席者が多い。

 どうやら半数近い欠席者が出ている。

 更に、ここから途中離脱者が出る事もあるそうだ。

 

 今夜の就寝用に割り当てられたテントは、大きな八人以上の大人数用であるにも関わらず、自分と里中さんと天城さん……それと班は違うが大谷さんの四人しか、初めから人が居ない。

 それは花村の方も同じらしく、あちらに至ってはテントに自分一人しかいないのだそうだ(尤もこれは他の生徒は仮病で不参加なだけだからだが)。

 途中で巽くんが自分のテントを抜け出して、花村のテントにお邪魔しに来る予定らしいが。

 まあ、広々とテントを使えるのは、ありがたい事である。

 

 

 女子は途中で清掃作業を切り上げて夕食作りに回されるとは言えども、それまでは男子たちと混じってゴミ拾いを行う。

 学年毎に大雑把に担当する清掃エリアが決まっていて、そこから更に班毎に別れるのだが、まあ厳密という程には決まっていない為、応援と称して班の持ち場を離れて他の班の所へ行く人も多い。

 自分たちの班が指示されたエリアは林道から少し外れた場所なのだが、誰が捨てに来たのかは知らないが、冷蔵庫やテレビ、タンスなどの大型の粗大ゴミが不法投棄されていた。

 これは、かなりの力仕事になりそうだ。

 里中さんと天城さんは、近くを通るハイキングコース脇の林に大量に投棄されている缶やペットボトルの回収を手伝いに行った。

 そして二人が向こうに行ったのと入れ違いに、一条と長瀬がやって来る。

 

「おーっす、鳴上に花村。

 応援に来たぜ。こりゃ二人じゃ厳しいだろうしな」

 

「ありがとう、一条、長瀬。

 じゃあ、あのテレビをお願い出来るか?

 私はこの冷蔵庫を運ぶから。

 花村は、あの割れたテーブルを頼む」

 

 古めのブラウン管テレビだがかなり大型で重たそうなモノを応援に来てくれた二人に任せ、花村には半分に割れているテーブルを、そして自分は冷蔵庫を運ぶ。

 中身は空だし、冷蔵庫としては中型のモノだから見た目程には大して重くはない。

 これ位なら、一人で運べる。

 

 ゴミを荷台に積み、そしてまた粗大ゴミを拾う。

 そんな事を繰り返す途中で、巽くんもやって来た。

 どうやら巽くんは色んなエリアをウロウロとしながら、力仕事になりそうな所に加勢していた様だ。

 

 以前の練習試合に助っ人として呼んでいた事もあって、一条と長瀬ともかなり早く打ち解けて一緒に粗大ゴミを片付ける。

 

 そのエリアに投棄されていた粗大ゴミを粗方回収した頃には荷車が一杯になっていて、更には女子が夕食作りに回される時間にも近付いてきていた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 炊事場で再び合流した里中さんと天城さんには、主に火の調節をやって貰う事にする。

 種火は既に起こしたから、後は適宜薪を投入するだけのお仕事である。

 時間短縮の為に持参した無洗米を素早く飯盒に入れ、火に掛けた。

 この時間から炊き始めたら、目論見通りにかなり早目に炊き上がるだろう。

 

 野菜の下ごしらえも終え、鍋を火に掛ける。

 そんなこんなで、順調に調理は進んでいった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 そろそろ出来上がる、という頃合いで男子たちも清掃を終えて炊事場脇に設置されたテーブルに集まってきていた。

 多くの班がカレーを選択した様で、あちらこちらからカレーの良い匂いが漂ってきている。

 途中で、班員に夕飯作りを放棄されてしまったらしい一条と長瀬に応援を頼まれて、急遽カレーを作ったというアクシデントはあったが、概ね問題なく夕飯は出来あがった様だ。

 料理から目を離した隙に里中さんと天城さんがアレンジという名の何かを行う可能性はあったが、前回のカレー対決での『物体X』にはそれなりにちゃんと反省していた様なので、それは大丈夫だろう、多分。

 

 

「はい、お待たせ」

 

 皿をテーブルまで運ぶと、花村と巽くんは「待ってました」とばかりに目を輝かせた。

 

「おおーっ!

 鳴上の作った飯とか、絶対に絶品だよな!

 俺、マジで楽しみにしてたんだ!」

 

「カレーにはしなかったんスね」

 

「日曜日に食べたばかりだし、カレー以外にした方が他の班の分と交換した時に楽しめるだろうと思って」

 

 するかどうかは知らないが、他の班と交換したりする可能性も視野に入れての選択である。

 成る程な、と花村は頷き、「そんじゃ」とスプーンを手に取った。

 

「「いただきまーっすっ!」」

 

 花村と巽くんはそう手を合わせてから、豪快に料理を掻き込んだ。

 里中さんと天城さんも、それに続いて食べ始める。

 そして、全員の顔がパアァッと輝いた。

 どうやらみんなの口に合った様で何よりだ。

 

「うっ……めーーっ!!

 何だコレ、ホント旨い……!」

 

「野菜と肉の旨味がしっかり出てるっス……」

 

「これはラタトゥイユって言うフランス南部の野菜の煮込み料理。

 入れる野菜は主に夏野菜だけど、それ以外も自由に入れれるし、キャンプみたいな竈でも作り易い」

 

 フランスの刑務所で出される事も多い料理の為、“粗末な料理”という実に不名誉なイメージもあるラタトゥイユだが、ちゃんと新鮮な材料を使って手間を掛けると、プロヴァンス地方の名物料理として恥じないモノになる。

 今回は肉を愛する里中さんの為に鶏肉も入れた。

 

「このお肉……! 堪りませんなー……!」

 

 里中さんには肉を多目によそったのだが、物凄い勢いで食べている為もう殆ど皿には残ってない。

 

「で、こっちは……焼きおにぎりだよな?」

 

「それは醤油味のヤツ。

 こっちは味噌味で、バター醤油とかもある」

 

 無洗米を使って米を研ぐ手間を省略した事で、米が早目に炊き上がったので、焼きおにぎりにも少し手間を掛ける時間が出来た。

 味も色々取り揃えてある。

 

「中までしっかり味が付いてるね。

 本当に美味しい」

 

 食欲をそそる焼き色が付いた焼おにぎり(醤油)を囓って、天城さんも染々と頷く。

 

「デザートには、莓白玉を用意してる。

 莓ソースは家で作ってきたヤツだから、ちょっと味が落ちてるかもしれないけど」

 

「いやいや問題ねーよ。

 至れり尽くせりだよな、マジで」

 

 そう言った花村の言葉に、全員が頷いたのだった。

 

 

 

 花村と里中さんと巽くんがラタトゥイユのお代わりをよそいに行った辺りで、一条と長瀬もやって来た。

 手には、カレーの皿も持っている。

 

「鳴上、カレー作ってくれてマジで助かった。

 サンキュな!」

 

「えっ、何お前……一条たちの班の夕飯も作ってたのか?」

 

 一条の言葉に、花村は驚いてこちらを見た。

 そうだ、と頷く。

 

「オレの所も長瀬の所も、班の奴らが逃げちゃってさ。

 二人して材料の山を前にして途方に暮れていた訳。

 で、ダメ元で鳴上にヘルプをお願いしたら、もの凄い勢いで作ってくれて。

 マジ助かったわ」

 

「鳴上が居なかったら、飯抜きになっていたかもしれない」

 

「まあ材料は揃っていたし……、一条も長瀬も材料切ったり炒めたりするのは手伝ってくれたから、そう手間でも無かったよ」

 

 二人とも料理はマトモにした事は無いと言う話だが、少なくとも指示した通りには切ったり炒めたりしてくれるし、途中で変なアレンジを加える事も無かった。

 その点は、里中さんと天城さんよりも遥かに戦力になる。

 一条の班は恐らくはチキンカレーを、長瀬の班はイカと海老のシーフードカレーを作ろうとしていた様で、どちらのカレーにするかは少し迷ったが、チキンがかなり多目に用意されていたのもあって、野菜とチキンのカレーにする事にした。

 カレーには入れなかったシーフードも、同じくカレーには使わなかったピーマン等の野菜と、何故か用意されていた卵と共に炒め物にしてある。

 凡そ八人前近い量だったのだが、そこは運動部男子の胃袋的には何の問題もあるまい。

 事実、二人のお気に召した味だった様で、二人は何度もお代わりしたらしい。

 

 一条たちの所のカレーと、ラタトゥイユや焼おにぎりを交換したりして楽しい夕飯の時間を過ごした…………。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「ふぅ……食った食った……」

 

 夕飯をたっぷりと食べた陽介は満足そうに息を吐いた。

 今夜寝る場として割り当てられたテントには、陽介と完二しかいない。

 他の生徒は病欠…………という事になっている(要は仮病だ)。

 完二は本来は別のテントなのだが、完二がそこに居ると葬式の様に静まりかえってしまうので、こうして抜け出して陽介のテントにお邪魔しているのだ。

 前々から了承していた事もあって、陽介も文句は言わない。

 二人だけなのでスペースに余裕があるというのも大きな要因だろう。

 

「いやホント、助かったっスよね。

 あの『物体X』が出てきたのが今日の夕飯じゃなくて」

 

「それな。夕飯がアレとか、軽く死ねる」

 

 先日食べた『物体X』の恐怖を思い出し、二人はぶるりと体を震わせる。

 

「“カレー”って料理作って、何であんなに悍しい物体になんだ……」

 

 あの味を思い出してしまったのか遠い目をしながら完二は言い、それに陽介も同意した。

 

「アイツらには料理任せられねーってのが分かったのが、唯一の幸いだったとか……泣けるよな。

 鳴上が居なかったら、終わってたぜ、色んな意味で……」

 

「鳴上先輩にゃ世話になりっぱなしっス……」

 

 完二の言葉に、陽介は「そうだよな」と頷いた。

 

「そういや先輩らの担任、モロキンとかってヤツでしたっけ?

 さっきそいつに外で捕まったんスけど、腹立って軽くキレかけたっスよ。

 知りもしねえクセに、やれ中学時代がどーの言ってきやがって……。

 しかも厄介事起こしたら即停学とかなんとか……大概にしやがれってんだ」

 

「あいつ、思い込み激しいからな……」

 

 ふと思い出して苛立ってきたのか、完二の語気は荒い。

 それに陽介は溜め息混じりに返した。

 去年も、都会からの転校生という事で散々絡まれたし、今年に至っては担任にまでなってしまったのだから、諸岡がどういう教師なのかは陽介は分かっているからだ。

 

「そういや、前にクラスの奴らが言ってたんスけど。

 あの野郎、例の殺された二人の事、ボロクソ言ってたらしっスよ」

 

「モロキンが? 

 山野アナと……小西先輩の事をか?」

 

 小西先輩の名を出す時に陽介の顔に僅かに苦みが走ったが、完二はそれには気付かずに大きく頷いた。

 

「“不倫だの、家出だのする人間は狙われて当然だ”とかんなんとか……。

 ま、尾ヒレついてんのかも知んないスけどね。

 相当嫌われてるみてえだし」

 

「アイツなら言いそうだからな、ったく……。

 俺も去年、越してきた時色々言われたからな……。

 一々覚えちゃいねーけど」

 

 色眼鏡でモノを見過ぎている諸岡は、「都会=いかがわしい」とでも思っているのか、何かと陽介に突っ掛かっていたのだ。

 悠希も転入当初は何かと諸岡に絡まれていた様だが、悠希本人はそれを全く気にしていなかった上に、その素行や学業自体に攻撃する為の粗と呼べるモノが無く、突っ掛かって行く度に悠希の鋭く冷静な目で見下ろされてしまう為、もう遂にはそれも下火になった様だ。

 この事もあって、悠希は『あのモロキンを撃退した転校生』と噂もされているらしい。

 本人は全く気が付いていない様だが。

 

「たとえ、話半分でもムカつくぜ……。

 てめ腐ってもセンコーだろってんだ。

 死んだ相手を悪し様に言うなんざ、人としてどうなんだって話になるっつんだ……」

 

「あんなヤツ、むかつくだけ損だぜ?

 凝り固まってんだろーよ、モノの見方ってヤツがさ」

 

 諸岡の話をした所で腹が立つだけだし、日中の活動で疲れたからもう眠ろう、と陽介は横になり、完二もそれに続いた。

 暫しの間沈黙が続き、それに耐え切れなくなった陽介はポツリと訊ねる。

 

「こ、この際だから……その……。

 しょ、正直に言って欲しいんだけど……」

 

「はあ……?」

 

 陽介は少し引き気味な、何とも言えない表情で横にいる完二を見た。

 

「お、お前って、やっぱ……アッチ系なの?」

 

「……アッチ?」

 

 何の話題についてなのか、全く見当が付かなかった完二は怪訝そうな顔をする。

 

「お、俺……貞操の危機とかになってない? 今……」

 

「のぁ!?」

 

 陽介の言葉に、完二は顔を真っ赤にして奇声を発しながら立ち上がった。

 

「なななな何言ってんじゃ、コラァ!

 そ、そんなんじゃねっつてんだろが!!」

 

「ちょ、ちょっと待て、なんで豪快にキョドるんだよ!?

 な、尚更ホンモノっぽいじゃんかよ!

 てか、うっせーよ!声落とせって!!

 モロキンか誰かが寄ってくんだろ!」

 

 キョドりながら大声で叫ぶ完二に、陽介も跳ね上がる様にして起き上がり、ギリギリ小声で完二に叫ぶ。

 

「んなワケねえだろうが! 

 そんなのぁ、もう済んだ話だ! 

 今はもう、そのっ……な、なんつーか……」

 

 完二は顔を赤くして言い淀んだ。

 それに陽介はツッコむ。

 

「口篭んなよこえーよ!!」

 

「今はもう、女ぐらい平気って事ッスよ!」

 

「そう言われてもイマイチ信用出来ねーつっか、隣で寝るのはキケンを感じんだよ!

 俺の身にキケンはねーって、証明出来んのかよ!?」

 

「……しょ、証明だ……?」

 

 陽介に言われ、完二は困った様に一瞬目を逸らす。

 

「じゃなきゃ、俺が一晩ビクビクしながら過ごす事になんだろ!」

 

「ケッ……も、いッスよ」

 

 陽介の言葉に、完二は舌打ちしながら眦を吊り上げた。

 そして、唐突に宣言する。

 

「んなら俺、女子のテント行って来ッスよ!!!」

 

 想定の斜め上を飛び越えていったその宣言に、慌てた様に陽介が完二を止めにかかる。

 

「……え!? ハァッ!?

 ちょ、そりゃマズいって!

 お前の行動は一々極端なんだよ!! 

 バレたら停学って、自分でさっき言ってたろ! 

 モロキンにまで目ェつけられてんのに!」

 

「んな事で引き下がんのは男じゃねえ!

 妙な疑い掛けられてんのに、黙ってられっか!

 先輩にも、男の生き様ってヤツ見してやるっスよ!」

 

 そんなもの見せなくていい、と陽介は止めるが、完二は聞く耳を持たない。

 

「モロキンがなんぼのモンじゃ!! 

 巽完二なめんなコラアアアアァァッ!!!

 うおおおおおぉぉぉぉぉぉーーっ!!!」

 

「あ、ちょ、おい!!」

 

 腕を掴んで引き止める暇も無く、完二は絶叫しながらテントを飛び出していく。

 

「あー……バカが走ってくよ……。

 もー知んない、俺……」

 

 その光景に陽介は、もう諦めた様な疲れきった声でそう呟いた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 一方その頃、女子テントでは……。

 

 眠れない千枝は広いテント内を無意味にウロウロと歩き、同じく眠れない雪子は壁の方を向いて正座をしている。

 

「鳴上さん、本当に直ぐに寝ちゃったね」

 

 千枝の視線の先には、すぅすぅ……と安らかに寝息を立てて眠る悠希の姿があった。

 しかし、時折「うっ……」と微かに眉を寄せたりもしている。

 その原因に目を向けて、千枝は溜め息を吐いた。

 

「ハァ……なんでここだけこんなに広いのに最初から四人だったのか、分かったよ……」

 

 千枝の視線の先には、まるで地鳴りの様な、そんなトンでもない大音量の最早爆音と言っても良い程の鼾をかいて大の字に眠る大谷さんの姿があった。

 尚、悠希は大谷さんよりも早く眠った為(寝る準備を済ませたかと思った次の瞬間には既に寝息を立てていた)、この鼾による不眠にはならなかった様である。

 しかし全く影響が無い訳でもない様で、その結果時折寝苦しそうな息を吐いたりもしているのだろう。

 

「眠れないね……」

 

「ハァ……あーも、寝れないし、やる事もないし……。

 あたしらも鳴上さんみたくソッコーで寝れば良かったのかも……」

 

「あれだけの早さで寝るのは難しいと思う……」

 

 何せ、一瞬目を離した隙には既に安らかな寝息を立てていたのだ。

 眠りに就くのが早い質なのだとしても早過ぎる。

 のび太くんクラスの寝付きの良さだ。

 

「うん、そうだね……。

 そういえばクマくん、今頃なにしてんのかな。

 一日中独りって、考えてみたら寂しいよね。

 そう言えばあいつ、前にさ……」

 

 ポツポツと千枝が話す合間にも、轟音の様な鼾は絶え間無く響いている。

 それにとうとう耐え切れなくなったのか、我慢できないとばかりに耳を押さえて千枝は叫ぶ。

 

「ああああ……うああーっ! も、やだぁ!

 無理っ、こんなの無理!! 雪子、逃げようよ!」

 

「逃げるって……どこへ? 

 こんな時間に山を降りるとかは、ちょっと……」

 

 雪子はそこまで呟くと、妙に据わった目で大谷さんを見た。

 その目にはハイライトが無い。

 

「……鼻と口塞いだら、鼾って止まる?」

 

「ちょっ、やめなさいアンタ!」

 

 そんな事をすれば、鼾どころか生命活動が止まってしまう。

 大谷さんの人生を物理的に終わらせようとする雪子のその提案を、流石の千枝も全力で止めた。

 

「あー……もー嫌……」

 

 千枝が呟くとほぼ同時に、外からガサガサという何かが近付いてくる物音が聞こえた。

 二人は直ぐ様反応し、テントの入り口に顔を向ける。

 

「だっ、誰!?」

 

 千枝がそう叫んだ瞬間、テントの入り口が勢い良く開いた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 完二が出て行ってしまった為、陽介は一人テント内に寝転がっていた。

 完二の行く末が気になって、流石に眠気が中々訪れない。

 万が一教師の誰かに見付かって、停学になんてなりでもしたら、完二の暴走を止め切れなかった事もあって、後味が悪過ぎる。

 騒ぎになっている気配は無いから、多分諸岡に捕まったりもしていないだろうけれど……。

 

「ねえ……起きてる?」

 

 そんな時、突然外から普段から聞き慣れた千枝の声が、息を潜めた音量で聞こえてきて、思わず勢いよく陽介は起き上がる。

 

「何してんだよ、こんなとこで! こっち男子だぞ!」

 

 そして諸岡や他の教師の注目を惹かない様に、小声で言い返す。

 

「入れて! テントに!」

 

「バカ言うな!

 モロキンにバレたら即停学なんだぞ! 戻れって!」

 

「それが無理なんだって!

 帰れないし、あそこじゃ寝れないのー!」

 

 二人して小声で言い合っていたその時だった。

 

「腐ったぁミカンはぁー、いねぇーがぁー! 

 淫らな行為をするやつぁーなぁー……」

 

「……! しょ、しょーがねーな、早く入れよ!」

 

 諸岡の声が遠くから聞こえ、しかも段々と近付いて来る。

 仕方無いとばかりに陽介は入っても良いと許可を出した。

 すると、千枝だけでなく雪子と……それに悠希も入って来た。

 悠希の目は見ていて恐ろしくなる程据わっている上に、ここに来ても一言も話さない。

 そして、テントに入るなり倒れる様にして横になってしまった。

 何かあったのかと一瞬陽介も焦ったが、その直後に聞こえてきた安らかな寝息に思わず脱力する。

 

「で、何があったっつーんだよ、一体?」

 

「その、完二君が……」

 

 陽介に問われた雪子がそう口火を切ったが、どう説明するべきか迷った様に千枝の方へと一瞬目を向ける。

 

「気絶して、のびちゃってるから……」

 

「気絶って、何があった?」

 

 気絶したとは穏やかでは無い。

 陽介も心配そうに千枝に訊ねる。

 

「あの、えーっとね。

 あたしらのテント……大谷さんとも一緒になっちゃっててさ……。

 大谷のいびきが凄過ぎてあたしら寝れなかったワケ。

 ……鳴上さんは大谷さんよりも先にソッコーで寝てたから、被害は少なかったみたいだったけど、でも寝苦しくはあったみたいで……」

 

 すぅすぅと安らかに眠る悠希に、千枝は一瞬目をやった。

 心無しかその顔は引き攣っている。

 

「あの大谷と、か……。

 まあ、大変だったっつーのは察するぜ。

 で、何でそれと完二が気絶した事と関係あんだよ」

 

「いや……何でかは知んないけど、完二くんが凄い勢いであたしらのテントにやって来てさ。

 そん時、結構煩かったんだよね。

 で、完二くんが一歩テントに踏み込んだ瞬間に、鳴上さんが跳ね起きて、そのままの勢いで完二くんの顎に物凄くキレイなアッパーカットを決めて、完二くんその一撃で気絶しちゃった……。

 完二くん……あの一撃で身体が完全に浮き上がってたし……」

 

 その時の事を思い出したのか千枝はブルリと身を震わせ、その言葉の続きを雪子が引き継ぐ。

 

「のびちゃった完二君の首根っこを鳴上さんが掴んで……、大谷さんの横に投げ棄てたの。

『うるさい』って一言だけ言いながら」

 

「そん時の鳴上さんの目……、メッチャ恐かった……。

 絶対零度って感じで……。

 ……まあそんな状況で寝れないしさ、起きたらほら……完二くんが騒ぎそうでしょ?

 だから、置いてきちゃった。

 てか、あのままだと鳴上さん、大谷さんの鼾を物理的に止めかねなかったし……。

 半ば仕方無しにここに……」

 

「…………」

 

 テントから追い出そうにも、すぅすぅと安らかに眠っている悠希はちょっとやそっとではもう起きないだろう。

 万が一無理に起こしでもしたら、完二の二の舞になって朝まで意識を強制的に刈り取られかねない。

 溜め息を一つ吐いて、陽介は三人を追い出す事は諦めた。

 

「いいかぁー、“ふらち”と“みだら”は違うんだからなぁ~……」

 

 その時、諸岡の酔った様な声が近付いて来た。

 三人は慌てて悠希に毛布を被せ、灯りを消して千枝と雪子も毛布に隠れる。

 

「あー……ここは花村だけかぁー。

 おい、花村、いるなぁー。返事しろぉー。

 それとも寝てるのかぁー」

 

 諸岡はテントの外から確認を取った。

 その声は確実にアルコールが入っているモノだ。

 

「うっす! もう寝てます!」

 

「あー、寝て……ないじゃないかっ!

 いいから、黙って寝てろぉー……!!」

 

 花村の返答に諸岡は怒鳴って返した。

 しかし確認は済んだという事で、諸岡は欠伸をしながらぼやく。

 

「いかん、ちょっと飲み過ぎたか……?」

 

 諸岡はそう言って去っていき、気配が遠ざかっていった。

 もう付近に諸岡の姿が見えない事を、陽介がテントから顔を出して確認して千枝と雪子は毛布をから出て灯りを点ける。

 

「はあ……一気に年食った気分だぜ……。

 ……んで、お前らはどーすんだ?

 鳴上は……下手に起こしたらヤバいってのは分かったから動かせねーけど……」

 

 毛布を被って心地良さ気に寝息を立てる悠希に目をやって、陽介は溜め息を吐く。

 それを受けた千枝も、困った様に頭を掻いた。

 

「向こうのテントにも帰れないし、今は外出れないしなー……」

 

「朝、人が起き出す前に出てくから、それでいいかな……?

 鳴上さんも、朝は何時も早いみたいだから、多分その頃には起こしても大丈夫だろうし……」

 

 雪子に頼まれ、仕方無いと陽介は諦める。

 そもそも、悠希を動かせないのだから、もう二人それが増えた所でどうしようもない話だ。

 

 そんな訳で、四人で夜を過ごした。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/06/18】

 

 

 朝目が覚めると、何故かテントに花村が居て、そして大谷さんが居なくなってて、とても驚いた。

 まだ早い時間帯だったから他のテントでまだ寝ているだろう人達を起こすのも忍びなかったので、声には出さなかったけれども。

 その時点でかなり混乱したけど、直ぐにそこがそもそも自分たちのテントですらない事に気が付いて、更に混乱した。

 少しして起き出してきた里中さんや天城さんの説明によると、どうやら昨晩は様々な要因があった為、花村のテントの方へと移動したらしい。

 ……しかし、そんな記憶は全く無い。

 と言うよりも、起きた直後は混乱しててそれどころでは無かった為気が付かなかったが、巽くんは何処行ったのだろう?

 昨晩は、花村のテントにお邪魔しているのでは無かったのか……。

 巽くんの行方を二人に訊ねると、里中さんも天城さんも、大変微妙そうな顔をしてこちらを見てきた……。

 もしかして、何かやらかしてしまったのか?

 しかし、そんな記憶は無い……。

 とにかく、どうやら巽くんは、元々は自分たちに割り当てられたテントで寝ているらしい。

 ……大谷さんも其処にはいるのだろうけれども、大丈夫なのだろうか……?

 

 

 まだ日の登り切らない内に花村のテントを抜け出し、自分たちのテントへと戻る。

 ……其処には、爆音の様な鼾をかいて熟睡している大谷さんと、その腕に押し潰されている巽くんが居た。

 巽くんは白目を剥いて眠っている。

 一応寝息は微かに聴こえるから、押し潰されて息苦しくなっている訳ではないのだろう。

 それにしても、大谷さんがこんなに激しく鼾をかいているのは、少し心配だ。

 舌根沈下等による上気道閉塞性の睡眠時無呼吸症候群とかになってやしないだろうか……?

 もしそうなら、呼吸器系・循環器系への負担も心配になる。

 

 しかし今は大谷さんの心配ではなく、巽くんを大谷さんの腕の下から救出し、序でに花村のテントまで連れて行かなくてはならない。

 大谷さんの腕を里中さんと天城さんに持ち上げて貰って、巽くんをその下から引き摺り出すが、巽くんは反応しない。

 余程深く眠っているのだろう。

 昨日の清掃活動で疲れていたのかもしれない。

 起きないのはいっそ好都合、と言う里中さんたちに従って、眠ったままの巽くんを背負って花村のテントへと戻り、そのまま花村に巽くんを託す。

 

 その後は自分たちのテントへと戻り、二度寝するにも微妙な時間であった為(鼾が煩いというのもあるが)、起床時間まで天城さんが持ち込んできた花札や、里中さんが持ってきたトランプで時間を潰した。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 朝食は、学校から配給された食パンに牛乳のパック、それにジャムとかマーガリンとか、更にデザートとしてかバナナが一本。

 準備は直ぐに終わり、食べるのもあっという間だ。

 

 ……朝食の時に見掛けた諸岡先生は、どうやら気分が悪い様だった。

 アルコールの臭いもしていたから、飲み過ぎからの二日酔いだろうか。

 二日酔いの人にこの朝ご飯は少し辛いだろう……。

 卵雑炊とか、肉うどんとか、そういう料理の方が二日酔いの人には良いのだが……。

 

 朝食後は一時間少々清掃活動を行った後、現地で解散となった。

 解散した途端、諸岡先生はフラフラとした足取りで何処かへ向かう。

 ……大丈夫なんだろうか……?

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 解散後、五人で河原に向かった。

 山水からなる川は綺麗に澄んでいて、飛び込んでも大丈夫そうな深さの滝壷まである。

 水深自体は滝壺になっている所以外はそう深くは無く、川遊びをする分には確かに程好い河ではある……。

 尤も、川遊びを楽しむには、まだ水温が充分ではないが……。

 

「おっ、ラッキー!

 俺らしか居ねーじゃん!」

 

 花村の言う通り、河原には自分たちしか居ない。

 この山での遊びスポットとしては、八十神高校生には有名な場所らしいから、もっと人が居るのだろうと思っていたのだけれども……。

 ……やはり、水温が充分ではないからだろうか……?

 

 はしゃぐ花村とは対照的に、巽くんのテンションが非常に低い。

 どうしたのだろうか。

 訊ねてみると、巽くんは不思議そうな顔をしながら答えてくれた。

 

「や……なんかオレ、昨日の夜にカッとなってテント飛び出したような気がするんスけど……。

 っかしーな、夢だったんスかね?

 起きたら花村先輩のテントだったし……」

 

「ゆ……、ゆめゆめっ。夢だから」

 

 巽くんの疑問を、里中さんは慌てて否定する。

 どうやら、昨晩の事は無かった事にするらしい。

 ……記憶が曖昧なのならば、大谷さんに押し潰されていた事は一々思い出させる必要性は無いだろうし、別に良いか……。

 

「やっぱ夢っスか……」

 

 巽くんも、少し怪訝そうにしながらも一応の納得はした様だ。

 

「よーっし、折角来たんだし、とりあえず泳ぐか!」

 

「花村先輩、マジで泳ぐんスか?

 ……オレぁダリぃし、パスで……」

 

 花村がハイテンションでそう言うと、力無くぐったりと座る巽くんは、首を横に振った。

 

「大丈夫か? 巽くん」

 

 大谷さんに押し潰されていた事で何か悪影響でもあったのだろうか……。

 

「あー……。何か顎の辺りが特に痛いんスよね……」

 

「顎?」

 

 大谷さんが寝返りを打った際にでも、殴られたのだろうか……?

 ……何故か、里中さんと天城さんが遠い目をしている。

 

「鳴上たちは泳がねーの?」

 

 花村が首を傾げて訊ねてきたので、首を横に振った。

 

「泳ぐも何も水着を持ってないし、それにまだ泳いだりして遊ぶには水温が冷た過ぎる。

 風邪を引くぞ、この冷たさじゃ」

 

 そもそも川で遊ぶ予定は無かったのだから、水着を持ってきている筈は無い。

 それは里中さんも天城さんも同じだった様で、二人とも同じく首を横に振る。

 

「あたしもパス。

 泳ぐつもり無かったから、水着持ってきてないもん」

 

「私も、泳がないよ? 水着無いし」

 

 しかし、全員に断られたと言うのにも関わらず、花村はめげない。

 

「ふっふーん!

 そんな事もあろうかと思ってだな……」

 

 そう言って、花村は鞄の中から何かを取り出した。

 ……水着だ、それも女性ものの。

 

「花村……まさかお前……、そんな趣味が……」

 

「ちげーよ! つーか分かっててそれ言ってんだろ、鳴上!」

 

 まあ、少しふざけただけだ。

 三着も持っているんだから、多分自分や里中さんたち様に持ってきたんだろうな……、というのは大体察せられる。

 

「ジュネスオリジナルブランド、初夏の新商品だぜ!

 いやー、結構三人に似合うの探すのに頑張ったんだぜ!

 特に鳴上は背が高いからなー……、中々イイのが無くって!」

 

 背が高過ぎるとそういうのは確かに探すのが面倒だ。

 

「花村先輩……それずっと持ってたんスか?

 ……引くわー……」

 

 巽くんも、そして里中さんも天城さんも、花村を白い目で見ている。

 多分、呆れているのだろう。

 

「良いじゃん!

 折角だし皆で林間学校でも楽しい思い出作りたかったんだよ!」

 

「それなら、最初から水着持参って提案すれば良かったんじゃ……」

 

 よくこちらの水着のサイズが分かったな……。

 まあ、花村がこちらをそういう目で見ていた、という事なのかもしれないが。

 しかし、態々水着を探すなんて無駄な労力を割くのもバカらしくないだろうか……。

 ……この前の『密着作戦』と言い、どうしてこう……無駄に残念な方向性に行動力を発揮しているのだろうか……。

 

「素直に言っても、鳴上とかに却下されると思ったから……」

 

「分かっているのなら、何故持ってきた」

 

「……俺の熱意を認めてくれるかな、って」

 

 はあ、と溜め息を一つ吐いた。

 

「……コブラツイスト、キャメルクラッチ、ベアハッグ、スリーパーホールド……好きな技を選ばせてやろう……」

 

「こえーよ! 何でプロレス技から選ばせんだよ!!」

 

「と、まあ……冗談は置いといて……」

 

「冗談かよ!」

 

「……やって欲しかったのか?」

 

 物好きな……。まさか、花村には被虐趣味でもあったのだろうか?

 

「んな訳ねーだろ!」

 

 それは即座に否定された。

 ともかく、と花村に説明する。

 

「熱意は認めるが、さっきも言った様に水温が低い。

 単純に、泳ぐのに適していないんだ。

 思い出を作りたい気持ちも分かるが、それで風邪を引いては元も子も無いだろう。

 そんなに泳ぎたいのならば、今度皆で沖奈のプールにでも出掛けよう。

 夏になれば、海にも行けるしな。

 それでは、ダメか?」

 

 一見賑やかし屋に見るが実は相当な気遣い屋である花村は、他人に本気で嫌がられる事は基本的にはやらないタイプだ。

 花村的には、本当に林間学校での楽しい思い出を作りたかったのだろう。

 若干の下心があった事自体は、否定は出来ないのだろうけれども。

 まあ、そこは思春期の男の子のサガというヤツなのだろうから、大目には見てあげた方が良いだろう。

 実際に花村が自分たちにと買ってきた水着は、各々に良く似合うし、かなり好みを突いている。

 男子生徒諸君の妄想の行く先となっている様なギリッギリの布地面積のモノでは無い。

 そこはちゃんと真剣に選んでくれたのだろう。

 トスッと、少し強めに花村の頭に手刀を落として、勝手に水着等を購入してきた事は許してやる。

 

「うぅ……りょーかい」

 

 少し未練がある様だが、結局は花村も了承してくれた。

 水着は折角買ったのだから、とそのままプレゼントされる事になった。

 稲羽には水着は持って来なかった為、買う手間が省けたので個人的には少し嬉しい。

 

 結局、川で遊ばずにそのまま家に帰る事になった。

 ……帰る途中に、川の上流の方で諸岡先生が川に向かって嘔吐しているのを見掛けてしまう……。

 ……恐らく、二日酔いにあの朝食が堪えてしまったのだろう。

 ……色んな意味で、川に入らなくて本当に良かった……。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/06/19】

 

 

 林間学校も終わり、少しゆったりとした気持ちで目覚めた日曜日だが、どうやら今日は昼夜を通して曇天が続くらしい。

 まあ、雨が降るよりは良いのだが。

 

 今日は、巽くんから手芸を教わる予定なので、早速巽屋を訪ね、店番をしていた巽夫人に断って店の奥へとあげて貰う。

 

 

「今日は手芸を教えるっつー話っスけど、編みぐるみで良いっスか?」

 

 編みぐるみ用の毛糸を用意しながらそう訊ねてきた巽くんに頷いた。

 編みぐるみでも、普通のぬいぐるみでも、それこそ織物とかでも、ドンと来いという気持ちである。

 何も問題など無い。

 

「勿論。前に見た巽くんの作品も編みぐるみだったけど、巽くんは編みぐるみが好きなのか?」

 

 以前巽夫人から借り受けたマスコットも、編みぐるみで出来ていた。

 全て編みぐるみで出来たストラップサイズの小さなマスコットだったのに、付いている小物(編みぐるみ製)が異様な程凝っていたのは記憶に新しい。

 あれは、相当の愛が無くては作れないだろう。

 ふと気になって訊ねてみると、巽くんは少し言葉を濁しつつも頷いた。

 

「ま、まあ。あの独特の風合いが出る感じが……」

 

 確かに。編みぐるみは編んで作る事によって、独特の風合いが出る。

 それが良い、という声も多いのは知っている。

 どっちがより優れているとかそんな話ではなく、各々良い所があるという事だ。

 

「確かに、編みぐるみは普通に布とかを使って作るぬいぐるみとはまた違う感じになってて、そこがまた良い。

 私も、編みぐるみは好きだ」

 

 そう答えると、巽くんは嬉しそうな顔をした。

 

「よっし、じゃあ早速作り始めましょう」

 

 巽くんからレクチャーを受けながら、編みぐるみを編み始めた。

 

 

 そして数時間後──

 途中で巽夫人が作った美味しいお昼ご飯をご馳走になったり、休憩を挟みつつも、漸く編みぐるみは完成した。

 

 自分がモチーフとして選んだのはセキセイインコだ。

 お喋りも出来る手乗りの鳥としてペット界隈では(個人の主観で)非常にポピュラーだと思われるオーストラリア原産のオウム目インコ科の鳥である。

 原種は頭は黄色の羽で胴体は緑色の羽がメインでそこに背中や翼辺りに黒い羽が模様の様に混じっている。

 品種改良によって実に様々なカラーバリエーションがあるのも特徴だ。

 まあご託は置いといて、セキセイインコとは、凄く、極めて、可愛い生き物なのである。

 編みぐるみで作ったのは、その中でもオパーリンブルーパイドと呼ばれる色合いのセキセイインコだ。

 背中の部分の黒い模様がなく、頭の色は白、胴体は主に青だが所々白い羽がまるで模様の様に混じっている。

 

 完成した編みぐるみは、贔屓目に見ているのだとしても良い出来だとは思う。

 粗は見当たらないし、巽くんが丁寧に教えてくれたお陰で、難しそうな羽の色合いも見事に表現出来ている。

 贔屓目に見ても可愛い。

 家に帰ったら早速飾ろうとは思う。

 しかし……。

 

「いやー、やっぱり先輩は器用っスよね。

 初めてでここまで作れるのって、すげーっスよ」

 

 そう褒めてくれる巽くんのその手には、信じられない程凝っている編みぐるみがある。

 ウサギがモチーフなのだが、まるでビスクドールの様な凝った衣装を着ていて、更には寧ろそれが1つの作品じゃないのかと言いたくなる程の凝った小物を持っている。

 勿論の事ながら可愛い。

 彼我の実力差は一目瞭然、圧倒的である。

 更に絶望を感じる事に、巽くんの過去の編みぐるみ作品だと言うモノを見せて貰った所、思わず我が目を疑う程の代物が存在した。

 それは、某ジブリ映画のマスコット三匹(?)だ。

 小・中・大と揃っているそれは、小物らしい小物は無く、極めて高い完成度を誇っているとは言え巽くんの作品としてはシンプルなものである。

 ……その大きさが、三匹並べても人差し指の爪先から第一関節までの大きさしかない事を除けば、だが。

 ……完敗だ。

 どうやって作るのか教えて欲しいと言うか、目の前で是非とも作って頂きたい。

 

 だが、ここで膝を屈しては試合終了だ。

 それが何れ程遠くとも、高みを目指し努力し続ける事に意味がある。

 巽くんと言う、極めて高く偉大なその壁を越える為にも、まだまだ努力が必要なのだと言う事が分かったのだ。

 ならば、歩き出すだけである。

 そう決意を新たにしていると、巽くんがポツリと訊ねてきた。

 

「なんつーのか、先輩的には正直な所どうなんスか……?

 その……俺がこう言うのやってるのって……」

 

 ……もしかして、教えている内に不安になってきたのだろうか。

 ……気味悪く思われているんじゃないか、男らしくないと思われているんじゃないのか、と。

 ……仕方無い、か。

 巽くんの悩みの根はそれだけ深いのだ。

 だから、素直に自分の気持ちを伝えた。

 

「ゴッドハンドの持ち主かと思った」

 

「ゴッドはん……?」

 

 どうやら通じなかった様だ。

 少し気恥ずかしくなりつつも言い直した。

 

「巽くんは神業の持ち主だって事。

 いや、本当に凄いよ、コレは。

 この極小サイズのモノなんて、ネットのオークションに掛けたら万単位で値が付くレベルだと思う」

 

「えっと、そうなんスか……?」

 

 自分の技術の凄さが今一つ分かっていないのか、巽くんは頬を掻きながらそう首を傾げる。

 ……巽くんの作品の大半は、凄まじい値が付くのは確実だろう。

 

「それにだな、良いじゃないか。

 可愛いモノが好きだろうと、それを作るのも大好きだろうと。

 可愛いモノをこんなにも可愛く作れるんだから、それは誰に対しても胸を張れるレベルの特技だし、人目を気にしてコソコソする必要性なんて無いって事だ」

 

 他人に迷惑をかけるモノでもないのだから、外野が巽くんの趣味にとやかく口を出す権利などはない。

 それに、技術は技術として評価するべきである。

 巽くんだからダメなんて事は全く無い。

 

「……先輩にそう言って貰えると、何か胸が軽くなった感じがするっス」

 

 そう言って少し安心した様に笑った巽くんに、畳み掛ける様にして提案を述べる。

 

「それでだな、巽くん主催の手芸教室……割りと真剣に検討してみてはどうだろうか。

 巽くんの趣味とその技術の凄さを理解して貰える切欠になるだろうし。

 弟子1号としては、師匠の腕が認知されて居ないのは悔しいモノがあるのだが」

 

 手芸教室を開いてみるのが、巽くんの悩みを解決する一番の方法なんじゃないかと思う。

 要は、巽くんの趣味とかを受け入れてくれる人を作るのが必要なのである。

 手芸教室なら、そもそも手芸に興味がある人が来るのだし、手芸に興味がある人ならば巽くんの技術の凄さが分かる。

 まあ見た目のギャップが凄いのは事実だが、それでも受け入れてくれ易いだろう。

 うん、考えれば考える程、名案な気がする。

 尤も、巽くんが乗り気でないのならどうしようも無いのだが。

 

「せ、先輩が弟子1号!?

 あ、……そうなんのか……?

 いやでも……。

 つか、手芸教室っつっても唐突過ぎるっスよ。

 需要とかってのも、あんのか分かんねーし」

 

 この稲羽でも需要は確実にあるだろう。

 可愛いモノ好きは決して少数派ではない。

 

「……だったら、巽屋の一画で巽くんの作品を売り出してみてはどうだろうか。

 最初は巽くんの名前を伏せて。

『こんなのを作りたい』って人が出てきたら、製作者を明かして手芸教室を開けばいい」

 

 そう提案してみたのだが、巽くんの反応はあまり芳しくなかった。

 ……残念だ。

 

 その日はそこで巽くんに礼を言ってから巽屋を後にして、家へと帰った。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




林間学校中の一部の出来事は小説版『Your Affection』を参考にしております。
『アムネジア』は本が手に入らなかったので、無かった事にしてます。
ドラマCD(無印版3つ+G版2つ+P4A版2つ+P4A特典版2つ+P4G特典版2つ)は内容に矛盾が生じないようにアレンジしつつも、出来る限りは入れていきたいです。
なお、剛毅コミュが割りと出張るのは私の個人的な趣味です。


尚、今回のコミュ進行度合いは……
【皇帝(完二)】:2/10→3/10
となっております。

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