PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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【2011/06/13━2011/06/16】

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【2011/06/13】

 

 

 学童保育のアルバイトに赴き、子供たちの相手をし終えて、保護者が迎えに来るのを待っていると、また俊くんが一人ベンチに座って夕空を見上げているのが目についた。

 

「やあ、隣に座ってもいいかな?」

 

 そう声を掛けると、俊くんは無言で端に寄って、座る場所を空けてくれる。

 

「空を見ていたみたいだけど、何か面白いものでもあったのかな?」

 

 訊ねても、俊くんは浮かない顔をするばかりだ。

 

「……別に。

 面白いわけじゃないよ。

 ……やる事ないから、空見てただけ」

 

「そっか。今日は曇り空だったけど、今は良い感じに雲の切れ間が出来ているから、夕日が綺麗にみえるね」

 

「そういうの、あんまり興味ないし。……どうでも良い」

 

 そう言う割りには会話を続けるあたり、話をする事自体には消極的では無いらしい。

 

「そう? うーんと、じゃあ俊くんはどういうのモノに興味があるのかな」

 

「……そーゆーの聞いて、何かイミあるの?

 まあ、別にいいけど……。

 ……ボクは……フェザーマンが好き、かな……」

 

 俊くんが挙げたのは、戦隊ものの中ではかなりの長寿シリーズである『不死鳥戦隊フェザーマン』だった。

 不死鳥の名を体現するかの様に、再放送されたりやら新シリーズやらを作られ続けている大人気特撮だ。

 現行作品は『ネオフェザーマン』で、初代『フェザーマン』と『フェザーマンR(リターン)』の後継作である。

 尚、『フェザーマンV(ヴィクトリー)』の制作も決まっているらしいとまことしやかに囁かれている。

 チームメンバーのスーツが赤やら青やらと色分けされているのは他の戦隊ものと同じだが、フェザーマンは各々鳥をモチーフにしているのも特徴だ。

 今のチームメンバーは、フェザーホーク(赤)・フェザーオウル(黄)・フェザーパラキート(黄緑)・フェザーアーザス(桃)・フェザーシュービル(紫)・フェザーファルコン(黒)・フェザースワン(青)・そして謎のフェザーミミズク(銀…?)である。

 玩具会社とタイアップしていて、変身グッズや合体ロボットの玩具は小学生位の男子のマストアイテムでもあるらしい。

 

「フェザーマンか……私が小さかった頃からやっているね。

 今もシリーズが続いてて……確か、今はネオフェザーマンだったよね?」

 

 俊くんは頷き、そして付け加えた。

 

「ネオフェザーマンも好きだけど、ボクはフェザーマンの方が良いと思う」

 

 俊くんは初代派であるらしい。

 初代フェザーマンが放送されていた頃は、俊くんがまだ生まれていない様な時期なので、きっと再放送か何かで見たのだろう。

 

「……先生、変な人だよね。

 ……嫌いじゃないけど」

 

 帰り際に俊くんはそう言って手を振ってくれた。

 

 

 

 

 

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 学童保育からの帰りがてら、夕飯の食材を買おうとジュネスに立ち寄り鮮魚コーナーに向かうと、ちょっと不思議な事を言っている主婦に出会った。

 確か……倉橋さんのお家の奥さんだ。

 会った時には挨拶を交わす程度の付き合いのご近所さんなのだが、……何故か倉橋さんは「オイスターソースを作らなきゃ」と言いながら、加熱用の牡蠣を大量に買っていた。

 ……オイスターソースを一から作るつもりなのだろうか。

 

 

 倉橋さんはこちらに気が付く事無く、そのままレジの方へと行ってしまった。

 

 

 

 

 

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【2011/06/14】

 

 

 演劇で使う衣装に付ける小物の作成の為に、演劇部の部室へと訪れた。

 部長さんたちの要望を聞きながら小物を作る傍らで、部員たちは今日も熱心に演技の練習をしている。

 その中には、小沢さんの姿もあった。

 何時も練習に人一倍熱意を持って取り組んでいる小沢さんだが、……今日の練習は何処か鬼気迫る何かを感じてしまう程だ。

 ……あの病院での一件が何か関係しているのだろうか。

 

 昼間降り続いていた雨も何時の間にか上がり、窓の外からは傾きつつある日の光が差し込んでいた。

 

「さて、ちょっと早いけど、キリ良い所だし、今日は上がろっかー!」

 

 どうせもうそろそろ下校放送が流れるのだし、という部長の言葉に、緊張の糸を切れさせる部員たちだったが、それに小沢さんが待ったをかけた。

 

「まだチャイムが鳴ってないじゃないですか!

 なのにもう帰るなんて、弛んでます!

 もっと本気でやって下さい!」

 

 小沢さんのその剣幕にたじたじになる他の部員を庇う様に、副部長が一歩前に出る。

 

「お、小沢さん、あまり根を詰めると……」

 

 しかし、宥める為にかけたその言葉は、小沢さんには逆効果だった。

 小沢さんは副部長へ噛み付く様な言葉をぶつける。

 

「私は真剣なだけです!

 足、引っ張んないで下さい!

 そんなんだから副部長は、主役取れないんじゃないですか!?」

 

「小沢!」

 

「あ…………。…………」

 

 その空気に割って入るかの様に下校放送が流れ、副部長が取り成す様に解散を宣言して、部員たちは部室から立ち去っていった。

 しかし、小沢さんは黙ったまま動かない。

 

「……鳴上さん。

 ……私、……間違った事、言ったのかな……」

 

「別に、真剣にもっと練習したいっていう内容は悪くは無かった。

 でも、言い方は悪かった、かな」

 

 伝えたい内容がどんなモノであったとしても、言葉使いやその時の表情とかシチュエーションとかを含めた諸々が悪かったら、相手にはちゃんと伝わらないし、無意味に相手を不快にさせてしまうだけだ。

 

「ん……、そう、だよね。

 ……演技……こんなに練習してるのに、実生活じゃ役に立たないや……」

 

 小沢さんはそう言って、疲れた様な苦笑いを浮かべた。

 

「私、残って練習しとくから……。

 ……河原でも何処でも……、家じゃない所なら、いいや……」

 

 ……小沢さんの顔は暗い。

 ……あの病院での一件がまだ何か続いているのだろうか。

 気には掛かるがしかし、流石に軽々しく口を挟める様な事情ではない。

 

「……付き合おうか?」

 

 何か悩んでいるのなら、一人で練習していても、余計に気が滅入るだけではないだろうか。

 自分に何が出来るとは思わないが、近くに人が居れば気は紛れるだろう。

 気が滅入ってる時程、一人で考え込んで落ち込みがちになる。

 

「ううん……それは良いや。

 でも、ありがと」

 

 小沢さんは少し微笑んだ。

 

「……今家に帰っても、誰も居なくてさ。

 ……お母さん、アイツの看病で、会社と病院を行き来してるから。

 だから、帰ってもしょうがないって言うか……。

 ……ひとりぽっちで家に居るとさ、色々、考えちゃって……。

 ……昔の事とか、何でこうなっちゃったんだろ……とか、ね。

 もう……忘れたと思ってたのにな……」

 

 疲れた様にそう言った小沢さんは、あっと顔を上げる。

 

「ごめん……何か、愚痴っちゃってさ……。

 ……忘れて?」

 

「それは無理だね」

 

 小沢さんが悩んでいる、というのに、それを理由を忘れるなんて出来ない。

 少なくとも、小沢さんがちゃんと元気になるまでは。

 

「えー……。

 もうちょっとこう、優しくしてよ。

 ……うん、でもありがとね、鳴上さん。

 一人だったら、ズーンって落ちちゃってただろうし。

 一緒に居てくれて、嬉しいよ」

 

 そう言って、少し元気が出てきた様な表情で小沢さんは微笑んだ。

 ……元気付ける事が出来た様で、何よりだ。

 

「私には、演劇あるんだし。

 うん、頑張れる。だから、頑張れる!

 よっし、私何処か寄って練習するから!

 折角主役取れたんだもん、絶対、やってやらなきゃ!

 じゃあね、鳴上さん!!」

 

 ガッツ溢れる小沢さんを見送り、夕飯の買い出しへと出掛けた。

 

 

 

 

 

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 今晩は鮭の照り焼きにでもしようかとジュネスの食品コーナーを回っていると、……溜め息を吐きながら刺身用の切り身を手にしている、あのご近所の倉橋さんに出会した。

 目があったので、軽く会釈をする。

 

「あら、堂島さんの所の悠希ちゃんよね?

 夕飯のお買い物かしら?

 お料理も悠希ちゃんがやっているのよね、確か。

 ふふ、スゴいわね」

 

「あっ、えっと、どうも。

 倉橋さんも、お買い物の最中ですか?」

 

「ええ。今日の夕飯と、主人の明日のお弁当の材料を買いにね。

 明日のお弁当は……お刺身にしようかしら……」

 

 …………えっ?

 ……いや、流石にそれは不味いっていうか、流石に冗談だと思いたいのだけれども、しかし倉橋さんの表情は冗談を言っている様な感じではない。

 刺身をお弁当に突っ込むとか、どんな暴挙だ。

 この季節にそんな事をすれば、傷むというか、腐る。

 飯マズとか、そんな次元の話ではない。

 本気でそんな事を言っているのであれば、何としてでも止めなくては。

 

「えっ、あの……。

 差し出がましいかもしれませんが、お弁当にお刺身は止めた方が……。

 そもそも鮮度が保ちませんし、それに、この季節だと最悪食中毒の原因になります」

 

「あら、そうなの?

 ウチの主人はお刺身が好きみたいだから、喜ぶと思ったのだけれど。

 それなら止めた方が良いわね」

 

 そう言って倉橋さんは切り身をショーケースへと戻した。

 うん、食中毒を未然に防げた様で何よりだ……。

 

「ふぅ……悠希ちゃんは色々と詳しいのね、料理の事」

 

「うーんと、そうなんですかね……?」

 

 正直、刺身は弁当に入れないなど、料理に詳しいとかそういう以前の知識だと思うのだが……。

 

「私の料理、全然お義母さんは食べてくれないのよ。

 昨日も、豚バラ肉とキャベツのオイスターソース炒め……自信があったのだけれど一口も食べて貰えなかったわ。

 オイスターソース、頑張って牡蠣を搾ったのに……。

 何がダメだったのかしら?」

 

 ダメとか、そんなレベルでは無い。

 オイスターソースは、牡蠣を搾って作るものではない。

 大体、市販のモノを何故買わなかったんだ……。

 

「えーっと、ですね……。

 オイスターソースって、牡蠣をそのまま搾って作ってる訳じゃないんですよ」

 

 オイスターソースは、牡蠣を塩茹でした時の煮汁を加熱濃縮したものを元にしている。

 そこに小麦粉とか砂糖とか入れたりして味を調整しているのだ。

 生の牡蠣から作る場合や、干し牡蠣から作る場合など、色々とある。

 家で一から作る事も可能だが、数時間単位で煮汁を煮詰めなくてはならないので、普通に市販のモノを買った方が早いと思うのだが……。

 

「えっ、そうだったの?

 新鮮な内にと思って、買った時のまま搾ったのだけど……」

 

 下茹ですらしなかったのか……。

 それはオイスターソースでも何でもなく、ただの生臭い汁だ。

 ……作っている途中で、何かおかしいとは気が付かなかったのだろうか?

 

 何とも言えない心境で黙っていると、何かを考える様に黙り込んでいた倉橋さんが唐突に顔を上げた。

 

「あのね、悠希ちゃん……。

 もしよければなんだけど、偶にで良いから私に料理を教えてくれないかしら?」

 

「えっ……と? 私が、ですか?」

 

 唐突な申し出に驚いて目を瞬かせていると、倉橋さんは悩まし気な表情を浮かべて頷く。

 

「ええ、本当は料理教室とかに通った方が良いのかも知れないけど、……稲羽にはそういう場所が無いのよね……。

 本当に偶にで良いの」

 

 倉橋さんの言葉に、少し考えてから頷いた。

 この稲羽ではご近所付き合いという物が重要なのだ。

 まあ料理を時折教える程度、大した手間でも無いのだから、それ位でご近所付き合いを円滑に出来ると言うのなら安いものだろう。

 

「……分かりました、私でよければ」

 

 そう答えると、倉橋さんは嬉しそうに笑う。

 

「本当に良いのね! ありがとう、悠希ちゃん!」

 

 そう言って倉橋さんは焼き魚用のシシャモを買い物カゴに放り込んでその場を立ち去っていった。

 

 

 

 

 

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【2011/06/15】

 

 

「おっす、相棒!」

 

 朝から花村のテンションが高い。

 何か良い事でもあったのだろうか?

 

「あっ、分かっちゃう? 分かっちゃった?

 へっへーん、実はだな、ついに俺も、バイクゲットしたんだぜ!

 念願のバイクですよ、バイク!

 もう、朝から嬉しくってさー!

 でさ、早速、今日の放課後、沖奈まで一緒に行ってみね?

 お前、前にツーリングしてみたいっつってたじゃん」

 

 確かに言った。……覚えていてくれてたのか。

 

「ああ、言ったな。

 ……花村の都合は大丈夫なのか?」

 

「おうよ! 今日はバッチリシフトは空けてきたからなー!

 あーっ、楽しみだ! 放課後速攻で出発しよーぜ!」

 

 ウキウキとした様子で提案する花村に、勿論、と頷いた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 放課後、直ぐ様一旦家に帰ってバイクを取りに行ってから、再び花村と合流して、一路沖奈駅を目指した。

 小まめに慣らし運転をしつつ土地勘を掴んでいたから、沖奈駅までの道程もバッチリだ。

 来る道の途中で自転車に乗る巽くんとも出会い、何故か彼も付いてきているのだが……。

 

「マジでここまでついてきやがったか……」

 

 沖奈駅前に到着した花村は、バイクを停めて後ろを振り返り呟く。

 その言葉に答える様に、自転車のベルの音がして、ギコギコと自転車を漕ぎながら巽くんが追い付いてきた。

 

「楽勝っすよ! 慣らし中の原チャリなんざ、相手になんねッス!」

 

 花村の横に自転車を停めながら巽くんはそう言う。

 だが、巽くんも多少は息が乱れているし汗もかなりかいている様だ。

 

「ほらこれでも飲んで一息吐けば? 汗、凄いし」

 

 喉が渇いた時様に持ってきていた未開封のお茶のペットボトルを巽くんに投げ渡す。

 巽くんは、「あざっス」と礼を言って、ゴクゴクと一気に中身を飲み干した。

 さて、折角ここまで来たのだから、駅前で少し遊んでおこうか……。

 確か、駅前のゲーセンにあるクレーンゲームのプライズに新しいのが入荷していた筈だ。

 うん、それに挑戦してみるか……。

 

「私はそこのゲーセンに行ってみるけど、二人はどうするんだ?」

 

「俺も……折角沖奈来たんで、その……しゅ、手芸の……。

 ……とにかく、買い物あるんでここは離れるっス」

 

 巽くんは少し顔を赤くしながらそう言った。

 手芸店に行くのだと、素直に言えば良いのに……。

 まあ、良いか……。

 

「で、花村はどうするんだ?

 私と一緒にゲーセンでも行くか?」

 

「ん、いや……俺はちょっと作戦があるからな。

 今回はパスだ!」

 

 作戦?と首を傾げたが、まあいいかとそっとしておく事にした。

 バイク置き場から動かない花村をその場に残し、巽くんが手芸店へ行くのを見送って、駅前のゲーセンへと足を運んだ。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 沖奈に到着してから三時間。

 新入荷されたプライズの内、興味を引かれたモノは粗方入手出来た。

 腕が鈍っていなかった様で何よりだ。

 他にもシューティング等も楽しんで、実に充実した時間だった。

 こういう風にゲーセンで時間を過ごすのも、やはり悪くはないモノだ。

 ……張り切って遊んだ結果、結構な大荷物になってしまったが、まあ持って帰れなくはないだろう。

 フロスト人形を調子に乗って三つも取ってしまったが、一つは自分用、一つは菜々子へのお土産として、残った一つは巽くんにでもあげるか。

 巽くん、こういうの好きそうだし。

 ホクホクとした気持ちでバイク置き場に戻ると、花村が少しへばった顔でまだその場に残っていた。

 

 ……まさかとは思うが、あれからずっとここに居たのだろうか?

 ……作戦とやらの仔細は分からないが、初夏のこの日差しを三時間も浴びていれば、流石にバテてしまうだろう。

 ……というか、花村は何がしたかったのか。

 丁度、手芸店から帰って来たらしい巽くんも、怪訝そうに首を傾げている……。

 

「……花村?

 一体何をしてたんだ……?」

 

「いっ……いやー……。

 ちょっと作戦に手違いがあったみてーでな……。

 おっかしーなぁ…………。

 どっかから視線は感じるんだけどなあ……。

 もうちょい粘らなきゃダメかな……」

 

 ブツブツと呟く花村に、思わずツッコんだ。

 

「これ以上何を粘るつもりかは知らないが。

 日が暮れる方が先になるんじゃないのか……?

 それに大体、作戦って何なんだ?」

 

「いやー……。

 ホラ、バイクは男のステータスっつーか……、バイクあったら魅力が倍増しっつーか……。

 バイクあったら、男のフェロモンが増幅するらしいじゃん?」

 

「フィ、フィレ……、フィレモン?」

 

 巽くんはフェロモンを聞き取れなかったのか、戸惑った様に言い間違えた。

 フィレモンだと、ユングの夢に出てきた老賢者かギリシャ神話の人物になってしまうだろう。

 と、言うよりも、花村は何を言っているんだろうか……。

 

「フィレモンじゃねーよ、フェ・ロ・モ・ン!」

 

「それで?

 そのフェロモンとやらを増幅させてどうするつもりだったんだ?」

 

 首を傾げて訊ねると、何故か花村は困った様に言い淀み口籠った。

 

「バイクがあれば、その、…………………………と思って」

 

「……? すまないが、聞こえなかったんだが……。

 バイクがあれば、何だって?」

 

 再度訊ねると、花村は気恥ずかしいのか顔を覆って答える。

 

「バイクがあれば、女の子も寄ってくるかなって!

 そんで、女の子と仲良くなって、彼女作って……。

 何時か金貯めてもっと大きなバイク取って、二人乗りで密着したかったんだよーっ!

 チクショウ、悪いか!!」

 

 別にどうとも言ってもいないのに花村は顔を覆ったまま動かなくなった。

 

「えっ、ええっと……、だな……。

 好きにすれば良いとは思うのだが……。

 まあ、その……。……元気だせ……、花村……」

 

 まあ、花村の願望は、所謂お年頃の男子達が抱くというヤツの一環なのだろう。

 まず、バイク=女性が寄ってくる、とはならないとは思うのだが……。

 ……とは言え、夢を見るのは自由である。

 尤も、花村は現在、夢と現実の差を突き付けられているみたいなのだが……。

 

「バイクは男のアイテムっつー話ッスけど、それ原付ッスよ?」

 

 巽くんが首を傾げながら言うと、ガバリと花村は顔を上げて巽くんに噛み付いた。

 

「しょうがねーだろ!? 

 そりゃ俺だって、雑誌で見た様なでっけーヤツの方が良かったよ!!

 でも、夢と現実には開きがあんの! 

 高いのは買えないのっ! 

 俺のお財布的には、原付で精一杯だっつーのっ!」

 

 花村の心の叫びを聞いた巽くんは何かを考える様に俯いたかと思うと、強い意思を感じさせる目で花村を見据える。

 

「……花村先輩、俺に十分くんねーか?」

 

「は?」

 

 何言い出したんだコイツ、的な目で花村が巽くんを見る。

 その点は花村に同意したい。

 ……巽くんは何をするつもりだ……?

 

「やられたまんま黙ってらんねっしょ! 

 先輩の仇、俺がとってやんぜ!」

 

「ケンカじゃねーっての! 

 仇とるってどーすんだよ。

 お前、ナンパでもするつもりか!?」

 

 グッと腕を捲ってみせた巽くんに、花村は慌てて訊ねる。

 

「ったり前っすよ! この状況で、他に何すんスか!」

 

 いや、他にする事はあるだろう。

「ナンパする」とか、何でこの状況でそうなるのか逆に尋ねたい。

 

「あのな……バイク持ってる俺で駄目なのに、お前に仇取れるかっつーの。

 なあ?」

 

 なあ? と問われても……。

 そもそもの話、バイク自体があまり関係無い要素だろうに……。

 

「いやいや、そういう問題ではないだろう。

 が、まあ……ナンパは止めた方が良いと思うぞ、流石に……」

 

 色んな意味での大火傷を負いかねない。

 謎の黒歴史を作ろうとしているだけなのでは……?

 

「なっ、鳴上先輩までオレにゃやれねーと思ってんスか?」

 

「いや、そう言うつもりでもないけど……」

 

「いやいや、ムリだろ。暑さで頭イカれたか?」

 

「いいッスよ、上等っス。

 ここで引き下がったら男が廃る……。

 だったら三人で勝負ッス! 

 巽完二、男の生き様見せてやんぜ!」

 

 ただ、巽くんを止めたいと思っただけだったのに……。

 花村が不用意に煽ったからか、巽くんはガッツポーズを取ってそう叫んだ。

 いや、待て……! 三人って、まさか……!

 

「私も頭数に入っているのか……!?」

 

「お、落ち着けっての! 

 完全に全員参加の流れじゃねーか!?

 鳴上は女子だぞ?

 それにだな、マジ分かってんのか? 

 それってこっちから声かけんだぞ? 

 なんかカッコ悪いっつーか……いい思い出もないっつーか……」

 

 花村は巽くんの威勢に、しどろもどろになりながらも必死に巽くんを翻意させようとするが、巽くんはそんな花村を煽る。

 

「怖えーんスか?」

 

「そうじゃなくてだな……」

 

「友達になれつって、“ハイ”って言わせりゃいいんスよね? 

 そんだけの話じゃねーか」

 

 完二の単純明快な言葉に、少し悩んだ後花村は大きく溜め息をついた。

 

「ま、失うもんねーし。いいか……」

 

「良くないぞ! 私は断固として拒否するからな……!」

 

 何が悲しくてやるつもりもないのに、ナンパせねばならないのだ。

 花村、正気に戻れ……!

 失うモノが無いんじゃない、新たに傷が増えるだけの苦行だぞ、これは……!

 

「流石先輩ッス! 

 負けたらパンイチで町内マラソン、ついでに鼻メガネかけてやらあ!」

 

「いやいやいやいや、意味が分からないし、それは止めてくれ、ホント、お願いだから。

 それに、私はやると一言も言ってないぞ……?」

 

 しかし、ヒートアップした(より正確には花村は自棄になっているだけなのだが……)男二人には届いてない様だ。

 

「……男はダメだかんな?」

 

 念を押す花村に、巽くんは更にヒートアップする。

 ……もう、止めてくれ……。

 思わず頭を抱えそうになるが燃え上がった二人は止まらない。

 

「まだそれ言うのかよ!? 

 クソッ、ぜってー負けねえかんな!」

 

 そう言い残して巽くんは勇ましく駆け去って行き、花村もそれに続く様にその場を離れた。

 

 …………どうしようか。

 もう帰っても良いかな? とは思うが、流石にこの状況で二人を放置して帰って、二人が面倒事に巻き込まれていたら洒落にならない……。

 ……仕方無い。

 ナンパ勝負に参加する気は更々無いから、適当に駅前を彷徨いておこう。

 ……花村たちも、その内諦めがつくだろう、多分。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 駅前で迷子になっていた子供を交番に送り届けたり、財布を落として困っている人と一緒にその財布を探したり、とそう言う風に時間を過ごしてバイク置き場に戻ってくると、二人とも戻って来ていた。

 

「……どうだった?」

 

「や、上手くいかねーッス」

 

「そうだよな……」

 

 花村と巽くんは疲れた様に話し合っている……。

 しかし、花村はニヤリと笑って誇らし気に携帯を掲げた。

 

「でもな、俺……。

 番号、一個ゲットしましたー!」

 

「花村先輩、イケたんスか!? さすがッス!」

 

「花村、それ本当に大丈夫なヤツなのか?

 ヤミ金とかに直通の電話とかだったりしないよな?」

 

 巽くんは純粋にスゲーと目を輝かせているが、何だろう……不安しかない。

 悪質な業者とかに繋がっている可能性も高いのだから、ハッキリ言えば止めた方が良い。

 

「んー、それはねーんじゃね?

 すっげーイカしたお姉さんでさ。

 ちょっと背伸びしちったかなー。

 大人の色気っていうかさ……。

 いっや、ゲットすんの苦労したわー。

 早速かけてみっか!

 ……期待しとけよ?」

 

 花村はそう言って、自慢気に携帯を開き、その電話番号へと掛けた。

 暫くして、誰かが出たのだろう。

 花村はニッと笑った。

 内心ハラハラしながら、それを見守る。

 

「もしもーし? 俺っすー、分かりますー?」

 

『花村くん?』

 

 電話先の相手の声が大きいからなのか、周りにいる自分たちにまで電話相手の声が聴こえる……。

 ……? この声……何だか物凄く聞き覚えがあるのだが。

 

「うーす、バイクデートの彼でーす! 

 いっやー、嬉しいなぁ……あれ? 

 でも俺の名前、なんで? 

 言いましたっけ?」

 

 電話相手に名前を呼ばれ、花村は嬉しそうに返事をするが、どうやら名乗った覚えは無かった様で、直ぐ様怪訝そうな表情でそう尋ねる。

 

『なんでって、分かるわよ。同じ学校だもの』

 

 あっ、とその時、電話先の相手の心当たりに思い至った。

 そして、慌てて花村に直ぐ様電話を切る様にジェスチャーする。

 

「同じ学校? んなはずないっしょ、だってお姉さん……」

 

 花村も漸く電話相手に思い至ったのか、ザーっと血の気が引いた様な青い顔になった。

 

「つーか、その声……、まさか……」

 

『大谷花子に決まってるじゃない。

 あんた、あたしの番号調べた訳?』

 

 その瞬間、花村は半ば反射で電話を切る。

 

「……なんスか今の。

 地面の底から響くみてーな……、悪寒が走るみてーな……」

 

 横で聞いていた巽くんも、身を震わせて呟く……。

 

「えっ、えっ……?!

 ヤベー、完全にヤベーよ……。

 何で大谷が出んだよ、俺、番号間違えたか?」

 

「いや、多分……その電話番号をくれた女性に騙されたんだろう……。

 適当に教えられた電話番号が、偶々大谷さんの電話番号だったんだと思う……」

 

 多分、と付け加えた。

 いや、花村に電話番号を教えた相手が態と大谷さんの電話番号を教えた可能性とてあるが……。

 何にせよ、花村が騙されたという可能性の方が高い。

 花村は顔面蒼白でガタガタ震え、冷や汗の様なものもかいている様だ。

 しかし、めげずに再度掛け直そうとしている。

 多分、再度掛けても大谷さんに繋がるだけだろう。

 ……大谷さんは、正直ちょっと分からない人の部類だ。

 やたらこちらを敵視してきていて、態度も悪い。

 彼女に何かをした覚えは無いのだが、兎に角張り合ってくるのだ……。

 男子生徒からの評判が頗る悪いのは、花村の反応を見ていてもよく分かる。

 

「花村、悪い事は言わない。

 ナンパの事は、もう忘れるんだ。

 掛け直さなかったら、大谷さんだって間違い電話だと処理してくれる筈だから」

 

 しかしそうは警告したものの、折角のナンパの成果を諦め切れないのか、花村の反応は芳しくない。

 だが、花村が大火傷をする前に、ここは何としてでも友達としては止めなくてはならないだろう。

 花村が握りしめている紙を奪い去り、その携帯を強奪……。

 紙に書かれた番号と、先程花村が掛けた番号が確かに同じである事を確認してから、紙を細かく折り畳みながら引き千切って近くにあったごみ箱へと捨て、携帯は花村に返した。

 

「ああっ、鳴上……何て事を……!」

 

「花村、お前が教えて貰った番号は、確かに大谷さんの番号だったんだ。

 ……現実を受け入れろ……、花村、お前は騙されたんだよ……。

 もうその女性の事は忘れるんだ……悪い事は言わないから」

 

 まだ電話番号に未練があるのか、花村はごみ箱を見て悲痛な声を上げるが、ここは心を鬼にしてで止めなくてはならない。

 ……大谷さんに繋がっていたのは、幸い……とは言えないだろうが、もっと悪質な場所に繋がっていた可能性だってあったのだ。

 

 

 傷心の花村を引き摺って、稲羽へ帰ろうとしたその時……。

 

 

「あら、アンタたち……」

 

 背後から、何故か大谷さんの声が聞こえてきた。

 振り返ると、何とも言えない感じの、八十神高校の制服を着た女子生徒が歩み寄ってくる。

 

「大谷……さん!? 何故、ここに……」

 

「アタシ、田舎が似合わない女でしょ? 

 散歩してたら突然電話よ。

 ほんと、強引よね。

 バイクデートかぁ……」

 

 大谷さんは、花村とその原付をジロリと見詰め、花村は「ヒイッ」と小さく悲鳴を上げた。

 

「そ、それなんだがな……。

 花村の間違い電話だったんだ……!

 大谷さんにとっては唐突な電話で災難だったかもしれないし、失礼な事だとは思うんだが、どうか花村を許してやって欲しい……!

 この通りだ、頼む……!」

 

 一方的に掛けておいて悲鳴を上げるのは、流石に失礼な反応だとは思うのだが、それでも花村が全力で嫌がっているのは伝わってくるので、どうか勘弁してあげて欲しい……。

 そう思い、大谷さんに頭を下げた。

 すると、何故か大谷さんは苦虫を噛み潰した様な顔をする……。

 

「何で鳴上さんが一々口を出すのよ。

 ……まあでも、花村のそれじゃ、ショボ過ぎるわね。

 アタシを誘いたいなら、もう少し頑張らなきゃ。

 いい女を独り占めするには、それなりの努力が必要なんだから」

 

 そう言って、大谷さんは自信満々な足取りで何処かへと去って行った。

 

 

「た、助かったのか……?」

 

 花村は震えながら、大谷さんが何処にも見えない事を確認し、喜びの余りにか、身体を震わせる。

 

「な、鳴上ぃー! ありがとう、ホントありがとう……!

 お前は俺の恩人だよ……!」

 

「恩人ってまた大袈裟な……。

 まあ、でも……これに懲りたら、もうナンパとかで貰った電話番号に不用意に掛けるのは止めろよ?

 大谷さん相手だから……まあまだ良かったものの、それこそヤクザとかの取り返しが付かない様な相手に繋がっているかもしれないんだからな……」

 

「うぅ……反省します……」

 

 ガックリと項垂れる花村の頭を、ポンポンと撫でた。

 

「まあ、そんなに落ち込むな。

 今回の事は、良い勉強だったと思えば良いさ。

 それに、そんなに無理にがっつかなくたって、花村の良い所をちゃんと見て好きになってくれる様な良い女性と出会えると思うよ、きっと」

 

「鳴上ぃー……お前、ホント良いヤツだよな……」

 

「鳴上先輩……マジカッコいいっス!」

 

 花村は瞳を潤ませ、巽くんも感動か何かにうち震える様に身を震わせる。

 

「……さ、帰ろうか」

 

 

 色々と疲れ切った花村達と一緒に、稲羽へと帰った。

 

 別れ際に巽くんにフロスト人形を忘れない内に渡すと、彼は酷く喜んでくれた。

 このタイプのフロストくんは、クレーンゲームでしか取れないので、巽くんが入手する機会が無かった代物の様だ。

 少し引いてしまいそうになる位に何度も礼を言う巽くんと別れ、家に帰ると菜々子が満面の笑みで出迎えてくれる。

 

「お帰りなさい、お姉ちゃん!」

 

「ただいま、菜々子。

 今日はハンバーグ作ろっか。

 そうだ、おみやげがあるんだよ。ホラ!」

 

 そう言いながら、フロストくんを菜々子に渡すと、巽くんと同じ位喜んでくれる。

 その後、二人で戦利品を分け合ってから、仲良く料理を作った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 病院清掃のバイトをこなしていると、再び廊下のベンチに座って天井を仰ぐ様にして休憩している神内さんに出会った。

 神内さんもこちらに気が付いた様で、視線をこちらに向けて来たので、「今晩は」と軽く会釈を返す。

 

「おや、また会ったね……。

 ……鳴上さん、だったかな」

 

 どうも、と軽く会釈を返してくれた神内さんは、少し思い出そうとしている様に首を傾げる。

 

「はいそうです。神内先生ですよね」

 

「はは、……先生なんて、付けなくても良いよ堅っ苦しいし。

 今は休憩中なんだし、もっと気楽にしたっていい」

 

「そうですか……。では、神内さん、で」

 

 付けるな、と言われたのならば、それに甘える事にしよう。

 

「うん、そっちの方が良いね」

 

 軽く神内さんは頷き、ふとこちらを見上げる。

 

「今、時間大丈夫かな?」

 

「はい、一通り終わりましたので、もうそろそろバイトを上がる所でしたから……。

 時間なら、大丈夫ですよ」

 

「そっかそっか……。

 ……なら、少し時間を貰っても大丈夫かな?

 少し、他愛も無い話がしたくなってね……」

 

 微かに神内さんの目に暗い陰が落ちた。

 ……何か、あったのだろうか。

 ……まあ、良い。

 

「ええ、構いません」

 

 座って、と促され、神内の横に腰掛ける。

 少し沈黙した後、神内さんは訥々と話し始める。

 

「鳴上さんは高校生、なんだよね?

 ……高校生活は、楽しいかい?」

 

「楽しいです。

 友達も居るし、部活とか……打ち込めるモノもあって、充実してると、思います」

 

 そう答えると、神内さんは「そうかい」と頷いた。

 

「それは良い、……実に良い事だね。

 そういう風に楽しめる時間というのは、とても良いモノだ……。

 そうだ、部活って何をしているんだい?」

 

「バスケ部を主にやってて、小道具の製作係りとして演劇部も少々。

 バスケは友人に誘われて始めたばかりなので、まだまだ初心者の様なモノですが……。

 ……神内さんはこの前、『自分の学生時代は勉強か部活して遊んでいるかだった』って言ってましたよね?

 神内さんは、何の部活をなさってたんですか?」

 

「僕かい? 僕はね、……登山部に入ってたね、ずっと。

 中学生の時に試しで入ってみたら、山登りの魅力にはまっちゃってね。

 大学に入ってもずっと登山部だったんだ」

 

 中学の頃からか……。

 十年以上も登山部に居るとは、神内さんは筋金入りの登山好きなのだろう。

 

「山登りが趣味なんですか?」

 

「そうだね。

 ……ああ、でも……、最近は山に登ってないなぁ……。

 もう、勘とかも鈍っちゃってるかもね」

 

 そう言って、神内さんは少し寂しそうに笑う。

 ……今は時間が取れないのだろうか?

 

「はは、何だか懐かしいなぁ……。

 そうだ、鳴上さんは山に登った事はあるのかい?」

 

「学校の行事とかで近隣の山に登った事はありますが……。

 本格的な山登りというのは、やった事がないです」

 

「そうか……。

 山登りはシンドイものだけど、山の頂上まで行けた時に見える景色がね……、僕は何よりも好きで、何度も登っちゃうんだ。

 何時か、君も何かの機会があったら、一度本格的に山を登って見るのもオススメだよ」

 

 神内さんはそう言って、微笑む。

 

「……ありがとうね、僕の話に付き合ってくれて」

 

「いえ、私も楽しかったですから。

 お気になさらないで下さい」

 

「はは、そう言って貰えると、僕も嬉しいね……。

 ……また会う事があれば、もっと君と色々と話したいな。

 名残惜しいけど、もうそろそろ僕は行かないと。

 お仕事お疲れ様、夜道に気を付けて帰ってね」

 

 

 そう言って神内さんはベンチから立ち上がり、病院の奥へと去って行った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/06/16】

 

 

 放課後、稲羽の書店では取り扱いの無い本を購入する為に沖奈市まで行ったその時、偶々工事現場の前を通りがかった。

 今度駅前に新しく立つ商業施設の建築現場だ。

 重機を動かす音などが響く工事現場内を横目で見てみると、ヘルメットをした男性達が流れ落ちる汗を首にかけたタオルで拭きながら忙しく作業をしていた。

 暑くなりつつある中、ご苦労様な事である。

 そのままその場を通り過ぎ様としたその時、ふと視界の端に見知った姿を見付けた様な気がして、もう一度工事現場に目をやった。

 

 ……!

 ……なんと、三組の高山が、中年から壮年辺りが中心の年齢層の男性たちに混じって、働いていた。

 日雇いのバイトか何かなのだろうか……。

 忙しそうに働く高山に声は掛けられない為、その場は通り過ぎた。

 

 

 

 本を購入し、駐輪場に向かおうと再び工事現場の前を通りがかると、偶々休憩中であったらしい高山と目があった。

 

「ここでもバイトしているのか?」

 

「まあな、ここ給料良いし。

 ジュネスのバイトが入ってない時は、今はここでバイトしてんだ」

 

 そう訊ねると、冷えたスポドリを飲みながら高山はそう事も無げに言う。

 ……給料は良いのかも知れないが……。

 ……毎日あれだけ忙しそうに働いたり家事を受け持っているというのに、更に土建屋のバイトまでこなすとは……。

 バイトか家事、そのどちらかだけだと言うのならまだ分かるのだが、両方とも抱え込んでいて高山は大丈夫なのだろうか……。

 ……どうしてそこまでしてバイトをやっているのだろう。

 

 ……色々と気になりはしたがそれ以上は訊ねずに、高山に別れを告げてその場を離れ、その日は家へと帰った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 林間学校の用意をしてから、家庭教師のバイトへと行く。

 今日は中島くんに英語を教える事にした。

 相変わらず理解力は高いけれども、少し苦手意識でもあるのか、英語は問題を解く速さが比較的遅い。

 休憩時間に改めて訊ねると、やはり英語はどちらかと言えば苦手科目であった様だ。

 教科書の暗記で点数は取れているものの、何処か理解仕切れていない感じがあるのだそうだ。

 しかし、そういう機微を、学校の先生は分かっていないのだと中島くんは言う。

 

「……いい商売ですよね、バカでも威張れるんだし……。

 ……何も、分かってないんだ……教師なんて……」

 

 そう言って、何処か暗い顔で中島くんは俯く。

 

「……まあ、先生だって何もかもは分からない。

 見える形にしないとちゃんとは分からないのは、誰だってそうじゃないかな」

 

 一対一でやっているのならまだしも、大人数を相手にしなければならないのだから、一人一人の機微までは手が回らないのかもしれない。

 

「……テストの点数がイコールで生徒の価値……。

 ……分かり易いですけどね」

 

 テストの出来が全て、か。

 ……そういう考え方の教師は確かに居るが、……中島くんの担任もそうなのだろうか?

 

「……こないだ言った、転校生の事なんですけど。

 あいつ、割りと成績良いけど……僕には勝てないんだ。

 そしたら、クラスの奴らも、先生も、“転校生は意外と駄目だ”って顔をして……。

 ……見下してて……。

 なのにあいつ、偉そうにしてるから……嫌われてて。

 ……最近じゃ誰も、話し掛けない。……下らないです、全部」

 

 中島くんはそう言って俯いて暫く黙った。

 ……“転校生の話”、ね。

 それにしては、中島くんの言葉には色々と感情が籠っていた。

 ……果たして、中島くんの話の“嫌われ者の転校生”とは、本当に転校生の事なのだろうか。

 “転校生”の行動に当てはまる人物。

 ……それは……。

 考え込んでいると、中島くんはボソッと呟いた。

 

「……こんなに下らないのに、何で学校に行かなきゃいけないんだろ……。

 あんなトコ……」

 

「……中島くん、甘えちゃ駄目だ」

 

 下らない、詰まらないと、そう感じるのなら行かないのか?

 それで良いと? ……そんな訳はない。

 勿論、どうしても無理をしてまで行かなければならない場所でも無いが、しかし……中島くんの考える其れは自分を甘やかす為の逃避に近しいのではないだろうか。

 

「甘え……? ……ああ、そうか、皆嫌々行ってるのか……」

 

 そう言うと、中島くんは何かを考え込む様にじっとこちらを見て、少ししてから口を開いた。

 

「……八高って楽しそうですよね、先生見ていると……。

 ……あ、でも。

 僕が一年生の時、先生はもう卒業しちゃってるのか……。

 じゃあ、意味無いですね」

 

 何処か残念そうに、中島くんは言う。

 問題集を解き終えて、その日のバイトの時間は終わった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




尚、今回のコミュ進行度合いは……
【死神(神内)】:1/10→2/10
【節制(荻原俊)】:0/10→1/10
【悪魔(倉橋)】:0/10→1/10
【塔(秀)】:3/10→4/10
【月(高山)】:1/10→2/10
【太陽(結実)】:4/10→5/10
となっております。

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