PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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【2011/05/19】

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

『シャドウ』は巽くんの姿に戻ったのだが、倒れ伏した『シャドウ』は再び起き上がってこちらににじり寄って来る。

 まだ、戦う気なのか……?

 警戒しつつ、居合刀に手を添える。

 

「ま、まだ向かって来るクマ!

 余っ程強く拒絶されてるクマか……?」

 

「そりゃ、こんだけギャラリーが居ちゃ、無理ねーよ……」

 

 こんな奇っ怪な姿をした『シャドウ』を、一発で“己”だと認めるのは相当難しい。

『シャドウ』は巽くんにとって見たくない・見られたくない“自分”だ。

 だからこそ、こんなにも観衆が居る中では認められないのもまた無理は無い。

 だが、『シャドウ』の言動は、想定の斜め上を行った。

 

「情熱的なアプローチだなぁ……」

 

「……は?」

 

 一瞬何を言ってるのか、理解が追い付かなかった花村が思わず問い返す。

 

「キミたちなら……素敵なカレになってくてそうだ」

 

「や、やめろって! そんなんじゃねーっ!!」

 

 渇望する様なその視線に、花村は腕を擦って嫌々と首を横に全力で振りながら後ろに下がり、自分は花村を『シャドウ』の視線から庇う為に一歩前に踏み出した。

 にじり寄る『シャドウ』の姿に、巽くんは拳を震わせる。

 

「や……めろ……。

 何、勝手言ってんだ、テメエ……」

 

 巽くんが絞り出す様な声を上げるが、『シャドウ』はそれを聞き入れない。

 必死に、何か縋るモノを探しているかの様な表情で、こちらに手を伸ばしてきた。

 

「誰でもいい……、ボクを受け入れて……」

 

「や……めろ……!」

 

 あまりにも切実そうな『シャドウ』の声に思わず居合刀を掴む手を離す。

 

「ボクを受け入れてよおおお!!」

 

 それを見た『シャドウ』がこちらへと駆け寄って来た。

 急接近してきた『シャドウ』に花村が悲鳴を上げて後退さる。

 

「う、うわ、ちょ、無理矢理は止めて!!」

 

「止めろっつってんだろ!!」

 

 その時、花村の横を駆け抜けてきた巽くんの渾身の一撃が『シャドウ』の顔面を捉え、『シャドウ』は床に叩き付けられた。

 

「たく、情けねえぜ……。

 こんなんが、オレん中に居るかと思うとよ……」

 

「完二、お前……」

 

 グッと拳を握る巽くんに、花村が驚いた様な声を上げる。

 

「知ってんだよ……テメェみてえのがオレん中に居る事くらいな!

 男だ女だってんじゃねえ……。

 拒絶されんのが怖くて、ビビッてよ……。

 自分から嫌われようとしてるチキン野郎だ」

 

 そう言って巽くんは、倒れ伏した『シャドウ』に近付いた。

 

「……オラ、立てよ。

 オレと同じツラ下げてんだ……ちっとボコられたくらいで沈むほど、ヤワじゃねえだろ?」

 

 その言葉に立ち上がった『シャドウ』の肩を掴み、巽くんは言い切る。

 

「テメエがオレだなんて事ぁ、とっくに知ってんだよ……。

 テメエはオレで、オレはテメエだよ……クソッタレが!!」

 

 その言葉に、『シャドウ』は救われた様な笑みを浮かべ、それは『ペルソナ』へと変化した。

 カードの形になったそれが巽くんの中に消えると、途端に巽くんは力尽きた様に倒れ込む。

 慌てて支え起こすと、酷く汗をかきすぎて、もう意識が朦朧としてフラフラな様だ。

 こんな暑苦しい場所に長い事放置されていたのだ。

 この世界が元々(普通の人にとっては特に)長居出来る場所でも無い為、その消耗がより激しくなっているのだろう。

 

「……やっぱり、凄い汗。

 脱水症状になりかけてるのか……。

 ほら、これでも飲んで」

 

 一先ず、向こうの世界に帰るまでの間、持ってきたスポーツドリンクを与える。

 巽くんの分も用意していて本当に助かった。

 

 

 

 

……

…………

………………

……………………

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 テレビから出ると、既にタイムセールが終了し、元々人気の無い家電売り場は勿論の事ながら、他の売り場からも大分人の出入りが少なくなっていた。

 そのまま家電売り場に屯する訳にはいかないので、花村に頼んでバックヤードを開けてもらい、そこに巽くんを連れていく。

 椅子に座らせると、相当疲労が強いのか息が微かに荒いが、それでも巽くんはスッキリとした表情をしていた。

 

「今日はここで解散だな。

 俺は完二をもうちょっとここで休ませてから、巽屋まで送っておく。

 何か聞かれても、『その辺で適当に拾った』で通じるだろうしな」

 

 花村がそう申し出てくれたので、ありがたく頷く。

 

「すまないな、花村。後は頼んだ」

 

 部屋を出ようとした時、巽くんに呼び止められる。

 

「なあ……、さっき、オレの前で起きたのぁ……」

 

 夢か現か、それすらも曖昧だとでも言いた気な表情だ。

 説明しなくてはならない事も、そして巽くんに訊ねなくてはならない事も、どちらも沢山ある。

 が、それをするべきは、今ではない。

 

「今度、ちゃんと話すよ。

 今巽くんに必要なのはゆっくりと身体を休める事だ。

 大丈夫、巽くんが元気になったら、すぐにでも説明するから。

 だから、しっかり休んで」

 

「ああ…分かった。

 ……ゼッテー、だからな」

 

 巽くんが頷いたのを確認してから、その部屋を立ち去った。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 家に帰った頃合いで、巽くんを無事家に送り届けたと花村から連絡が来た。

 これで巽夫人も一安心出来るだろう。

 

 夕飯の支度をしていると、……珍しい事に叔父さんが夕飯が出来上がる前に帰って来た。

 手早く夕飯を作り、食卓に並べ、『いただきます』と手を合わせてから食べ始める。

 黙々と食べていた叔父さんだが、不意に箸を止めてこちらに目をやった。

 

「……そう言えば、お前の友達の……花村という奴が、巽完二を見付けたそうだな」

 

「……それがどうかしたんですか?」

 

「実家の染め物屋から巽完二の捜索願いが出てたんだ。

 それと……お前、巽屋に出入りしていたらしいな。

 一体何の用事だ?

 あそこは学生が立ち寄る様な店じゃないだろう」

 

「天城さんの付き添い、というか、町を案内して貰っていた関係で。

 今度、浴衣か何かを縫おうと思ってまして、それを天城さんに話した所、それなら良い布があると、案内して貰ったんです」

 

 全部が全部、嘘と言う訳でも無い。

 浴衣を縫おうと思ったのは本当だ。

 浴衣を縫う、と答えると叔父さんは驚いた様に目を丸くした。

 

「浴衣? ほう、お前……縫えるんだな。

 そうか、例の天城屋の娘さんか。

 ……まあ良いだろう。

 ただ、危ない事には首を突っ込むなよ。

 分かっているな?」

 

 念を押す様に付け加えられた言葉に、軽く頷く。

 残念な事に既に『危ない事』にドップリ首を突っ込んでしまっているが、それは言っても詮無き事である。

 

「ああ、そう言えば小耳に挟んだんだが、お前、この前のテストで学年一位だったそうだな。

 ま、これはそのご褒美だと思っておいてくれ

 

 そう言って渡されたシンプルな茶封筒の中には、何と三万円も入っていた。

 幾ら何でも多いのでは? と首を傾げていると。

 

「何時も色々と世話になってるからな、まあそれとかのお小遣いも兼ねてるってのもある。

 ま、悠希ならムダ使いはしなさそうだし、取っといてくれ」

 

 と付け加えられた。

 そう言う事ならば有り難く貰っておこう。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 お風呂から上がると、叔父さんが台所で何かしていた。

 …………?

 ……どうやらコーヒーを淹れようとしている様だ。

 お前も飲むか、と問われたので、折角なのだからミルクたっぷり目で貰う事にした。

 そうオーダーすると、叔父さんは目を見開き、そして酷く懐かしそうな顔をする。

 

「……どうかしたんですか?」

 

「あ、い、いや……。

 そう言われるのは、久しぶりだと思ってな」

 

 久し振り……。

 そう言われ、あぁ、と思い至った。

 成る程、叔母さんのコーヒーの好みはミルクたっぷり目だったのだろうか。

 

「お父さん、ニュース始まるよ。

 あ、菜々子もコーヒーのむ!」

 

「はいよ。ミルクと砂糖たっぷりだな」

 

「うん!」

 

 叔父さんは苦笑して棚からマグカップを取り出す。

 手前に置かれていた揃いのデザインの色違いのマグカップ三つから青色とピンク色のものを、そしてその奥にあった恐らくは来客用のモノを一つ。

 それらに各々のオーダー通りにコーヒーを淹れて行く。

 傍でそれを見ていると、叔父さんに座ってテレビでも見ていろと居間を指さされてしまった。

 しかし、一人で三人分も運ぶのは中々大変だろう。

 だから手伝いを申し出たのだが。

 

「あー、いや、いい。

 コーヒーを淹れるのだけは、家での俺の仕事だ」

 

 叔父さんに断られてしまった。

 どうやら、コーヒーを淹れる事に拘りでもある様だ。

 優しい顔でコーヒーを淹れている叔父さんは、ポツリと答える。

 

「……千里にな、結婚するとき、約束させられたんだ。

 家のことはこれだけでいい。

 その代わり、必ずずっとやること、ってな。

 だから……まあその、何だ。

 すっかりクセになっちまったってわけだ」

 

 ……叔母さんとの約束だったのか。

 なら、邪魔は出来ない。

 言われた通りに、大人しく座って待つ事にした。

 

 少しして、叔父さんは器用にマグカップを三つ持って台所から移動してきた。

 テーブルに置かれたそれを、各自手に取る。

 菜々子ちゃんはピンク色のものを、叔父さんは青色のものを、そして自分は来客用のマグカップを。

 

 三人でコーヒーを飲みながらニュースを見ていると、死亡者が出た交通事故のニュースが流れた。

 その途端に叔父さんの顔が険しくなる。

 

「菜々子、テレビを消せ」

 

「あ……うん」

 

 叔父さんに言われた通りに菜々子ちゃんはテレビを消す。

 居間が静かになるや否や、叔父さんは立ち上がり、部屋へと戻ってしまった。

 

「…………お母さん、じこで死んじゃったから……。

 菜々子、ぜんぜんおぼえてない。

 お父さん、……何も話してくれないし……。

 …………」

 

 菜々子ちゃんは、微かに俯いて寂しそうな顔をする。

 励ます為に色々な話をして、その晩は菜々子ちゃんが寝付くまで傍にいた。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

……………………

………………

…………

……

 

 

 

 

 ……ここは……。

 

 ……目を開けると、其処は蒼い空間だった。

 ……ベルベットルームだ。

 

 だが、マリーどころか、イゴールさんの姿も見当たらない。

 どうやらマーガレットさんしか今はこの場に居ない様だ。

 部屋の主だと言うイゴールさんが居ない、という事もあるものなのだなとぼんやり思っていると、此方に気が付いたマーガレットさんが居住まいを正す。

 

「これは、失礼しました。

 何か、御用でしょうか。

 ……と言いましても、今丁度主は席を外しておりまして。

 急ぎでなければ、また時を改めてお越し下さると……。

 ……いえ、違いますね。

 ここはお客様の定めと不可分の部屋……。

 この部屋で全く無意味な事は起こらない……。

 今こうして出会った事にも、何か意味があるのでしょう」

 

 そう言って、マーガレットさんが微笑む。

 

「ようこそ、ベルベットルームへ。

 フフ、一度言ってみたかったの。

 前任が突然不在になったのを受けて招かれた、“力を司る者”よ。

 主以外の出迎えを受けた人なんて、もしかしたら初めてじゃないかしら」

 

 どうやらイゴールさんが居ない時に訪れるのは、珍しい処の話では無かった様だ。

 前任が突如不在になったと言うが、果たしてその人(?)は何処へ行ったのだろう。

 

「ベルベットルームは、招かれる客人の心と不可分……。

 景色も、住人の姿も、その時々の客人の数や定めに応じて、主に選ばれ、変わりゆく……」

 

 ポツリ、とマーガレットさんは呟いた。

 

「少し、話をしましょう?

 そうするべき、と言う気がするのよ……」

 

 そう言って微笑むマーガレットさんからは、確かに優しさを感じた。

 勿論、と頷くとマーガレットさんは話始める。

 

「貴女は既に幾つか“コミュニティ”……絆を築いている様ね。

 出会いを重ね、言葉を重ね……お互いの理解が深まる事で、絆はより深まるもの。

 でも時に心は、千の言葉よりも、たった一つの行動で、大きく震えるわ。

 貴女には分かるかしら?」

 

 言葉も行動も、それらは思いを相手に伝える為には必要なモノだ。

 どちらがより貴いとか、そんな事は特には無いだろう。

 だけど、時には言葉というコミュニケーションツールでは伝えきれない何かを、たった一つの行動が余すこと無く伝える事だってある。

 逆もまた然り。

 

「フフ……、今日の出会いの意味は、もしかしたらその辺りなのかもしれないわね」

 

 そう微笑むと、マーガレットさんは何かを考える様に俯き、そして大きく頷いた。

 

「決めたわ。

 貴女の辿る定めの糸に、この私も絡めて頂戴。

 そこから、“絆”という新しい糸が紡がれるかもしれない。

 私には知りたい事があって、最初に迎えた客人が貴女……。

 そして、主不在の今日の出会い……。

 私たちは、きっとどちらも特別なのよ。

 ……お互いにとってね」

 

 そう言ってマーガレットさんは微笑んだ。

 

 特別……。

 確かに、そうだろう。

 どんな縁があったのかは分からないが、ベルベットルームと言うどう考えても普通ではない場所で出会い、そしてその力を貸して貰っているのだ。

 これで特に何もない関係、なんて言われたら逆にそっちの方が驚く。

 

 マーガレットさんが知りたいと思っている事。

 それを自分が教えたり、はたまたそれの手掛かりを示したり出来るかは、まだ分からない。

 それでも、もし何か出来る事があるのなら、それには誠意を持って応えたい、とは思う。

 

「貴女の事をもっと知りたいわ。

 そうね、先ずはその類い稀なペルソナ能力から見せて貰おうかしら。

 一つの言葉より、一つの行動に、心は震える……。

 ……もう忘れたのかしら?

 フフ、楽しみがまた増えたわね。

 それではまた、ご機嫌よう」

 

 マーガレットさんが一礼して、途端に意識が薄れていく。

 ……何と無く、彼女が求めるものを自分が示せるのなら、それはきっと自分自身にとっても欠け替えの無い何かになると、そう感じた。

 

 マーガレットさんの依頼に振り回されるのは、もう少し先の話だ。

 

 

 

……

…………

………………

……………………

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