◆◆◆◆◆
【2011/06/01】
長瀬と二人で仕組んだサプライズの練習試合の決行日は今日。
花村と巽くんに大まかな事情を話して協力を仰いだ所、有難い事に二人とも快諾してくれた。
遅れて体育館にやって来た一条は、バスケ部でもない長瀬と花村に……学校では不良扱いされている巽くんが居る事に目を丸くする。
更に続いて対戦相手の他校の選手がやって来て、そこで初めて試合をする事を知った一条は唖然として、驚愕のあまり鈍くなった思考で辛うじて絞り出す様に声を出す。
「えっ、はっ?
ちょっ、いやいやいや、だって人数足んないじゃん!
試合出来ねーよ」
慌てる一条に、長瀬が花村たちと自分を指す。
「人数? それならここに居るだろう?」
「どもっス」
「お邪魔してまーす」
長瀬に言われ、巽くんと花村は一条に挨拶をする。
まだ事態を呑み込み切れていない一条に、長瀬は指を突き付けて言い切った。
「いいか、お前一人で頑張ったって何も出来ねえ。
けど、俺らがこうやってここに居るし、こうして集まってきてくれた奴らだっている。
それを忘れんな」
◇◇◇◇◇
そうこうする内に試合が始まった。
戸惑っていた一条も、いざ試合が始まると途端に目付きが変わり、その目に闘志が灯る。
矢張一条の動きは凄い。
こちらも負けじと、敵のディフェンスを躱したり、フェイントをかけたりして善戦するが、相手チームの動きも鋭い。
シュートを決めた直後に取られたボールが素早く自陣へと流れる様なパスで回される。
点を入れては逆に入れ返され、気の抜けない一進一退の状況が続く。
ルールをあまり分かってない長瀬や花村たちも善戦してくれているが、敵のフェイントに翻弄されて、中々得点源になれない。
そして、相手側のブザービーターで試合は終了。
点差は一点だった。
練習試合を組んでくれた他校の選手に礼を言い、そして、急な話だったというのにも関わらず集まってきてくれた花村たちに礼を言ってから解散する。
解散して花村たちを見送った後、一条と長瀬に連れられて三人で屋上へと行く。
仰向けに寝転ぶ一条の顔は何処か清々し気だ。
「あーあ、負ーけちったなー。
オレと鳴上、何か乗り移ったみたいに絶好調だったのに……」
「…………」
「まー、トラベリングも知らないヤツとか居たからなー……」
「…………」
「“いいか、お前一人で頑張ったって何も出来ねえ。”とか、カッコイイ事言ってたなー」
「……るっせーよ、アホ!
大体なぁ、今日の試合は……」
黙って一条の言葉を聞いていたが、カチンときて言い返そうとした長瀬の言葉を遮って、笑いながら一条は言った。
「分かってるって。
……オレの為、だったんだろ?
うん、何か……スッキリした。
何つーかさ……、“一人じゃない”って、そう思えたよ」
そう言う一条の顔は、試合をする前よりも格段に明るい。
……どうにか、励まし作戦は成功した様だ。
それでも、一条の悩みの根本が解決された訳でもなく、一条は訥々と心境を語る。
「……最近、両親に申し訳なくってさ。
今の両親がオレを育ててくれたのって、一条の家を継がせる為じゃん。
でも、幸子が生まれてさ……。
きっと将来は幸子が家を継ぐだろうし……。
そしたら、何の役目も無いし血も繋がってないオレなんて……。
…………居たってしょうがないって言うか……。
育てる価値、全く無いじゃん……。
……オレ、……出てった方が……良いのかな……」
「……それを誰かに言われたのか?」
フッと暗い顔をする一条に問い掛けると、違う、と首を横に振った。
「いーや。みんな優しいからさ、何も言わない。
……オレがそう思ってるだけ」
そう言って一条は空を見詰める。
「血が繋がってなきゃ、本当の親子じゃないって思うのか?」
長瀬の言葉に、一条は肩を竦めた。
「……そりゃキレイ事だよ、長瀬」
「キレイ事って、そんな言い方……」
そう言い返されそうになった一条は起き上がって、長瀬に感情を抑えきれない声で捲し立てる。
「血が繋がってなくても親子って言うなら、何でまだ二歳の幸子に英才教育すんだよ!
家庭教師まで付けてさ!
オレにバスケして良いって……何で言うんだよ……。
習い事も、もう止めても良いし、公の場に出なくても良いって……、何で言うんだよ!?
オレが要らないって事だろ?
もう、役目も無いって事なんだろ!?」
「…………」
一条の思いに、長瀬も自分も、何も言えなかった。
「それは違うだろう」、「そんな事はないだろう」、なんて、軽々しくは言えない。
特に自分は、一条の家の人たちに逢った事もないのだから。
一条はふと我に返った様に顔を微かに伏せた。
「……ごめん。
お前らに怒鳴ったって、仕方ねーのに……。
……今度、……施設に行ってみる」
「施設って……お前が居た所か?」
長瀬が訊ねると、一条は頷く。
「そう、孤児院」
「……何か、そこに用事でもあるのか?」
そう訊ねると、ポツリと一条は言葉を返す。
「……本当の親の事、聞こうと思って。
オレ、何も知らないんだ。
スッゲー小さい時から孤児院に居たし……」
……本当の、親、か。
一条をその孤児院に預けたのはどういった理由だったのだろう。
事故とかで命を落としてしまったからなのかもしれないし、その他の止むに止まれぬ事情だったのかもしれないし、はたまた下らない理由や、もしかしたら虐待とかなのかもしれない。
……一条のその目は微かに不安に揺れていた。
「……一緒に行こうか?」
一緒に行ったからどう、とはならないかもしれないが、少なくとも独りではないという気持ちにならなれるだろう。
そう思い申し出たが、一条は戸惑った様に首を横に振った。
「えっ……?
あ、……い、いいよ。
流石にそんな迷惑、かけらんねーし」
迷惑等では無いのだけれど……。
まあ、一条がそれで良いと思うのならそれ以上は何も言うまい。
「お前がそうしたいなら、そうすりゃ良い。
……帰って来んだろ?」
長瀬に問われ、一条は確かに頷いた。
……帰って来るつもりなのならば、それでいい。
帰って来た一条を出迎えてやる位なら、一条も構わないだろう。
「その、……あ、ありがと、な。
今日の試合の事もさ……。
オレの為って、分かったから……、スゲー嬉しかった」
一条は照れた様に笑う。
喜んでくれたのが分かったから、こちらも嬉しくなる。
「試合、負けちゃったけどな」
一条がそう言うと、長瀬は頭をガシガシと掻きながら反論した。
「るっせ。あー、アレだよ。
“試合に負けて、勝負に勝つ”ってヤツだ」
「何も勝ってねーし」
そもそも何と戦っているつもりだ。
そう内心でツッコミながらも、二人の言い合いに思わず笑みが溢れた。
すると、一条も長瀬も笑い出す。
夕暮れ時の屋上で。
一頻り、三人で笑い合った。
◆◆◆◆◆
食材の買い出しに行くと、偶然にも里中さんと天城さんが立ち話している所に出会した。
こちらには気が付いていない様で、二人の話には花が咲いている。
……どうやら、里中さんは天城さんの和服や黒く長い髪を誉めている様だ。
……確かに、高校生が普段から和服を着るというのはあまり無いだろうし、天城さん程艶やかで射干玉の様な黒く長い髪は、地毛が黒髪である事が多い日本人でも珍しい。
大和撫子、をイメージする容姿である事は確かだ。
そう言う魅力が男性陣の心を掴むのだろう、と里中さんが言うと、天城さんは、里中さんにも他には無い魅力があるのだと返す。
それはそうだろう、と内心思ったが、続いて天城さん具体的な魅力のポイントとして、何故かジャンプ力を挙げた所には内心ずっこけた。
それに心惹かれるのは、天城さんや割りと少数派の男性諸君だけだろう。
だがしかし、その次に挙げた「何でも美味しそうに食べる」という点には確かに同意する。
やはり、モノを不味そうに食べる人には魅力は感じにくい。
所謂、「美味しそうに食べる君が好き」というヤツだ。
が、里中さんは物凄く微妙な顔をしてその場を走り去り、天城さんもそれを追い掛けてその場を去ってしまった。
◆◆◆◆◆
夕食後、バイトの応募を見事通過出来た為、早速バイト先の市立病院へと向かった。
仕事内容は院内の清掃だ。
制服と掃除用具を受け取って、仕事を開始した。
……清掃していると、医師達の仮眠室のある区画の近くまで来ていた。
更に奥の方へと進むと、救急救命室の方にも続いているらしい。
…………?
廊下にあるソファの下の所に、何かが落ちている。
拾ってみると、どうやらネームプレートだった。
どうやら、ここに勤務している医師のネームプレートの様である。
……何処かに届けなくては……。
受付か何かを探そうと立ち上がると、奥の救急救命室の方から深緑色のスクラブを着た医療スタッフが、何かを探しているかの様にキョロキョロと下を見回しながらやって来た。
……もしかして、このネームプレートの持ち主だろうか。
「あの、すみません。
お探し物は、これではないでしょうか?」
そう声を掛けてネームプレートを差し出すと、医師は驚いた様にそれを受け取った。
「ああ、これだよ、これ。
これを探していたんだ。
えっと…………新しく入った清掃アルバイトの子かい?
拾ってくれてありがとうね。
所でこれ、何処にあったのかな?」
医師は穏やかな笑みを浮かべて礼を言った後で尋ねてくる。
「そこのソファの下に落ちていましたよ」
「ああそうかい、それは見付けてくれてありがとう。
…………寝転んでた時に落としたみたいだな……。
おっと、もう行かないと。
じゃあね、バイト頑張って」
そう言って、受け取ったネームプレートを胸元に留めて、医師は去って行った。
◆◆◆◆◆
【2011/06/02】
今日は朝から雨が降り続いている……。
雨は明後日の朝方まで降り続く予定らしい。
恐らくはこの雨が上がった時に、『霧』も出るだろう。
今の所、誰かが失踪した等との噂は聞こえてこない為、恐らくは【犯人】の動きは無いのだろうが……。
兎も角、注意は払わなければならないだろう。
……今日は巽くんたっての希望で、あちらの世界での戦闘の肩慣らしを行う事になっている。
早く準備をして、ジュネスに行かなくてはならない。
後は、ペルソナの調整を行うだけだ。
そう思って、商店街にあるベルベットルームへと繋がる扉を開けた。
……………………
………………
…………
……
目を開けると、もう見慣れてきた蒼い空間だった。
…………。
……、また、マリーの姿が見えない。
そして、床に便箋が落ちている。
……物凄く、嫌な予感がする……。
……マーガレットさんは、微笑んでいる……。
……イゴールさんからは、僅かにフイッと視線を逸らされた。
…………。
仕方無い、拾うか……。
『 【飛べ!】
どこへ行くのかって?
ツマンナイこと聞かないで
地図なんか要らない
コンパスはとっくに捨てた
アタシの
アタシは一人で歩いていく
寂しくないかって?
冗談! 影だってジャマなのに
自由 それがルール!
できるものなら縛ってみたら?
アンタの前で華麗に死んでみせる
アタシの翼は 誰にも折れない! 』
……また図らずも目に入ってしまった文面に、思わず居た堪らなさを感じて視線を彷徨わせた……。
……マリーは、何と言うのか……独創的なポエマーだなぁ……。
「……わあああああっっ!!」
思わず遠い目をしていると、前と同じくマリーが慌てて駆け込んできて、便箋をひったくる。
「読んだっ!? また読んだっ!?
どうして!? ななな何なのキミッ!
読まないでって言ったじゃん!
それがルール、キミに自由なんてない!
…………。
きらいばかるーるやぶりむし。
有り得ないからッ!」
マリーは顔を真っ赤にして、感情的に言葉を並べ立てた。
……マリーには同情する。
もし、あのポエムを何かの気の迷いで自分が書いたのだとしたら、誰かに見られてしまったら、恥ずかしさの余り穴を掘って埋まりたくなるだろうから……。
「おっかしーなあ……。
ちゃんとしまったのに……」
ブツブツ呟きながら便箋をしまうマリーを、マーガレットさんが微笑みながら見ていた……。
多分……マーガレットさんも読んだんだろうな、あのポエム……。
……ポエムの事は取り敢えず脇に置いて、ペルソナの調整を行ってから、何とも言えない気持ちのままベルベットルームを後にした。
……
…………
………………
……………………
▲▽▲▽▲▽
……………………
………………
…………
……
テレビに入ると、早速クマが出迎えてくれた。
そしてクマが言う事には、巽くんのあの大浴場に強力なシャドウが居座っているらしい。
天城さんの時と同じだ。
そして、これまた天城さんの時と同じく、その強力なシャドウは最深部に居るのだと言う。
そのシャドウ討伐も目標にしながら、巽くんの為の肩慣らしは始まった。
◇◇◇◇◇
巽くんのペルソナ、『タケミカヅチ』は、強力な物理攻撃と電撃属性の魔法を使う、魔法よりは物理寄りのパワーファイターだ。
同じくパワーファイター寄りの里中さんよりも、一つ一つの動きの速さこそ劣るが、それを上回る力強さと、何よりも頑丈さを兼ね備えている。
巽くん自身の頑強さも相俟って、一撃で高火力を叩き出せるタイプだ。
道中戦ったシャドウを、千切っては投げる様な奮闘ぶりは、流石暴走族を一人で潰しただけの事はある、と思わず唸ってしまう程だった。
道中には、以前巽くんを救出しに来た時には遭遇しなかったシャドウも現れた。
どうやら、雨の日は『霧』が晴れた時程ではないがシャドウ達が活発になっているらしく、シャドウの中には雨の日位にしか滅多に出てこない様な、所謂レアなモノも居るのだそうだ。
『霧雨兄弟の四男』と『霧雨兄弟の四女』はスモッグが形になった様なシャドウで、どちらも氷結属性と万能属性以外の攻撃は全て無効化するという厄介な性質を持っていた。
尤も、弱点さえ突ければ、直ぐ様殲滅出来たのだが。
ホラー映画やホラゲにでも出てきそうな『雨女の壺』の攻撃は受けた相手から冷静さを奪うモノで、それを食らった里中さんがまるでバーサーカーの様になって敵に突っ込んでいきそうになったのを止めたりしなくてはならず、その点は手こずった。
しかしこのシャドウも、弱点の電撃属性を突けば直ぐに制圧出来たのであった。
そんなこんなで、初見のシャドウ達もそれなりに大きな問題はなく倒していき、とうとう最深部の扉の前まで辿り着いた。
皆の気力・体力とも問題無い。
目線で合図してから大扉を押し開くと、部屋の中央に鎮座していたシャドウが、それに気が付いた様にその巨体を揺らす。
見た目だけならこの大浴場で散々戦った『収賄のファズ』に似ているが、元々大きな『収賄のファズ』よりも格段に大きい。
まるで巨人だ。
「ムムッ、ソイツは『狭量の官』!
アルカナは《法王》クマ!!」
そうクマが叫ぶとほぼ同時に、強烈な烈風が部屋中を薙ぎ払う。
「ぐッ……!」
後ろに居たクマと巽くんは何とか無事だが、強烈な一撃に里中さんと天城さんは膝を付いてしまう。
花村はジライヤは疾風属性に耐性を持っているし、自分は降魔中のペルソナが偶々疾風属性に耐性を持つペイルライダーであった為、何とか軽微なダメージで済んだ。
「里中さん、天城さん、立てる!?」
幸い天城さんにとっても里中さんにとっても、膝を付きこそしたものの疾風属性は弱点では無かった事も奏効してか深刻なダメージにはなっておらず、直ぐ様二人とも立ち上がる。
「花村と里中さんは魔法使ってみて、耐性を調べて!
天城さんは回復優先で魔法を、巽くんは風を食らわない様に警戒して魔法!」
兎も角は、敵の耐性を調べなくてはならない。
またあの烈風が来たら、疾風属性が弱点かつ回避能力には難がある巽くんは一溜まりも無いだろうから、迂闊に接近戦に持ち込ませる訳にはいかないだろう。
ペルソナをペイルライダーから《永劫》のナーガラージャに切り替え、《マハタルカジャ》で全員の攻撃力を高めてから、《ジオンガ》を叩き込む。
身を撃ち抜いた雷撃に、シャドウは倒れた。
どうやら電撃属性は弱点らしい。
倒れこんだシャドウは、続けざまに叩き込まれた烈風や業火や冷気に削られ、タケミカヅチの放った《ジオンガ》で完全に気絶した。
「よし、今だ! 一気に攻め落とせ!!」
このシャドウは、巨体故にその体力は高く防御力こそそこそこ高いものの、耐性自体は貧弱と言っても良い。
ペルソナをイザナギに切り換え、《ラクンダ》で気絶しているシャドウの防御力を下げる。
そこに先ず花村とジライヤが飛び込んだ。
風を纏ったジライヤの一撃がシャドウの仮面に叩き込まれ、そのジライヤの体を駆け昇って、倒れ伏しても尚厚みだけでも二メートルはあるシャドウの巨体の上を取った花村が投げ放った山刀が、ジライヤの力を受けて風を纏いながらシャドウの巨体に突き刺さる。
そして、続いてトモエに投げ上げられた里中さんが落下する勢いも乗せた全力の脳天落としを決め、間を置かずにトモエの黒点撃が更に叩き込まれ、シャドウの仮面に微かな罅が入った。
「二人とも、退いて!」
と、天城さんの声に花村と里中さんがシャドウから距離を取るや否や、シャドウの巨体全体が炎の渦に飲み込まれ、巨体がそのダメージで跳ねた振動が床を揺らす。
「先輩、いっちょぶちかましてやりましょう!」
巽くんが気合いと共に叩き込んだ《ジオンガ》は、花村が突き刺した山刀を伝ってシャドウの体の奥までダメージを与え、イザナギの雷撃を纏った刃がそれに追随した。
それらの攻撃の余りのダメージに、気絶から醒めたシャドウは、床を激しく揺らしながら起き上がり、手にしていた最早大砲の様な大きさの拳銃を、天城さんへと向け、その引き金を引いた。
「させるかァッ!!」
現実に当て嵌めれば何mm弾になるのかも考えたく無い程巨大なその銃弾を、イザナギの刀の腹で受け止める。
物理への耐性は無いイザナギは、その一撃を殺し切れずに後ろへと弾き飛ばされ、床に叩き付けられた。
「鳴上、大丈夫か!?」
焦った様な花村の声に、頷いて返す。
大丈夫、ではあるが、随分と重い一撃だった。
自己強化能力を使った素振りは見受けられなかったから、あのシャドウは素の攻撃力が非常に高いタイプなのだろう。
物理攻撃に耐性は無いとは言えそこそこ以上に防御力のあるイザナギが防御に徹していても、それすらも押し切られる様な攻撃力……。
非常に厄介だ。
そこそこ以上の防御力と高い体力故のタフさと、強化するまでも無く高い物理・魔法の攻撃力……。
下手に戦闘を長引かせれば、手酷い傷を負いかねない。
ここは短期で一気に決めるしかなさそうだ。
幸い電撃属性でダウンを取れるのだから、攻め様はある。
「もう一度、私がヤツのダウンを取る!
皆はその時一気にヤツを削ってくれ!!」
そして、現在召喚可能なペルソナの中で最も威力が高い電撃魔法を放てる《女教皇》のパールヴァティにペルソナを切り換え、全力を込めた《ジオンガ》をシャドウに食らわせる。
パールヴァティの持つ電撃属性の攻撃の威力を引き上げるスキルの効果も手伝って、雷撃はナーガラージャやタケミカヅチの放つそれよりも鋭さと威力が段違いに引き上げられ、それを仮面目掛けて撃ち込まれたシャドウは、その一撃で轟音を立てながら床へと倒れ伏した。
空かさず攻撃を次々に叩き込まれ、シャドウは悲鳴を上げるが、それでもまだ沈まない。
ボロボロになり、身体のあちこちから煙を立ち上らせたり焦げた匂いを漂わせながらもシャドウは立ち上がる。
だが既に、その仮面には無数の罅が走っている。
もう一押しだ。
シャドウが抵抗しているつもりなのか、その手にしている巨大な手錠を闇雲に振り回したが、それをイザナギとジライヤとトモエの三人掛かりで押さえ込まれ、逆に動きを拘束される。
そして、そこに。
「これで、止めだァッ!!」
激しく電撃を迸らせるタケミカヅチの拳がシャドウの罅だらけの仮面に叩き付けられ、仮面を粉砕されたシャドウは悲鳴を上げて塵へと還っていった。
……
…………
………………
……………………
▲▽▲▽▲▽
巽くんの肩慣らしと『狭量の官』の討伐を終えてテレビの向こうから帰還した後、その場で解散して各自帰宅した。
あちらの世界での活動も大分熟れてきたからか、あちらでシャドウ相手に散々暴れまわっていても、活動を始めた当初に感じていた様な極度の疲労は感じ難くなっている。
今夜なんて、中島くんのお宅に家庭教師のアルバイトをやりに行く余裕すらあった。
それは、ペルソナを使って戦う事に慣れてきたからなのか、それともペルソナの力と共に自分自身も成長出来ているという事だからなのか……。
どちらにせよ、成長している事には変わりはない、か。
それを実感しながら、その日は早めに眠った。
◆◆◆◆◆
【2011/06/03】
……今日も朝から雨が降り続いている。
明日の朝方にかけてまで降り続く、と予報では言っていた。
恐らく、明日の朝方に『霧』が出るのだろう。
昨晩確認した《マヨナカテレビ》には誰も映っていなかったから、【犯人】が新たに誰かをターゲットにしたとは考え難い。
……このまま、何事も無いのが一番であるが……。
ともあれ、今晩も《マヨナカテレビ》を確認しなくてはならないだろう。
夕飯の買い物をしにジュネスへ行くと、食品売り場で天城さんに出会った。
旅館のお使いかと思ったが、どうやら違うらしい。
一人立ちした時の為に、料理の特訓をするつもりの様だ。
その志は実に良いものだと思う。
「あ、そうだ。
出来ればね、偶にで良いんだけど、鳴上さんに作った料理の味見をして貰いたいんだ。
誰かに食べて貰って、評価して貰う方が、上達も早くなるかなって思って。
鳴上さん、料理する人みたいだし、そういう意見とかアドバイスとか、ちゃんと言ってくれそうだから……。
えっと、……ダメかな?」
……確かに、誰かに食べて貰う方が、上達は早くなるだろう。
誰かに食べさせるモノだ、と意識する事は大切だ。
「いや、そう言う事なら構わない。
そういうのは、努力しようって姿勢が大切なんだし。
私に出来る事なら、喜んで協力させて貰うよ」
「本当!? ありがとう!!」
天城さんは嬉しそうに笑った。
「私ね、ペルソナの力を得て、思ったんだ。
“私、やれるかも”って。
一人じゃ何も出来ないって思って、人に頼ってばっかりだったけど。
でも、意外とやれるんじゃないかなって、思って……。
これからは、頼られる位になりたい……。
私、頑張るからね!」
何故、ペルソナを得て『料理も出来るかも』という思いに繋がるのかは今一つ分からないが、自分の力で出来る事をしていこうとするその姿勢は素晴らしいものだ。
「あ、そうだ。それでね、鳴上さん。
伊勢海老って何処に売ってるか分かる?」
「い、伊勢海老……!???
いや、そう言う高級食材はジュネスには置いてないんじゃないかな、流石に」
こんな田舎町でそんな高級食材を売った所で買う相手など極めて限られているだろう。
だから、そう言うのは売ってないと思う。
何かのフェアとかなら一時的に置いているかもしれないが……。
少なくとも、今の様な普通の時期には置いてないだろう。
と、言うよりも。
何故いきなり伊勢海老なのか。
天城さんの発言を考えるに、彼女は料理初心者の筈だろう。
それで初挑戦が伊勢海老とか、どんな大冒険をするつもりなんだ、天城さんは。
伊勢海老は、何をどう間違えても初心者向けの食材ではない。
剥き海老とか、それこそ市販の冷凍シーフードミックスから始めた方が良いのでは……。
「えっ、無いの?
……残念。
じゃあ……、蟹にしようかな……」
いやいや、蟹も冒険し過ぎだろう。
既にボイルされたモノなら兎も角、一から味を付けて美味しく仕上げるのは、初心者には難しくはないだろうか……。
「うーん、えっと、料理とかあんまりした事が無かったのなら、こういうのを使う所から始めた方が良いんじゃないかな」
近くにあった冷凍のシーフードミックスの袋を手に取り、天城さんに渡す。
「でも、こういうのよりも新鮮な素材を使った方が美味しく仕上がるんじゃ……」
「それは料理に手慣れている人が使えば、の話。
まだ料理に不慣れなんだったら、下ごしらえに失敗してしまう位なら、こういう既にある程度下処理が済んでいるモノを使った方が美味しく仕上がる。
最初からハードルを高く設定するんじゃなくって、簡単なモノで良いから、先ずは一品仕上げてみる所から始めた方が良い」
それこそ、目玉焼きとか、野菜炒めとか。
そう言う簡単な料理をちゃんと作れる様にしてから段階的に腕前を上げていけばいいのだ。
「そっか……。先ずは一品……。
うん、私……頑張るね!
鳴上さん、アドバイスありがとう!」
天城さんはシーフードミックスを買い物籠に入れてその場を立ち去った。
……罪も無き食材たちが無駄にならずに済んだ様で何よりだ。
◆◆◆◆◆
夕飯を食べ終えた後、稲羽市立病院へと夜間清掃のアルバイトに向かう。
担当区画を清掃していると、……廊下に置かれているソファの所に、誰かが疲れ果てた様な顔をして、天井を仰ぎながら座っていた。
……たしか、あの人は。
一昨日拾ったネームプレートの持ち主の医師だ。
今日も夜勤だったのだろうか。
ふと、医師と目が合った。
「おや、君はこの前の……。
今夜もバイトなのかい?」
疲れていた顔に優しい微笑みを浮かべながら、医師は暇なのか話相手が欲しかったのかは分からないが、こちらに話し掛けてくる。
「はい、そうです」
「見た所、学生さんみたいだけど……。
高校生かな?」
「はい、今高校二年生です」
「そうかそうか……。
まだ若いのに偉いね」
まだ若い……か。
そう言う医師も、充分若い方に見えるのだけれど……。
「いえ……アルバイト代の為ですから。
偉いとか、そんな事は無いですよ」
「ははっ、いやいやそんな事は無いよ。
僕が君位の歳の時は、バイトなんて全くやってなかったからね……。
勉強か部活して遊んでいるか、それ位だったものさ」
うんうん、と頷きながら医師は話すが、あっ、と何かに気が付いた様に顔を上げた。
「おっと……まだ名前を言ってなかったね。
これじゃあまるで不審者だ。
僕は神内、ここに勤務している救急医だよ」
神内さんは救急医だったのか……。
先程疲れた様な顔をしていたのは、急患でも運ばれてきたからか……。
「私は鳴上です。
先日からここの夜間清掃アルバイトに来ています」
そうかい、と微笑んだ神内さんは、おっと、と腕時計を見て立ち上がった。
「さて……もうそろそろ戻らなきゃな……。
じゃあね、鳴上さん。
今夜は君と話せて少し楽しかったよ。
アルバイト、頑張って」
神内さんはそう手を振って、奥の救急救命室の方へと去っていった。
◆◆◆◆◆
今回から《死神》のコミュ相手として、オリジナルキャラクターの『神内』が出現しました。
フルネームは『神内総一郎』です。
原作の《悪魔》コミュの代わりです。
男番長でナースとコミュしたんだったら女番長は医師とコミュするべきだろう、と非常に安直な考えで決めてしまいました。
尚、今回のコミュ進行度合いは……
【女教皇(雪子)】:2/10→3/10
【剛毅(一条&長瀬)】:6/10→7/10
【死神(神内)】:0/10→1/10
となっております。
今回相手した大型シャドウのスペックは以下の通り。
『狭量の官』【法王】(雷:弱、光・闇:無)
・シングルショット、ポイズンアロー
・マハブフーラ、マハガルーラ
ゲームで使ってくるのはブフーラとガルーラですが、全体攻撃の方にランクアップさせています。
しかし、マハブフーラとポイズンアローは使わせる機会が無かったです。
ちょっと残念……。
『狭量の官』との戦闘で使用したペルソナは以下の通り。
【愚者】
『イザナギ』(電:耐、闇:無、風:弱)
・デッドエンド、雷鳴斬
・マハジオンガ
・ラクカジャ、タルカジャ、ラクンダ、デクンダ
【女教皇】
『パールヴァティ』(氷:無、炎:弱)
・マハジオンガ
・メディラマ
・マハラクカジャ
・電撃吸収
・電撃ブースタ
・黄泉路からの生還、光の小路、神々の加護
【道化師】
『ペイルライダー』(闇:無、風:耐、光:弱)
・連鎖の氷刃、マインドスライス
・ガルーラ
・マハムド、ムドオン
・三連の鎖、ヘビーカウンタ、光からの生還
【永劫】
『ナーガラージャ』(雷:無、物:耐、炎:弱)
・デッドエンド、ミリオンシュート
・マハジオンガ
・テンタラフー
・マハタルカジャ、チャージ
・混乱成功率UP、混乱防御
『ペイルライダー』は前回の『完二の影』戦に引き続き二回目の登場ですね。と言っても、降魔中の出番しかありませんでしたが。