PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

31 / 49
【2011/06/10━2011/06/12】

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

【2011/06/10】

 

 

 放課後……、天城さんと一緒に買い出しに出掛けた。

 

 天城さんは少しずつだが、基礎から料理の練習をこなしているらしく、少しは上手くなっている……と思う、との事だ。

 それでも中々上手くはいかないらしい。

 ……誰かに見て貰うなり直接教わるなりした方が早く料理の腕前は上達するとは思うのだが、天城さんは一人でやり遂げたいそうで。

 元々、一人立ちする時の為の練習なのだから、一人で出来なくては意味がない、と思っているのだろう。

 ……ならばその意思は出来る限りは尊重してあげたい。

 

「……そうか。

 それなら、反復練習するに限る。

 まあ、何か料理に関して私が教えられる範囲内で、教えて欲しい事ができたのなら、言ってくれれば何時でも力になるよ」

 

「うん、ありがとうね鳴上さん。

 ……うちの板前さんたちはね、直ぐに手伝おうとしてくれるの。

 最初はアドバイスしてくれるだけなんだけどね、その内包丁を取られちゃって……。

 でも、それで立派な料理が出来上がっても、私がちゃんと作った訳じゃないから意味ないし……。

 放っておいて、って言ったら、今度は遠くからずっと見ているの。

 私が料理するの、そんなに心配なのかな……?」

 

 心配……か、それはそうなのだろう。

 だがそれも、天城さんを思っての事だ。

 どうでも良い相手になんて、態々そんな事はしない。

 板前さんたちからも、大切に思われているのだろう、天城さんは。

 

「……天城さんが怪我とかしないか、心配なんだろうね。

 板前さんたちにとって、天城さんは大事な人なんだろうし」

 

「あの人たちが……私を?

 ……そう、なのかな……」

 

 驚きながらも、嬉しそうな顔をする。

 そして天城さんは、板前さんたちとの料理を巡る話を聞かせてくれた。

 

「この間もね、“見てられない!”って包丁取り上げられて、板前さんがその後全部作っちゃって……。

 それを見てた仲居さんが、板前さんに『下手でも雪ちゃんが自分で作りたい筈』って言い出してね……」

 

 楽しそうに語る天城さんと一緒に買い物をすませ、その日はジュネス前で別れた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ジュネスからの帰り道、商店街の所で足立さんに出会った。

 どうやら今日も早く上がれたのは良いのだが、夕飯に困っているらしい。

 折角なので夕飯に誘ってみると、足立さんは少し驚いた様な顔をしたが、結局は一緒に食べる事にしたらしい。

 独り暮らしの足立さんにとって、温かな手料理というのは中々魅力的なのかもしれない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 今日の夕飯はクリームシチューだ。

 この手の料理は量を増やすのが比較的簡単である。

 菜々子も野菜を切ったりするのを手伝ってくれた。

 

「あのね、あだちさん。

 今日は、シツーなんだよ!」

 

「シツー?

 ……あー、シチューの事?」

 

 “シチュー”と言えずに“シツー”と言ってしまう菜々子を微笑ましく見ていると、“シツー”に少し首を傾げた足立さんが「ああ」と声を出す。

 言い間違えに気が付いた菜々子は、うんと頷いた。

 

「そう、しつ……しちゅー!」

 

「おっ、ちゃんと言えたんだね、偉い偉い」

 

「あだちさんは、しちゅう好き?」

 

 菜々子に訊ねられた足立さんは少し考えてから頷く。

 

「シチューかぁ。まあ、割りとかな」

 

「わりと?」

 

 好きかどうかで訊ねて、返ってきた“割りと”という答えの意味が解らなかった菜々子は、「どういうこと?」とばかりに不思議そうにしている。

 

「んー……好きって事。

 実際、シチュー食べるの久々だし。

 て、ゆーか悠希ちゃん、毎日こうやって作ってんの?

 最近の堂島さん、お昼が手の込んだ手作り弁当になってるし。

 堂島さん、君が来て助かってるんだろーねー。

 そういうの、言われたりしてないの?」

 

「時々、ありがとうとは言われてます」

 

 ニヤッと笑って訊ねてきた足立さんにそう返すと、足立さんは驚いた様な……そして何故か一瞬だけ……感情が剥がれ落ちたかの様な……いや、微かに落胆した様な顔をした。

 しかしその表情の変化は、瞬きする程の時間すらもない極めて僅かな間の事で、自分の目の錯覚の所為かも知れない……。

 

「えっ、ホントに?

 へー……。

 あの人、そういうの思ってても素直に言わなさそうな人なのにね」

 

 取り繕った様子など寸毫程も見せずに、足立さんは自然体でそう言って肩を竦める。

 そして、あっと思い付いたかの様な軽い調子で続けた。

 

「あーでも、たしか悠希ちゃん、春には向こうに帰るんだっけ?

 堂島さん、泣いちゃったりしてねー」

 

 あははと足立さんは笑ったが、ふと菜々子が悲しそうに俯いているのに気が付いて、足立さんは途端に慌てて菜々子を慰め様とする。

 

「あ、ごめんごめん!

 帰るっていっても、まだ先の話だしね!

 お姉ちゃんとまだまだいーっぱい遊べるよ、うん!」

 

「うん……」

 

 そう励ましても中々菜々子の気が持ち直さないからか、足立さんは少し困った様な顔をしながら、ポケットに手を突っ込んだ。

 

「えーっと……、そうだ、菜々子ちゃん。

 こんなの知ってる?」

 

 そう言って足立さんはポケットから手を出して、その掌を広げて500円玉を見せてきた。

 

「よーく見ててねー」

 

 そう言って、足立さんがその500円玉を握り締めると……

 

「ほら」

 

 そう言って再び指を広げた時には、掌の上に確かにあった500円玉は忽然と消えていた。

 手品だ。

 でも、どういうトリックなのだろう。

 

「なんで!? なんでー!?

 もっかい! もっかいやって!!」

 

「えっと、じゃあ今度はもっと凄いやつねー」

 

 そして足立さんは再び500円玉を取り出し、先程と同じ様にそれを握り締める。

 しかし今度は掌の中を見せずに、こちらを指差してくる。

 

「お姉ちゃんのポケット」

 

 足立さんに言われ、ポケットの中を探すと……。

 

「……!!」

 

 確かに、500円玉が出てきた。

 いつの間に仕込んでいたのだろう。

 全く気が付かなかった。

 

「すごーい!

 あだちさん、すごーい!!」

 

「ビックリしました……!

 全然気が付かなかったです……!」

 

「手先は器用な方でさ。

 これ位なら出来ちゃうんだよね」

 

 菜々子が元気に笑っているのを見た足立さんは、ホッとした様な顔をする。

 そして、スゴいスゴいと褒め称える菜々子に気を良くしたのか、ヘラっと笑った。

 

「僕、マジシャンになれば良かったかなー。

 そしたらさ、こんな……。っとと。

 まあでも、公務員に勝る職業は無いか。

 手先がちょっと器用な位じゃ、何にもならないし」

 

 そう言って足立さんは肩を竦める。

 ……まあ、足立さんにも色々と思う所はあるのだろう。

 でも。

 

「……何にもならなくなんて、ないですよ。

 だって、足立さんがやって見せてくれた手品、とても楽しかったですから」

 

「うーん、そうかい?

 でも、手品出来ても、それで生活していくには難しいのさ。

 おっとそんな事を言ってる間に、良い匂いしてきたね。

 そろそろなんじゃない、“シツー”」

 

 そう言って少しだけ苦笑いした足立さんは、軽くからかう様な目で菜々子を見て、そして態と間違えた。

 それに反応した菜々子は、足立さんに言い聞かせる様にその間違いを指摘する。

 

「し・ちゅ・う!」

 

「シツー?」

 

「し・つ・う!」

 

「はい、ブッブー」

 

 再び言い間違えた菜々子に、楽しそうに足立さんはそれを指摘した。

 すると、プウッと菜々子は頬を膨らませて抗議する。

 

「菜々子ちゃんと言えたもん!

 足立さんのイジワル!」

 

 足立さんも交えた三人で、楽しい夕食の時間を過ごした……。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/06/11】

 

 

「とうとう来週だな、林間学校!」

 

 昼休みの屋上で、特捜隊の皆と一緒に弁当をつついていると、唐突に花村が嬉しそうな声で話し出した。

 

「えー……花村、あんた何でそんなに楽しそうなのよ」

 

「いやー、ゴミ拾いってのは萎えるけどさ、そんでも純粋に楽しみじゃん。

 だって、天城の手料理食える機会なんて早々に無いぜ。

 鳴上も料理上手だしさ。

 うん、夕飯は楽しみじゃね?」

 

 なあ、と花村が巽くんに話を振ると、巽くんも「そっスね」と頷く。

 ……天城さんの料理、ね……。

 ……以前、手始めに伊勢海老を使う料理をしようとしていた点や、その他諸々の事を考慮すると、不安材料しかなくて逆に笑えてきてしまいそうだ……。

 

 里中さんも……限り無く初心者の様だったし。

 果たして自分一人でフォロー出来る範疇なのだろうか……?

 

「うん、任せて! 私、頑張っておいしい料理作るから!」

 

「あたしも! 花村をギャフンって言わせられる料理作るよ!」

 

 天城さんと里中さんはやる気に満ち溢れている……。

 ……何でだろう、空恐ろしい……。

 

「そういや、先輩ら何作るつもりなんスか?」

 

「えーっとね、カレーにしようかなって思っているんだけど」

 

 天城さんの言葉に、少しホッとする。

 良かった、エキセントリックな料理を作ろうとしてなくて。

 カレーなら、一からスパイスを調合して作るのなら兎も角、普通にカレールーを使うのなら早々失敗しようもない料理だ。

 うん、カレールーは偉大である。

 

「おっ、カレーか!

 キャンプとかの定番だな!」

 

「ラーメンと迷ったんだけど、そっちの方が良いかなって」

 

「!?」

 

 花村の言葉に頷いた天城さんの言葉に、思わず口にしていた米を喉に詰まらせそうになって慌ててお茶で流し込む。

 いやいや、ラーメンって……。

 少なくとも、キャンプで作るモノとしては普通は候補に上がらないだろう。

 即席麺なら兎も角、一からラーメンを美味しく作るのは中々大変だ。

 初心者が手を出してそう簡単に美味しく作れるモノではない。

 これは……不味い、不味過ぎる。

 兎も角、未知の領域にある天城さんと里中さんの料理の腕前を把握しなければならない。

 それが急務だ。

 もし二人が、手の施し様が無いレベルの、所謂“飯マズ”さんだった場合は、自分一人で調理した方が良い。

 花村や巽くんの胃袋を守る為にも。

 

「……キャンプでぶっつけ本番で作る前に、一度料理してみないか?

 ……丁度明日は休みだけど叔父さんは仕事だし、菜々子も友達の家に遊びに行くみたいだから家には居ない。

 私の家で、……その、天城さんも里中さんも、一度試しにカレーを作ってみた方が良いと思うんだが……」

 

「おっ、良いなソレ!

 ゴールデンウィークん時は流れた料理対決って事か?」

 

「いや、ちが…」

 

「料理勝負?

 うん、受けて立つよ! 私、負けないからね!!」

 

「あたしも! カレーには自信あるから!

 鳴上さんに負けられないね!

 ねえ雪子、あたし達一緒に作らない?

 鳴上さんも、普段から料理する人だからハンデとして良いよね?」

 

「うん良いよ、二人なら鳴上さんのにも負けないカレー作れるよ!」

 

「って事は、俺らが審査員って事か?」

 

「そうみたいっスね」

 

「よーし、明日は鳴上さん家に集合だね!

 ね、雪子、早速放課後に材料買いに行こ?」

 

 一言も勝負するとも、更には勝負を了承するとも言ってないのに、話がドンドンと進んで行く。

 ……もう、どうとでもなれ。

 兎も角、二人の料理の腕前を把握出来たらそれで良いんだし……。

 二人一緒なら美味しく作れるというのなら、それはそれで構わない。

 

「あー、用意する材料は二・三人前分で良いから。

 もし足りなくても、カレーばっかりじゃ飽きるだろうから私が何か適当に作るよ」

 

 そんなこんなで、明日は天城さん・里中さんとのカレー対決となった……。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 放課後、部活に行く前に一条がやって来た。

 一条には何処か落ち着きが無い……。

 

「今から、その……。

 施設、行って来るから。

 ……鳴上には、それ言っとこうと思って……。

 ……じゃ」

 

 成る程。

 前に言っていた、昔居たという孤児院を訪ねに行くのだろう。

 ……心配ではあるが、こうやって見送る事しか出来ない。

 

「そうか……。気を付けて。

 いってらっしゃい」

 

 そう手を振ると、一条は「ありがとう」と笑って去って行った。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 一条抜きで部活に勤しんでいると、長瀬がやって来て首を傾げる。

 

「うーす……あれ、一条は?」

 

 どうやら一条は、長瀬には言ってなかったらしい。

 孤児院を訪ねに行った、と説明すると、長瀬は心配そうに微かに眉を寄せた。

 

「そっか、今日か……。

 ……ちっと、心配だよな……」

 

 長瀬の言う通り、心配ではある。

 訪ねに行って知らされた事実が、良いものであるとは限らない。

 

「……駅まで迎えに行かないか?」

 

 流石に場所が分からないから孤児院までは迎えに行けないが、駅までなら大丈夫だ。

 

「ああ、それが良い。

 よし、ならもうそろそろ行かないとな。

 じゃ、さっさと後片付けも切り上げようぜ」

 

 長瀬に促され、後片付けを切り上げて駅へと急ぐ。

 駅前で少し待っていると、一条が改札口から出て来て、そしてこちらに気が付いて驚いた様に目を丸くした。

 

「何だよ、二人とも……」

 

「……何か、収穫はあったか?」

 

「……いや、まだ……って、もしかして心配してここまで来たのか?

 ……ヒマ人どもめ」

 

 暇人などと言いながらも一条は嬉しそうである。

 そして、少しだけ懐かしむ様な表情で語り出した。

 

「建物も先生らも全然変わってなくてさ……、何かすっげー、歓迎されちゃった。

 ……けど、本当の親の事とか、あそこに預けられた理由とかは、教えられないってさ」

 

「そうか……」

 

 一条当人には、教える事が出来ない様な……そんな理由だったのだろうか……。

 

「……でも、……これ貰った…。

 一人だと、何か怖くて……、まだ読んでないけど。

 ……オレを孤児院に預けた人からの、手紙だって」

 

 そう言って一条が取り出したのは、一通の茶封筒だった。

 …………?

 封筒の角の尖り具合等から見るに、相当新しい封筒だ。

 

「よ、読むぞ……」

 

 そう言って一条は封筒から便箋を取り出す。

 ……ボールペンで書かれている様だが、インクの滲み方を見るにまだ新しい……。

 まるで、つい最近書かれたかの様だ。

 

「『康くん、これを読んでいるあなたは、さぞ大きくなった事でしょうね。

 あなたの名前の“康”は、あなたのご両親が、あなたに、ただ健康であって欲しいと願って付けました。

 偉くなったり、お金持ちになったりするより、ずっと大切で、大変な事です。

 体の弱かったあなたのご両親は、あなたが園に入って半年程で、二人とも亡くなりました。

 “育てる事が出来なくてごめんなさい”と、ずっと言ってました。

 “愛してる”と、ずっと言っていました。

 あなたは、ご両親の希望の光です。

 辛い事があっても、挫けてはいけません。

 胸を張って進みなさい。

 あなたを見守っています』」

 

 一条は便箋や封筒を何度も確かめて溜め息を吐いた。

 

「……名前、無し。

 手懸かり、無し。

 …………。

 死んでたんだな……ホントの親」

 

「…………」

 

 長瀬も自分も、何も言ってやる事が出来ず黙っているしかなかった。

 

 封筒とかの状態を見るに、本当に一条を孤児院に預けた人が書いたのかは怪しいが、それでも、書かれた内容全てが嘘とは思えない。

 

「予想はしてたけどさ……。

 ……やっぱ、ショック、かな。

 繋がり……無くなってたんだな」

 

「そんな事は無いさ」

 

 例え死に別れたとしても、繋がりはそう簡単に無くなるモノでもない、とは思う。

 例え一条がもう覚えていない程昔に死に別れているのだとしても。

 もし手紙の通りに、一条が確かに両親から愛されていたというのなら、その繋がりはまだ残っている。

 《健康であれ》と願って付けられた『康』という名前や、そもそもの一条の存在自体に。

 そう、信じてみたい。

 

「……そうかな、……まだあんのかな……。

 よく、分かんねーや……」

 

 一条は苦笑いを浮かべ、空を見上げた。

 夕暮れ時の空は、あの練習試合の後に見上げたものと同じ位に澄み切っている。

 

「けど、知って良かった。

 ……知れて、良かったよ。

 ……ありがとな」

 

 知ろうとした、その勇気を出したのは一条本人だ。

 だけど、自分や長瀬が、その勇気を出す為の助けになれたと言うのなら、一条がそう思ってくれるだけでも、何にも代え難い幸せに思える。

 

「そろそろ暗くなってくるな……。

 帰ろうぜ……、一条。

 お前の事心配してる人、他にも居るだろ」

 

 自分や長瀬も一条の事を心配しているが、他にも、一条の家の人たちだって、きっと一条を心配している。

 と、そう思う。

 

 長瀬と二人で一条を途中まで送ってから、家へと帰った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 少し早めに帰って来た叔父さんに明日の料理対決の事を話すと、叔父さんは笑いながら許可を出してくれた。

 カレー対決と聞いた菜々子が目を輝かせていたが、……そんなに良いものであるかはかなり妖しい……。

 

 三人一緒で夕飯を食べてから、家庭教師のバイトに出掛ける。

 中島くんたっての希望で数学を中心に教え、キリの良い所で休息を取っていると、中島くんが徐に話し掛けてきた。

 

「……あの。先生の学校って、どんな感じの所ですか?」

 

 ……八十神高校、か。

 学校としては普通だとは思うが……。

 

「楽しいけど、時々厳しい事もある……かな」

 

 比較的自由ではあるが、緩過ぎるという事も無く、締めるべき所はそれなりに締めている学校だとは思う。

 

「へえ……、校則とか結構緩いイメージだったんですけど、案外そうでも無いのかな……」

 

 中島くんは意外そうに頷いた。

 そして少し話題を変える。

 ……恐らくは、中島くんにとっての主題はこちらだったのだろう。

 

「……全然、関係無い話なんですけど、クラスに転校生が居るんです。

 都会の方から来たヤツで、ここを“田舎だ”ってバカにしてて……、……無視されてますけど」

 

 稲羽が田舎なのは、まあ事実である。

 しかし、それを口にしては、反感を買うのも仕方がない話ではある。

 

「田舎、か……。

 まあ、確かに“田舎”である事は否定出来ないね。

 だからって、バカにして良い訳じゃないけれども」

 

「ですよね……、……稲羽が“田舎”ってのは、正しいです」

 

 そう言って中島くんは少し笑った。

 しかし、急に中島くんは俯く。

 

「……こんな田舎じゃ、“井の中の蛙”だ……」

 

「……どうかしたの?」

 

「あ、ええと……ソイツが言ったんです。

 “井の中の蛙だった”って。

 ……ここが田舎で……。

 ……あれ?」

 

 途中で自分が言っている事がおかしいと気が付いたのか、中島くんは口を噤んだ。

 ……“蛙『だった』”、か。

 成る程、その転校生とやらが本当にそう言ったのかどうかは知らないが、中島くん自身は『井の中の蛙』だと思っているのだろう。

 

「……学校、面倒です。

 ……クラスの奴らはバカばっかりだし、授業だって……意味無いし……。

 先生の教え方の方が、ずっと分かりやすいです」

 

 話題を変えた中島くんは、そう言いながら俯いた。

 

「……お褒めに預り恐悦至極、って所だね」

 

 しかし、学校でそんな態度でいるのだとすると、中島くんはかなり浮いているのではないだろうか。

 中島くん自身がそれを気にしていないのなら、それはそれで構わないが、中島くんの様子を見るに、勉強以外の学校生活があまり上手くいってない事自体は気にはしているのだろう。

 ……イジメとか、そういう問題に繋がらなければ良いのだが……。

 

 中島くんの様子を注意して見る事を心に決めてから、その日は無事に家庭教師のバイトを終え、明日の料理対決に備える事にした。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

【2011/06/12】

 

 

 友達の家に遊びに行く菜々子を見送ると、ほぼ菜々子と入れ違いに、天城さんと里中さんがやって来た。

 ……天城さんと里中さんは、妙に大きな買い物袋を下げている。

 何れだけ買い込んで来たのだろう……。

 

「私、負けないよ!」

 

「あたしも、絶対勝つから!

 肉パワー全開で、準備も万端!

 何時でも始めれるよ!」

 

 何やら既に燃え上がっている二人に、少し気圧されながらも頷く。

 

「ああ、うん……。じゃあ、早速食材を切り始めといて。

 包丁とか、使うだろう道具は予め出してあるけど、何か足りなかったら言ってくれたら出すから」

 

 一応、自分が作る分に関して言えば、調理は皆が来る前にある程度は済ませてある。

 包丁とかは、二人がメインに使って貰っても大丈夫だ。

 巽くんと花村が来るのはまだ先だから……、二人が来る迄には出せるモノを用意しておきたい。

 

「鳴上さんは道具使わなくて大丈夫?」

 

「ああ、カレーももうそこに作ってあるし。

 今は一応弱火に掛けているけど、もう消して貰っても大丈夫だ。

 カレー以外のヤツももう下準備は終わっているから、二人が存分に台所を使ってくれ」

 

 それを聞いた二人が早速食材を切り始める。

 出来れば、何をどの様に作るのか(と言うよりも何を“材料”にしているのか)を確かめたかったのだが、敵情視察は禁止、という事で台所(と居間)を追い出されてしまった。

 

 くれぐれも火事は起こさない様に念押ししてから、その場を離れた。

 まあ、別に天ぷらとかの揚げ物をする訳でも無いし、そもそもカレーは大量の油を使ったり大火力を要求する様な料理じゃないから、多分火事の心配は無いのだろうけれども……。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 そろそろ花村たちが来る時間だろうと、台所まで降りてくると、二人は蓋をした鍋を前に難しい顔をしている。

 

「えっと、……他の料理も作りたいから、台所使っても良いかな?」

 

「あっ、な、鳴上さん……! う、うん、大丈夫だよ」

 

 何故か天城さんはオーバー気味に頷く。

 

「そ、そうか……。えっと、カレーは完成した?」

 

「ま、まあね。うん、多分、きっと、恐らく」

 

 里中さんが連ねる言葉に最早不安しか沸いてこない……。

 ………………。

 ……死なば諸共だ、覚悟を決めよう。

 

 恐ろしくて蓋を開ける事すら憚られるその鍋を少し脇に退けて、唐揚げの準備に取り掛かる。

(里中さんと天城さんの作ったシロモノが食べられるものだとしても)二人前少々のカレー(×2)だけでは、食べ盛りの高校生五人の昼食には足りない。

 その為、もう一品二品作り、デザートも既に用意してある。

 肉を愛する里中さんが居る事だし、肉を使う料理にしようとは思い、ある程度は各人で量を調節出来る唐揚げにする事にした。

 これとサラダがあれば、それで足りるだろう。

 カレーを再び過熱して、唐揚げが丁度出来上がった頃合いに、巽くんと花村がほぼ同時にやって来た。

 

「ちーっス。おっ、良い感じっスね」

 

「お邪魔しまーす。

 既に良い匂いが漂ってんじゃねーか!

 こりゃ期待出来るな!」

 

 期待に胸を膨らませる二人の前にもカレーをよそった皿(×2)とサラダの皿を置き、テーブルの真ん中に唐揚げを山盛りにした大皿を置く。

 ……里中さんと天城さんの合作のカレー(?)も、一応カレーらしき色はしている。

 ……臭いは、何だかおかしいが……。

 それをよそったのは、里中さんと天城さんなのだが、二人とも蓋を開けた瞬間に青い顔をしていたのが、どうしようも無い位に不安を掻き立てる……。

 並べられた皿に、花村と巽くんは目を輝かせた。

 ……知らないって事は恐ろしい事である……。

 取り敢えず、勝負という名目になっている為、先ず審査員となる花村と巽くんが、カレーを食べてそれを評価する、という段取りになっている。

 

「おっ、マジ旨そーじゃん!

 老舗旅館の跡取り娘のカレーに、堂島さん家の食事を一手に担う鳴上のカレー……。

 んで、この瑞々しいサラダに、若者の心を掴む唐揚げの山……!

 完璧だぜ!

 ああ、どっちも旨そうだよなー、どっちからにしようかなー……」

 

 花村はウキウキとスプーンを手に取って、どちらのカレーから食べようか迷ってる様だ……。

 尚、天城さんと里中さんは冷や汗をかいている。

 

「じゃ早速、鳴上先輩の方を食べさせて貰います」

 

 巽くんはまずはこちらが作った分を食べる事にした様だ。

 豪快にカレーとライスを混ぜて、一気に掬って食べる。

 

「おっ、豪快にいったな。

 で、どうなんよ、鳴上のカレーは?」

 

「…………ヤベー位に旨いっス」

 

 花村に訊ねられても、巽くんは喋る時間すら惜しいとでも言いた気にそれだけしか答えず、まるで取り憑かれた様に只管カレーをかっ込んだ。

 

「鳴上のは相当旨いのか……。

 ん、じゃ俺は天城たちの方から食べようかな」

 

 そう言って、花村はスプーンをクルクルっと回して、カレーを掬う。

 それを見て、冷や汗をかきながら里中さんが一言添えた。

 

「あー、愛情は入れたよ、うん」

 

 寧ろそれはそこしかアピールポイントが存在しないとも言えるのでは無いだろうか……。

 

「おっ、マジ? 愛情入っちゃってる?

 それベタな台詞だけど、男心にはグッと来るな!

 んじゃ、頂きまーすっ!!」

 

 そう言って、花村は躊躇なくカレーを口に含んだ。

 そして、次の瞬間には噎せて倒れる。

 

「は、花村!? だ、大丈夫か!?」

 

 やはり、あのカレー(?)は人体に有害なモノだったのか!?

 倒れた花村に、慌てて水を飲ませる。

 水を弱々しく飲んだ花村は、震える様にそのまま撃沈した。

 ……一撃だった……。

 

「ふー……。

 鳴上先輩のカレー、マジ旨かったっス。

 今度作り方教えて下さい。

 ん? どしたんスか、花村先輩……。

 ぶっ倒れてんじゃないっスか……」

 

 カレーを食べるのに夢中になり過ぎて、先の騒動に気が付かなかった巽くんが、食べ終わってから漸く花村の身に起きた惨劇に気が付く。

 

「辛い闘いだったんだよ、多分」

 

 主に味覚的な意味合いで。

 

「んじゃ、次は里中先輩たちの分っスね」

 

 そして、止める暇も無く巽くんもカレー(?)に挑み、そして散った。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「あんじゃコリャーァァッ!!

 おっめーら、どんな作りかっ……ウッ、ゲホゲホッ!!」

 

 少しして復活した花村は、跳ね起きるなりそう絶叫したが、まだ口にカレー(?)の味が残っていたのか、苦しそうに噎せる。

 辛そうな花村にお茶を渡すと、それを一気に飲み干した。

 

「あれはヤベー、マジでヤベー……」

 

 同じく、復活した巽くんは、虚ろな目でブツブツと呟いている……。

 ……復活、しているんだよな……?

 

 

「カレーはフツー、辛いとか甘いとかだろ!

 コレくせーんだよ!! 有り得ねー位にっ!!

 それとジャリジャリしてんだよ!

 ジャリジャリしてる上にドロドロしてて、ブヨブヨん所もあって……!!

 ウッぷ……。

 とにかくっ、要するにっ、色んな気持ちワリーのだらけで飲み込めねーんだよ!」

 

 そう吼える花村に、天城さんと里中さんは冷や汗をかきながらも一応の言い訳をする。

 

「な、何か食材が上手く混ざんなくて……」

 

「ば、バラエティ豊かな食感って事で……」

 

「なんねーよ!

 ただの気持ちの悪い物体Xでしかねーよっ!!」

 

『物体X』……それこそがこのカレー(?)の適切な名称だろう……。

 花村や巽くんの反応を見る限り、この物体はカレー(?)と呼ぶ事すら憚られる程の品だった様だ……

 

「そっ、それはアンタの感想じゃん!

 他の人が食べたら違うかもしんないし!!」

 

「完二のこの有り様を見てもそう言い張るのか!?」

 

「ヤベー……」しか繰り返さない巽くんを指差して、花村は里中さんの反論を封殺する。

 

「……頂きます」

 

 花村と里中さんが言い合っているのを尻目に、手を合わせてから、敢えて『物体X』をスプーンで掬った。

 

「ちょっ、鳴上……!?

 この惨劇を見ても、それを食おうとするとか……。

 お前、気は確かか……!?

 止めろよ!?

 遊びや罰ゲームで勧めんのも躊躇うシロモノだぞ、コレ!?」

 

 必死の形相で花村が腕を掴んできて、『物体X』を食べるのを阻止しようとしてくれる。

 その気持ちはとても有り難い。

 だが、「否」と首を横に振る。

 

「花村……この惨劇を止められなかった私にも、責はある。

 ……それにだな、お前と巽くんの二人を死地に追いやっておいて、私一人おめおめと逃げる訳には行かない……。

『死なば諸共』と言うじゃないか……。

 ならば、花村と巽くんが受けた苦行……、私も受けるさ……」

 

「鳴上……! お前ってヤツは……!!」

 

 花村が感動した様に、身を震わせ腕を離してくれた。

 そんな花村を安心させる様に、全力で微笑む。

 

「よし、逝くか」

 

 グッと一口『物体X』を口に含んだ瞬間、意識がぶっ飛んだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「……二人とも、“何を”・“どういう風に”入れたんだ……?」

 

 まだ口の中に残る“えぐみ”を、サラダ用に用意してあったドレッシング(醤油ベースの濃厚タイプ)をそのまま口に含む事で打ち消し、鼻の奥に残っている様な気がする悪臭を手近な所にあった臭いの強いもの(トイレ用の芳香剤“レモングラスの香り”)で上書きする様に紛らわせながら、里中さんと天城さんを正座させて問い詰める。

『正直に、全部詳らかに話すんだ』と二人に視線で圧力を掛ける事も忘れない。

 

「ええっとー……。

 ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、ピーマン、まいたけ、それと……ふきのとう……?

 後……お肉として、豚バラとか牛肉とか……あっ、後ベーコンも入れた」

 

 里中さんが上げる食材の段階で、既にツッコミ所が満載だ。

 しかし、それだけでは無いだろう。

 それだけなら、あんな……“味”と表現するのも憚られる、料理とか味覚とか……心とか。人に大切な諸々を侵食する冒涜的な何かと言うか、《ムドオン》よりも悍しい闇属性の何かにはならない。

 

「それに、魚介としてタコとイカとあさりとナマコとフカヒレと……海老も入れたよ、大きいの。

 ……良い出汁出るかと思って……」

 

 妙にジャリジャリしていたのは、浅蜊の砂抜きを怠ったからだろう。

 口に含んだ時に、異様な程の生臭さを感じたのは、魚介をテキトーにぶちこんだからか……?

 チラリと確認した所、車海老やブラックタイガー等が殻を取ったり何らかの処理を施した形跡も無いままに丸ごと放り込まれていた……。

 

「……他には?」

 

 しかし、それだけでは謎の食感の説明が付かない。

 あの食感が、得も言われぬあの味の衝撃と言うか威力を倍増しにさせていたのだ。

 ジッ……っと目に力を入れて二人に続きを促す。

 

「えっと、とろみを付けようと思って、片栗粉と……小麦粉も入れた。

 強力粉……だっけ、そっちの方。

 男の子いるし、強い方が良いと思って」

 

 ……意味が分からない。

 片栗粉に小麦粉……?

 しかも強力粉とはグルテンの含有量の多い、パンや麺等に使われる粘性の強い小麦粉だ……。

 チラリとごみ箱を確認した所、片栗粉の袋と、強力粉の袋が空になって捨てられていた……。

 片栗粉は、そんなに大量に使わなくってもトロミが付く。

 片栗粉の袋は比較的小さいモノだが、どう考えなくても入れ過ぎだ。

 ……しかも、そのままぶちこんだのだろう。

 だから、妙にダマになったりしていて、それが場所によって違う最悪な食感を生み出しているのだろう。

 

「それとね、辛くしないとと思って唐辛子にキムチ、白胡椒と黒胡椒……。

 隠し味に、チョコレートとヨーグルト、コーヒー……は苦手だからコーヒー牛乳も……あ、後莓ジャムにオリーブオイルも入れた……」

 

 ……何と言うカオス……。

 カレーに辛みを出す為に、唐辛子やキムチも入れない。

 隠し味も、何でもかんでも入れれば良いというモノでも無い。

 それに、コーヒー牛乳は入れない。

 ヨーグルトも、加糖タイプの物(アロエ入り)を、一パック丸々入れたりもしない。

 莓ジャムとか、最早論外だ。

 

「……一応訊ねるけど、カレールー使った? 市販のヤツ」

 

 ごみ箱に市販のカレールーの箱が見当たらない事に疑問を感じ、訊ねてみると、二人は揃って首を横に振る。

 

「えっ、使ってないよ」

 

「要るの、それ?」

 

「……初めてカレーを作るんだったら、使った方が良かっただろうね」

 

 そして、ふぅ、と一つ溜め息を吐く。

 

「言いたい事は沢山あるけれど、まず最初に聞きたいのは、二人ともカレーの作り方をちゃんと調べた?

 作り方を知らないのに、想像とかだけで勝手に材料を選んで放り込んで煮込んだのだとしたら、それは料理とは到底呼べないシロモノだ……。

 食材に対する冒涜とも言って良い。

 もし、作り方は知っていたのだとしても、それはより一層悪いかもね。

 アレンジを加えるのは、その料理をちゃんと一般的なレシピ通りに作れる様になってからだ。

 世に出回っているレシピって言うのは、今日に至るまでの多くの先人たちが試行錯誤で磨き上げた、『初めて作る人でも美味しく作る為のマニュアル』なんだから。

 それを蔑ろにしたら、美味しいモノは作れない」

 

 世に聞く“飯マズ”さんのパターンとしては『料理をレシピ通りに作らない』・『料理にアレンジと称して妙なモノを入れる』という物が多いと聞く。

 それがまさに今の二人に当てはまる。

 

「でもホラ……料理人さんとかって、何も見ずにパッパッパッて作っていくじゃん」

 

 里中さんが恐る恐る反論するが、それは一睨みで霧散した。

 

「それは、そこに至るまでの膨大な経験と、センスがあるからだ。

 初めてで右も左も分からないヒヨッコが形だけ真似しても意味が無い。

 それに、だ。

 そもそもの材料の使い方自体が大いに間違ってる。

 野菜の切り方もバラバラで、細かく切り過ぎているのもあれば、サイコロ状に分厚いモノもある……。

 これじゃあ、熱の通り方がバラバラだから、ある部分では固かったり、反対にドロドロになってたりする部分が出来てしまう。

 それも、この危険な食感を形成しているのに一役買ってしまってる。

 軽く炒めもせずに入れたから、野菜から旨味が殆ど逃げてしまっているのもあって、余計に不味く感じるのだろう……。

 それと、だ。

 魚介類も処理がテキトー過ぎる。

 浅蜊はちゃんと砂抜きをした?」

 

「砂抜きって?」

 

 キョトンと天城さんは首を傾げる。

 

「浅蜊は買ってきた状態のままだと、砂を含んだままなんだ。

 だから、塩水に漬けておいて、中の砂を吐かせる。

 そうしないと、砂でジャリジャリするんだ。

 多分、妙にジャリジャリしてたのは、これも原因だと思う。

 更に言えば、海老を何の処理もせず殻も取らずにいきなり入れるのは大間違いだ」

 

「えっ、でも……前にテレビで見たカレーには、魚とかの頭がそのまま入ってたよ?

 だから、海老も殻ごと入れるんだと思ったんだけど……」

 

 天城さんの言葉に、深く溜め息を吐いた。

 

「天城さんが言っているのは、『フィッシュヘッドカレー』というカレーだな……。

 確かにあれは、鯛の1種の魚の頭を香辛料と一緒に煮込んだモノではあるけれど、魚をそのまま入れている訳では無い。

 それに、だ、

 魚介類を全く下茹でせずに放り込んであるから、この『物体X』が異常な位に生臭くなっている。

 あと、小麦粉の強力粉と言うのは、グルテンを多く含む……麺やパンを作る用の小麦粉なんだ。

 間違ってもカレーには突っ込まないし、そもそものその量もおかしい。

 小袋を丸々一袋も入れて、どうするつもりだったんだ……。

 更に言えば、カレーにとろみを付けるのに片栗粉は使わないし、片栗粉自体はほんの少しでとろみを付けられるし、まずそのまま放り込むものでもない。

 そういう風に入れたから、色んな所でダマになったりして妙にブヨブヨしている部分とかが出来てしまったんだ」

 

「うぅ……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 里中さんと天城さんは、反省した様に頭を下げて謝る。

 

「……結論を言うと、この『物体X』の原因は。

『作り方を知らなかった事』・『作り方も知らないのに、勝手にアレンジを加えた事』・『材料の選択を間違っていた事』・『材料の処理の仕方やその使い方が間違っていた事』、その他諸々だ。

 ……次に料理をする時は、今回の反省を生かして、『レシピを調べてその通りに作る』・『材料の処理の仕方を正しく理解して実践する』事を厳守出来る?」

 

「はい、守ります……」

 

「私も、ちゃんと調べます……」

 

 二人が確かに頷いた事を確認して、二人に正座を解かせた。

 

「なら、良し。

 じゃあ、この『物体X』は……使われた材料の事を思うと心苦しいけど、明日の生ゴミに出すとして、他の分を食べようか。

 里中さんも天城さんも、……何もまだ食べていないから、お腹空いているよね?」

 

 もう作ってしまったものは仕方無い。

 間違っていた部分・改善するべき部分を把握して、充分に二人とも反省したのだから、これ以上のお説教は不要である。

 二人とも頷いて、カレーを前に手を合わせる。

 口の中をお茶で洗浄していた花村と巽くんも、それに続いた。

 

「ヤッベー……これ旨過ぎんだろ……。

 あの『物体X』との格差が半端ねーな……」

 

「これ食った後に、さっきのアレだったんで、衝撃がデカ過ぎたっス……。

 危うく、カレーがトラウマになる所だった……」

 

 そんな感想を述べる花村と巽くんは、染々とカレーを食べている。

 巽くんはもう食べ切ってしまっていたので、鍋の底に残っていた分を掻き出しておかわりとして出した。

 

「分かる、分かるぜ、完二……!

 俺、鳴上のカレーを一口食ってみるまで、カレーを掬った手の震えが止まらなかった……。

 これ食わずにあの『物体X』食べただけで帰ってたら、もうカレー食えなくなってたかも……」

 

「花村、それは言い過ぎだっつーの。

 そんな事は、流石に……無いんじゃないかな、って思うんだけど」

 

「アレはトラウマになるレベルだよ!

 結局一口も食ってねー里中に、抗議する資格はねー!」

 

 里中さんと天城さんは、結局食べる事無く『物体X』を鍋に戻している。

 それを咎めるつもりは無いが、花村的には思う所があったのだろう。

 

「でも、これ本当に美味しいよね。

 今まで食べたカレーの中でも、一二を争うと思う」

 

「それはあたしも思った。

 何て言うのか……味わい深いよね。

 このお肉とか、解ける様な舌触りで。

 今までこんなに美味しいビーフカレー食べた事無いかも……」

 

 天城さんと里中さんに褒められ、少し気恥ずかしくなり頭を掻く。

 まあ、あの『物体X』よりは遥かに美味しいものだという自負はあるが。

 

「それは流石に言い過ぎな気もするけど……」

 

「いやホント、どうやって作ってるんスか?

 これ、多分市販のカレールー使ってないんじゃ……」

 

 首を傾げつつも訊ねてきた巽くんに、そうだよ、と頷いた。

 

「あっ、分かった?

 これは一から自分なりにブレンドしたスパイスで作ってるんだ。

 どういうカレーにするか迷ったけど、皆も食べ慣れているだろう、英国式の方が良いかなって思って」

 

 一般的に日本でカレーライスと称されているモノと同じ作り方である。

 具は出来るだけシンプルにした分、食材自体の旨味を引き出せる様に工夫はした。

 なお、どれもジュネスで普通に売っているモノである。

 

「えっ、鳴上ってこういうんじゃないカレーも作れんの?」

 

「まあ、色々作れるよ。

 インドとかネパール辺りのカレーとか、タイカレーとか……他にも色々。

 材料が手に入るヤツなら、だけど」

 

 流石に、見た事も無い様な食材を使っていきなり料理をしろと言われても難しい。

 

「てか、この唐揚げ……、ホント美味しい。

 こんなに美味しいの、初めてかも」

 

「一応、唐揚げ用にソースも作ってある。

 そう、その皿とこの皿とあっちの皿のヤツ。

 そのままでもイケるとは思うけど、味に変化を付けてみたかったら試してみて」

 

「サラダも旨いな。

 特にこのドレッシングがヤベー。

 このドレッシング、何処の?

 ジュネスに売ってたっけ?」

 

「それは私が作ったヤツだ。

 普通に売っている材料で作れるし、自分好みに作れるから結構オススメ」

 

「マジっスか。作り方教えて下さいよ」

 

『物体X』の衝撃を吹き飛ばす勢いで皆で美味しくご飯を食べ、そしてデザートに用意したフルーツ大福(中身は莓と白桃の二種類で、餡は白餡)を平らげた頃には、すっかり『物体X』の後味は消えた。

 これで、あの『物体X』の記憶を緩和……出来たら良いのだが……。

 

「しっかし、こりゃ林間学校では鳴上に夕飯は全部お任せだな」

 

「一応あたしらも……野菜切る位なら、何とか……」

 

「いや……里中先輩らの野菜の切り方……滅茶苦茶だったんスけど……」

 

「えっと、洗い物とかなら……」

 

「まあ、二人にもちゃんと手伝って貰うから、安心して」

 

 しかし、林間学校で何を作ろうか……。

 今から考えておこう。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




今回はコミュ上げ+ムドオンカレーイベントでした。
本来なら、林間学校でムドオンカレーイベントが起こるのですが、鳴上さんがいる段階でこのイベントが起きるとは思えず、しかしムドオンカレーはペルソナ4を語る上では外せないイベントだろうと思い、この様に変化させました。
原作ではムドオンカレーの脅威を知らない完二も犠牲になってます。


尚、今回のコミュ進行度合いは……
【女教皇(雪子)】:4/10→6/10
【剛毅(一条&長瀬)】:7/10→8/10
【塔(秀)】:2/10→3/10
【道化師(足立)】:3/10→4/10
となっております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。